裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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共同戦線、異状のみ

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 冷ややかな感触が伝わってくる。薄く目を開くが暗闇のまま変わることはない。ぐるりぐるりと回っていた世界がようやく地面の位置を定める。どうやら自分はうつ伏せに倒れているようだと理解することができた。起き上がろうとすると腕が動かず、背中でチャリッと鎖の音がした。後ろ手で手錠をかけられているようだ。さらに目隠しをされているのか、視覚が奪われている。
 レプリカは神経を研ぎ澄ませて周囲を探る。人の気配は感じられない。呼吸の音も自分のものだけで、床から足音の振動は伝わってこなかった。なぜ情報と違いあんな数の警備がいたのかと考えるのはひとまず後回しだ。今はここから脱出することを考えねばならない。
 本来ならばレプリカの仕事道具としてピッキングツールをまとめたものが懐に入っているのだが、気絶させられた時に奪われてしまったようだった。だがこんな手錠ひとつはレプリカにとって玩具となんら変わりはない。レプリカは手首を曲げると自分の袖口を探った。こんな時のために袖の内側には針金が縫い付けられていて、簡易的なピッキングツールの役割を果たすのだ。手慣れた仕草で針金を取り出すと先を鍵穴に差し込む。手先に神経を集中させ、構造を思い描きながら細かく動かした。カチ、と音がして鍵が外れる。

「へえ、器用だなぁ」

 手錠を外した瞬間に突然声が降ってきてレプリカはギクリと体を強張らせた。見つかった、と血の気が引いたが僅かに冷静さを取り戻すとそれが知った声であることに気がつく。無理な姿勢で痛む腕を動かし目隠しを取り去れば、そこには予想通り知った顔があった。

「ヨウくん……?」

 鉄格子の向こう側、派手な赤髪の男がへらりと笑って立っていた。よお、と軽く挙げた手には鍵束を持っている。レプリカはキョロキョロと辺りを見回して自分が薄汚れた独房に閉じ込められていることに気がついた。地下なのかジメジメとした空気の中、他にも独房がいくつも並んでいる。誘拐された人間をここに閉じ込め、売買していたようだ。離れたところで看守がのびているのが見えたのでヨウがやったのだろう。

「見てたなら早く助けてよ」

 気配を消していたことに対して不満そうに言えば、ヨウは小さく笑って独房の鍵を開けた。

「ごめんって、これ取り返しといたから」

 服の埃を払いながら立ち上がったレプリカの手元に包みが押し付けられる。それは奪われたはずの自分の仕事道具で、レプリカは分かりやすく表情を明るくした。

「ありがと」

 キラキラとした目を向けられてヨウは照れ臭そうに笑う。待てよ、とそこでレプリカはなぜこの男がここにいるのかと疑わしげにその長身を眺めた。

「なんでいんの?」

 仕事道具を懐にしまい込み、訝しげに尋ねる。今回の仕事は安居金融絡みでヨウの所属するほとんど何でも屋のような殺し屋達とは無関係のはずだ。ヨウは鍵束をくるくると回してもてあそびながらめんどくさそうに説明してくれた。

「サッキーが情報掴んだっぽくてさあ、行って欲しいって」

 レプリカが襲われたのは佐々木にも予想外のことであったらしい。どうやら運の悪いことに今夜急に取引が入ったのだと言う。そこに侵入者とあればあっさり捕まってしまうのは当然のことだ。佐々木はトラブルシューターとして友幸商事に依頼をしてレプリカのバックアップをしてくれたのだろう。
 まだ痛む首筋をさすりながらレプリカは面倒そうに眉を顰める。どうやら仕事の難易度が上がってしまったらしい。ヨウが来た以上、ただ穏便に済ませるわけにもいかなさそうだ。

「サッキーはなんて?」

 わざわざヨウに声をかけておいて、ただレプリカの救出で終わるとは思えない。なにせあの守銭奴達がそんな無駄な金の使い方をするとは思えなかった。案の定ヨウはニッと笑って放った鍵束をジャラッと掴んでみせた。

「派手にやっちゃっていいってさ」

 楽しそうなヨウの様子を見るに、どうやら既にスイッチが入っているらしい。ですよね、とレプリカは溜息を吐いて独房から出る。

「俺武闘派じゃないんだけどぉ……」

 武器の一つも持たないレプリカがうんざりしたように言うと、ヨウは銃を手にして前を歩く。

「だから俺がいるんじゃん」

 レプリカの道を切り開き、その身を守ってみせると言うようにその背中は堂々としている。まあ期待してるわ、と軽口を叩きながらレプリカはヨウに隠れるようにして着いて行く。
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