裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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迷い込んだ舞台裏

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 ヨウは俯き、ひとつ息を吐く。そうして殺し屋としての自分に切り替えた。久しぶりの感覚にくっきりと笑みを浮かべてみせる。血に昂り、危機に笑い、不敵に仕留めるのが殺し屋としてのヨウの姿だ。瞳に興奮の色が乗る。
 飛び出すのと同時に主催に弾を撃ち込んだ。それは射線上にいた護衛に当たったようだった。一斉に銃弾が飛んでくるがすぐに遮蔽物に隠れて躱す。視界が悪いが数発撃てばまた一人に当たったようで呻き声が聞こえた。残るのは護衛一人と主催、そして取引相手の男だけ。

「待て! こいつがどうなってもいいのか!」

 男が声を張り上げ、銃声は一度収まる。物陰からちらりと見ればへたり込んでしまった女性に鋭い切っ先が突きつけられていた。銃撃戦を目にして怯えてしまったのか、ヨウが視線を集めている間に逃げる事は叶わなかったようだ。
 致し方ないとヨウは観念して、インカムを外すと立ち上がった。銃を持ったまま両手を挙げれば護衛が隙なく銃口を向けてくる。ヨウはそのまま視線を巡らせた。女性は驚いたように目を見開いてヨウを見つめていた。
 その側に座り込んだ男が女性の肩を乱暴に引き寄せ、首に食い込むのではないかというほど刃先を突きつけている。ヨウが撃った二人の護衛は地に伏せていた。
 主催は先程会場で見せた人の良さそうな顔つきはすっかり剥がれ落ち、冷酷な瞳でヨウを眺め回している。

「どこの回し者だ」

 主催が淡々と尋ねてくる。ヨウは答える気などさらさらないので挑戦的な目で見返すだけだ。チッとひとつ舌打ちすると主催は護衛を顎先で使った。近づいてきた護衛がヨウの銃を奪い取る。

「丁寧に扱えよ? オーダーメイドなんだからよぉ」

 ヨウの銃を床に置いたのを見下げ、不遜に口角を上げてみせる。機械的に指示に従っていた護衛の目に苛立ちが走った。

「がはっ!」

 振り上げられた膝が無防備なみぞおちに叩き込まれた。ヨウは息が止まるような痛みに呻き、体勢を崩す。思い切り引き倒され、地に伏すように叩きつけられた。細めた瞳によく磨かれた革靴が映る。睨み上げれば主催が変わらぬ表情でヨウを見下ろしていた。

「誰の指示だ、吐け」

 目を逸らそうとすればヨウを取り押さえていた護衛が無遠慮に前髪を掴み上げた。整えられた髪が乱れ、額に髪の房が落ちる。引き上げられる痛みに顔を歪めたが、ヨウは笑みを消す事なくただ主催を見上げるだけだ。こんなことをされても言うつもりはないという意思が明確に伝わったらしい。
 ふん、と面白くなさそうな声が上がり、主催の手が自身の服の内側に伸びた。銃でも突きつけてくるかと思っていたのだが、現れたのは取引に使われていた注射器だった。何をするつもりかとヨウの胸に微かな不安が掠めたのを敏感に嗅ぎ取ったらしい。主催はうっそりと微笑み、注射器のパッケージを破いた。

「この味を知れば何でも自分から話したくなる」

 それは間違いなく何人もの人間を狂わせ引き摺り下ろしてきた男の笑みだった。高みから苦しむ人を見下し快楽を得るような歪んだ笑いに鳥肌が立つ。向けられた注射針から逃れようとするがしっかりと押さえられていれば容易には抜け出せない。
 しかし焦りを表に出す事はなく、ヨウも負けじと不敵に笑い返してやった。

「いつか醒める快楽なんかに興味ねえよ。あいにく毎日楽しくて仕方ないんでね」

 真っ直ぐに言ってやれば面白そうに男の瞳が弧を描いた。人を突き落とすのは楽しい。それが強気であればあるほど崩れた時の姿を思うと楽しくて仕方がない。怯えすらなかった男が這い蹲って悶え苦しむのを見下せば愉悦に震えるに違いない。圧倒的優位に立つことで瞼の裏にそんな姿がちらついて見える。皿の上に乗った獲物にナイフを入れる瞬間の恍惚。
 その一瞬の隙に大人しく皿に収まっていた獣は牙を剥いた。
 どっと溢れ出した血液に何が起きたかわからぬまま護衛が倒れ伏す。その首元はぱっくりと割れ、血飛沫が放物線を描いてコンクリートに散った。
 咄嗟に主催が距離をとったのはさすがと言うべきか、ヨウが二撃目を繰り出すまでの間に間合いから抜ける。ヨウは深追いすることなく地面に置かれた愛銃を手に収めた。
 取引相手の男が事態を把握して再び脅しをかけるまでの間にその額には銃弾が貫通していた。極限に集中し、狙いすまされた一発が女性を傷つけることなく男を仕留めた。主催が銃を抜こうとする手をすかさず撃ち抜く。憎悪を含んだ目で見やった先には、隠し持っていたナイフから血を滴らせ、鋭い瞳で銃を構えた赤髪の男の姿が映っていた。
 ヨウはナイフの血を払い手早くしまい込む。半端に下りた前髪をぐしゃぐしゃと乱してオールバックを崩すと、髪の隙間から狩る側となった笑みが覗いた。

「すぐに部下が駆けつける……無事では出られないぞ……!」

 撃ち抜かれた手を押さえ、上擦った声で主催は喚いた。ヨウはおかしそうにくつくつと笑うとその額に銃口を向けた。何を言おうが負け犬の遠吠えでしかないのだから。

「チェックメイトだ」

 低まった声に銃声が続く。キン、と薬莢が落ちた時には主催の体は地に沈んでいた。
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