裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

文字の大きさ
上 下
40 / 114
多少の縁に情もなし

1

しおりを挟む
 日が昇り出して間もない早朝の街を涼はのんびりとした歩調で歩いていく。昨夜から今朝にかけての遊びはそこそこに楽しかったと思う。思い返す程の記憶ではなかったが、そこそこ満足していた。酒気が抜ければ眠気が襲ってきてあくびを噛み殺す。
 涙目になっていると、道の向こう側から歩いてくる人影が見えた。別段それに珍しさなど感じない。こちらに歩いてくる女性が大きなゴミ袋を下げていようと、今日はゴミの日だったかと思うだけだ。
 しかし少しずつ距離が詰まっていくにつれて興味なさげだった涼の瞳が女性に吸い寄せられていく。カツ、カツ、と二人の足音が近くなっていく。不意に涼は歩みを止める。足を止めなかった女性はそのまま横を行き過ぎていった。

「それ、彼氏?」

 擦れ違う瞬間に涼の放った言葉に女性は勢いよく振り返る。元々顔色がいいとは言い難かった女性の顔に動揺が走り、見開かれた目が涼を映した。怯えたような様子に涼はゆっくりと振り返って軽薄な笑みを見せた。

「ああ、元彼か。二つの意味で」

 元々彼だったものであり、今は彼氏ではない人物。我ながら愉快な言葉遊びだと笑みを濃くする涼に女性は警戒を強めるばかりだ。

「な、なんのことですか……」

 震えた声で言われて涼はこてんとわざとらしく首を傾げてみせる。きょとんと目を丸くし、彼女の言うことが理解できないという様子を見せてからゆっくりと瞳を弓なりにして見せつけるように悪どい笑顔を作った。

「そりゃわかるよ。そんなに血の匂いさせてたら、ねぇ」

 怪しい笑みにただ者ではないと気づいたのか、女性は後ずさりする。今にも逃げ出してしまいそうな様子に少し脅かしすぎたかと、人好きのする優男然とした笑顔に戻す。夜を渡り歩き幾多の人間を相手にしてきた涼にとって自分の見せ方を操るのは容易いことだ。

「別に通報したりしないって。ただ素人さんにはちょっと荷が重いんじゃないかなって」

 涼はゴミ袋を見下ろしてそう言う。ゴミ袋自体はなんの変哲も無い、地域指定のものだ。紙くずやチラシなどのゴミに紛れて何やら黒いビニール袋がいくつか見えているが、それも特に気になる程ではない。女性一人で解体したとすればなかなか見上げた根性だ。一晩中格闘していたのだろう。彼女自身から濃い血の匂いがしなければ涼にも気がつかなかった。

「日本の警察は意外と優秀だからねぇ。どうでもいい事件ほど鼻が利く」

 涼はにこやかに言いながら警戒心の隙間を縫うようにして距離を縮めた。一歩、二歩、あまりに自然な歩みは止める隙もない。

「プロにお任せしてみない?」

 いつの間にか涼は女性の目の前に立っている。手を伸ばせば簡単に捕まえられてしまうほどに。
 女性は涼が何を言っているのか理解するのに少しの時間がかかったようだった。

「まだバスルームに残ってるんでしょ? カレ」

 涼はそれが死体の話であることなど微塵も感じさせないような明るい様子で言う。さてどれがこの子の部屋かな、と近場のマンションを見上げた。車を使っていないということは徒歩で来られる範囲なのだろう。近場のゴミ捨て場に捨てるなど見つけてくれと言っているようなものだ。

「あなたが……そのプロだって言うの?」

 女性は瞳を揺らして涼を見つめた。どこから見ても朝帰りの軽そうな男にしか見えはしない。夜の街には慣れていそうだが、裏の世界に精通しているようには見えないのだろう。
 俺が当たり前のように人殺しをしてるって知ったらどう思うかな、と殺人鬼成り立ての彼女の前で涼は悪戯心をくすぐられる。

「んー、紹介してあげられるってだけ」

 涼はパッと手の平を広げておどけてみせた。涼は殺しを生業にはしているがその処理は専門ではない。涼もよく世話になっている掃除屋へ仕事を回してやるだけだ。死体の処理から証拠隠滅までうまくやってくれることだろう。

「百万円で君の安全を保障してあげる」

 いい提案だろうと言いたげに涼は指を立てた。たった札束一つで命を守れるなら安いものだろう。警察にだって嗅ぎつけられない、変わらぬ毎日を送れる。
 だが女性はまだ飲み込めていない様子で涼を呆然と見やる。道端で突然知らない男が交渉をしてきたのだから当然だろう。それでも涼は考え込むのを許すほど気が長くない。ねえどうするの、と問いかけられて女性は必死の形相で頭を働かせているようだった。
 警察に捕まるリスク、もしゴミがばれなかったとしても彼氏が失踪すればまず疑われるであろう自分。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...