裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

文字の大きさ
上 下
58 / 114
嘶く稲光

1

しおりを挟む
 万策尽きた、と言うのが適切な言葉であろう。友弥は崩れかけた壁を遮蔽物にしてしゃがみ込み、息を整えていた。辺りは殺気に覆われており、少しも気が抜けない状況だ。

「ってぇ……最悪…………」

 隣で荒く息を乱している涼は、右肩を押さえつけていた。強く掴んだ手の隙間から血が流れ落ちている。なんとか掴んでいる銃の中にはもう弾が入っていない。まさか襲撃を受けるとは、涼も友弥も考えていなかった。
 友弥は普段から武器やら何やら全身に仕込んでいるが、仕事着でない今はほとんど備えがない。銃のひとつやふたつは常に携帯しているが、護身程度にしか使えはしない。相手の数は二桁に達しており、二人で相手取るには骨が折れる。その上友弥も最後のマガジンを使い切ろうというところだ。
 これがゲームなら間違い無くリセットボタンを押している。しかし悲しいことに現実であり、どうにか切り抜けなければゲームオーバーでは済まない結末が待っているのだ。
 運が悪いことにヨウと幸介は別の仕事にあたっている。まさか友弥と涼が襲われているとは思いもしないだろう。地下へ行くと言っていたから通信機が通じないのも無理はない。友弥は必死に思考を巡らせ、援軍を呼んでいた。後はそれまで無事に生き延びられるかどうかだ。
 仕事着ならば応急処置の道具も入っていたが、あいにく今は何の持ち合わせもない。周囲の警戒も解けないため、手当てをしてやる余裕がなかった。自分達を探して行き交う足音と声を聞きながら、友弥はじっとりと嫌な汗をかいていた。見つかってしまったら抵抗する手段はほとんどない。息を殺し、気配を消し、祈ることしかできなかった。

「いたぞ!」

 殺し屋の祈りなど届くはずもなく、高らかな声で居場所が見つかってしまう。声をあげた男の額を一撃で撃ち抜くが、銃声も手伝って何人か集まってきてしまった。手負いの涼を連れて逃げきれるとも思えない。残弾数を思うと無駄撃ちはできず、友弥は身を屈めて弾丸の雨を避けるしかなかった。
 だがそんなものは長く続かない。後ろに回り込まれてしまえば遮蔽物はなく、後は引き金を引くだけで撃ち殺せてしまう。向けられた銃口に咄嗟に振り向き、友弥は確実に一撃を放った。どっと倒れたのは一人、しかし新たに向けられた銃に撃ち返そうとするが虚しくカチリと音が鳴るだけだった。
 さっと血の気が引いていく。予備のマガジンはスプリングの持ちをよくするために装填数ギリギリまで入れていなかったのだ。数え間違えた余白が命取りになる。もうナイフを取り出して投げる程の余裕もない。

「友弥!」

 涼が声をあげ、覆い被さるようにして友弥を庇った。耳元で聞こえた唸り声に、友弥に当たるはずであった弾が涼の体に吸い込まれたことを知る。パッと視界に赤が弾け、涼の黒髪が揺れた。その向こう側にこちらを狙う銃口が見える。その光景があまりに緩やかな速度で目に入り、常から遠くはない死の足音がすぐそこまで近づいていることが分かった。
 あまりに呆気ない幕切れだ。目を見開き、終止符を打たんとする銃口を注視する。ゆっくりと引き金に指がかかる。その瞬間、視界いっぱいに青い稲妻が走った。
 止まっていた時間が急激に動き出す。涼の体が崩れ落ちてきて、慌てて抱き止めた。気づけばこちらに銃を向けていた男は倒れており、友弥達を狙っていた敵は大声を上げている。ギャリッと鋭く地を抉る音がして、バイクの車体が急旋回するのが見えた。

「しゃちょさん!」

 青色のバイクが凄まじい速さで走り抜けていく。それを操る人影を捉え、友弥は安堵の声をあげた。友弥が悩んだ末に助けを求めた男は、最悪の事態に陥る前に駆けつけてくれたのだ。
 ともすると女性に見まごうような細身の体に、艶やかな黒髪が靡く。一房混じった青のメッシュが闇を彩った。鷹野を社長というあだ名で呼び出したのは誰が最初だったか。闇夜を駆ける青色のバイクはこの運び屋の相棒だ。
 鷹野は片手でバイクを操りながら銃撃を繰り出している。命中率はあまりよくないが、圧倒的な機動力で翻弄し着実に相手を撃ち倒していく。興奮しているのか、鷹野の瞳孔は開ききっている。笑みの形を作った唇から尖った犬歯が覗く。麗人という言葉の似合う風貌であるのに、その顔つきはひどく獰猛だった。まるで自分の体の一部かのように操られるバイクが右に左にうねり、男の体に突っ込んでいくのが見えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...