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待ち合わせの喫茶にて
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身を切るような寒さの中、暖房の効いた室内は快適だった。四人の居住地の二階にある事務所には珍しく涼の姿があった。大抵客を迎えて依頼内容を聞いたり値段交渉をしたりするのは幸介の役目なのだが、今日は幸介が出かけてしまっているので電話番として涼が二階に上がっているのだ。
客用のソファーに寝転がり、携帯ゲーム機内で戦いを繰り広げる。砦の中に隠れていた敵を発見し、必死の撃ち合いに興じていた時だった。滅多に鳴らないはずの事務所の電話がベルを鳴らし、途端に操作していたキャラクターの命が尽きてしまう。もう少しで勝ち残れたのに、と惜しく思いながら涼は体を起こすと受話器を取った。
「はーい、こちら友幸商事です。殺しに護衛になんでも承ります。お金の相談なら安居金融を、国家相手なら戦争屋さんをご紹介しますがー?」
幸介が聞けば説教されそうなことを気怠げに並べる。相手も分からない電話の向こうに殺し屋だと堂々と言う奴があるかと拳骨を落とされそうだ。くるくると電話コードを指先で弄び、肩と頬で受話器を支えながら応答を待つ。しかし聞こえてきたのはブツリと通話を切る音だった。
「……間違い電話かな」
やれやれと言わんばかりに受話器を置き、涼は放り投げたゲーム機を再び手に取った。時計を見れば、約束の時間が近づいてきている。先程口にした戦争屋とやらにちょっとした頼まれごとをされているのだ。
支度を始めなければと思ったあたりでちょうどよく友弥が事務所に上がってきた。交代するから行ってきなよ、という優しい言葉に甘えることにして涼は携帯ゲーム機を引き継ぐと身支度を整える。忙しい相手のことを思って珍しく時間通りの行動だ。外の暑さを思ってうんざりしながらも、いつものように髪を整え香水を吹き付け、家を出たのだった。
待ち合わせ場所には既に男の姿があった。涼は遠目から猫背のスーツ姿を見つけると足早に近づいていく。束ねられた黒い長髪が尾のように垂れ下がっていた。
「ごめん、待った?」
人気のない喫茶店の角席で男はコーヒーカップを前に座っていた。声をかければどこか生気のない瞳が黒縁眼鏡のレンズ越しに涼を見上げた。
「ううん、今来たとこ」
歌うように交わす言葉は待ち合わせのテンプレートだ。涼はスーツ姿の男の向かいに腰を下ろす。同じようにコーヒーを頼み、厚く着込んだコートを脱いだ。
「忙しい中すみませんねぇ」
そう言ってへらりと笑う男は件の戦争屋の一人であった。壱と呼ばれるトップの下、幹部は数字をコードネームにしている。その中でこの男は異質の零だ。周囲からはゼロ先生と呼ばれている。
いやいや、と涼は久しぶりに会う零に笑顔を返した。仕事も入らず暇を持て余していた涼と違い、零は余程忙しくしているはずだ。
国家を相手にする戦争屋、というのは比喩でも誇張でもない。組織の名はバルサム。彼らの手にかかれば地図から国がひとつ消えることもある。世界中を飛び回り、あちらで戦火を起こしてこちらで火消しをし、時には政略、時には武力で暗躍を続けているのだ。
相手にしたら恐ろしい彼らと友好商事は幸いなことに良好な関係を結んでいる。世界中にネットワークを持つ彼らから最新の情報をもらうこともあれば、細やかな暗殺に手を貸すこともある。今回は数日前まで海外にいた零の代わりに運び屋の手配を手伝った。
「問題なく終わったよ」
運ばれて来たコーヒーカップで手を温めつつ、涼は一言で報告を済ませる。報告する必要もないほどの簡単な仕事だったのだ。零がわざわざ涼に頼む程でもないような単純な仕事だったが、繋がりを持っておきたいのか時折こうして依頼を受ける。
「助かりました。いやぁ仲間に頼むと後が怖くて」
零は眉を下げ、わざとらしく弱ったような顔で笑ってみせる。彼曰く、頼みごとなどすれば見返りに何を要求されるか分からないらしい。
涼達とは違って零は軍隊という大きな体を持つ組織に所属している。その中枢に位置する幹部達は内部の闘争が随分好きらしい。ちょっかいの掛け合いといえば可愛らしいが、戦争屋の本気のおふざけは想像するだけで恐ろしい。敵より怖い味方を持つ零は報酬金だけで確実な仕事をしてくれる涼に助かっているそうだ。
「そういや肆が寂しがってたなあ」
零はその場で端末機を出し、タップひとつで報酬金を振り込んで見せながら言う。涼は確かにそれを見届けてカップに口をつける。
「ほんと? 友弥に言っとくね」
喉を通る温かさをごくりと飲み下す。肆と言うのは実力派揃いの彼らの中でも脅威と恐れられる男の名だ。戦闘力だけでいえば組織内で一、二を争い、暗殺を特に得意としている。
友弥とは専門分野が同じことをきっかけに親交を深めており、いつのまにか手合わせをする仲になっていた。似た者同士だからこそ、読み合いが楽しいのだという。武闘派でない零はさっぱりついていけず、一方的に悪質なちょっかいを受けるだけになってしまうので肆の相手ができる友弥はありがたいらしい。
客用のソファーに寝転がり、携帯ゲーム機内で戦いを繰り広げる。砦の中に隠れていた敵を発見し、必死の撃ち合いに興じていた時だった。滅多に鳴らないはずの事務所の電話がベルを鳴らし、途端に操作していたキャラクターの命が尽きてしまう。もう少しで勝ち残れたのに、と惜しく思いながら涼は体を起こすと受話器を取った。
「はーい、こちら友幸商事です。殺しに護衛になんでも承ります。お金の相談なら安居金融を、国家相手なら戦争屋さんをご紹介しますがー?」
幸介が聞けば説教されそうなことを気怠げに並べる。相手も分からない電話の向こうに殺し屋だと堂々と言う奴があるかと拳骨を落とされそうだ。くるくると電話コードを指先で弄び、肩と頬で受話器を支えながら応答を待つ。しかし聞こえてきたのはブツリと通話を切る音だった。
「……間違い電話かな」
やれやれと言わんばかりに受話器を置き、涼は放り投げたゲーム機を再び手に取った。時計を見れば、約束の時間が近づいてきている。先程口にした戦争屋とやらにちょっとした頼まれごとをされているのだ。
支度を始めなければと思ったあたりでちょうどよく友弥が事務所に上がってきた。交代するから行ってきなよ、という優しい言葉に甘えることにして涼は携帯ゲーム機を引き継ぐと身支度を整える。忙しい相手のことを思って珍しく時間通りの行動だ。外の暑さを思ってうんざりしながらも、いつものように髪を整え香水を吹き付け、家を出たのだった。
待ち合わせ場所には既に男の姿があった。涼は遠目から猫背のスーツ姿を見つけると足早に近づいていく。束ねられた黒い長髪が尾のように垂れ下がっていた。
「ごめん、待った?」
人気のない喫茶店の角席で男はコーヒーカップを前に座っていた。声をかければどこか生気のない瞳が黒縁眼鏡のレンズ越しに涼を見上げた。
「ううん、今来たとこ」
歌うように交わす言葉は待ち合わせのテンプレートだ。涼はスーツ姿の男の向かいに腰を下ろす。同じようにコーヒーを頼み、厚く着込んだコートを脱いだ。
「忙しい中すみませんねぇ」
そう言ってへらりと笑う男は件の戦争屋の一人であった。壱と呼ばれるトップの下、幹部は数字をコードネームにしている。その中でこの男は異質の零だ。周囲からはゼロ先生と呼ばれている。
いやいや、と涼は久しぶりに会う零に笑顔を返した。仕事も入らず暇を持て余していた涼と違い、零は余程忙しくしているはずだ。
国家を相手にする戦争屋、というのは比喩でも誇張でもない。組織の名はバルサム。彼らの手にかかれば地図から国がひとつ消えることもある。世界中を飛び回り、あちらで戦火を起こしてこちらで火消しをし、時には政略、時には武力で暗躍を続けているのだ。
相手にしたら恐ろしい彼らと友好商事は幸いなことに良好な関係を結んでいる。世界中にネットワークを持つ彼らから最新の情報をもらうこともあれば、細やかな暗殺に手を貸すこともある。今回は数日前まで海外にいた零の代わりに運び屋の手配を手伝った。
「問題なく終わったよ」
運ばれて来たコーヒーカップで手を温めつつ、涼は一言で報告を済ませる。報告する必要もないほどの簡単な仕事だったのだ。零がわざわざ涼に頼む程でもないような単純な仕事だったが、繋がりを持っておきたいのか時折こうして依頼を受ける。
「助かりました。いやぁ仲間に頼むと後が怖くて」
零は眉を下げ、わざとらしく弱ったような顔で笑ってみせる。彼曰く、頼みごとなどすれば見返りに何を要求されるか分からないらしい。
涼達とは違って零は軍隊という大きな体を持つ組織に所属している。その中枢に位置する幹部達は内部の闘争が随分好きらしい。ちょっかいの掛け合いといえば可愛らしいが、戦争屋の本気のおふざけは想像するだけで恐ろしい。敵より怖い味方を持つ零は報酬金だけで確実な仕事をしてくれる涼に助かっているそうだ。
「そういや肆が寂しがってたなあ」
零はその場で端末機を出し、タップひとつで報酬金を振り込んで見せながら言う。涼は確かにそれを見届けてカップに口をつける。
「ほんと? 友弥に言っとくね」
喉を通る温かさをごくりと飲み下す。肆と言うのは実力派揃いの彼らの中でも脅威と恐れられる男の名だ。戦闘力だけでいえば組織内で一、二を争い、暗殺を特に得意としている。
友弥とは専門分野が同じことをきっかけに親交を深めており、いつのまにか手合わせをする仲になっていた。似た者同士だからこそ、読み合いが楽しいのだという。武闘派でない零はさっぱりついていけず、一方的に悪質なちょっかいを受けるだけになってしまうので肆の相手ができる友弥はありがたいらしい。
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