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迷い込んだ舞台裏
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涼は目が覚めてしばらくベッドの中でまどろんでいたが、それにも飽きてやっと起き上がった。寝起きのままのぼんやりとした状態で話し声の聞こえるリビングに向かう。
「おはよお」
ふにゃふにゃと覇気のない声で言いながら入っていけば、そこには見慣れぬタキシード姿があって半分閉じていた目が開いた。
「おはようってもう夕方だぞ」
呆れたような声で振り返ったタキシードが不機嫌極まりないという顔を見せる。一体誰かと思ったがその鋭い眼光はヨウそのもので、涼は眠気も覚めた目でぽかんとそれを見やった。
動くな、と言って傍らでは幸介が黒い蝶ネクタイの歪みを直してやっていた。へえへえと怠そうにしながらヨウはおとなしく服装を整えられている。その赤髪はオールバックにセットされ、額が露わになった姿が見慣れなくて涼は上から下まで視線をやった。
「……なにしてんの?」
ようやくそう口にした涼に、幸介がヨウの体の陰から顔を出した。
「パーティーがあるって言っといたろ」
やはり忘れていたかと言わんばかりの言い方に涼はごまかし笑いをしながら寝癖のついた髪をいじった。
そういえばそんな仕事があると言っていた気がする。なにかの記念だか祝いだったかはたまた関係のない夜会だったかは知らないが、それを隠れ蓑にして麻薬の受け渡しがあるらしいというのだ。主催者自体が麻薬を流し、一般の参加者に紛れ込んでいる裏の者がそれを受け取る。ヨウはそのパーティーに資産家の息子として潜入し、取引の場を押さえて殺すのが仕事だ。
「あれ、友弥は?」
もう一人姿が見えない仲間を探して辺りを見回すが気配が感じられない。幸介に聞けば、友弥はとっくに別の仕事に行ってしまったらしい。相変わらず多忙なことだ。
「じゃあがんばってねー」
自分も遊びに行ってしまおうかと軽くそう言えば、おい、とヨウに低く呼び止められた。
「お前は運転手だぞ。30分後にここ出るからな」
初耳の事態に涼は素っ頓狂な声をあげる。ヨウは涼の方を見ることもなく背中で急かしてくる。だったら早く起こしてくれと文句を言いながら涼は慌ててシャワーに駆け込んだのだった。
どこから借りてきたのか左ハンドルの高級車を運転しながら涼はムスッとした様相だった。ただの送り迎えのために駆り出され、しかも時間もあまりなかったために髪のセットも不十分なのだ。運転手なんだからそのままでいいと言われ、涼の髪は乾かしたての柔らかなままだ。スーツに白手袋をつけ、眼鏡をかけた格好は普段と違って気分が高揚する。どうせ変装するならパーティーに潜入したかったのにと思ったが、今回は一人送り込むのが精一杯だったらしい。
ちらりと見ればバックミラーには澄ました表情で外を眺めるヨウが映っていた。確かにこの派手な髪色は金持ちの息子っぽいと思っていたのが伝わったのか、ヨウと目が合った。文句を言われる前に視線を道路に戻すが、彼の長い足が座席を蹴ってくる。
「ヨウこの車借り物!」
涼が注意するがヨウは素知らぬ顔だ。ヨウが不機嫌なのも無理はない。幸介や涼とは違って知り合ったばかりの人間と歓談するような場は得意ではないのだ。有能なヨウのことだから仕事だと思えば切り抜けるだろうがそれでも気は進まないに違いない。
「がんばってね?」
会場が見えてきた頃に心配そうに言えば、おー、と返事があった。少し緊張しているのが伝わってくる。ヨウはおそらく仕事のことについては全く心配していないのだろうが、パーティーのことを考えて憂鬱になっているのだろう。
涼は一流の運転手に見えるような所作でヨウを下ろすと何事もなく場を去った。次に涼が迎えに来るのはヨウの仕事が全て終わった後だ。ヨウは偽装した招待状を手にパーティー会場へと足を踏み入れる。ヨウの横顔は堂々としており資産家の息子としての演技を始めていた。
「おはよお」
ふにゃふにゃと覇気のない声で言いながら入っていけば、そこには見慣れぬタキシード姿があって半分閉じていた目が開いた。
「おはようってもう夕方だぞ」
呆れたような声で振り返ったタキシードが不機嫌極まりないという顔を見せる。一体誰かと思ったがその鋭い眼光はヨウそのもので、涼は眠気も覚めた目でぽかんとそれを見やった。
動くな、と言って傍らでは幸介が黒い蝶ネクタイの歪みを直してやっていた。へえへえと怠そうにしながらヨウはおとなしく服装を整えられている。その赤髪はオールバックにセットされ、額が露わになった姿が見慣れなくて涼は上から下まで視線をやった。
「……なにしてんの?」
ようやくそう口にした涼に、幸介がヨウの体の陰から顔を出した。
「パーティーがあるって言っといたろ」
やはり忘れていたかと言わんばかりの言い方に涼はごまかし笑いをしながら寝癖のついた髪をいじった。
そういえばそんな仕事があると言っていた気がする。なにかの記念だか祝いだったかはたまた関係のない夜会だったかは知らないが、それを隠れ蓑にして麻薬の受け渡しがあるらしいというのだ。主催者自体が麻薬を流し、一般の参加者に紛れ込んでいる裏の者がそれを受け取る。ヨウはそのパーティーに資産家の息子として潜入し、取引の場を押さえて殺すのが仕事だ。
「あれ、友弥は?」
もう一人姿が見えない仲間を探して辺りを見回すが気配が感じられない。幸介に聞けば、友弥はとっくに別の仕事に行ってしまったらしい。相変わらず多忙なことだ。
「じゃあがんばってねー」
自分も遊びに行ってしまおうかと軽くそう言えば、おい、とヨウに低く呼び止められた。
「お前は運転手だぞ。30分後にここ出るからな」
初耳の事態に涼は素っ頓狂な声をあげる。ヨウは涼の方を見ることもなく背中で急かしてくる。だったら早く起こしてくれと文句を言いながら涼は慌ててシャワーに駆け込んだのだった。
どこから借りてきたのか左ハンドルの高級車を運転しながら涼はムスッとした様相だった。ただの送り迎えのために駆り出され、しかも時間もあまりなかったために髪のセットも不十分なのだ。運転手なんだからそのままでいいと言われ、涼の髪は乾かしたての柔らかなままだ。スーツに白手袋をつけ、眼鏡をかけた格好は普段と違って気分が高揚する。どうせ変装するならパーティーに潜入したかったのにと思ったが、今回は一人送り込むのが精一杯だったらしい。
ちらりと見ればバックミラーには澄ました表情で外を眺めるヨウが映っていた。確かにこの派手な髪色は金持ちの息子っぽいと思っていたのが伝わったのか、ヨウと目が合った。文句を言われる前に視線を道路に戻すが、彼の長い足が座席を蹴ってくる。
「ヨウこの車借り物!」
涼が注意するがヨウは素知らぬ顔だ。ヨウが不機嫌なのも無理はない。幸介や涼とは違って知り合ったばかりの人間と歓談するような場は得意ではないのだ。有能なヨウのことだから仕事だと思えば切り抜けるだろうがそれでも気は進まないに違いない。
「がんばってね?」
会場が見えてきた頃に心配そうに言えば、おー、と返事があった。少し緊張しているのが伝わってくる。ヨウはおそらく仕事のことについては全く心配していないのだろうが、パーティーのことを考えて憂鬱になっているのだろう。
涼は一流の運転手に見えるような所作でヨウを下ろすと何事もなく場を去った。次に涼が迎えに来るのはヨウの仕事が全て終わった後だ。ヨウは偽装した招待状を手にパーティー会場へと足を踏み入れる。ヨウの横顔は堂々としており資産家の息子としての演技を始めていた。
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