裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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囀る口無し

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 意識が浮上した瞬間、ずきりと頭が痛んだ。目を開ければ視界はいつものごとくぼやけている。眼鏡はどこに置いたのだったかと手を伸ばしかけて、ひどく体が重たいことに気がついた。起き上がろうにも頭がぐらぐらとしてうまくいかない。何があったのだったかと混乱していると、不意に眼鏡がかけられて視界が鮮明になった。瞳だけで横を見れば、覗き込む佐々木の顔が見えた。

「おはよ。具合はどうや?」

 問いかけられて、乾は半覚醒の頭で記憶を辿る。計画に失敗し、尋問を受け、注射器を刺されたあたりで記憶が曖昧になっている。薬物を投与されたのだったと思い出し、体が冷えていった。ふらつく体を無理矢理に起こす。

「す、すみませ……情報話したかも……」

 おそらく自白剤の類いだろうと今なら判断することができた。あれから先のことを覚えていないということは、朦朧としたまま聞き出された可能性が高い。拍動が速くなる。瞳を揺らしながら佐々木を見ていれば、彼はいつもと変わらぬ顔で笑った。

「ああ、全部潰してもうたから平気」

 その言葉に乾はきょとんと目を丸くする。潰した、というのが言葉通りの意味なのだと飲み込むのに少しの時間を要した。自分が捕まったせいで助けに来てくれたのだろう。口封じのために全壊までさせてしまうとは。

「……私のせいで、失敗してしまってすみません」

 乾は俯いて暗く言う。潜入がうまくいっていれば、派手に動く必要なく情報も引き出せたのに。足を引っ張ってしまったと、胃が重たくなっていく。佐々木は沈み込む乾の様子を黙って見ていたが、やがて勘違いに気がついたのか軽い調子で口を開いた。

「仕事なら成功したで? わんこが来てくれたからうまくいったわ」

 へ、と間の抜けた声が出る。てっきり収穫のないまま消すしかなかったと思っていたのに。ならばなぜ壊滅まで至ったのか、それなりに頭は回ると自負しているが答えに辿り着くことができない。怪訝な顔をしている乾に、佐々木は呆れ気味に言う。

「そら仲間傷つけられたらキレるやろ」

 何を不思議そうな顔をしているのだと言わんばかりの言葉に、乾は数度瞬く。言わんとすることを理解すると、じわりと体温が上がって思わず口元が緩んでしまった。気恥ずかしさに目を伏せると、分かりやすい反応の一部始終を見ていた佐々木はくつくつと笑う。
 怖かったんやで、と言いながら指差された方を見れば、ソファーで神蔵が大きい体を縮めて眠っていた。乾が起きるまでここにいると言ってずっと側についていてくれたらしい。乾が危ない目に遭っていると聞いてバーの仕事も捨て置いてすぐに飛び出してきたと言う。仕方のない奴だと、情に厚い友人を見る目が細められる。

「お、起きたん?」

 窺うようにそっと開けられた扉から冴島が顔を覗かせる。乾が普段通りにしているのを見ると、安心したように表情を緩めた。穏やかな視線を受けて乾は少し気まずそうに頭を下げる。

「……ご迷惑おかけしました」

 なんと言っていいやら分からず、少し声が硬くなる。神蔵だけでなく、冴島も組織の壊滅に関わっているのだろうと聞かずとも分かった。冴島はベッドに近づくと、傍らの椅子に腰を下ろす。

「迷惑なんてかけとらんよ。心配はしたけどな」

 冴島は相変わらず柔らかい声でそう言って乾を労ってくれる。この人はあまりに温かくて優しいので、どういう顔をしたらいいのか分からなくなってしまうのだ。答えに困っていると、冴島は不意に真面目な顔になる。

「注射やけどな、自白剤やった。麻薬みたいなやばいやつではないって」

 それを聞いて乾は安堵に力を抜く。万が一後遺症でもあればどうしようかと頭の片隅で心配していたのだ。気が抜けたせいかベッドに逆戻りすることになった。まだ寝ていろと言って佐々木に寝かしつけられてしまう。

「まあ自白剤使われても何も言わんかったみたいやけどな」

 冴島に言われて乾は自分のことながら驚く。薬を使われてしまえば耐えられないと思っていたのに、どうやら自分は情報を守り続けたらしい。乾のお陰で助けられたと悪びれなく言う佐々木を見て、小さく笑みが零れた。

「でなんやけどぉ、持ってきた情報が暗号化されてて解けへんねん」

 冴島はへにゃりとした笑顔で乾を見る。軽く首を傾げながら名前を呼ばれれば、思わずにんまりと笑ってしまった。やはり自分がいなければ駄目なんじゃないか。今回はうまくいかなかったが、確かに自分の能力が求められていると感じて暗かった胸の内が晴れていく。

「しゃあないなぁ」

 乾が隠しきれぬ嬉しさを滲ませて言えば、冴島は手放しで喜んでみせる。しょげていたのはどこへやら、いつもの調子に戻り出した乾を見て佐々木も顔つきを和らげた。
 冴島に起こされた神蔵が乾に飛びつくまで、あと数秒。全身が軋み気怠さが残るが、満ち足りた気分でベッドに横たわっていた。
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