アンデッド

おりちゃん

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人生にはいくつかの好転がある。

「ねえ、たけちゃん。私たち別れようか」
「え?」

きっかけは付き合っていた彼女からの一言。
可愛くて、気遣いができて、話をよく聞いてくれてとても良い子だった。
かれこれ3年ぐらい付き合っていたので、結婚を視野に入れはじめた頃、気づけば振られていた。

振られたショックを隠しつつ、せめて仕事は頑張ろうとしたが

「おいお前、乗務中の態度悪いらしいな。何件か苦情が来てるぞ」

と上司から指導を受けた。
聞けば内容はどれもくだらないことばかり。
片手運転していた。あくびをしていた。など。
こっちは普通に仕事してるだけで怒られるなんて意味が分からない。
おまけにやってないと言えば、誤解をするような行動をするからと火に油を注いでしまう。
立て続けに嫌なことがこうも続けば、さすがにダメージはくる。

「おれがいったいなにしたっていうんだよ」

自室のベッドに、着ていた制服の上着を投げ捨て、そのまま勢いに任せベッドに飛び込む。

「明日から会社休もうかな」

出来ればあまり使いたくない手段を思いつく。
うつ伏せから体勢を変えて天井を見上げる。
どうせ真面目にやったって、俺の言葉よりお客さんの言葉を信じる上司もどうかと思うのだ。
ふと室内に飾ってある2本のギターが視界に入る。

「残ったのはこれだけか」

ベッドサイドに置いてあったピックを持ちアコギを抱える。
ストロークを行うと、まだ感覚が残っているのか、指が自然となじむ。

俺は学生のころ、友達に誘われて軽音部に入部した。
とある先輩が弾いているのがかっこよくてギターを始めた。
音楽の楽しさに気づいた俺は専門学校に行っても会社に入社しても、ギターを弾くことは続けていた。
その傍らでいろんな人とバンド活動していた。
趣味の範囲だったけど、それなりに楽しかった。
しかし、歳を重ねるごとにみんなが現実を見るようになった。
バンドでメジャーデビュー。など夢のまた夢で辞めていく人が多かった。
ちょうどその頃には、俺自身も幼いころから夢だった、電車の運転士になるための養成試験に合格していたので、それを機にバンドを抜け、ギターも弾くことを辞めた。

せっかく運転士になったのにな。

落ち込んだ気持ちは音にも現れて、低い音が長く響いた。

ピンポーン。
タイミングよくインターホンが部屋に響く。
しまった。
いくら角部屋とはいえうるさくしてしまったかと焦る。
気を紛らわせるためとはいえ、ここで怒られたらまたダメージを受けてしまう。
ギターをベッドに置き、インターホンに応答せず急いでドアを開ける。
黒髪のマッシュヘアにフープピアスを付けた青年は驚いた顔をしていた。

「えっと、隣に引っ越してきたキシモトです」

「どうも」

お互いに見つめ合ってしまった気まずい瞬間を壊してくれたのは彼だった。

どうやらクレームではなく引っ越しの挨拶に来たことがわかるとなんだか拍子抜けした。
一人暮らしのマンションで挨拶来るなんて珍しいですねといえば

「最初が肝心なので」

と引っ越しそばを渡して来た。
くしゃっと笑う彼は自分より幼く見えた。
フープピアスがチャラそうだと思ってしまったが為に意外としっかりしてるなと感心してしまう。

「じゃあ」

挨拶が済んだ手前、彼とこれ以上話すこともない。

「あの!」

ドアを閉めようとすると引き止められる。

「えっと、俺、趣味で曲作ったりするので、うるさくしてしまったらすみません」

何を言うかと思えば、これが挨拶に来た本当の理由かと納得する。
さっきまでギターを弾いていた俺にもちろん拒否権はない。

「気にせずどうぞ」

外面の笑顔で答えると、彼はお礼をしてその場から離れていった。

あ。

ドアを閉めた後に思いついた。
もしかしたら、彼もバンド活動していたりするのだろうか。
あの顔でどんな曲をつくるのかが気になったが、そこまで聞く勇気はなかった。



仕事に対する士気は変わらないまま、ただ毎日を過ごす日々。
あれ以来ギターを触ることも、お隣さんに会うこともなかった。
動揺していたこともあって気づかなかったが、このマンションはコンクリート物件なので、基本はお隣さんの物音も聞こえないし、聞こえてもこない。

(趣味で曲を作ったりするので)

どんな曲か少しだけ気になっていた自分がいた。

「はあ、、洗濯物干そう」

ベランダに出ると、どこからかギターの音が聞こえる。
自分が演奏者だったこともあり、それはうるさいとは感じずに思わず聞き入ってしまう。
途中に鼻歌が入ってくる。

もしかして。

隣のベランダを覗けば、窓が少し開いている。
彼が楽しそうに弾き語っている姿がカーテンの隙間から見えた。
その姿が一瞬だけ、自分がギターを弾いている姿と重なる。

「あれ、たけいさん」

声をかけられ、はっとする。
どうやらこちらが気づかないうちにベランダに出てきたようだ。
彼は寝起きなのか、髪がぼさぼさだった。

「うるさくしてすみません」
「いや、大丈夫、です」
「よかった」

ほっとした様子でベランダの柵に腕を乗せて、遠くを見つめる。

「寝起きに良いフレーズが思いついて窓開けてそのまま歌ってました」

いつもはヘッドホンつけてやってるんですけど、と苦笑いしていた。

「そっか」
「ほぼ自己満足ですけどね」

髪がなびいているため彼の表情は分からない。

「自己満足でもおれはさっきのフレーズすきかな」

がシャン。
隣の部屋との仕切り板に彼がしがみつく。

「あの、もしよかったらほかの曲も聞いてくれませんか?」

真剣なまなざしに断る言葉が見つからない。

「お、おれでよければ」



「お邪魔します」
「ちょっと散らかってますけど、どうぞ」

洗濯物を干し終えた後、俺はお隣さんの部屋に上がっていた。
部屋に通してもらうと、自分の部屋の間取りとは反転していて違和感がある。

「いま飲み物用意しますから、適当にすわっててください」

近くのソファに座るように促されて座れば、部屋全体を見渡してしまう。
好きなアーティストだろうか、壁一面にポスターが貼ってある。
そして、目の前のローテーブルにはメモ用紙とパソコンが置いてある。
メモにはギターのコード、パソコンには音楽ソフトの画面が表示されていて、気になってみてしまった。

「さっきの曲忘れないうちに編集したくて」

お茶が入ったコップを渡してくれば、隣に座り込む。
ちょっと失礼しますとパソコンのキーボードを触ると違う画面になる。
見せてきた画面には数曲入っていた。

「これ全部キシモトさんが?」
「あつむ」

パソコンをいじりながら言葉をかぶせてきた。

「俺、キシモトって呼ばれ慣れてないんで。たけいさんがよかったらあつむって呼んでください」
「・・あつむくんが全部作ったの?」

そう呼べば彼は満足そうに微笑む。

「元々高校生の時にバンドを組んだのがキッカケで自分で作るようになりました」

カチッとパソコンから曲が流れてくる。

「これは一番お気に入りの曲です」

自作にしてはレベル高い。というのが正直な感想だった。

「・・すごい」

それしか言葉がでてこなかった。

昔、バンドを組んでいたので知っているけど、1人で制作するのは難しい。

「俺元々ドラマーだったのでギターの音源に直すのが難しくて」

あつむくんはアコギを抱え直し、実際に弾きはじめる。
確かに少しおぼつかない。
けど、下手ではなく全然聞くことができるレベルだ。
相当練習したに違いない。

「なにかアドバイスないですか?」
「え」

ぼうと彼の指を見ていたら、あつむくんが俺の前にアコギを寄こさせる。
受け取ったのはいいけれど、言葉が出てこない。

「アドバイスもなにも」
「たけいさんってギターやってますよね」

目を見開いてあつむくんを見る。

「実は挨拶した時にギターの音少し聞こえちゃいまして」

あどけない笑顔で言われる。
しまったとごまかしながらお茶を飲む。

「・・・趣味程度に少しだけやってただけだよ」

「なら、手伝ってくれませんか?」

彼はパソコンに視線を移し、音楽ソフトの画面を見せてきた。
手伝うというのは、彼が今までに温めてきた曲たちを編集したいということだった。
ギターあんまり触ってないよという言い訳は彼には通じず、

「たけいさんのギター弾く姿見てみたいから」

あどけない顔で言われてしまえば、どうもこの顔が俺は苦手らしい。
それによって眠っていたギターはあつむくんによって復活した。


「今日はこれ弾いて?」

1フレーズずつギターで奏でるとその隣で歌いだす。

「俺のイメージ通りに弾いてくれてめちゃくちゃ良い」

などと褒めてくれるのでおれ自身も悪い感じはしなかった。
俺も彼と一緒に過ごす時間が楽しくなり、生活が変わってきた。
お互い暇があると、どちらかの家に行き作業をする。

「たけいさんの部屋のほうが捗る」

という謎の理由で大体が俺の部屋でやっていたが。



たけいさんからたけちゃん呼びになったころ、あつむが質問してくる。

「たけちゃんギター弾いてるときめちゃくちゃ楽しそうにしてるのに、どうして辞めちゃったの?」
「・・その時、運転士になりたかったのもあってさ」

手伝いを言われた日、ギターを触ってない割には、指は覚えていたので不思議がっていたのだろう。
1通り編集し終え、パソコンを閉じる。

「バンドを解散するって決まったのと同時に試験も受かったから、勉強頑張ろうって辞めて」

一年かけて運転士になったが、プライベートも仕事も上手くいかなくなったときに、残ったのはギターだけだった。
あつむの曲作りの作業を手伝ううちに、ダメージを引きずることはやめて、目の前のことを全力で楽しもうと決意したのだ。

「でもこうしてまた弾ける機会が出来ていま楽しいよ」

そっかと頷く彼は、立ち上がって窓の方を見る。

「俺はさ、いつかは自分で作った曲を自分たちで演奏してライブしたい」

近くにあったテレビのリモコンを手に取りマイク代わりにして鼻歌を歌いだす。
その姿はライブ会場を想像させた。

「あつむにはそういう夢があっていいね」
「たけちゃんは夢ないの?」
「えっと、、」

ぽつりとこぼした一言を拾う。
俺はその言葉に上手く返すことができなかった。


「ねえ、これたけちゃんに聞いてほしい」

いつものようにあつむがおれの部屋に遊びに来ると、スマホの画面を見せてくる。
なんだろう、またいつものように新曲ができたのだろうか。

「今送ったから」

部屋の中に進むと、後ろから声がかかる。
すぐパソコンを起動させると、あつむから一つのファイルが送られてきた。

「これを聞けばいいの?」

無言で頷き、床に座り込むその顔は少し緊張していた。
俺は椅子に座り、再生ボタンを押す。
それはギターが際立ったイントロから始まるロックナンバーだった。
歌詞は相変わらず独特的だが、サビは印象に残るような因を踏んでいた。
ロックな曲であって、自然と身体が動く。

「どう?」

聞き入ってると不安な声が聞こえ振り向く。

「すごいかっこいい曲だね。これどうしたの?」

素直に言葉を述べれば、あつむは太ももに置いていた手を固く握りしめていた。

「うん。この曲でさ、ライブやりたいんだ」
「ライブ?前から言ってるもんね。披露したらきっと盛り上がるよ」

うつむいてるので表情は見えない。

「実はその曲、たけちゃんのために作った。」
「え、おれのため?」
「たけちゃんとライブしたいから」

その言葉に身体が固まる。
迷いはない真剣な顔つきに心が揺らぐ。
二人でライブ?
脳裏に二人でお客さんを前にライブしている姿を想像してしまった。
彼とバンドを組んだらきっと楽しそう。

でも、年齢が年齢だし、いつまでもふらふらしてないでとか、趣味と言ってはお金と時間がかかるし、仕事にしたって売れなきゃ生活ができない、食べていけない。
そんな現実に俺と同じ歳は才能があってもみんな辞めていった。


「たけちゃんギター上手いし、このままなのがもったいない。俺となりで歌ってて気持ちがいいし、俺たち絶対良いバンドになるよ」

「でも俺、30近いし」

そう言って立ち上がると目線が上を向く。

「年齢とか関係なく、行けるところまでやろうよ」

伸びていた前髪から覗く彼の目は本気だった。

「というか俺の自己満足に付き合ってよ」

あつむの手が目の前に差し出され、俺の手は自然に握り返していた。


2021年11月 おれたちはバンドを結成した。
働きながらなのでそこまで活動できないけど、週一回集まってセッションする。
バンド名が決まれば、披露したい曲を編集する。
CDをリリースさせれば、披露したい曲を全力で練習する。

そして、、

「「かんぱい」」

プシュッと缶ビールを開ける。
俺たちは無事初ライブを成功させた。
ライブ終了後に。
せっかくだから打ち上げしようかとお店を探したが夜遅い時間のライブもあって、全部閉まっていた。
しょうがないね、とコンビニで適当なものを購入し、俺の部屋に行く。
ローテーブルに買ってきたものを並べ向かい合って座った。
お酒を豪快に飲む彼をじっと見つめてしまった。

「初ライブどうだった?」
「疲れたけど、めっちゃよかった」

片づけの最中に、お客さんから続々と声をかけてくれた。
手ごたえはしっかりあって、このまま二人でやっていける自信がついた。
間違いなく彼に付いてきて良かったと思える日になった。

「よかった。たけちゃんが楽しそうだったから俺もすごい楽しかった」

ライブ後の興奮がおさまらず、しばらく無言状態が続き、空き缶が増えていく。

「またライブやりたいね」
「うん」

あつむがいるならなんだってできそうな気がした。
だったら、

「ねえあつむ。おれもっとギターがうまくなりたい。」

真っ直ぐ彼の目を見る。

「うん」

飲んでいた缶をローテーブルに置き、視線を合わせてくる。

「他のサポートに入って腕を磨きたい。その分練習とかライブとか出来なくなっちゃうけど」

彼は冒険家であり、練習を重ねてどんどんライブをしたいはずだ。

「たけちゃんらしくていいじゃん。どこまでもいこうよ」

頬杖をついて、出会った頃のあのあどけない顔で笑っていた。
そうだ、どこまでも足掻いてやる。



【土塗れの素足で自分の名目掛け、墓石を蹴り飛ばす】


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