裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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混じる刃と刃

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 夜に覆われた林は深い闇に包まれ、足元さえも見えぬほどだった。辺りには葉のさざめく音しか聞こえない。そんな中、木々の影を縫うようにして土を踏みしめる軍用ブーツがあった。
 隙のない足取りで進む彼はよん。戦争屋と名高いバルサムという組織の一員だ。深緑の軍服はフード付きの改造が施されている。フードを目深に被った下では長い前髪のせいで目元が隠れていた。
 不意に張り巡らせた神経の末端に一瞬嫌な感覚があった。肆は瞬時に身を屈ませ、草陰に隠れる。あまりにおぼろげな感覚であったが長年経験を積んだ自分の直感は信じたい。目には見えぬ空気が少し澱み、きな臭さを含んでいるように感じられた。目をめぐらせ、気を張り詰めて警戒するが森は相変わらず静かにそこにあるだけだった。念のためにと暫く様子を見ていたが何もおかしなところはない。
 気のせいだったか、と意識を逸らした瞬間、首の後ろで微かに風の流れが感じられた。常人なら反応できなかったであろうが、肆は咄嗟に身を翻した。ザッと微かに草が刈り取られる音。それは肆が避けなければ首があったであろう位置だけを的確に薙いでいった。
 地面を転がった肆の目に微かな刀身の煌めきが帯となって見えていた。すぐに体勢を立て直し、自らもナイフを取り出す。草陰に紛れるようにして黒い人影があった。
 獲物を狩り損ねたことに気づいた時にもうナイフは構え直されていた。肆がナイフを取り出したか取り出さないかという危うい刹那に飛びかかられる。あまりに速い跳躍に肆は目を見開き、ほとんど反射的に刃を受け止めていた。構えきれなかったナイフが押されて手首に強い力がかかる。このままでは押し負ける、と判断して肆は体を流した。
 人影は突き出したナイフの勢いのまま横を行き過ぎたが、体勢を崩すことはなく肆の反撃の一手を悠々と流してみせた。ナイフの側面だけで刃の軌道が変えられる。金属の擦れ合う高い音がし、あまりの速さでぶつかったことで一瞬火花が散った。
 肆にはその一瞬だけで十分だった。僅かな明かりの中で相手の姿を捉える。肆と同じように深々とフードが被られ、ネックウォーマーが口元を覆っている。露わになった目だけが暗く深く自分を見据えていた。
 そして対する人影、友弥もまた肆の姿を視認していた。フードの陰からは長い前髪がこぼれだし銀色に光った。髪が目元に影を落とす。指ぬきグローブの嵌められた手には油断なくナイフが構えられていて、いつでも飛びかかれるように腰は低く落とされていた。
 火花が消えたと同時に肆はナイフを切り替えしていた。一歩踏み込み、友弥の喉元へと肉迫する。このまま相手の首を吹き飛ばす情景が手先まで伝わっていく。
 しかしその未来はあっけなく弾き返された。硬質な音が響き、首筋に触れる寸前に刃が軌道を変える。強い力が肘まで振動となって伝わってきた。
 防がれた、と思った瞬間にぞわりと背筋に嫌な感覚が走り抜けた。打って変わって自分の首が血を吹き出し、胴体から離れる情景が脳に飛び込んでくる。膝を折るように身を屈めるや否や頭上で風を切る鋭い音がした。
 額を湿らせる冷や汗を感じながら肆は後ろに飛び退った。ザザッ、と足元で砂が鳴る。接近戦で二人の力は互角か、それ以上か。このままでは勝負がつかないと肆はナイフを構えたまま片手でガンホルダーから銃を抜き出した。
 その動きは熟練されていて隙という程の間もなかったはずだった。しかし友弥にはその間だけで十分距離を詰め、刃を振るう時間があった。肆が銃を構えた時には友弥は懐の内側に潜り込もうとしていた。二度、三度と斬り付けられるナイフを受け止めて肆は徐々に後退していく。
 突然左手に走った痛みに思わず銃を取り落としてしまった。眉を歪め、左手の感覚を確かめる。ぼうっと痺れた感覚。どうやら肘の神経を適確に刺激されたらしい。

「チッ」

 肆は短く舌打ちをし、体の力をふっと抜いた。迫り来る刃を避けようともしないまま、足先にだけ力が込められる。脱力から凄まじい速さで繰り出された蹴りは友弥の腹へと吸い込まれていき、肆より小柄な体は吹き飛ばされる。
宙を舞った体を追いかけて肆は地面を蹴り、友弥に覆いかぶさるように襲いかかった。

「っ……!」

 友弥は腹に咄嗟に力を込め痛みの軽減を図ったが、肆の蹴りは重く内臓に響いた。その痛みにすうっと瞳の色が暗くなっていく。開ききった瞳孔に真上から斬りかかる肆の姿が見えていた。宙空では動くすべもなく、友弥は黙ってそれを見据える。刃の先端が確実に喉元を狙って迫る。フードの下で爛々と光る肆の瞳が見えた。
 背中が地面に落ちた無防備な瞬間、肆は思い切りナイフを突き立てた。しかし友弥は地面に打ち付けられて体が跳ね返る力を利用して器用に身をよじらせた。肆のナイフはフードの生地を地面に縫い止めるに終わる。
 友弥は仕返しとばかりに靴裏を二人の体の間に滑り込ませ、下から跳ね上がるように肆の腹を蹴りつけた。肆は一撃が避けられたことへの動揺もすぐに消し、蹴りの力を殺すように自分から飛び下がっていた。掠めただけだったが全体重の乗った蹴りは直撃すれば危うかっただろう。狙われていたのは当然のように人体の急所である鳩尾だった。
 友弥は蹴り上げた勢いのまま体を起こし、肆は飛び下がってすぐに体勢を立て直した。友弥のフードが外れ、髪が躍り出る。
 しばしどちらも動かず、見つめ合うだけの時間が流れていた。夜風が火照った体の汗を冷やしていく。皮膚の表面だけ熱がさらわれても冷めぬ興奮が体の奥底で渦巻いていた。二人はどちらも息を荒げておらず、呼吸の音は依然として静かなままだ。触れたら切れそうな緊張感が二人の間にあった。
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