裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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闇隠れの影

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「ほんと助かりました。弾なかったんで」
「あらら」

 友弥がそう言って眉を下げればNは嘆息して同情する。友弥がナイフしか持っていないことを知ると死体の側に転がっていた銃を取り上げた。

「とりあえずこれ持ってな」

 Nはその銃が使用に問題がないことを確認し、友弥に渡してくれた。

「通信機貸してくれると嬉しいです。壊されちゃったんすよ」
「それは災難だねえ」

 友弥が通信機だった物の残骸を見せるとNは苦笑する。いかに友弥が満身創痍の状態だったかを把握したらしい。
 もともと友弥が逃げ走っているところから観察していたが、足を撃たれて倒れ込んだ時にこれは相手をおびき出す作戦なのではなく緊急事態で敗走を強いられているのだと気付いたのだ。

「自分でかけます、怒られちゃうんで」

 Nがかけてくれようとするのを止め、友弥は手を差し出した。Nから連絡がいけば仲間が不機嫌になるだろうことは分かっていた。また友弥が無茶をした上連絡まで寄越さなかったと詰め寄られるのは勘弁だ。
 友弥がスマートフォンを借りて電話をかけていると、地面を伝って駆ける足音が響いてきた。徐々に大きくなる音を知らせようとNを見上げると、とっくに気づいていたようで拳銃を手に取って臨戦態勢に入っている。友弥も立ち上がろうとするとそれを片手で制された。

「いーよ、相手たったの8人だし。電話しときな」

 柔和な口調で言ってNはスナイパーライフルのケースを置いた。足音から正確な人数まで読み取ったのかと相変わらずの能力に舌を巻く。一人で相手をすることを考えれば8人は十分脅威的な数だと思ったが、Nがすらりとナイフを抜き取ったのを見て言葉を飲み込んだ。むしろ自分が加勢したら邪魔になるだろうと大人しく頷いておく。
 友弥が返事をしたのを見てNは軽く駆け出した。張り巡らされた路地を探索しながら向かってくる集団をおとなしく待つのは愚策だ。銃弾をばら撒かれたら動けない友弥を危険に晒すことになる。曲がり角に身を隠し、迎撃の体制をとる。

「あ、幸介? うん俺。通信機壊れちゃって」

 友弥は通話に出た幸介に端的に状況を説明する。任務は完了したがうまく逃げて来られなかったこと。偶然Nに助けてられ通信機を貸してもらっていること。足に軽傷を負ったことと、迎えに来てもらいたい場所。
 曲がり角に差し掛かった瞬間、先頭にいた男の首を刃が薙いでいた。深すぎず、浅すぎず、一太刀で命を刈り取る。仲間が血を噴き上げたことに気がついても遅い。次いで並んでいた二人のこめかみを一発の銃弾で撃ち抜いてしまう。

「敵だ!」

 眼前で仲間が殺されたことに慌てて誰かが声を上げる。曲がり角に潜んでいるのだと気付いて素早く銃を向ける。しかしそこには誰もいない。男は呆然とし、引き金を引くこともできなかった。
 Nは身を低め、男の死角になる真下に潜り込んでいたのだ。銃身を跳ね上げながら喉元に刃を滑らせる。衝撃で数発放たれた弾丸も明後日の方向に飛んでいった。
 瞬く間に半数になった男達はようやくNの姿を捉えて銃を構える。しかしその時にはNは足元に滑り込み、先頭の男に足払いをかけていた。無様に倒れ込んだ味方に注意を払ううちに首から血が噴き出す。慌てて撃たれた弾丸は火花を散らしてアスファルトにぶつかるだけだった。接近戦では銃よりナイフの方が早いのだ。
 足払いをかけられて転がっていた男の額を撃ち抜くと、残った二人に向かった。片方の銃を下から蹴り上げ、跳ね飛ばす。その反動を使って体を捻るともう一人の首筋を斜め上から切り裂いた。飛沫が上がり、散った赤がNの頬を線状に汚す。地に両足をつけると銃を取り落とした男の頭を撃ち抜いて終いだ。

「うん、じゃあよろしく」

 背後では友弥が通話を終えたようだった。Nは視線を巡らせて息のあるものが一人もいないことを確かめると友弥の方へと向き直る。

「いやー、やっぱ鈍ったなあ。返り血浴びちゃったよ」

 Nが血を拭いながら緩く笑えば友弥は折り重なった死体を見て苦笑する。

「何言ってんすか。流石じゃないですか」

 はあ疲れた、とNはナイフの血を落としている。あの速さと正確さで敵が捌けるようになれば自分もこんな風に逃げずに済んだのではないかと思う。やはりまだ教わることは多い、と息を吐く。熱さがなくなり痛みに変わった足の傷が情けなく感じられた。
 仲間が迎えに来るまでの数十分、Nはくだらない話をしながらもさりげなく周囲を警戒してくれていた。張り巡らされた神経を感じさせぬ穏やかな顔つきに、やはりこの人には敵わないと思わされるのだった。
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