裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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慈善も気まぐれに

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 大方敵対している組が弱みを握るために娘を誘拐しようとしていたのだろう。まさか極道の娘だとは思えぬ年相応で清楚な服装は父親の溺愛ぶりを示していると言っていい。

「ここに隠れてて」

 涼は少女を降ろすと静かに立ち上がる。マガジンを抜いて確認すれば弾は後数発しか残っていない。世良に感謝しておまけだと渡してくれたマガジンに付け替えると、非常階段に飛び出した。
 外の喧騒がたちまち大きくなって涼を飲み込んだ。いたぞ、と銃口が一気にこちらを向く。カンカンカン、と非常階段を駆け上がってくる音と振動が足元から伝わってきた。相手は十ばかりか。涼が適当に撃っていた弾が当たったのか、負傷しているものもいる。

「的がいっぱいだ」

 涼はにいっと笑って銃を構える。死地でこそよく笑うのはもはや癖になっている。自然と身の内が猛って疼きだす。愉快でたまらなくなり、笑みはますます濃くなっていく。
 逸る気持ちのままに涼は駆け出した。上がってくる男達に自ら向かっていき、刀を振るう隙も与えずに高所を活かして蹴りを叩き込む。顔面に靴底を入れられた男は階段を転がり落ち、背後の仲間を巻き添えにして足が止まった。そこに弾丸を連続で叩き込んでやる。ひとつ、ふたつ、みっつ、と額を狙って撃ち抜けば動かなくなった体が階段の流れを停止させた。
 下から涼に向けて放たれた銃弾が階段に当たって火花を散らしている。涼は螺旋の奥に身を潜ませるとひとつひとつ順に撃ち抜いていった。射撃場となんら変わらない。顔の横やら服の裾やらを銃弾が掠っていくが、落ち着いて撃てば一発で沈黙させられる。相手は力が入りすぎているのか、銃弾は上擦っていてとても当たる気がしない。銃の撃ち方を教えてやるように正確に狙いをつけて引き金を引く。
 仲間の死体を踏み越えてきたのか、涼の元へ刃先が向けられていた。横薙ぎに払われた刃を咄嗟に躱し、反射的にそちらを撃ち抜く。

「うわっ、びっくりした」

 さらにその後ろから突き出された刃に、涼は上擦った声を上げて銃で受け止めた。後ずさろうにも段差に引っかかってうまく動けなかったのだ。足場の悪いところでの戦闘はこれだから苦手だ。力任せに刃先を弾き返し、一発弾丸を叩き込む。至近距離で首が爆ぜ、びしゃっと血飛沫が上がった。涼の黒いシャツに血が吸われていく。
 今日は返り血を浴びない予定だったのにと機嫌が一気に降下した時、下にいた男達が次々と倒れ伏していった。階段の陰から顔を出し、眼下を伺えば別の集団が男達を制圧しにかかっていた。

「お嬢をどこへやった!」

 撃たれて息も絶え絶えの男の胸倉をつかんで揺さぶりながらそう聞いている。どうやら少女の迎えがきたようだと、涼は身をかがめてそっと室内に戻る。
 少女はしゃがみこんで小さくなっていた。誰かが入ってきたことにびくりと震えたが、それが涼だと分かるとぱっと顔を明るくする。

「パパのお仕事の人、迎えに来てくれたみたいだよ」

 そう言って窓から外を見せればはたしてそうだったようで、少女は先頭にいる男の名前を呼んで安心した顔になった。涼は銃を収める。少女と共にいればあの男達の仲間だと勘違いされても仕方がない。

「それじゃ、今度は捕まらないようにね」

 涼が目線を合わせて別れを告げれば、少女は驚いたような顔をして涼の腕を掴んだ。小さな手に引き止められて涼は困ったように笑う。

「でも、おれい……」

 少女は眉を下げて困惑したような顔を見せた。さすが極道の血筋と言うべきか、礼だの義だのはこの歳でも叩き込まれているらしい。父親の背中を見ていて自然と身についたのかもしれない。あいにく涼はその道に身を置くものではないし、むしろ極道が嫌うような筋を通さないやり方ばかりしているただの殺し屋だ。

「じゃあ、何かあったら友幸商事に御用命を……ってパパに伝えてくれる?」
「ゆうこう?」

 ただでは引き下がらないだろう少女にそう言えば、不思議そうに聞き慣れぬ言葉を繰り返す。うん、と返してやればわかったと素直に頷いて少女は笑顔を見せた。
 裏に生きる者ならそれだけ聞けば分かるだろう。ちゃっかり営業活動までして涼は立ち上がる。少女を探す声は近づいて来ていた。

「おにいちゃん、ありがとう!」

 立ち去ろうとする涼に少女は眩しい笑顔を見せた。涼は軽く手を振って応えると、ビル内の階段を降りる。背後では迎えの者達の心底安堵したような声が聞こえていた。
 できれば二度と会わぬことを願うが、あの子は将来立派に組を継ぐかもしれないと少し笑う。

「あー! グリップまた曲がってる!」

 血がこびりついた銃を見てがっくりと肩を落とすと、涼は夕暮れの空を背に来た道を戻っていった。






 そんな事件から数日後、涼が友弥と二人でレースゲームに白熱していると二階の事務所から降りてきた幸介が声をかけてきた。

「なあ涼ー、この組知ってる?」

 幸介がなんとか組だとか言ってくるが、涼は今それどころではない。ガチャガチャとコントローラーを操作しながら友弥の操るキャラを抜こうと必死になっている。

「待って! 待って、まってぇー!」
「はい俺の勝ちー!」

 喜色満面でゴールした友弥を追いかけて滑り込んだ涼は、またやられたとコントローラーを投げ出した。幸介は呆れてそんな二人を見下ろしている。

「それで、その組がどうかしたの?」

 ソファーの背もたれにぐでんと体を預けて涼が視線だけ幸介に向ける。聞き覚えのない名前になぜそんなことを尋ねてくるのかと不思議そうにする。

「なんか娘さんが助けてもらったって。黒髪でガタイいいとか多分お前のことだし。すげえ謝礼金来たんだけど」

 涼はしばらく思考を巡らせて先日のことを思い出し、あー、とどちらともつかない声を上げる。友弥はぱちぱちと瞬いて涼の方を見た。

「そうだっけ? 忘れちゃったなぁ」

 涼がへらっと笑ってそう言うと、幸介が仕方ないやつだとばかりに眉を曲げた。だったらこれはどうすればいいんだと迷う幸介に、耳聡く聞きつけたヨウが寄ってくる。

「ラッキー、じゃあ焼肉行こうぜ!」

 弾んだ声を上げるヨウを、これは涼がもらったものだろと幸介が諌める。幸介には涼がとぼけていることなどお見通しだったようだ。しかしその涼がいいね、と乗り気なのを見せれば幸介も仕方がないと言って目を輝かせ始める。なんだかんだで高級焼肉に一番食いついているのは幸介なのだろう。

「やったー、今夜は焼肉ー」

 友弥がのんびりと言って和やかに笑った。

「幸介は自腹な」
「なんでだよ!」

 いつも通りヨウが幸介をからかい、鋭く突っ込まれてケラケラと笑う。なら夕食までにもう一戦やろうと涼はリベンジに燃え始め、友弥はまた叩き潰してやると受けて立った。それにヨウも参戦し、幸介は店番と電話番よろしくと弾かれてしまう。本日二度目のなんでだよに揃って笑って、結局本日は店仕舞いになったのだった。
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