裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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慈善も気まぐれに

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 外に出ると、またしても悲鳴が上がった。声はすぐにくぐもったようにかき消えてしまうが、距離と方向さえ分かれば十分だった。出所は思ったよりも近い。涼は小走りにそちらに向かう。
 いくつか道を曲がれば、男が数人いるのが見えた。服装からしてガラが悪い。涼から言わせれば服の柄もよくない。どうやら趣味は合わなさそうだ。一般人なら目を合わせないようにそそくさと逃げたくなるような人種のようだった。
 その中で男に掴まれて引きずられるように連れて行かれる女性の姿が見えた。女性といってもかなり若く、少女と言った方が差し支えがなさそうだ。口を塞がれており、必死に逃げようと手足を暴れさせているが体格差で荷物のように運ばれてしまっている。路地の出口には車が停まっており、どうやらそこに引きずり込もうとしているようだった。
 涼は静かに銃の安全装置を外す。目視できる相手の数は三人。おそらく車に一人は待機しているはずだ。この細い道で撃ち合いになれば身を隠す場所もない。まずは先手、と挨拶も抜きに一発目を撃ち込んだ。
 心地いい反動と痺れが手に伝わる。脇にいた男がぐらっと傾ぎ、頭から血を噴いて倒れた。狙った箇所と違うことなく命中し、涼に合わせて施された整備の腕の良さに嘆息してしまう。

「どこのもんだ!」

 うっとりとする間も無く、怒号が飛んできたかと思えば銃口が向けられる。聞くくせに答えさせる気は毛頭なさそうだ。涼は発砲されるより早く駆け出し、距離を詰めていた。間近でもう一人に一発銃弾を撃ち込むと、少女を押さえ込んでいる男と相対する。男は少女を盾にするように涼の前に引きずり出した。

「んんーっ!」

 無骨な手に押さえられた口元からくぐもった悲鳴が上がる。恐怖に見開かれ、ぼろぼろと涙を流す目と視線が合った。

「最っ低」

 女子供に乱暴を働くなど万死に値する。駆けながら吐き捨てると、涼は向けていた銃口を下ろしてくるりと手元で握り直した。アスファルトに靴底が強く擦れる。思い切り踏み込んで一度減速すると、斜めから懐に飛び込んだ。
 横薙ぎに思い切り銃を叩きつける。鈍い音がして銃床がこめかみにめり込んだ。ぐらっと揺れた男と共に崩れ落ちそうになった少女の肩を引いて抱き寄せる。少女の視界を塞ぐように自分の胸に顔を埋めさせると、膝をついた男の頭に向けて引き金を引いた。
 路地に静けさが戻る。涼は銃を下ろすと、少女を解放した。少女は近くで見ればまだ幼く、十も数えぬほどの歳に思えた。しゃくり上げながら泣き濡れた目で涼を見上げてくる。

「おにいちゃん、パパのお仕事の人……?」

 か細い声に、涼は膝を折って目線を合わせた。少女が瞬くとまた涙が零れていく。

「ただの通りすがりだよ。怪我してない?」

 少女はこくりと頷いてみせた。パパのお仕事って、と聞きかけた時背後で車のドアが勢いよく開く音がする。振り向きざまに銃口を向けて引き金を引くと、車から降りてこちらに向かって来ようとした男が倒れこんだ。念のためもう一発頭を撃ち抜いておく。
 他のメンバーと違って射撃はあまり得意ではないのだ。早撃ちで確実に殺す腕はないため大口径の銃で殺傷力を上げている。射撃が得意な友弥には、反動のせいで手元がぶれるなら本末転倒だと言われているが。
 自分は慣れているが少女は大丈夫だろうか、と振り返る。死体に囲まれ、銃声を間近で聞き、怖いに決まっている。しかし少女は震えはしているものの取り乱す様子はなかった。涼が助けてくれたことで安心しているようにすら見える。その男の方が容赦なく銃を撃っているというのにだ。

「いたぞ! 逃がすな!」

 怒声と荒々しい足音に前を向き直れば、車の向こう側から路地に駆け込んでくる集団が見えた。誰も彼も銃やら刃物やらを構え、涼にギラギラとした目を向けてくる。少女が不安げに涼の後ろに隠れてズボンの生地を握った。涼の顔に苦笑が浮かぶ。長年の経験からなんとなく状況が読めてきてしまった。

「つかまって!」

 少女を抱き上げると涼は走り出す。この狭い場所で少女を庇いながら撃ち合うのはあまりに不利だ。片腕で少女を抱え、走りながら背後に弾をばらまく。少女は必死につかまっているようで、シャツが強く握りしめられていた。後ろから発砲音がするが、いずれも足元を掠めるばかりで当たりはしない。

「おい、娘は殺すな! 男だけ殺れ!」

 諌めるような大声に低い返事が続く。やはりこの少女はあの男達にとって利用価値がある存在のようだ。涼は脇道に飛び込むと、遮蔽物を探して目を走らせた。非常階段を見つけ、螺旋を駆け上がる。扉を蹴破って中に走り込むと、がらんとした空間が広がっていた。どうやら空きビルのようだ。

「ねえ、君のお父さんってさ……組長さんだったりしない?」

 息を弾ませながら少女を見下ろして声をかければ、ぎゅっと目を瞑っていた少女はきょとんとして涼を見上げた。

「パパのこと知ってるの? パパ、お仕事の人にくみちょーってよばれてるよ」

 やっぱり、と涼はため息を吐く。まだ幼い少女にはそれが何を表す呼び名なのかは理解できていないのかもしれない。しかし銃撃戦を前にして泣き叫ばないところを見ると、どうやら何度かこういったことには巻き込まれているようだ。
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