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おかえりを言う間も無く
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友弥がシャワーを浴びている間に汚れた玄関を片付けてやる。血を浴びた上着は一体どこを通ったのかかなり薄汚れていて、今回の仕事が過酷だったことを物語っていた。さっさとゴミ袋に突っ込んで念のために友弥の様子を見に行く。シャワー中に寝ぼけて頭打って死にました、なんて殺し屋として間抜けな幕引きにならぬよう起きているかを確認する。友弥は熱い湯を浴びて多少は目が覚めたのか、思ったよりも明瞭な返事があった。
着替えを持って行ってやりながら、それにしても涼と幸介はこんなに物音を立ててよく起きないものだと思う。無意識に生活音だと切り捨てているか、起きたとしても友弥が帰って来たのかと思ってまた寝てしまったのだろう。
「ありがとー、生き返ったわ」
友弥はやっと人心地ついたといった具合で言って濡れた髪をわしわしと拭いた。何気なくヨウが茶を渡せば、まるで数年ぶりに飲んだというように一気に飲み干してしまった。もしや食事も削っていたのかとじっとりと見やると、友弥は気まずそうに空のペットボトルを弄ぶ。
これはまともに食ってなかったんだな、と呆れてヨウは冷蔵庫を覗き込んだ。友弥はリビングのソファーで髪の水気を取りながらまた眠たそうにしている。
何か食えるものがあったか、とバタバタと扉を開け閉めしていたヨウの目に見慣れぬパックが映り込んだ。買ってくる者などいつもは一人しかいないが、その人物はずっと不在だったためヨウ以外の二人が気を利かせて買っておいたのだろう。賞味期限は昨日で切れてしまっていたが一日くらいなら誰も気にはしない。
「友弥、サーモンあったけど食う?」
すでに一口大に切られた刺身を見せれば、友弥はわかりやすく目を輝かせた。眠気すら食い気にかき消されたようで、食べる、とはっきりした返事を聞いてヨウは炊飯器に残っていた米をよそってやる。
米とサーモンと醤油だけで生きていけそうな男は、まさに天の恵みだとばかりに手を合わせていた。幸せそうに胃に収めていく様子を見ながらヨウはやっと起き出した本来の目的である茶を飲んでいた。友弥の髪が半端に拭かれて乱れているのが気になり、ペットボトルのキャップを締める。
気まぐれにドライヤーを当ててやれば友弥は驚いて箸を止めた。
「ヨウが優しくて気持ち悪い」
「うるせえ」
友弥が半分ほど真剣な声色で言ってくるので荒っぽく一蹴する。そう言うなら一週間ぶりに会った仲間が玄関先で倒れているのを見てみればいい。思い返しても心臓が冷たくなりそうだとヨウはため息を吐く。
友弥の髪が乾く頃にはすっかり茶碗は空になっており、満ち満ちたごちそうさまで久方ぶりの食事を終えたようだった。食器を片付ける後ろ姿も心なしか元気が出たようで何よりだ。
「洗っとくから歯磨いてくれば」
ドライヤーを片付けてそう言えば、友弥は珍しいものを見たと言わんばかりに目を丸くしてこちらを見てくる。一人分の茶碗と箸くらいすぐ洗い終わるし、友弥が僅かに回復した体力が切れる方が困るのだ。いくら自分より小柄とは言っても成人男性を持ち上げて運ぶのは骨が折れる。
俺はそんなに薄情に見えるかとムッとしたが、普段ならまずやらないだろうと自分の中で答えが出てしまう。どこぞの過保護な幼馴染ではあるまいし。立っているなら猫でも使えと言われれば意地でも立たない性質なのだ。
案の定洗い物はすぐに終わり、洗面台を覗きにいく。鏡に映った友弥はやはりもう眠たそうな顔で緩慢に口を濯いでいた。いつ倒れるかとハラハラしているヨウにも気づいていないようだ。タオルを渡してやるとやけにびしょびしょだった口元を拭う。下手くそかよ、と笑って濡れたタオルを籠に放り込んだ。
「ほら部屋行くぞ、一緒に寝てやっから」
「へ?」
半分目の閉じかけた友弥の背を押しながら促すと、友弥は間の抜けた声をあげる。なんで一緒に、と数秒考えてやっと意図に気づいたのだろう。
「あー、それは……助かるかも……」
ゆっくりと瞬きをしながら友弥は眠そうな声で言う。友弥は警戒心が強い分寝ている間もどこかで気を張って敵襲に備えている。隣にいるから気を緩めてしっかり休めとヨウは言っているのだ。
ヨウもまた気配に聡いから頭の一部を起こしたまま眠る感覚がよく分かるのかもしれない。いつもなら慣れているためなんとも思わないが、今夜ばかりは何の心配もなくぐっすりと眠りたい。
「つーか俺が呼ぶまで起きなかったじゃん。襲われたら死ぬからな?」
力の抜けてきた背中を部屋に押し込んでやりながらヨウが呆れたように言う。職業柄侵入者は少なくない。疲れているからと遠慮してくれるような人道的な相手はいないのだ。
「それはー、ヨウだから?」
友弥はのんびりと言いながらベッドにどさっと倒れこんだ。
「殺気があったらすぐ起きるし」
そうやってふにゃふにゃとした声で言われても説得力がない。
ヨウは友弥の体をぐいぐいと押しやって自分の場所を確保する。友弥は布団の柔らかさにすぐさま陥落したようだった。
ヨウもベッドの端を借りて寝転ぶと、手の届く位置にナイフを置く。気の抜けきった寝顔を晒している仲間に少し笑うと浅い眠りに落ちていった。
着替えを持って行ってやりながら、それにしても涼と幸介はこんなに物音を立ててよく起きないものだと思う。無意識に生活音だと切り捨てているか、起きたとしても友弥が帰って来たのかと思ってまた寝てしまったのだろう。
「ありがとー、生き返ったわ」
友弥はやっと人心地ついたといった具合で言って濡れた髪をわしわしと拭いた。何気なくヨウが茶を渡せば、まるで数年ぶりに飲んだというように一気に飲み干してしまった。もしや食事も削っていたのかとじっとりと見やると、友弥は気まずそうに空のペットボトルを弄ぶ。
これはまともに食ってなかったんだな、と呆れてヨウは冷蔵庫を覗き込んだ。友弥はリビングのソファーで髪の水気を取りながらまた眠たそうにしている。
何か食えるものがあったか、とバタバタと扉を開け閉めしていたヨウの目に見慣れぬパックが映り込んだ。買ってくる者などいつもは一人しかいないが、その人物はずっと不在だったためヨウ以外の二人が気を利かせて買っておいたのだろう。賞味期限は昨日で切れてしまっていたが一日くらいなら誰も気にはしない。
「友弥、サーモンあったけど食う?」
すでに一口大に切られた刺身を見せれば、友弥はわかりやすく目を輝かせた。眠気すら食い気にかき消されたようで、食べる、とはっきりした返事を聞いてヨウは炊飯器に残っていた米をよそってやる。
米とサーモンと醤油だけで生きていけそうな男は、まさに天の恵みだとばかりに手を合わせていた。幸せそうに胃に収めていく様子を見ながらヨウはやっと起き出した本来の目的である茶を飲んでいた。友弥の髪が半端に拭かれて乱れているのが気になり、ペットボトルのキャップを締める。
気まぐれにドライヤーを当ててやれば友弥は驚いて箸を止めた。
「ヨウが優しくて気持ち悪い」
「うるせえ」
友弥が半分ほど真剣な声色で言ってくるので荒っぽく一蹴する。そう言うなら一週間ぶりに会った仲間が玄関先で倒れているのを見てみればいい。思い返しても心臓が冷たくなりそうだとヨウはため息を吐く。
友弥の髪が乾く頃にはすっかり茶碗は空になっており、満ち満ちたごちそうさまで久方ぶりの食事を終えたようだった。食器を片付ける後ろ姿も心なしか元気が出たようで何よりだ。
「洗っとくから歯磨いてくれば」
ドライヤーを片付けてそう言えば、友弥は珍しいものを見たと言わんばかりに目を丸くしてこちらを見てくる。一人分の茶碗と箸くらいすぐ洗い終わるし、友弥が僅かに回復した体力が切れる方が困るのだ。いくら自分より小柄とは言っても成人男性を持ち上げて運ぶのは骨が折れる。
俺はそんなに薄情に見えるかとムッとしたが、普段ならまずやらないだろうと自分の中で答えが出てしまう。どこぞの過保護な幼馴染ではあるまいし。立っているなら猫でも使えと言われれば意地でも立たない性質なのだ。
案の定洗い物はすぐに終わり、洗面台を覗きにいく。鏡に映った友弥はやはりもう眠たそうな顔で緩慢に口を濯いでいた。いつ倒れるかとハラハラしているヨウにも気づいていないようだ。タオルを渡してやるとやけにびしょびしょだった口元を拭う。下手くそかよ、と笑って濡れたタオルを籠に放り込んだ。
「ほら部屋行くぞ、一緒に寝てやっから」
「へ?」
半分目の閉じかけた友弥の背を押しながら促すと、友弥は間の抜けた声をあげる。なんで一緒に、と数秒考えてやっと意図に気づいたのだろう。
「あー、それは……助かるかも……」
ゆっくりと瞬きをしながら友弥は眠そうな声で言う。友弥は警戒心が強い分寝ている間もどこかで気を張って敵襲に備えている。隣にいるから気を緩めてしっかり休めとヨウは言っているのだ。
ヨウもまた気配に聡いから頭の一部を起こしたまま眠る感覚がよく分かるのかもしれない。いつもなら慣れているためなんとも思わないが、今夜ばかりは何の心配もなくぐっすりと眠りたい。
「つーか俺が呼ぶまで起きなかったじゃん。襲われたら死ぬからな?」
力の抜けてきた背中を部屋に押し込んでやりながらヨウが呆れたように言う。職業柄侵入者は少なくない。疲れているからと遠慮してくれるような人道的な相手はいないのだ。
「それはー、ヨウだから?」
友弥はのんびりと言いながらベッドにどさっと倒れこんだ。
「殺気があったらすぐ起きるし」
そうやってふにゃふにゃとした声で言われても説得力がない。
ヨウは友弥の体をぐいぐいと押しやって自分の場所を確保する。友弥は布団の柔らかさにすぐさま陥落したようだった。
ヨウもベッドの端を借りて寝転ぶと、手の届く位置にナイフを置く。気の抜けきった寝顔を晒している仲間に少し笑うと浅い眠りに落ちていった。
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