裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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囀る口無し

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「ま、待て! 止まれ!」

 男達は叫びながら銃へと手をかける。こちらには人質もいるのだと示すが、獣に人の言葉など通じはしない。焦った手先が銃を向けた時、既にバットは最大限に振りかぶられていた。人体からは決して聞こえないような重たい音が響く。
 人間を殴るのに少しの躊躇もなかったことに、残された男は悲鳴を上げた。乾に打とうとしていた注射器を取り落とし、逃げようとするが尻餅をついてしまう。ガチガチと歯を鳴らしながら命乞いをするが、聞き入れられることはなかった。答えの代わりに金属バットの接吻を受けて地面に伸びる。
 神蔵は打ち捨てた男達に一瞥もくれず、乾の元へと駆け寄った。

「大丈夫か、助けに来たぞ」

 神蔵が暴れている間、何の反応もなかった乾を覗き込む。気絶しているのかと思えば目は開いていた。しかし神蔵が見えていないのか、どこか宙空を見つめている。
 様子がおかしいと気づいた時、部屋の外を走り寄ってくる足音に気がついた。返り血を浴びた金属バットが床を撫でる。扉が開け放たれた瞬間、神蔵の足は地を蹴っていた。入ってきた人影目掛けて一直線に跳躍する。

「ひぃぃ!」

 飛びかかってくる神蔵を見て人影は情けない悲鳴を上げると沈み込んだ。金属バットがごしゃりと音を立てる。崩れ落ちた顔の真横、壁に深くめり込んだ金属バットを横目で見やりカタカタと体を震わせる。
 走り込んできたのが敵ではなく佐々木であると気がつき、神蔵は金属バットの軌道を咄嗟に逸らしていた。

「悪い、間違えた」

 今にも噛みつかんばかりの至近距離で神蔵はにいっと笑う。その目が獰猛に見開かれているのを見て佐々木は言葉を失った。濃い血の匂いが香ってくる。全身が危険信号を発していた。
 バーテンダーの姿は偽りではないが、神蔵もまたこの街に暮らす者だ。裏側には清廉な立ち姿から想像できない面が潜んでいる。本人は特別隠しているつもりもないのかもしれないが。

「神蔵、一旦落ち着き」

 二人の距離を離すように、間を通った腕が金属バットを軽く押さえる。ギラついた瞳が追った先では、冴島が普段通りの表情で立っていた。激昂した様子の神蔵を宥め、その目は部屋の中へと向けられる。ぐたりとした様子の乾を視界に入れると冷静に見えた瞳に微かに焦燥と苛立ちが浮かんだ。

「い、乾がっ……」

 友を傷つけられた怒りに掻き立てられていた神蔵は、多少冷静さを取り戻したらしい。殺気を収めて慌てたように何事か言おうとしている。冴島はそれを背中で聞きながら乾に近づいていった。

「わんこ、分かるか?」

 ぐたりとした様子の乾は目が覚めているようだったが焦点が合っていない。冴島がそこに立っていることすら認識していないようだった。唇が微かに動いているのが分かり、注意深く聞き取ろうとする。

「いや、や……言わん……仲間は、売れん……」

 冴島の瞳が見開かれる。乾は朦朧としながら同じようなことを何度も繰り返していた。足元に転がっていた注射器に気がつき、顔を歪める。何か薬物を使われていることが分かり、憤怒にはらわたが煮えそうだった。

「サッキーはやっすんと合流してわんこ連れ帰ってくれ」

 立ち上がって衣服の埃を払った佐々木は、冴島の指示に黙って頷く。冴島は手早くナイフを取り出すと拘束していた縄を切った。だらりと腕が落ち、乾の体が脱力する。

「神蔵」

 心配そうに乾を見つめていた神蔵は、冴島に声をかけられてぴくりと顔を上げた。

「俺と一緒にもうひと暴れしよか?」

 振り返った冴島は冷たい笑みを纏っていた。薄ら寒さを覚えてぞわりと肌が粟立つ。滅多に見られない彼の表情に、佐々木は口の端を震わせた。表面上は穏やかだが、仲間が傷つけられて怒り狂う内心が見えるようだった。

「当たり前だ」

 冴島の冷ややかな殺気に触発されるように神蔵もまた獰猛な笑みを浮かべる。壁に突き刺さったままの金属バットを勢いよく引き抜いた。部屋の空気が張り詰めている。後始末は二人に任せて問題なさそうだった。むしろ、敵が可哀想になるくらいだ。

「仕事は終わったし、好きにしたって」

 佐々木は臨戦態勢に入った二人にひらひらと手を振る。必要な情報は吸い上げることができた。計画通りとはいかなかったが、乾が捕まった隙をついて佐々木も仕事を終えることができた。そうなればもうこんな場所に用はない。
この夜、建物ごとひとつの組織が壊滅することになったのだった。
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