裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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おかえりを言う間も無く

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 ふ、と目が覚めて体を動かさぬまま辺りの気配を伺う。寝室には自分の呼吸の音しか聞こえず空気はいつも通りに流れていた。隣室には幸介の、向かいの部屋には涼の気配があるだけだ。充分な時間をかけて異常はないと判断し、ヨウは身を起こした。
 てっきり何か妙なことでもあって体が反応したのかと思ったが、考えすぎだったか。飲み物でも飲もうかとベッドを出る。しかし自分の勘を信頼しているヨウは念のために枕元からナイフを取り出しスウェットのポケットに忍ばせた。
 ここは友幸商事と表向き名前を付けた殺し屋四人の住居兼事務所になっている。四人も住んでいるせいで一部屋が狭いと文句もあるが、武器庫は充実しているし地下に射撃場や簡易のジムもあるため不便はない。建物の二階が事務所として機能していて、一階の玄関は裏口としてメンバーしか出入りできないようになっている。
 リビングを横切ってほぼ冷蔵庫と電子レンジしか使っていないキッチンに向かう。料理をしているのはほとんど友弥だけだ。
 電気をつけ、常備している茶を出そうと冷蔵庫を開けた時不意に血の香りが鼻先を掠めた気がした。途端にヨウは瞳を鋭くして出どころを伺う。相変わらずおかしな動きはどこにも見られない。目を閉じて気配に集中すると、玄関の辺りにひとつ呼吸が感じられた。涼に野生動物並みだと茶化されるヨウのセンサーはしっかりと反応している。
 ヨウはゆっくりと冷蔵庫を閉め、足音を殺してリビングを横切る。扉を開き、玄関に続く廊下に立ったところで人影が見えた。血の匂いが濃くなる。玄関には誰かが倒れているのが見えた。きゅっと瞳孔が縮まる。闇に馴染ませた目に人影の正体が映り、どくっと心臓が跳ねた。
 玄関に倒れこんでいるのは間違いようもなく友弥だった。血の匂いを放っているのも当然友弥だ。ヨウは走り寄りたいのをこらえて警戒を解かないまま歩いていく。玄関扉の向こうにも気配はない。友弥以外に誰もいないことを慎重に確かめて傍らにしゃがみ込んだ。
 友弥はターゲットを張って一週間ほど留守にしていた。幸介のところに生存報告の定期連絡は来ていたらしいが、姿を見るのはしばらくぶりだ。今回のようにターゲットを観察し、隙を伺って隠密に殺すのは友弥の得意分野だ。時間がかかっているとは思ったが、まさか何かあったのかと急速に血の気が引いていく。
 友弥は靴も脱がないままに廊下に倒れ伏していた。両腕は投げ出され、かぶったままのフードに顔が半分隠されている。ヨウはそっと友弥の口元に手をかざした。確かな呼吸が感じられてひとまず安心する。目を走らせて体の怪我を探すが、見えるところに傷はなく衣服が斬り裂かれている様子もない。そもそも呼吸が随分深く落ち着いている。
 そこまで確かめて、ヨウは友弥が身じろぎすらしないことを不審に思った。ヨウがいかに鋭い勘を持っているといえど、友弥には敵わないと思うほどに警戒心が高いはずだ。眠っているところに近づかれて目を覚まさないはずがない。ヨウはまた不安げに表情を曇らせ、友弥の肩を揺らした。

「友弥……おい、友弥」

 低く呼びかければ、やっと友弥が意識を取り戻した気配があった。フードを引き下ろしてやれば細い目を薄く開いて友弥はぼんやりと虚空を見つめている。今にも再び目が閉じてしまいそうで、もう一度呼びかけると緩慢にヨウを捉えた。初めてヨウがいたことに気づいたように何度か瞬く。

「どうした、怪我してんのか」

 ヨウが心配そうな声を出す。友弥には動く気もなさそうで、べたりとフローリングに体をつけたままだ。ヨウは助け起こしてなんとか体を持ち上げ、壁に背をつくように座らせてやる。体を動かしても痛みを訴える声はなく、やはり傷はなさそうだ。怪我ではないなら薬でも盛られたか、とぼうっとした様子の友弥を覗き込む。

「んー、これ全部、返り血……」

 友弥は口を開くのも億劫だとばかりにぼそぼそとそう言う。友弥が暗殺で返り血を浴びることなどそうそうないのでヨウは驚く。着替える間も無くそのまま帰って来たことにまた驚かされた。

「じゃあ仕事は?」
「おわった……」

 もしや乱戦になったのだろうかと思ったが、友弥が丸い声で答えるのを聞く限り問題なく終わったようだった。一体どうしたんだと訝しげなヨウの様子に気づいたようで、うつらうつらとしたまま切れ切れに言葉を発する。

「あんま、休んでなくて……帰って来たら、気が抜けちゃったみたい」

 ふ、と弱々しく友弥が笑みを浮かべる。やはり苦戦していたのは間違いないようだ。ターゲットを張り込むのに睡眠を削っていたのだろう。だから玄関で眠っていたのか、とヨウは舌打ちしたい気持ちになる。こちらも仕事が立て続けに飛び込んで来なければ二人掛かりで行ったものを。

「とりあえず風呂入ってから寝ろ」

 ヨウは血に濡れた上着を脱がしてやりながら言う。立てるかと聞けば、少し寝たから平気だと言って友弥はふらっと立ち上がった。体を酷使することに慣れているせいで、少し休んだだけで人間は随分回復することをヨウも知っている。それでも到底疲労が抜けたとは言わないだろう。
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