裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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絢爛の宴

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 ハッピーアワーも終わりかける宵の口、支度を始めた仲間を横目にヨウはチャンネルを回す。涼は先程までベランダで通話をしていたかと思えば香水をふりかけ、ジャケットを選んで髪を整え出した。
 そのジャケットはヨウが買ったものだったと思うのだが、二人の間にそんな所有はあってないようなものだった。涼のジャケットを勝手にヨウが着ていることなど当たり前のようにあるのだし、ヨウもまた涼が着ることを思って多少サイズに余裕があるものを選ぶようにしていた。

「出かけんの?」

 分かっていながら声をかけてやれば、涼は全身鏡の前で髪をいじりながら肯定する。どうせ遊び相手から連絡でも入ったのだろうと窓ガラス越しに聞こえてくる声で当たりをつけていた。

「ちょっと昔の知り合いに仕事の手伝い頼まれちゃって」

 満足のいくセットが出来たのか、涼はやっと視線をヨウに移す。涼はこうして殺し屋稼業をするようになって暫くは兼業していたように思う。出会ったばかりの頃、涼は今とは随分印象が違った。踏み込んだらすぐに消えていってしまいそうな何者にも縛られたがらない男に見えた。ヨウも友弥も幸介も、涼の夜について詳しく知ろうとすることも引き止めることもしないというのが暗黙の了解のようになっていた。今の涼ならば快く話してくれるのかもしれないが、今更聞き出そうとも思わなかった。

「そ、いってらっしゃい」

 ヨウが軽く返せば涼は目を細めていってきますと言う。いってらっしゃい、いってきます、なんてやり取りも初めのうちはなかったなあとなんとなく懐古的な気分になる。涼は帰ってこないことの方が多かったと思ったのに、いつからか朝になればこの家に戻ってくるようになった。昔の涼は自分の前に姿を現わすたびに驚きがあったものだった。

「いってくるねー」

 涼は二階の事務所にいる友弥と幸介にも声をかけ、家を出た。それぞれの返事を聞いてから気に入りの靴に足を入れる。あの頃とは違う道を通り、懐かしい場所へと向かっていくのだった。









「手伝いに来たはずなのに余計に忙しくなってない?」

 やれやれと言った具合で涼が漏らしたのは、仕事が終わった後だった。猥雑な楽屋は貢物の山が入りきらずにさらに狭くなってしまっている。
 涼は数年ぶりに纏ったボンデージと厚底の編み上げブーツを緩めぬまま休息を取っている。昔馴染みも知らぬ顔も一様にショーの余韻が冷めないらしく、楽屋は異様な熱気に包まれていた。

「そりゃあんたが来るって言ったらねえ、街中集まるんじゃないかってくらいの満員御礼よ」

 すっかり打ち上げムードの楽屋に派手なドレス姿のオーナーが入ってくる。涼が当時世話になった、数少ない頭の上がらない人間だ。オーナーの姿に場が引き締まるが、無礼講だと諌められてまた控えめに盛り上がりが戻っていく。
 どうも、と答えて涼は差し出されたビアグラスを受け取った。スポットライトと熱視線を浴びて火照った体にはあまりに美味く染みていく。

「もっと若い子呼べばいいのに。この格好したのも数年ぶりだよ?」

 半分程を干して涼は苦笑する。周囲にいるのはほとんど女性ばかりで、目のやり場に困るような衣装を着ているのだ。その中で涼はあまりに異色だった。ブランクも大きい自分をピンチヒッターに呼ぶなんて酔狂としか思えない。

「この差し入れの山見ても言うわけ?」

 少し離れた場所にいた女性達がくすくすと笑う。均整のとれた体を革で飾った彼女達を見て、涼は子供のような笑顔を見せた。古株である彼女達は昔の涼に技を仕込み、何かと面倒を見てくれた師匠であり姉のような存在だった。気安く寄ってくる彼女達に久しぶりだと明るく挨拶を交わす。

「随分たくましくなっちゃって。合う衣装見つけるのも苦労したわ」

 金髪の彼女がどかりと腰を下ろし、長い足を組みながら言う。少年から青年への過渡期だったかつてとは違い、今は殺しのためにしっかりと筋肉のついた身体をしている。厚くなった胸板をトンと叩かれて涼は照れ臭そうに笑う。こんなにでかくなっちゃって、と成長を喜ばれるのはまるで久方ぶりに親戚に会った子供のようであった。
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