裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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意中探しの雨隠れ

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「二人ともなにしてるの?」

 後ろからかけられた柔らかい声に涼はハッと背後を振り返る。そこにはいつの間に接近していたのかきょとんとした顔の友弥が立っていた。友弥はきちんと傘をさしていて片手にビニール袋を下げている。コンビニのロゴが入っているところを見ると買い物帰りなのだろう。友弥、と涼は確かめるように名前を呼ぶ。

「びしょびしょじゃん。風邪ひくよ?」

 友弥はすっかり水を含んで垂れ下がった涼の髪を見て呆れたように言う。そして乾の方へ目を向け、ぺこりと軽く頭を下げた。反射的に乾も会釈を返す。一触即発といった雰囲気は既に無くなっており、そこにはずぶ濡れで向かい合った男二人がいるだけだった。
 友弥は無防備に二人の間に割り込み、いとも簡単に乾の間合いに入ってしまう。乾は友弥が初めから会話を聞いていたことを悟って多少警戒を強めた。

「涼、楽しそうだからってすぐ喧嘩しようとしないの」

 友弥は子供に言い聞かせるような言い方で涼を軽く叱る。涼はわずかに肩を竦めて口を尖らせた。乾が脅し文句をちらつかせたのはそれ程までに火急だということで、決して望んで敵対関係になりたいわけではないということを友弥は分かっていた。ごめんねえ、と友弥は緩く乾に謝る。

「いいえ。私の言い方もよくなかったんで」

 まさか強行手段をチラつかせたら嬉々としてそちらを選ぼうとするとは思わないではないか。手荒な真似はしたくないから大人しくデータを寄越せと言うべきだったかと乾は複雑な思いで涼を見やる。普段通りに人懐っこい雰囲気に変わった涼と柔らかい表情を浮かべる友弥にすっかり毒気を抜かれてしまい、ひとつ息を吐いた。

「どうもうちの佐々木がちょっかい出されたみたいで、消しとかないと気が済まないんですわぁ」

 乾はやれやれといった具合で口を割る。データ収集を主としている乾と違い、佐々木は潜入調査で現場から情報を得ることが多い。そのため危険も多いのだ。つい最近怪我を負って帰ってきたと思えば例の名前が浮上した。この頃ずっと狙いをつけられていたらしいと知り、ならば徹底的に叩いてやろうという次第になったのだ。調べていけば友幸商事に依頼をしているというではないか。調べきれないような情報も彼らなら持っているのではないかと聞き出しにきたというわけだ。
 サッキーが、と涼と友弥は顔を見合わせる。かと思えば涼はおもむろにスマートフォンを取り出し通話を始めた。

「あ、こーちゃん? ちょっと聞きたいんだけどさあ」

 なにやら幸介と話し出す涼の姿に乾は思わず面食らった顔をする。顧客データを流せ、など正面から頼めるはずもないと思ったからそっと声をかけたのに涼はデータ管理をしている幸介に直接聞いているらしい。マジか、とでも言いたげな乾を見て友弥は心持ち首を傾げて笑った。

「多分すぐデータ送ると思うよー」

 はあ、とあまりに早く進んだ話に乾は雨の冷たさも忘れて気の抜けた声を出す。通話を終えた涼はその言葉通りに幸介の許可が下りたこととすぐに情報を湯豆腐の方に送ることを伝えてくれた。

「え、そんな簡単にデータ送ります? 普通断るでしょう」

 乾はまだ信じられないというような顔で涼と友弥を見やる。依頼人の情報を横流ししたなど信用問題に関わるだろう。強行手段はとらないまでもいくつか交渉はするだろうとは思っていた。

「困った時はお互い様じゃん。それにうちって好きなことを好きなようにやるのがポリシーだし」

 ね、と言う涼に対して友弥はそうだっけと首を捻っている。もともとポリシー自体が存在していないのかもしれない。仕事の依頼よりも友人が困っているのならばそれを助けるのが道理だと悪人のくせに涼は言うのだ。何はともあれうまく話が進んだことに変わりはない。

「いや~助かります~力尽くとは言いながらも絶対勝てないんで私~」

 乾はすっかり力を抜いて口調を緩める。冗談めかして敵意がなかったことを示せば、またまたぁと涼が笑った。機会があれば手合わせをしたいとでも言いたげな涼に、そんな機会が訪れないことを祈る。

「ちゃんとお代は払いますんで、事務所に請求してくれれば」

 台無しになるであろう依頼分の報酬は少なくとも賄えるはずだ。もちろん情報をタダでとは言わないと確認しておけば涼は嬉しそうに目を輝かせた。

「ほんと? よかったぁ、ヨウが壊したバイクの修理費ほしかったんだー」

 涼のバイクを勝手に乗っていった挙句、ヨウは壊して返したのだった。レプリカにヨウくん二度とバイク乗らないでと冷たく言われたのは乾には知る由もないことである。
 これで話は済んだからと場を去ろうとすると明るい声に引き止められた。

「もし何かあったらいつでも力になるからね」

 涼の力強い言葉に友弥もこくりと頷いた。いつでも言って、と暖かい言葉をかけてくれる二人に愛されているなあと佐々木を思う。大した怪我ではなかったものの満場一致で相手を消してしまおうという話になったのは記憶に新しい。どうも、と返事をしながらも今回のことはこちらで全て収める気であった。
 それを感じていて涼と友弥はそれ以上言うことはなく乾の背中を見送る。 静かに殺気立った後ろ姿を見て、あの依頼人の命がそう長くないことを知る。雨霧の中を背中が消えていく頃、くしゅっと涼がくしゃみをした。

「傘くらい買えばよかったのに」

 友弥はそう言って帰り道を歩き出す。そこまで濡れたら同じだろうと傘の中に入れてくれる気はないようだ。

「だってわんちゃんに会うとは思わなかったから~」

 寒さに震えながら涼は足を早める。雨は相変わらず強さを変えないままいつまでもしとしとと降り続けている。長く伸びた外灯の光を踏みつけて、見え始めた我が家へと足を急がせるのだった。
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