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迷い込んだ舞台裏
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ヨウはそれを見届けると、足元に転がっていたケースを回収した。中に注射器が詰まっているのを確認して懐に押し込む。銃をしまってからうずくまっていた女性へ目を向ければ、びくりと恐れるような反応が返ってきた。
「……怪我は?」
ヨウはしゃがみこんで目線を合わせると女性に傷一つ付いていないことを確認する。静かに頷いたのを見てふと瞳を柔らかくすると手を差し出した。
「逃げろって言われなかった?」
呆れたような声を出せば、女性はまだ震えながらもヨウの手に触れた。
「あなたの姿が見えなかったから……」
立ち上がらせようとしたが女性はふらついて再び倒れてしまいそうになる。ヨウは咄嗟に抱きとめると体を引き寄せた。足に力が入っていないのかされるがままに腕に収まり、顔色悪くヨウに縋ってくる。
「ごめんなさい……」
腕の中で震えている体を受け止めてやり、ヨウは少し弱ったような顔を見せる。どうしたものかと視線を泳がせるが、階上に気配を感じてその顔つきに緊張が走った。部下が駆けつけると言っていたが、動き始めたのだろう。気配がこちらに向かってくる。ヨウは再びインカムを取り付けると銃を手にした。
「しっかり掴まってろよ!」
女性の膝裏に手を入れて抱き上げれば驚いたように首に縋られた。ぎゅっとしがみつかれたのが分かるとすぐに立ち上がり、銃の安全装置を外す。
「涼! 今すぐ来い!」
インカムに怒鳴りつければもう向かっていると返事があった。ヨウはドレスの柔らかな生地をしっかりと抱き直すと階段を駆け上がる。途中降りてきていた人影は銃口が向けられる前に撃ち落とした。
首元に荒くなった呼吸が触れている。荒事も知らぬような御嬢様には恐ろしくて仕方ないのだろう。判断が鈍れば自分でなく彼女に弾が当たると思えば感覚は鋭くなり、敵の足音から呼吸に至るまで手に取るように分かった。右からひとつ、左からふたつ、迫る影に向けて撃てば崩れ落ちる音がする。
「もうちょっとだけ頑張ってくれ!」
見下ろす余裕もなく声をかければ、頷いたような気配があった。入り組んだ廊下を走り抜けて裏口を目指す。いくら軽い女性だと言っても人間一人を抱え続けたまま走れば体力の消耗が激しく、息が乱れた。
次から次へと現れる部下達も建物の外に出てしまえば追いかけてくることもできまい。人目のある場所で殺人などしようものならそれこそ終わりだ。
「ヨウ、もう着く!」
耳元に涼の声が聞こえる。ヨウは汗で滑りかけた手でグリップを握りなおしもう一発撃ち込んだ。扉は眼前に見えているというのに背後から駆けてくる数は増えている。
「っれでも、くらえ!」
ヨウはタキシードのジャケットを漁るとひょいっと背後に投げつけた。ヨウは覆いかぶさるように女性を抱くと足を早めて距離を取る。
カラン、と足元に転がったものの正体に気付く前に警備兵達は爆発に巻き込まれた。爆風から女性を庇い、ちらりと後ろを見れば見事に全員倒れこんでいる。あれこれ仕込むのは友弥のお家芸だが、分けてもらった小型爆弾の威力はなかなかのものだった。
無事建物から脱出し、人気のない建物の裏に女性を下ろす。少しよろめいたものの自分の足で立った彼女を支えながら覗き込んだ。
「大丈夫か?」
自分も息を整えながら聞くと、女性は乱れた髪を直しながら数度頷いた。銃弾が掠ることもなかったようだと安心してヨウの表情も和らぐ。纏っていた緊迫した空気も緩み、安堵の笑みを見せた。
「向こうに迎えが呼ばれてるはずだ。歩けるよな?」
支えていた手をそっと離し、帰り道を指し示す。送ってやれるのはここまでだと言外に伝えれば女性は戸惑いがちにヨウを見上げた。
「あなたは、一体……?」
安全な場所に来たからか、蒼白だった顔色が戻ってきていた。潤んだ目が真実を見定めようとじっとヨウを見つめている。裏の世界のことなど知らぬ純真な瞳が薄暗い裏道で月光を集めて眩しかった。ヨウは綺麗に唇に笑みを乗せると纏った衣服に似つかわしく整った声を作ってみせる。
「金持ちのバカ息子だよ」
言い切れば、女性は微かに眉を下げたようだったが一度目を伏せるとそれを受け入れたように笑顔を見せた。一夜の嘘に騙されて幕を下ろしてくれるらしい。それが彼女にとってもヨウにとっても最良の選択だった。
もう行って全て夢とでも思って忘れてしまえばいいと、先を促してやる。彼女は頷き、一度歩きかけたがふとヨウに向き直った。彼女の手が控えめにヨウの腕に触れ、軽く引き寄せる。
「守ってくれて、ありがとう」
耳元で囁かれた声にふわりと香水の甘さが香った。背伸びをした彼女の吐息が近づいたかと思えば頬に柔らかい熱が触れていた。目を丸くするヨウに微笑みかけた唇の赤さが目に焼きつく。小走りに去っていく背中を呆然と眺め、ヨウはそっと自分の頬に触れた。
硬直したまま彼女の姿を見送っていると、排気音とともに目の前にバイクが滑り込んできた。
「ごめんお待たせ! ……ヨウ?」
すっかりライダースジャケットに着替えている涼がバイクに乗ったまま不思議そうにヨウを眺めた。ヨウは熱くなった頬を押さえながら緩んだ顔つきをゆるりと涼に向ける。
「チュー、された……」
上擦った声で言ってヨウはさらに相貌を崩す。へ?と涼は不思議そうに聞き返すばかりだ。
ヨウはそれ以上話すことはなくさっさとバイクの後ろを陣取ると早く出せと涼の背中を叩く。涼は慌ててヨウにヘルメットを被せ、コートを羽織らせると発車した。
「なにがあったんだよー」
へへへ、と照れ臭そうに笑うヨウが気になって涼は聞いてみる。浮ついた様子で後ろに乗っているヨウはまだ口元を緩めているようだ。
「教えなーい!」
子供のようにそう言ってヨウは笑う。もう、と呆れながらも仲間の無事な姿に涼も少し笑った。
進む二人と同じ速度で街並みは流れていく。煌びやかな街の明かりに夜空さえ照らされているようだった。ヨウは風を受けながらふと頭上を見上げる。濃紺の空に彼女の纏うドレスを思い出し、また頬に朱が走るのだった。
「……怪我は?」
ヨウはしゃがみこんで目線を合わせると女性に傷一つ付いていないことを確認する。静かに頷いたのを見てふと瞳を柔らかくすると手を差し出した。
「逃げろって言われなかった?」
呆れたような声を出せば、女性はまだ震えながらもヨウの手に触れた。
「あなたの姿が見えなかったから……」
立ち上がらせようとしたが女性はふらついて再び倒れてしまいそうになる。ヨウは咄嗟に抱きとめると体を引き寄せた。足に力が入っていないのかされるがままに腕に収まり、顔色悪くヨウに縋ってくる。
「ごめんなさい……」
腕の中で震えている体を受け止めてやり、ヨウは少し弱ったような顔を見せる。どうしたものかと視線を泳がせるが、階上に気配を感じてその顔つきに緊張が走った。部下が駆けつけると言っていたが、動き始めたのだろう。気配がこちらに向かってくる。ヨウは再びインカムを取り付けると銃を手にした。
「しっかり掴まってろよ!」
女性の膝裏に手を入れて抱き上げれば驚いたように首に縋られた。ぎゅっとしがみつかれたのが分かるとすぐに立ち上がり、銃の安全装置を外す。
「涼! 今すぐ来い!」
インカムに怒鳴りつければもう向かっていると返事があった。ヨウはドレスの柔らかな生地をしっかりと抱き直すと階段を駆け上がる。途中降りてきていた人影は銃口が向けられる前に撃ち落とした。
首元に荒くなった呼吸が触れている。荒事も知らぬような御嬢様には恐ろしくて仕方ないのだろう。判断が鈍れば自分でなく彼女に弾が当たると思えば感覚は鋭くなり、敵の足音から呼吸に至るまで手に取るように分かった。右からひとつ、左からふたつ、迫る影に向けて撃てば崩れ落ちる音がする。
「もうちょっとだけ頑張ってくれ!」
見下ろす余裕もなく声をかければ、頷いたような気配があった。入り組んだ廊下を走り抜けて裏口を目指す。いくら軽い女性だと言っても人間一人を抱え続けたまま走れば体力の消耗が激しく、息が乱れた。
次から次へと現れる部下達も建物の外に出てしまえば追いかけてくることもできまい。人目のある場所で殺人などしようものならそれこそ終わりだ。
「ヨウ、もう着く!」
耳元に涼の声が聞こえる。ヨウは汗で滑りかけた手でグリップを握りなおしもう一発撃ち込んだ。扉は眼前に見えているというのに背後から駆けてくる数は増えている。
「っれでも、くらえ!」
ヨウはタキシードのジャケットを漁るとひょいっと背後に投げつけた。ヨウは覆いかぶさるように女性を抱くと足を早めて距離を取る。
カラン、と足元に転がったものの正体に気付く前に警備兵達は爆発に巻き込まれた。爆風から女性を庇い、ちらりと後ろを見れば見事に全員倒れこんでいる。あれこれ仕込むのは友弥のお家芸だが、分けてもらった小型爆弾の威力はなかなかのものだった。
無事建物から脱出し、人気のない建物の裏に女性を下ろす。少しよろめいたものの自分の足で立った彼女を支えながら覗き込んだ。
「大丈夫か?」
自分も息を整えながら聞くと、女性は乱れた髪を直しながら数度頷いた。銃弾が掠ることもなかったようだと安心してヨウの表情も和らぐ。纏っていた緊迫した空気も緩み、安堵の笑みを見せた。
「向こうに迎えが呼ばれてるはずだ。歩けるよな?」
支えていた手をそっと離し、帰り道を指し示す。送ってやれるのはここまでだと言外に伝えれば女性は戸惑いがちにヨウを見上げた。
「あなたは、一体……?」
安全な場所に来たからか、蒼白だった顔色が戻ってきていた。潤んだ目が真実を見定めようとじっとヨウを見つめている。裏の世界のことなど知らぬ純真な瞳が薄暗い裏道で月光を集めて眩しかった。ヨウは綺麗に唇に笑みを乗せると纏った衣服に似つかわしく整った声を作ってみせる。
「金持ちのバカ息子だよ」
言い切れば、女性は微かに眉を下げたようだったが一度目を伏せるとそれを受け入れたように笑顔を見せた。一夜の嘘に騙されて幕を下ろしてくれるらしい。それが彼女にとってもヨウにとっても最良の選択だった。
もう行って全て夢とでも思って忘れてしまえばいいと、先を促してやる。彼女は頷き、一度歩きかけたがふとヨウに向き直った。彼女の手が控えめにヨウの腕に触れ、軽く引き寄せる。
「守ってくれて、ありがとう」
耳元で囁かれた声にふわりと香水の甘さが香った。背伸びをした彼女の吐息が近づいたかと思えば頬に柔らかい熱が触れていた。目を丸くするヨウに微笑みかけた唇の赤さが目に焼きつく。小走りに去っていく背中を呆然と眺め、ヨウはそっと自分の頬に触れた。
硬直したまま彼女の姿を見送っていると、排気音とともに目の前にバイクが滑り込んできた。
「ごめんお待たせ! ……ヨウ?」
すっかりライダースジャケットに着替えている涼がバイクに乗ったまま不思議そうにヨウを眺めた。ヨウは熱くなった頬を押さえながら緩んだ顔つきをゆるりと涼に向ける。
「チュー、された……」
上擦った声で言ってヨウはさらに相貌を崩す。へ?と涼は不思議そうに聞き返すばかりだ。
ヨウはそれ以上話すことはなくさっさとバイクの後ろを陣取ると早く出せと涼の背中を叩く。涼は慌ててヨウにヘルメットを被せ、コートを羽織らせると発車した。
「なにがあったんだよー」
へへへ、と照れ臭そうに笑うヨウが気になって涼は聞いてみる。浮ついた様子で後ろに乗っているヨウはまだ口元を緩めているようだ。
「教えなーい!」
子供のようにそう言ってヨウは笑う。もう、と呆れながらも仲間の無事な姿に涼も少し笑った。
進む二人と同じ速度で街並みは流れていく。煌びやかな街の明かりに夜空さえ照らされているようだった。ヨウは風を受けながらふと頭上を見上げる。濃紺の空に彼女の纏うドレスを思い出し、また頬に朱が走るのだった。
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