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迷い込んだ舞台裏

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 手洗いに行くように見せかけて主催とマークしていた男の背中はどんどん人目につかない方へと向かっている。ヨウは足音を消し、気配を殺し、物陰に身を隠しながらそちらに向かう。インカムを取り出して耳元につけると周囲に聞こえぬように小声で囁きかけた。

「幸介、聞こえるか? 動きがあった」

 待機しているはずの幸介に声をかけると、すぐに返事があった。ヨウの仕事がうまくいけば、つまり主催の暗殺に成功すれば、このパーティーの主催がいなくなり一般の参加者は動転するだろう。それを防ぐために幸介が裏で手を回しているはずだった。ヨウが仕事を始めれば他の参加者には嘘の情報がいき速やかに避難させるようになっている。当日までの準備に苦労したと言っていたところだ。

「誘導始めるぞ。しっかりやれよ」

「了解」

 幸介の言葉に短く返してヨウはニイッと笑う。ここからヨウの本当の仕事が始まるのだ。
 男の背中が角に消えたのを確認する。警備が一人立っているのが見えた。ヨウは暫しの間をおいてあえて堂々とそちらに向かった。近づいてくるヨウの姿を見とめ、警備員はハッとして厳しい顔つきになる。
 何事か口を開きかけた瞬間、ヨウは素早く距離を詰めた。首に絡みついた腕に警備員は声を発することもできず目を見開く。軽く絞め落とすとヨウは音を立てぬように脱力した警備員の体を壁に寄りかからせて座らせた。
 角に隠れて見やればその先はエレベーターホールになっていた。二人が乗り込み、扉が閉まるのが見える。示した行き先は地下だった。ヨウは素早く周囲を見回して階段を見つける。物陰から飛び出すと足音を立てぬように注意しながら一気に駆け下りた。
 階段を下りきるとそこには広い倉庫のような空間が広がっていた。うちっ放しのコンクリートの床を橙色の照明が照らしている。エレベーターはまだ来ていないようだが人影がちらほらと見える。主催の部下が待機していたようだ。積み上げられた木箱の隙間に隠れられそうな場所を見つけはしたが、今動けばすぐに見張りに気づかれてしまいそうだ。
 エレベーターが到着した瞬間、全ての目線がそちらに向いた。その機会を逃さずヨウは木箱の隙間に滑り込む。しゃがみこんで覗くが幸いにも気づかれることはなかったようだ。そのまま息を殺して動向を伺う。
 主催の後ろには三人の部下が控えている。ボディーガードなのか、武装している様子だ。対して男は一人。それでも修羅場をくぐり抜けてきたのであろう。この場において萎縮している気配はない。
 男が胸元から何かを取り出し、主催に手渡した。主催はそれを目にして頷くと部下に合図をして何かケースを取り出させた。ヨウは目を凝らしてその中身を確認する。開いて男に見せた中身は注射器のようだった。あれが麻薬に違いない。
 取引の場は押さえた。あとは仕事に取り掛かるだけだ。ヨウは身体検査をすり抜けて持ち込んだ銃に手をかける。ここにいる五人を始末すればいい。ついでにあの薬を持ち帰れば仕事は完了する。
 まずは頭を落とす、と主催に狙いを定める。そこから体勢を整えられる前に迷わず全員に弾を撃ち込めばいい。引き金を引こうとした瞬間だった。

「きゃああああっ!」

 階上から悲鳴が聞こえた。ヨウを含め、皆の意識が上へと向かう。女性の悲鳴に警戒心が増し、護衛が主催を囲むようにして射線から隠した。ヨウは一旦銃を下げて身を隠すことに努める。
 何事かと思えばエレベーターが開き、そこから女性を捕らえた警備が現れた。

「この女、こそこそ嗅ぎ回ってました」

 小柄な体をがっしりと捕まえられて女性は青ざめている。ヨウは彼女を見て息を飲んだ。紺色のドレスは先程会場でヨウにグラスを差し出してくれた女性だ。こんな事に巻き込まれるとは思いもよらなかったようで、泣きそうな顔をして恐怖に震えていた。避難指示があったはずだがどうしてこんなところに、と内心舌を打つ。

「殺せ」

 主催が当然のように吐き捨てる。警備は女性を掴む手に一層力を込め、銃を取り出した。女性の喉から声にならない悲鳴が漏れる。ヨウの手は慣れ親しんだ動きで照準を合わせ、思考する前に引き金を引いていた。
 銃声が響き渡り、女性に向けられていた銃が落ちる。続けて発射された銃弾が警備の頭を撃ち抜いていた。

「誰だ!」

 その射線を追って一斉に銃口が向けられる。彼らには木箱しか見えていなかろうが、その後ろに確かに敵がいるのが分かっているのだろう。数からして圧倒的に不利な状況だ。
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