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絢爛の宴
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「さては本命ができたな?」
金髪が涼の肩に肘を乗せ、ニヤリと笑う。口には出さねど皆同じ見解だったらしい。話を聞かせろと視線を向けられて涼は落ち着かなげだ。
「えー……本命っていうか……」
一緒に過ごしている仲間達のことをなんと言ったらいいのかうまく見つからなくて言葉を濁す。そもそも本命というものが涼にはよくわからない。ヨウも友弥も幸介も、誰か一人だけが特別なわけではないし、一人でも欠けていたらこんなに一緒にはいなかったかもしれない。
どうしたら答えたらいいか分からず、涼は唇を尖らせる。
「……セックスはしたことない」
その言葉にはどよめきが起こった。あの涼が、とでも言わんばかりの空気に涼はなんとも不服な気分だ。近づくものとは取り敢えず体を重ねると言われても否定はできないが、彼らは特殊なのだ。
「それでも一緒にいるわけ?」
セックスの下手な男に価値はないとばかりに切り捨ててきた涼が、性行為なしで良好な関係を築いていることに驚愕される。仕事仲間という枠を超えて利害関係以上のもので過ごしている相手であるのに。
「そうだよ。たとえしたとしても、今と変わんないと思う」
涼自身も言葉にしてみて自分がそんなことを考えていたのかと気づく。信じられないと言わんばかりな彼女達に、涼はなんだよもうとむくれたふりをしてみせる。変わったねえと言われるとむず痒くてアルコールのせいだけでなくほんのり首筋が赤くなる。
「ついに愛を知ったのねぇ」
黒髪がしみじみと言う。涼はきょとんとして姉のように慕う女達を見回す。
愛するという行為はよく求められていたから得意だった。愛を表す言葉を囁き、丁寧な愛撫をし、微笑みかけて口付けて細かなケアをしてやれば満足してくれた。しかし世間のいう愛というものはよく分からなかった。愛の果て、愛の行為がセックスであると定義付けている世間と、物心つく前からセックスに慣れ親しんでいた涼とではズレが大きすぎた。人肌の恋しさは欲求不満のことだったし、心の触れ合いとは体の触れ合いだった。
「愛……なのかなあ?」
いまいち腑に落ちていない涼に柔らかい微笑が投げられる。思春期の少年に向けられるような慈愛に満ちた視線がくすぐったくて涼は逃れるようにグラスに口を付けた。よくわかんねぇや、と零す涼にまだ青いと言わんばかりに快活な笑いが降ってくる。ぐしゃぐしゃと左右から髪が乱され、もぉと破顔した。成長したといってもまだまだ子供扱いはなくならないらしい。
久しぶりに顔を見せた涼のために宴は続く。またいつでも遊びに来て、今度は連れておいでよ、とあちこちで言われながら涼は今夜の主役としてもてはやされたのだった。
薄く空が白む頃、涼は彼らの待つ家へと帰ってきた。三人とも眠ってしまっているのか部屋の中は静かだ。
リビングに電気が点いていると思えば、ソファーで幸介が寝息を立てていた。胸元のスマートフォンは誰かと連絡でもとっていたのだろう。足音を忍ばせれば余計に警戒させてしまうので自然体で近づいていき、電気を消す。薄暗くなると心なしか幸介の寝顔も和らいだように思えた。誰かしらソファーで寝てしまうことが多いので常備されているブランケットをかけてやる。
「……ただいま」
小さな声で言ってそっと微笑んだ。馴染みのなかったはずの言葉が、彼らと出会ってから当たり前に使うようになった。
ジャケットを脱いでソファーの背にかける。はたしてこれはヨウのだったか自分のだったか、とふと思ったがどちらも同じようなものかと結論づける。上機嫌に廊下を歩いてヨウの部屋を覗いたが、部屋の主はどこにもいなかった。
もしかしてと友弥の部屋に行けば先程不在だった男は我が物顔でベッドに入っていた。友弥とヨウは寄り添うようにして布団の中にいる。抱き合ったり手を繋いだりすることもなく、体温だけを分け合うような距離感は動物がくっついて眠っている時を思い出させられる。枕元には二人分のゲーム機が転がっていた。遊び疲れて眠ってしまった子供のようだ。並んだ寝顔を見ているとどうしても微笑ましい気持ちになった。
涼も混ぜてくれと言わんばかりに無遠慮にベッドに上がる。大きめなベッドは三人並んでもそこまで窮屈ではない。ヨウを挟むように体を滑り込ませれば、流石に目が覚めたのか友弥が薄らと目を開けた。友弥もヨウも侵入者への警戒心ですぐに目が覚めてしまうためわざと気配を消さないように帰ってきたのだが。
涼がベッドに入ってきた揺れだったのだと気づくと、友弥は眠たげな顔つきにふにゃっと笑顔を浮かべた。
「おかえり」
小さな声で言われて涼は温かい気持ちになる。彼の口から何度も聞いた言葉のはずなのに、今日は特別な響きに思えた。
「ただいま」
ちゃんと自分は帰ってきたのだと示すようにしっかりと言えば、友弥は安心した様子で目を閉じてしまった。再びすーすーと落ち着いた寝息が聞こえてくる。
「ん……くせぇ……」
もぞりと胸元で寝返りを打ったかと思えばヨウは不機嫌そうに眉を曲げて唸る。涼自身の汗の匂いだけでなく煙草、酒、香水、あの場にあった全ての匂いが髪やら服やらに染み込んでいる。嗅覚が敏感なヨウには慣れない香りが落ち着かなかったらしい。
「シャワーあびてこいよ……」
ヨウは寝起きの低い声で言って涼の胸を遠ざけるようにぐいっと押してくる。寝ていたせいで熱い手にはほとんど力が入っていなかった。
「んー、やぁだ」
まだ酔いの残った体は睡眠を求めている。ベッドに入れば温かく、もう出ようとは思えなかった。ヨウは不満そうな声を出したが、涼はそのまま目を閉じてしまう。
涼に動く気がないと分かってヨウはため息をついたが言っても無駄だと諦めたらしい。大人しく涼を隣に迎え入れた。ヨウの手が軽く背中をとんと叩く。それが無言のおかえりであることが伝わった。涼は目を閉じたままふふっと笑う。今日のような馬鹿騒ぎも楽しかったが、こうして心落ち着く時間はいいものだと、すぐに眠りに落ちてしまうのだった。
金髪が涼の肩に肘を乗せ、ニヤリと笑う。口には出さねど皆同じ見解だったらしい。話を聞かせろと視線を向けられて涼は落ち着かなげだ。
「えー……本命っていうか……」
一緒に過ごしている仲間達のことをなんと言ったらいいのかうまく見つからなくて言葉を濁す。そもそも本命というものが涼にはよくわからない。ヨウも友弥も幸介も、誰か一人だけが特別なわけではないし、一人でも欠けていたらこんなに一緒にはいなかったかもしれない。
どうしたら答えたらいいか分からず、涼は唇を尖らせる。
「……セックスはしたことない」
その言葉にはどよめきが起こった。あの涼が、とでも言わんばかりの空気に涼はなんとも不服な気分だ。近づくものとは取り敢えず体を重ねると言われても否定はできないが、彼らは特殊なのだ。
「それでも一緒にいるわけ?」
セックスの下手な男に価値はないとばかりに切り捨ててきた涼が、性行為なしで良好な関係を築いていることに驚愕される。仕事仲間という枠を超えて利害関係以上のもので過ごしている相手であるのに。
「そうだよ。たとえしたとしても、今と変わんないと思う」
涼自身も言葉にしてみて自分がそんなことを考えていたのかと気づく。信じられないと言わんばかりな彼女達に、涼はなんだよもうとむくれたふりをしてみせる。変わったねえと言われるとむず痒くてアルコールのせいだけでなくほんのり首筋が赤くなる。
「ついに愛を知ったのねぇ」
黒髪がしみじみと言う。涼はきょとんとして姉のように慕う女達を見回す。
愛するという行為はよく求められていたから得意だった。愛を表す言葉を囁き、丁寧な愛撫をし、微笑みかけて口付けて細かなケアをしてやれば満足してくれた。しかし世間のいう愛というものはよく分からなかった。愛の果て、愛の行為がセックスであると定義付けている世間と、物心つく前からセックスに慣れ親しんでいた涼とではズレが大きすぎた。人肌の恋しさは欲求不満のことだったし、心の触れ合いとは体の触れ合いだった。
「愛……なのかなあ?」
いまいち腑に落ちていない涼に柔らかい微笑が投げられる。思春期の少年に向けられるような慈愛に満ちた視線がくすぐったくて涼は逃れるようにグラスに口を付けた。よくわかんねぇや、と零す涼にまだ青いと言わんばかりに快活な笑いが降ってくる。ぐしゃぐしゃと左右から髪が乱され、もぉと破顔した。成長したといってもまだまだ子供扱いはなくならないらしい。
久しぶりに顔を見せた涼のために宴は続く。またいつでも遊びに来て、今度は連れておいでよ、とあちこちで言われながら涼は今夜の主役としてもてはやされたのだった。
薄く空が白む頃、涼は彼らの待つ家へと帰ってきた。三人とも眠ってしまっているのか部屋の中は静かだ。
リビングに電気が点いていると思えば、ソファーで幸介が寝息を立てていた。胸元のスマートフォンは誰かと連絡でもとっていたのだろう。足音を忍ばせれば余計に警戒させてしまうので自然体で近づいていき、電気を消す。薄暗くなると心なしか幸介の寝顔も和らいだように思えた。誰かしらソファーで寝てしまうことが多いので常備されているブランケットをかけてやる。
「……ただいま」
小さな声で言ってそっと微笑んだ。馴染みのなかったはずの言葉が、彼らと出会ってから当たり前に使うようになった。
ジャケットを脱いでソファーの背にかける。はたしてこれはヨウのだったか自分のだったか、とふと思ったがどちらも同じようなものかと結論づける。上機嫌に廊下を歩いてヨウの部屋を覗いたが、部屋の主はどこにもいなかった。
もしかしてと友弥の部屋に行けば先程不在だった男は我が物顔でベッドに入っていた。友弥とヨウは寄り添うようにして布団の中にいる。抱き合ったり手を繋いだりすることもなく、体温だけを分け合うような距離感は動物がくっついて眠っている時を思い出させられる。枕元には二人分のゲーム機が転がっていた。遊び疲れて眠ってしまった子供のようだ。並んだ寝顔を見ているとどうしても微笑ましい気持ちになった。
涼も混ぜてくれと言わんばかりに無遠慮にベッドに上がる。大きめなベッドは三人並んでもそこまで窮屈ではない。ヨウを挟むように体を滑り込ませれば、流石に目が覚めたのか友弥が薄らと目を開けた。友弥もヨウも侵入者への警戒心ですぐに目が覚めてしまうためわざと気配を消さないように帰ってきたのだが。
涼がベッドに入ってきた揺れだったのだと気づくと、友弥は眠たげな顔つきにふにゃっと笑顔を浮かべた。
「おかえり」
小さな声で言われて涼は温かい気持ちになる。彼の口から何度も聞いた言葉のはずなのに、今日は特別な響きに思えた。
「ただいま」
ちゃんと自分は帰ってきたのだと示すようにしっかりと言えば、友弥は安心した様子で目を閉じてしまった。再びすーすーと落ち着いた寝息が聞こえてくる。
「ん……くせぇ……」
もぞりと胸元で寝返りを打ったかと思えばヨウは不機嫌そうに眉を曲げて唸る。涼自身の汗の匂いだけでなく煙草、酒、香水、あの場にあった全ての匂いが髪やら服やらに染み込んでいる。嗅覚が敏感なヨウには慣れない香りが落ち着かなかったらしい。
「シャワーあびてこいよ……」
ヨウは寝起きの低い声で言って涼の胸を遠ざけるようにぐいっと押してくる。寝ていたせいで熱い手にはほとんど力が入っていなかった。
「んー、やぁだ」
まだ酔いの残った体は睡眠を求めている。ベッドに入れば温かく、もう出ようとは思えなかった。ヨウは不満そうな声を出したが、涼はそのまま目を閉じてしまう。
涼に動く気がないと分かってヨウはため息をついたが言っても無駄だと諦めたらしい。大人しく涼を隣に迎え入れた。ヨウの手が軽く背中をとんと叩く。それが無言のおかえりであることが伝わった。涼は目を閉じたままふふっと笑う。今日のような馬鹿騒ぎも楽しかったが、こうして心落ち着く時間はいいものだと、すぐに眠りに落ちてしまうのだった。
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