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無駄吠えの躾
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後部座席に乗り込んで、友弥は何を言うこともなくそこにいた。いつも以上に荒い涼の運転に揺られながら外の景色に目をやっている。涼の内心はこんなにも波立っているというのに、バックミラーに映る友弥はいつもと何ら変わりなく見えた。
「一応聞くけどさ、通信機器が壊れたわけじゃないんだよね?」
答えは分かっていながらも友弥に問う。言い訳のひとつでも出ると思ったが、友弥はただうんと答えただけだった。連絡できる状況でありながら連絡をしなかったというわけだ。これまでも何度となく少しでも危ないと思ったら退いて連絡をしろと言っているはずだ。
自分の手に負えないと分かっていればすぐ退いて体制を立て直すのだが、多少の怪我と引き換えに依頼が達成できると計算すれば友弥は突っ込んでいってしまう。自分で帰って来られる程度の怪我ならば怪我ではないと言っているかのようだった。
今回も悪いとすら思っていないのだろう。思っていたとしても、それはうっかり佐々木に見つけられてしまったせいで借りができたとか、わざわざ迎えに来させてしまっただとか、後始末をきちんとできなかったとか、そういうことに違いない。友弥は自分の体のことを大切にしていない。どうでもいいとすら思っているのかもしれない。それはひいては仲間を大切に思っていないということだ。
無言のまま家に戻り、車を停める。ブレーキを踏む足に力が乗ったせいで車の揺れが大きくなったが友弥はうまく体を支えたようだった。涼は後部座席のドアを開けてやり、友弥の手を取って立ち上がるのを助けてやる。
「ありがと」
友弥は片腕ではバランスが取りにくそうに車から降りた。それでも離されない手に、訝って涼を見上げる。涼は黙って友弥の腕を引くと、足早に部屋へと向かっていった。
友弥はもともと歩幅の合わない涼が急ぎ足をするので小走りになってなんとか付いていく。後ろ姿から怒りがありありと伝わってくるので何を言うこともできずにただ従うことしかできない。背後で閉まった玄関扉に涼は鍵をかける。足だけで乱暴に靴を脱ぎ落とせば、涼が低い声を出した。
「俺が何で怒ってるか分かる?」
強引にリビングに引っ張られながら涼の後ろ頭を見やる。今まで何度か叱られたことはあるが、涼がこんな風に怒るのは珍しかった。目が合わないことを今は感謝する。車内が凍りそうなほどの感情を乗せた視線に捉えられたら震え上がりそうだ。
「……わかんない」
何を答えても神経を逆撫でしそうで、先を促すためにそう答える。思い当たる節はいくつかあるが、どれも激昂するほどのことではなかったはずだ。見当違いのことを言う方が説教が長引きそうに思えて大人しく叱られる姿勢を見せる。
ぴたりと涼の足が止まった。ひとつため息を吐き、こちらを振り返る。その目が想像以上に冷たいもので思わずびくりと体が揺れた。本能が危険だと警告して逃げようと後ずさる。それでもしっかりと手を取られていれば逃れることはできず、余計に力を強められただけだった。
「口で言っても分からないなら体に教えるしかないよね」
涼は死刑宣告のように淡々とそう言った。語尾だけは尋ねるようだったがその口調は有無を言わさない。引きずられるように連れていかれたのは浴室だった。
乱暴に体が投げられ、咄嗟に右手と背中で受け身をとった。硬く冷たいタイルに打ち付けられる。傷を圧迫することはなかったが折れた骨に振動が響いて顔を顰めた。
「っ、涼てめえ……!」
打ち所が悪ければなんとか固定した骨がまた粉砕していたところだ。唸るように言って睨みつければ、不意に照明が灯されて眩しさに目を細めた。涼は友弥を気遣う様子などなく近づいてくる。一切の感情が読めない冷めた顔つきに恐怖が這い寄ってきた。こういう目をしている時の涼は容赦がないことを嫌という程知っている。怪我をしている上に力でも体格でも負けており、ここまで引きずり込まれては勝ち目などなかった。涼は捌く前の獲物でも見るかのように友弥を見下げる。
「ごめんなさいできるまでお仕置きしよっか」
字面だけは甘ったるく、慈悲のない低音で吐き捨てる。唇どころか目の奥まで笑っていない。
友弥は一瞬息を詰まらせるが外側には何も表れては来なかった。ふっと体の力を抜いて壁に身を預ける。友弥は何も答えないまま、腹を晒すことで全て受け入れることを示した。
涼がコックを捻ると、浴槽に勢いよく水が流れ込んでいった。浴室内に轟音が反響する。冷ややかな空気が友弥の肌にも感じられた。これから何が行われるのか言われずとも分かった。友弥はただ静かに涼の動きを目で追っていた。まだ何もされていないのに既に呼吸は浅くなっている。湿度を増していく空気が息苦しかっだ。
まだ半分も水が溜まっていない。涼は友弥に近づいて来る。上から陰が落ちる。涼に見下ろされ、友弥は静かに目を向けた。それが反抗的に見えたのか、涼の手が伸びてきたかと思うと不意に胸倉を掴み上げた。体が浮くほどに力を込められて友弥の眉根が寄る。
「早く謝らないと痛い目見るけどいいの?」
脅すように言われるが、友弥は何も返さなかった。大人しく揺さぶられるまま、涼をじっと見返す。唇は真一文字に結ばれ、何も答える気はないようだった。
「一応聞くけどさ、通信機器が壊れたわけじゃないんだよね?」
答えは分かっていながらも友弥に問う。言い訳のひとつでも出ると思ったが、友弥はただうんと答えただけだった。連絡できる状況でありながら連絡をしなかったというわけだ。これまでも何度となく少しでも危ないと思ったら退いて連絡をしろと言っているはずだ。
自分の手に負えないと分かっていればすぐ退いて体制を立て直すのだが、多少の怪我と引き換えに依頼が達成できると計算すれば友弥は突っ込んでいってしまう。自分で帰って来られる程度の怪我ならば怪我ではないと言っているかのようだった。
今回も悪いとすら思っていないのだろう。思っていたとしても、それはうっかり佐々木に見つけられてしまったせいで借りができたとか、わざわざ迎えに来させてしまっただとか、後始末をきちんとできなかったとか、そういうことに違いない。友弥は自分の体のことを大切にしていない。どうでもいいとすら思っているのかもしれない。それはひいては仲間を大切に思っていないということだ。
無言のまま家に戻り、車を停める。ブレーキを踏む足に力が乗ったせいで車の揺れが大きくなったが友弥はうまく体を支えたようだった。涼は後部座席のドアを開けてやり、友弥の手を取って立ち上がるのを助けてやる。
「ありがと」
友弥は片腕ではバランスが取りにくそうに車から降りた。それでも離されない手に、訝って涼を見上げる。涼は黙って友弥の腕を引くと、足早に部屋へと向かっていった。
友弥はもともと歩幅の合わない涼が急ぎ足をするので小走りになってなんとか付いていく。後ろ姿から怒りがありありと伝わってくるので何を言うこともできずにただ従うことしかできない。背後で閉まった玄関扉に涼は鍵をかける。足だけで乱暴に靴を脱ぎ落とせば、涼が低い声を出した。
「俺が何で怒ってるか分かる?」
強引にリビングに引っ張られながら涼の後ろ頭を見やる。今まで何度か叱られたことはあるが、涼がこんな風に怒るのは珍しかった。目が合わないことを今は感謝する。車内が凍りそうなほどの感情を乗せた視線に捉えられたら震え上がりそうだ。
「……わかんない」
何を答えても神経を逆撫でしそうで、先を促すためにそう答える。思い当たる節はいくつかあるが、どれも激昂するほどのことではなかったはずだ。見当違いのことを言う方が説教が長引きそうに思えて大人しく叱られる姿勢を見せる。
ぴたりと涼の足が止まった。ひとつため息を吐き、こちらを振り返る。その目が想像以上に冷たいもので思わずびくりと体が揺れた。本能が危険だと警告して逃げようと後ずさる。それでもしっかりと手を取られていれば逃れることはできず、余計に力を強められただけだった。
「口で言っても分からないなら体に教えるしかないよね」
涼は死刑宣告のように淡々とそう言った。語尾だけは尋ねるようだったがその口調は有無を言わさない。引きずられるように連れていかれたのは浴室だった。
乱暴に体が投げられ、咄嗟に右手と背中で受け身をとった。硬く冷たいタイルに打ち付けられる。傷を圧迫することはなかったが折れた骨に振動が響いて顔を顰めた。
「っ、涼てめえ……!」
打ち所が悪ければなんとか固定した骨がまた粉砕していたところだ。唸るように言って睨みつければ、不意に照明が灯されて眩しさに目を細めた。涼は友弥を気遣う様子などなく近づいてくる。一切の感情が読めない冷めた顔つきに恐怖が這い寄ってきた。こういう目をしている時の涼は容赦がないことを嫌という程知っている。怪我をしている上に力でも体格でも負けており、ここまで引きずり込まれては勝ち目などなかった。涼は捌く前の獲物でも見るかのように友弥を見下げる。
「ごめんなさいできるまでお仕置きしよっか」
字面だけは甘ったるく、慈悲のない低音で吐き捨てる。唇どころか目の奥まで笑っていない。
友弥は一瞬息を詰まらせるが外側には何も表れては来なかった。ふっと体の力を抜いて壁に身を預ける。友弥は何も答えないまま、腹を晒すことで全て受け入れることを示した。
涼がコックを捻ると、浴槽に勢いよく水が流れ込んでいった。浴室内に轟音が反響する。冷ややかな空気が友弥の肌にも感じられた。これから何が行われるのか言われずとも分かった。友弥はただ静かに涼の動きを目で追っていた。まだ何もされていないのに既に呼吸は浅くなっている。湿度を増していく空気が息苦しかっだ。
まだ半分も水が溜まっていない。涼は友弥に近づいて来る。上から陰が落ちる。涼に見下ろされ、友弥は静かに目を向けた。それが反抗的に見えたのか、涼の手が伸びてきたかと思うと不意に胸倉を掴み上げた。体が浮くほどに力を込められて友弥の眉根が寄る。
「早く謝らないと痛い目見るけどいいの?」
脅すように言われるが、友弥は何も返さなかった。大人しく揺さぶられるまま、涼をじっと見返す。唇は真一文字に結ばれ、何も答える気はないようだった。
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