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全速力でお迎えに
しおりを挟む薄暗い建物内でしゃがみこんだ友弥の上を銃弾が掠めていく。見つかったか、と友弥はすぐに床を転がって新たな遮蔽物の後ろに隠れた。仕事が完了し、後は戻るだけという段階になって加勢が駆けつけてきてしまった。ターゲットの男が死んだ瞬間に連絡がいったのだろう。その仕掛けに気づかなかった自分を内心悔やむ。しかし反省会は拠点に帰ってからだと友弥は銃を握り直して走り出した。
身を屈めて走る友弥の軌跡を追うように銃弾が床を跳ねる。友弥が見た限りでは車が数台停まっていて、室内には十人程度が踏み込んできていた。しつこく追い回して来る男の額を撃ち抜いて友弥は部屋を出る。また銃声がして物陰に追われるはめになった。
一人で片付けるには少し数が多い、不利な状況だ。危機というほどではないがまともに相手にしていては骨が折れると頭を回す。いっそ建物ごと爆破するか、と考えたがそれもまた手間がかかり過ぎるし何より目立つ。
友幸商事という名の殺し屋はこの界隈では随分と有名になった。依頼人との交渉を任されている幸介が言うには、なるべく穏便に済ませてほしいということだ。だからこそこの仕事はヨウではなく友弥に任されたのだが、ここまでされると静かになどとは言っていられない。せっかくターゲットは物音を立てずに殺したのに、とため息も吐きたくなる。
物陰から出られずにいた友弥の耳に、近づいてくるエンジン音が聞こえた。友弥はパッと顔を明るくして笑みを浮かべる。友弥は迷いなく駆け出すと、走りながら銃弾をばらまくように横薙ぎに撃つ。それでも何発かは当たったようで痛みに叫ぶ声が上がった。こちらに撃たれた銃弾は無視し、思い切り駆け抜け、一直線に窓へ。そしてガラスを破って勢いよく飛び出した。
身軽に着地した友弥の眼前にヘッドライトが迫る。やはり聞き慣れた重低音は仲間の大型バイクの音だった。ライトの向こうにはためくライダースジャケットと闇に溶けるフルフェイスヘルメットが見える。
バイクが目の前に急停車した瞬間、友弥は後ろに飛び乗ってがっしりとした腰に腕を回した。友弥が無事に乗ったかの確認もしないまま、バイクは大きく嘶いてアクセルを全開にした。ぶわっと正面から吹き付けてくる風に体を持っていかれかけ、友弥はぎゅっと背中にしがみつく。
「涼、来てくれたんだ!」
友弥は風に負けないような声で背中に叫ぶ。ミラーに映ったヘルメット越しの涼の口元がニッと吊り上がった。
「仕事終わったって聞いたのに、賑やか過ぎるんじゃない?」
友弥の任務完了の知らせを受けて迎えに来てくれたようだが、あいにく状況は変わってしまった。ミラーには後ろから追いかけてくる車が映っている。風の轟音に混じって銃声が聞こえていた。涼がわざと車体を揺らして走るので弾は当たらず、横を過ぎ去っていく。
「ごめんねぇ」
友弥は緩く謝って太股でしっかりと車体を挟み込むと銃口を後ろに向けた。右手で強く涼の体にしがみつき、左手で追ってくる車を狙う。揺れの中で狙いを定め、正確にタイヤを撃ち抜いた。バンッと嫌な音がして前輪がへこむ。それでも無理やり追ってくるのに呆れて運転手の額に風穴を開けてやった。
「ナイスゥ」
玉突きのようにぶつかって止まった車をミラーで確認して涼が楽しげに笑う。不意にぐんっと体が振り回され、友弥は慌てて涼にしがみついた。
バイクは斜めに倒れてほぼ直角の急カーブを描き、細い路地へと吸い込まれていく。ともすれば振り下ろされてしまいそうな運転の仕方に、友弥はなんとか体勢を整えて涼の背中に文句を言う。
「言ってくれよぉ!」
「ごっめぇん」
涼はへらっと笑ってまたぐいっと手首を捻る。バイクの速度が上がり、細い道を恐れることなく一目散に進んでいく。こうなったら聞かないな、と友弥は呆れて両手を涼の腰に回した。エンジンの振動が下半身を揺さぶる。涼は至極楽しげに速度を上げていた。
後ろを振り返ればあまりの狭さに車は追ってこられないようだった。しかし前を向き直ると、ライトに照らし出された影に友弥は焦りを滲ませる。
「先回りされてる! バックバック!」
そこには路地の出口を塞ぐように車を横付けにして、銃を構える男達の姿があった。
「バックなんて無理っ!」
涼は口の端に笑みを残したまま大声で抗議する。友弥の行動は引き金が引かれるよりも早かった。ぶんっと放り投げられたものが男達の足元に転がる。涼はそれが視界に入った瞬間に思い切り頭を下げた。友弥が口に咥えたピンを吐き捨てる。刹那、投げられた手榴弾は爆発を起こし、車を巻き込んで大きく燃え上がった。
「涼、横!」
友弥の声に顔を上げると道の端にお誂え向きの資材の山があった。涼はハンドルを切ると前輪をそちらに向け、器用に資材の上に乗せる。最大までスピードの出ていたバイクは思い切り資材の板の上を走り抜けると、そのまま高く飛び上がった。
炎上した車の熱が足元を一瞬すぎていく。ぶわっと浮いた体は綺麗に着地したバイクの上に叩きつけられ、友弥は呻き声を漏らした。涼はバイクを真っ直ぐに着地させるとぐるりとハンドルを回して横向きに止めた。ジャリッと砂を切る音がしてタイヤの痕が残り、勢いを殺して停車する。
目の前では激しく炎が燃えており、銃を向けていた男達は皆倒れ伏していた。赤々とした炎の中に車の影が見えている。
「ははっ、友弥生きてる?」
涼は心底楽しそうに言って後ろを振り返った。友弥は涼の背中にしがみついたまま、なんとか、と弱く返した。あはは、と涼がまた楽しげに笑って端末を取り出す。
「こーちゃん、終わったけどちょっと片付け大変そう」
涼は幸介に連絡しながら、ごめんねごめんね、と謝罪した。幸介が静かにやれって言っただろ、と怒っている声が聞こえてくる。それでも二人の無事には安心したのか、後は掃除屋に任せるから帰ってこいと指示があった。
「じゃあ帰りますか」
涼はそう言って友弥にヘルメットを投げた。友弥は銃を収めてヘルメットをかぶると後ろに跨る。
「安全運転でよろしくね?」
友弥の言葉に、了解、と涼が笑う。
友弥一人の重さなど意に介さないように軽々とバイクは発車した。興奮した運転手のせいでいつもより速い走りに友弥も愉快になってくすくすと笑ってしまう。二人の乗ったバイクは爆煙の匂いを纏って夜の街を擦り抜けていく。
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