裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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背中の記憶

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「ヨウ?」

 今にも泣き出しそうな顔で自分を捕まえるヨウに涼は困惑していた。涼より高い背も今はなぜか小さく見える。腕を掴む手に力を込めてヨウは追い詰められたような目で涼を見上げてくる。

「酒、飲もう。ゲームしよう。なんでもいいから」

 遊びに誘うにはあまりに硬い声でヨウは言う。とにかく涼に出て行って欲しくなかった。理由も分からないのに、この手を離してはいけないと思った。どうしたら涼が遊びに行かずにここにいてくれるのか必死で考える。
 切羽詰まった様子のヨウを呆然と見つめて涼は何が起きているのかわからないでいるようだった。返事をしてくれない涼に焦れてヨウは力強く腕を引く。ソファーに戻そうとする強さに驚いて、涼は足を踏ん張って立ち止まった。

「ちょ、なに、どしたの」

 ぐいっと腕を引き返されたかと思えば、落ち着かせるように両肩を掴まれた。涼に間近で見つめられて少しだけ冷静さが戻ってくる。涼の拍動ごとに香水が立ち上り、慣れた香りに包まれていく。ヨウは縋るように涼のジャケットを握りしめた。

「行くな、涼」

 祈るような声で言って肩口に額を押し付ける。胸の中にいる子供の頃の自分がそう叫んでいるような気がした。あの夜たった一言が言えずにずっと後悔した。どれだけみっともなく縋り付いたとしても涼を送り出したくなかった。
 説明のつかない感情がぐっと喉元をしめてくる。とにかくだめだとそればかりが浮かんできて、何とか理由をこじつけて引き止めることもできない。どうしたらここにいてくれるんだろうと苦しさだけが募る。

「ヨウ。ヨーウ」

 呼吸さえ浅くなったヨウの背中を宥めるように涼が軽く叩いた。甘やかした声で名前を呼ばれてそっと顔を上げる。涼は困ったように眉を下げて、それでも安心させるように笑う。そんな大人らしい顔をしないでくれ、と思う。また置いていかれてしまう。大丈夫という呪文が嘘に変わった時の無力感はもう味わいたくなかった。涼、と震える声で呼びかける。

「分かった、行かないよ。ヨウより大事な約束なんてないしね」

 涼はあっさりそう言うと子供にするようにヨウの頭をぽんぽんと軽く撫でた。ヨウはその言葉にやっと息を吐いて力の入りすぎていた手を下ろすことができる。すっぽかしてしまっても構わないと悪びれずに言う涼を見ていると少しずつ嫌な感覚は遠のいていった。

「一緒に酒飲みながらゲームしよ?」

 珍しいこともあるものだと思いながら涼はヨウから体を離す。顔も覚えていない相手との約束などもうとっくにどうでよくなっていた。こんなに必死になって、ただ遊びたいだけとは思えなかったがそう誘ってやればヨウは安堵したように頷いた。




 
 涼が目を覚ました時、朝まで飲み明かしたヨウは彼にしては無防備に睡眠を貪っていた。すっかり日は昇ってもう午後が始まっているようだ。ぐっすりと眠るヨウの寝顔からはあの必死さは感じられなくなっていた。
 二人折り重なって酔い潰れたベッドから涼だけ降りる。ヨウなら起きてもおかしくないのに、もう引き止められることはなかった。
 適当な服装でリビングに行くと友弥がソファーでスマートフォンをいじっていた。おはよ、と軽く挨拶を交わす後ろで付けっ放しのテレビから昼のニュースが流れてくる。涼がそちらに意識をやったことに気づいたのか、友弥もちらりとテレビを見て口を開いた。

「昨日近くのホテルで出火したって。火事って言ってるけどこの壊れ方じゃ襲撃されたっぽいね。生存者0人だし」

 この辺りではよくあることだと友弥はすぐスマートフォンに目を落としてしまう。治安の良くない地域の火事など誰も気に留めていないようだった。しかし涼だけは半壊したビルの画像を見せられて薄ら寒いものを感じる。

「……マジか」

 そこは本来なら昨日行っていたはずのホテルだった。出火した時間を見るに、あそこで出かけていたら間違いなくかち合っていただろう。約束しておいて姿を現さない涼に催促の連絡ひとつなかった理由が思い当たって口元をひきつらせる。もし引き止められずに行っていたら、無傷では帰れなかったかもしれない。最悪の事態が起きれば、涼が帰ってくることはもうなかっただろう。

「どうかしたの?」

 硬い表情でテレビ画面を見つめる涼に友弥が不審そうに聞く。涼は昨夜のことを思い返しながら、ただの偶然とは思えずにいた。むしろ辻褄が合うと薄ら寒さを感じる。涼は曖昧な顔つきで友弥にゆっくりと視線を送った。

「……ヨウの直感、やべえわ」

 苦笑混じりに掠れた声で呟けば、今更気づいたのかと鼻で笑われたのだった。
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