裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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多少の縁に情もなし

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 日が昇り出して間もない早朝の街を涼はのんびりとした歩調で歩いていく。昨夜から今朝にかけての遊びはそこそこに楽しかったと思う。思い返す程の記憶ではなかったが、そこそこ満足していた。酒気が抜ければ眠気が襲ってきてあくびを噛み殺す。
 涙目になっていると、道の向こう側から歩いてくる人影が見えた。別段それに珍しさなど感じない。こちらに歩いてくる女性が大きなゴミ袋を下げていようと、今日はゴミの日だったかと思うだけだ。
 しかし少しずつ距離が詰まっていくにつれて興味なさげだった涼の瞳が女性に吸い寄せられていく。カツ、カツ、と二人の足音が近くなっていく。不意に涼は歩みを止める。足を止めなかった女性はそのまま横を行き過ぎていった。

「それ、彼氏?」

 擦れ違う瞬間に涼の放った言葉に女性は勢いよく振り返る。元々顔色がいいとは言い難かった女性の顔に動揺が走り、見開かれた目が涼を映した。怯えたような様子に涼はゆっくりと振り返って軽薄な笑みを見せた。

「ああ、元彼か。二つの意味で」

 元々彼だったものであり、今は彼氏ではない人物。我ながら愉快な言葉遊びだと笑みを濃くする涼に女性は警戒を強めるばかりだ。

「な、なんのことですか……」

 震えた声で言われて涼はこてんとわざとらしく首を傾げてみせる。きょとんと目を丸くし、彼女の言うことが理解できないという様子を見せてからゆっくりと瞳を弓なりにして見せつけるように悪どい笑顔を作った。

「そりゃわかるよ。そんなに血の匂いさせてたら、ねぇ」

 怪しい笑みにただ者ではないと気づいたのか、女性は後ずさりする。今にも逃げ出してしまいそうな様子に少し脅かしすぎたかと、人好きのする優男然とした笑顔に戻す。夜を渡り歩き幾多の人間を相手にしてきた涼にとって自分の見せ方を操るのは容易いことだ。

「別に通報したりしないって。ただ素人さんにはちょっと荷が重いんじゃないかなって」

 涼はゴミ袋を見下ろしてそう言う。ゴミ袋自体はなんの変哲も無い、地域指定のものだ。紙くずやチラシなどのゴミに紛れて何やら黒いビニール袋がいくつか見えているが、それも特に気になる程ではない。女性一人で解体したとすればなかなか見上げた根性だ。一晩中格闘していたのだろう。彼女自身から濃い血の匂いがしなければ涼にも気がつかなかった。

「日本の警察は意外と優秀だからねぇ。どうでもいい事件ほど鼻が利く」

 涼はにこやかに言いながら警戒心の隙間を縫うようにして距離を縮めた。一歩、二歩、あまりに自然な歩みは止める隙もない。

「プロにお任せしてみない?」

 いつの間にか涼は女性の目の前に立っている。手を伸ばせば簡単に捕まえられてしまうほどに。
 女性は涼が何を言っているのか理解するのに少しの時間がかかったようだった。

「まだバスルームに残ってるんでしょ? カレ」

 涼はそれが死体の話であることなど微塵も感じさせないような明るい様子で言う。さてどれがこの子の部屋かな、と近場のマンションを見上げた。車を使っていないということは徒歩で来られる範囲なのだろう。近場のゴミ捨て場に捨てるなど見つけてくれと言っているようなものだ。

「あなたが……そのプロだって言うの?」

 女性は瞳を揺らして涼を見つめた。どこから見ても朝帰りの軽そうな男にしか見えはしない。夜の街には慣れていそうだが、裏の世界に精通しているようには見えないのだろう。
 俺が当たり前のように人殺しをしてるって知ったらどう思うかな、と殺人鬼成り立ての彼女の前で涼は悪戯心をくすぐられる。

「んー、紹介してあげられるってだけ」

 涼はパッと手の平を広げておどけてみせた。涼は殺しを生業にはしているがその処理は専門ではない。涼もよく世話になっている掃除屋へ仕事を回してやるだけだ。死体の処理から証拠隠滅までうまくやってくれることだろう。

「百万円で君の安全を保障してあげる」

 いい提案だろうと言いたげに涼は指を立てた。たった札束一つで命を守れるなら安いものだろう。警察にだって嗅ぎつけられない、変わらぬ毎日を送れる。
 だが女性はまだ飲み込めていない様子で涼を呆然と見やる。道端で突然知らない男が交渉をしてきたのだから当然だろう。それでも涼は考え込むのを許すほど気が長くない。ねえどうするの、と問いかけられて女性は必死の形相で頭を働かせているようだった。
 警察に捕まるリスク、もしゴミがばれなかったとしても彼氏が失踪すればまず疑われるであろう自分。
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