最強魔剣士の天職探し

寺鳥米味

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アルバイト生活

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 パン屋のバイトを初めて二週間が経った。
 レトロは配達業務を担当する予定だが、始めたばかりのサービスが直ぐに広まって注文が殺到する筈もない。
 今の所、彼女の仕事は開店準備と店の前の掃除に焼き上がったパンの品出し。
 それから近頃では閉店後や空いた時間に、全く料理のできない彼女を不憫に思ったカロリーナから簡単な料理も学んでいる。
 レトロは鼻歌を歌いながら湯気の立つフライパンにスプーンを突っ込むと、少し息を吹きかけてから口に運んで大きく頷いた。

「私、天才かもしれない」
『も~そうやって直ぐ調子に乗る~』

 マクスウェルが苦言を呈すがレトロは聞こえていないとばかりに、それを無視して廃棄でもらってきたパンに齧り付いた。

『主ってば、ここ数日それしか食べてないけど飽きないの?』
「ふふ、これが私の天職かも……ふふふ」
『聞いちゃいねぇよこの人間』

 マクスウェルは自分が天才料理人にでもなった所を妄想しているのか、ニタニタと怪しく笑うレトロへ白い目を向ける。
 彼女がまず最初にカロリーナに習った料理はトマトと豆の煮物だ。
 これは料理未経験の彼女でも簡単に作れる、ギルドの酒場なんかでもよく出てくる定番料理なのだが、初めて料理を作れるようになった感動に加えてどうやら褒めて伸ばすタイプらしい ポッポ堂の夫婦に事あるごとに褒められ……早い話、レトロは有頂天になっていた。
 そして絶賛自己肯定感を上げられまくった彼女は、褒められたのがよほど嬉しかったのかここ最近毎日トマトと豆の煮物ばかり食べている。
 孫が子供の頃に好きだと言ったお菓子を大人になってからも延々と出し続ける田舎の祖父母みたいなことをセルフでやるなよ。
 しかし生憎と、マクスウェルは主人の長く伸びた鼻をへし折る気にはなれなかった。
 流石に可哀想だ、その行為にはあまりにも人の心がない。
 ……まぁオレは魔剣なんで人の心とか無いんですけどね。
 
『ハァーーー……ねーねーあるじ』
「ん~?」

 レトロはパンを咀嚼しながら振り返る。
 マクスウェルはなるべく深刻な雰囲気にならないよう、勤めて普段より明るく軽い口調で話し始めた。

『主はさ、もう戦うの嫌になっちゃった?』

 マクスウェルは本当に、ほんの少しだけだが──もしかして彼女が戦う事にうんざりしているのではないかと思っていた。今後は自身が魔剣として使用される事はなくなるかもしれないと、少しだけ不安になっていたのだ。
 勿論レトロが今後戦うのをやめて、パン屋になろうが料理人になろうが自分が彼女の元を去る事はない。
 そこで魔剣マクスウェルの歴史が終わるだけだ。
 黙って魔剣を見つめていたレトロだったが、やがてゆっくりと話し始めた。

「今日さ、店長に……何でパン屋をしているのか質問したんだよね」

 レトロの質問にバルーは一瞬面食らったような顔をしたものの、直ぐに子供に昔話を読み聞かせるような優しい声で生地を捏ねながら話し始めた。
 あの店主は元々冒険者だったらしい。剣の才能に恵まれ、仲間に慕われ順風満帆だったバルーだったがある時、魔物討伐の依頼で仲間を庇い怪我をしてしまった。
 その時の怪我が原因で引退を余儀なくされた彼は、一度は田舎へと戻ることになる。
 
 すっかり心が折れた彼だったが……そこで、彼女に出会ったのだと言う。

『その彼女ってのは……女将さんか?』

 マクスウェルの言葉にレトロは頷く。

「夢敗れて落ち込んで、碌にご飯も食べられていなかったバルーさんに、当時その田舎町でパン屋さんやってたカロリーナさんが焼き立てのパンをあげたんだって」

 ほとんど押し付けるように渡されたそのパンの美味しさにバルーは酷く心を動かされた。
しかしそのパンの味よりも「お腹が空いてるから暗い顔になるのよ」と言ったカロリーナの笑顔に心に空いた穴が満たされたんだと。
 そこで、バルーは、彼が冒険者を目指すきっかけを思い出したのだと言った。

『きっかけ?』
「バルーさんが冒険者になったきっかけは、人の笑顔を守りたかったから」

 レトロにこの話を聞かせながら、遠く懐かしい光景に目を細めて彼はその言葉の後にこう続けたのだ。

「──でも”美味しいパンには人を笑顔にする力がある”って事に気付いたんだって」
『人を、笑顔に』
「それからカロリーナさんのお父さんに弟子入りして、この街でパン屋さんをすることになったんだって」
『……そっか』
「私は魔物を斬るのが嫌になった訳じゃないよ。人を守って助けて感謝される、意味のある仕事だと思う」
『……』
「でも他の道もあるんじゃないかって思ったんだ」
『……あぁ』

 バルーは笑顔を守る仕事から生み出す仕事をする事にしたのだ。
 あの時、転職という言葉は彼女に衝撃を与えた。
 レトロは傭兵で、魔剣士で、自分には"その道しかない"と勝手に決めつけていた。
 だがそれは違った。視野を広げれば周りには自分の知らない道が広がっている。
 

「だから私は、人生にまだあるかもしれない可能性を手探りで探すことにしたんだ」
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