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第二章 三年前

事の発端

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【7】


疲れきって大人しくなったヘンドリックを遠くに見つめながら、私はクラウスのことを思い出していた。


あれはクラウスと決別することになる

三年前ーーー



*****

 

リルディア 12歳ーーー



「貴女達、私の耳に入ったら不味いってどういうこと!?」



私は、そこにいた侍女三人に問いつめる。 今、信じられないような話を聞いたのだ。

 

「お、お、王女様!?」

「ど、どうしてここに!?」

「えっ? リ、リルディア王女様!?」



突如現れた私に、三人は酷く驚いた様子で慌てふためいている。

それもそのはず、本来ならば私は淑女教育の勉強をしている時間なのだが今日はそんな気分ではなかったので家庭教師が来る前にこっそりと部屋を抜け出すと、最近生まれたと聞いていた子馬を見に行く為に一人で馬厩舎に向っていた。

しかも私を捜しに来る教師達や侍女達に見つかると何かと面倒なので、普段であれば滅多に通ることなどない使用人の通路を通って、洗い場専用の庭を経由して移動していると、

そこには丁度、若い侍女三人がお喋りをしながら洗濯ものを洗っていたので私は日干ししてあるシーツに触れながら、そうっと通り過ぎようとしていた時に、それが聞こえてきた。



「ああ、本当にショックだわ。 クラウス様がご結婚なされるだなんて」


「本当よね。 私なんてもしかしたら殿下方に見初められるかもって期待して競争率の高い この仕事に頑張って付いたのに、もう夢も希望も無くなってしまったわよ」


「いやだ、あんた本気で狙っていたの? 馬鹿ね、そんな事あるわけないじゃない。 王族は私達のような平民には雲の上のお人よ? 現実を見なさいよ」


「あら? だって『例』があるから言っているのよ? 陛下の異母弟である第二王子のアーノルト様の母上は市井の平民出だし、陛下の愛妾のエルヴィラ様にしたって同じく市井出身じゃない。 だから私だけじゃなくて、他の皆が秘かに狙ってたわよ」


「特にクラウス様は由緒正しい純血の王子様だもの。 ーーああ、出来ることならクラウス様付きの侍女になりたかったわ」


「侍女なんて余程のコネ。 それはもう厳しい? そんな下心気え見えの侍女候補なんて真先に落とされるわ」


「そうなのよね~ それに例え王族付きの侍女になれたとしても、見初められた話なんて聞いたことないし」


「だけど分からないわよ? その“もしかして”があるかもしれないじゃない! そうよ、ご結婚されていたって、愛妾の席ならいつでも空いているんだし。 私、やっぱり頑張ろうかしら?」


「まあ、頑張るのは個人の自由だし、いいんじゃない? でもアーノルト様の母上もそうだけれど、見初められるには まずそれなりの美貌がないと無理だと思うわよ? 

特にエルヴィラ様なんて ご覧なさいな。まさに傾国の美女と呼ばれてしまうほど、すごい美貌の持ち主なのよ? あれくらいの美しさがないと一介の侍女が見初められるのは かなり難しいわね」


「やめてよ~ また夢も希望も打ち砕かれるじゃない。 エルヴィラ様ほどの美女なんて、そうそういないわよ。 いるといったら、リルディア王女様くらいしか いないじゃない」


「本当に驚くほど、お母上にそっくりなのよね。 しかも『夜光の歌姫』と呼ばれる歌声までそっくりなのだもの。 父親である陛下の面影はどこにもないわね」


「だからよかったんでしょ。 エルヴィラ様は陛下の事を嫌っていらっしゃるもの。 リルディア王女様がご自分にそっくりで、きっとホッとしていらっしゃるわよ」


「………ねえ、王女様で思い出したんだけど、この話はやっぱりここでは不味いんじゃないかしら? クラウス様の事は王城内では『禁句』でしょ? これがもし、リルディア王女様の耳にでも入ったら………」


「し、心配いらないわよ。 ここは洗い場よ? 高貴な方々が立ち寄るような場所じゃないし、それに王女様は今頃はお勉強の時間だもの。 ここには私達しかいないのだし、ちょっと話したくらい大丈夫よ」


「そ、そうよね。ここには私達しかーーー」


「貴女達、私の耳に入ったら不味いってどういうこと!?」


「お、お、王女様!?」
「ど、どうしてここに!?」
「えっ?リ、リルディア王女様!?」



と、まさかそこにいるはずのない私が現れたので、三人の侍女達がそれはもう、その場で尻餅をつくほど驚いて慌てふためいている現状だ。



「貴女達、今、クラウスの話が“禁句”とか言っていたわよね!? しかも私の聞き間違いじゃないのなら、そのクラウスが『結婚』するですって!? いったい何の話なのっ!? どういう事なのか説明しなさい!!?」


私の剣幕に三人の侍女はおろおろと動揺しながら地面に膝をつけ、まるで神様にでも懺悔ざんげするかの如くに、とにかく平謝りに謝罪をしてくる。
 


「お許し下さい!! 王女様!! まさか王女様がこのような場所にいらっしゃるとは思わなかったのです!!」
 

「どうかお許し下さい!! 私達は決して王女様の事を悪くなど言ってはおりません!!」
 

「そうです!! 私達は王女様がお母上にそっくりで、お美しい方だと噂していただけなのです」



三人は必死で言い訳をしているが、私が聞いているのはクラウスのことだ。 どうやらこの三人は何とかして私からクラウスの話題を逸らせようとしているらしい。



「………私が聞いているのはクラウスのことよ。 私に聞かれたら不味い話って、そのクラウスの“結婚話”の事なのよね? 私もそれは初耳だったわ。 誰もそんな話は教えてはくれなかったもの。でも貴女達は知っているのよね? どういう事なの?」



私のすごく不機嫌な様子を見て、三人は私から視線を逸らすと、その視線を地面に向けながら更に必死に謝罪を続ける。



「も、申し訳ございません! 出過ぎた事を申しました。どうかお許し下さい!!」


「申し訳ありません!  リルディア王女様。 どうかお許しをーーー」
 

「本当に申し訳ありません!! 私達もほんの噂程度でしか聞き及んではいないのです。 ですのでご説明を申し上げるほど知っているわけではありません。 どうかご容赦下さい!!」



………私はその噂程度すらも知らないのよ。

 

しかも“禁句”と言っていたからには、彼女達が知らないわけがない。 そしてどうやら私に対しての“箝口令かんこうれい”が城中で発令されているらしい。 

でもこれでは埒が明かない。 今、この三人に問い詰めなければ誰も私に話すことなどないだろう。



「謝罪はいいから答えなさい!? 私はその噂すら知らないのよ。本当にクラウスの“結婚話”が出ているの? いつから??  相手は誰よ!?」


「わ、私達は本当に詳しくは………」


「え、ええ。  きっと口性のないただの噂ですわよ。 ですから王女様がお気になさるまでもありませんわ」


「ええ、そうですとも。 きっと誰かがご冗段を言って勘違いをなさった方々が噂されたに違いませんわ。ほら、人の噂というものは尾ひれがついて大袈裟に広まるものですもの。 ですから王女様のお耳汚しになるような、でまかせの噂など聞くに及びませんわ」



ああ、本当に埒が明かない。 私への“箝口令”の中でうっかり話を聞かれてしまって、何とか話を必死で誤魔化そうとしているのは分かるけれど余計に苛々する。 そして察するにその箝口令の出所はお父様だろう。



「ああ、もう往生際の悪い! 既に私に聞かれてしまったのだから、いい加減諦めなさい!? 上から口止めをされていたのでしょうけれど、それを油断して話してしまった貴女達が悪いのよ? 

私に聞かれた以上、貴女達には説明責任があるわ! 心配しなくても貴女達から聞いたなどとは誰にも言わないわ。 けれど これ以上、しらばっくれるつもりなら逆に私をたばかった罪で不敬罪に処すわよ?」



それを聞いた三人の顔が一気に青から白に冷めると、ようやく話す気になったようだ。

 

「わ、分かりました。 知っている事は全てお話致しますので、どうか私達から聞いたことは、ご内密にお願い致します。 でなければ私達が上から罰せられてしまいます」



泣きそうになりながら懇願する三人に私はこくりと頷く。



「分かっているわ。 大丈夫よ、安心なさい? 貴女達さえ素直に話してくれるなら、たとえお父様にだって貴女達の事は口が裂けても言わないわ。

それに もしそれが明るみになったとしても、この私が貴女達を庇ってあげる。 決して悪い様にはさせないわ。 私は素直で正直な人は大好きなの」

 

そう言ってニッコリと笑ってやれば彼女達は安心したのかホッと胸を撫で下ろしている。


さて、それでは話してもらいましょうか?



「クラウス様のご結婚の話が持ち上がっているのは本当のようです。 他の貴族の方々の間でも噂になっているようですので。 

お話が広まったのは ここ最近に入ってからです。 どうやら陛下のご立案らしくクラウス様も今年で29歳になられるのに婚期が遅れている事もあって、ご本人に任せておくといつまでも独身のままなので、それではフォルセナ側にも顔が立たないという事で、陛下がお決めになられたようですよ?」



なっ!? お父様が!?



「それで、そのお相手なのですが陛下も弟君であるクラウス様の事をご配慮なされたようで、本来なら身分差があるので有り得ない事ですが、

クラウス様ご自身も個人的にご懇意にしておられるプリンヴェル男爵家のご令嬢ーーアリシア=プリンヴェル男爵令嬢ですわ」


「アリシア!? アリシア=プリンヴェル!? 私の家庭教師の!?」


「ああ、確か、アリシア嬢はリルディア王女様の家庭教師でしたわね。 そうです、そのアリシア嬢です。

アリシア嬢の兄上のレスター様とクラウス様はご親友で幼馴染みという事もあり、昔からお三方は仲がよろしかったようで、それで陛下は旧知の知れた者同士なら上手くいくだろうとの事で、お決めになられた様なのです」


「それにアリシア嬢は世間でも評判の良いお嬢様で、どなたにでもお優しく頭も良くてしかも上品でお綺麗な方ですから、身分差はありますが皆、クラウス様とはお似合いだと申しておりましたわ」


「お似合いですって!? どこがよ!? アリシアなんて博愛主だか何だか知らないけれど、あちこちに良い顔しかしない、ただニコニコ笑っているだけのお人形みたいな大人しい女じゃない!! それにあの程度の容姿なら他にだって沢山いるわよ。

第一、公爵家と男爵家では家柄だって全く釣り合わないわ!! しかもクラウスは二つの王家の正統な血統の王子なのよ!? アリシア程度の普通の女がお似合いなわけがないじゃない!!」


「ほ、本当にそうですわよね。 王女様の仰る通りですわ」


「ええ、私達もお似合いなどとは思いませんとも!! やはりクラウス様にはどこかの王家の王女様くらいでないと、当然、釣り合いが取れませんわ! 本当に陛下はどうなされてしまったのでしょう?」


「それにアリシア嬢などリルディア王女様のお美しさに比べたら、天と地くらいの差がありますわよ。 あの程度の容姿ならどこにでもいますもの。 やはり綺麗と言うのならリルディア王女様のような御方を言わなければ」



私の苛々が頂点に達して、ついこの三人の侍女に当たってしまっているが、元はと言えばこの三人から始まって発生した苛々だ。 

三人の侍女達は私の不機嫌な様子に動揺しながらも、なんとか私のご機嫌を取り成そうと懸命に私に合わせている。 だが今の私にはそんなものはどうでもいい。



ーーああ、腹が立つ。
ーー腹が立ち過ぎてしょうがない。


しかもアリシア!?
アリシア=プリンヴェルですって!?



ーーアリシア=プリンヴェル

クラウスの同い歳の親友である男爵家の子息レスター=プリンヴェルの妹で、クラウスと この兄妹は子供の頃からの幼馴染みだという。

だからクラウスがプリンヴェル家の兄妹と一緒にいるのはよく見かけていた。 

しかも旧知の仲だと言うのは本当で、あの近寄りがたいと言われていたクラウスが唯一自然体でいたのは彼等の側にいる時だけ。 

しかも あの滅多に人前では笑わないクラウスが彼等の前ではその希少な笑みを見せるのが本当に面白くなかった。


クラウスは父の異母弟で私の叔父にあたる。 彼はフォルセナ王家の男系の血が濃いのか、深みのある焦げ茶色の髪色とフォルセナ特有の珍しい紺碧色の瞳をしている。 

外見は中肉中背で剣術派よりも学術派なので、騎士のような筋肉質ではなく、王子様なら美形だろうと世間では思われがちだが、彼は整っている方のごく普通の容姿だ。  

そして私の母の一つ年下で、父とは その年齢差24歳のすごく歳の離れた異母弟である。


父は異母弟にも関わらず自分の子供と言ってもおかしくないくらい歳の離れた弟のクラウスを可愛がっていて、愛妾の産んだ二番目の弟のアーノルトとは性格の折り合いも悪かったのか、あまり兄弟仲は良くなかった。

そんなクラウスは王太子である長兄を常に立て、自分はブランノアとフォルセナの仲介役としての立場に徹していた。 

そして長兄が国王に即位すると同時に、自分は周囲の猛反対を強引に押し切って惜し気もなく王位継承権を放棄すると、臣籍に降ってからも国王や周囲から枢機院の枢機卿になるよう求められていたが、

それすらも拒絶して政治には一切関わらずに王立中央学習院で薬学の研究をしながら、教鞭を執っていた。


クラウスの叔母であるイレーナ王妃も勿論、そんな甥を反対してずっと枢機院を勧めていたが、国王である兄が弟であるクラウスの意思を全面的に尊重すると言って容認したので、周囲はそれ以上、何も言う事が出来なくなってしまった。


それでもイレーナ王妃は諦めずにフォルセナに帰郷しているブランノアの前国王の王妃で姉でもあるクラウスの母のアデイルに息子の説得を頼んだが、

そのアデイル前王妃も義理の息子の国王と同じく自分の息子の意思を尊重すると容認したのでイレーナ王妃も最終的には諦めざるを得なかった。


そんなクラウスは本当に真面目で実直な性格で、しっかりとした自分の意思を持つ常識人であり、一方、自由奔放で好奇心の強い気分屋の非常識人の父とは、その性格は全くの真逆だ。


それなので普通でいけば互いの性格上、反りが合わなさそうなものだが、クラウスはやはり常に国王を立てて臣下に徹し、それでいて、いくら国王である兄に振り回されても自分の意思は通し、

政治に関する事は関係者に任せて一切関わらず、しかし自分の倫理に反すると思ったことは国王にもはっきりと意見する意思の強さを見せた。


そんな私の父も国王である兄に対して はっきりと意見する弟が可愛いのか、クラウスの言う事に関してだけは耳を貸し、弟の意思をなるべく尊重していた。


そんなクラウスなので彼は父や周りの人達とは違い、姪の私がいくらごねても怒っても泣いても、私の我儘は一切聞いてはくれず、 

私の間違った所業を見たり聞いたりした時はいつも苦言してきたが、勿論、私は自分が間違っているなどとは これっぽっちも思っていなかったので常にクラウスに反抗していた。


だから私は父にクラウスが自分の言うことを聞くようにしてくれと訴えたが、そんな父はクラウスだけは誰が何を言おうと自分の考えを曲げない男だから諦めなさい。と言われた。

そして、どうしても彼に言うことを聞かせたいのなら自分で根気よく頑張るしか方法は無いと言われたので、そこで私はそれを実行に移す事にした。


とにかく母でさえ私の我儘には最後には折れてしまうのに、この父の義母弟である叔父のクラウスだけは、本当に私の思いのままにならない唯一の人物だ。

だから私は何が何でも私の言うことを聞かせてやると決め、クラウスが城に来た時は常に後ろをついて歩き、傍にベッタリと張り付いて我儘を言い続けた。


勿論、彼は私の我儘など一切聞いてはくれないが、とにかく私は彼の傍にひっついて、それはしつこく付きまとった。

クラウスは仕事の邪魔だとか皆の迷惑になるとか言って何度も私を追い返そうとしたが、それでも私は彼の傍から離れなかった。  

そして父が戦に行ってしまって彼が城に足を運ぶ事が少なくなれば、私は彼の屋敷まで押し掛けて行って、毎日入り浸っては彼にひっついていた。


すると私の根気が神様に通じたのか、いや、クラウスが根負けしたのかは分からないが、クラウスは私が仕事の邪魔や周りに迷惑さえかけなければ傍にいても構わないと妥協した。

しかも彼の周囲の人達も私が常にクラウスの傍にいる環境に慣れてしまったのか、私が姿を見せないと逆に捜しに来るくらい心配をする。   

またクラウスの屋敷の使用人達も私が行くと、まるで家族が帰ってきたかのように快く出向えてくれて、彼が留守の時でも私が諦めて帰ろうとすると屋敷に残って彼の帰りを待つように勧めてくれる。


しかもクラウスも私の無茶な我儘は相変わらず聞いてはくれなかったが我儘のはんちゅうではないと判断したものは聞いてくれるようになり、自分の時間のある時には、私がいつも父に連れて行ってもらっていた外出を父がいない時はクラウスが代わりに連れて行ってくれた。

そしていつも私に対して呆れるか怒っているかしていた顔が時折、驚くほど優しい表情をしていたり、それどころか人前で滅多に見せない笑みさえ浮かべるという、信じられない奇跡が起きた。


本当に父が言っていた通り根気よく頑張っていたら、あの気難しいクラウスが私に折れた。いや、本来の“私の言うことを聞かせる”という目的は完全に果たされたわけではないが、それでも彼がここまで私に対して妥協したのはまさに奇跡だと言える。

そして私も本来の目的が中途半端でも、もういいような気がしていた。取り敢えず私が無茶なお願いさえしなければ、彼は自分の許す範囲で私の言うことを聞いてくれるのだ。


お父様と外出するのはワクワクして楽しいが、クラウスと出掛けるのもドキドキして楽しい。

父の時のような派手な催しは無いけれど、クラウスと一緒に町の様子を見て回ったり見晴らしの良い丘の上で昼食をとりながら、外国の歴史を教えてもらうのも、家庭教師に教わる時は退屈で仕方がなかったが、 

彼は学習院で教鞭を執っているだけあって教え方が上手なのか、彼から聞く歴史は面白くて自分もその国に行ってみたくなった。
 
だから これは無理なお願いで彼は絶対に聞いてはくれないのは分かってはいたが、それでも何となく口に出してみる。



「ねえ、クラウス。 外の世界には色々な国があって、そこにしかない独自の歴史があるのね。 お話を聞いていたら、私もこの目で見てみたくなったわ。

だから いつかクラウスのお勧めの外国に私を連れて行ってくれないかしら? お父様だと侵略になっちゃうから頼めないわ」



私がそう言うとクラウスは空の色よりも青い碧眼の瞳で私を見つめ、いつもの眉間にしわを寄せた難しい顔ではなく、奇跡の優しい表情と希少な笑みを浮かべる。



「フッ、そうだな。 それは兄上には頼めないな。 分かったよ、リルディア。その内、時間が出来たら一緒に行こうか。 ーー兄上が色々とうるさいだろうがな」

 

!!? うそっ!? 奇跡!!?



「ほ、本当!? 本当に私を連れて行ってくれる!!? 私の我儘を聞いてくれるの??」
 

「それは我儘じゃないだろう? 外国の歴史を直に見て学ぶのは君の為になることだ。 だから兄上ではなくて申し訳ないが、私でよければ連れて行こう」


「ホントに!!? クラウス!! 絶対だよ!!?  絶対に連れて行ってね!!? やっぱりやめたなんて言っても、もう受け付けないわよ!? ああ、どうしよう。 そうだ約束!! 約束して!? 嘘じゃないって証拠に約束して!?」



私がクラウスの気が変わらないように必死に訴えると、彼は本当に可笑しそうに笑った。



「嘘じゃない。 私がリルディアに嘘をついた事など一度もないだろう? 約束する。 必ず君を連れて行く。 ーーこれでいいか?」


「いいえ、駄目よ! もしかしたら全部私の夢かもしれないじゃない!! クラウスがそんな約束をしてくれるなんて、きっと私、夢を見ていて目が覚めたら自分の部屋にいるんだわ!! でも どうしよう、嬉しい!! このままもう、目が覚めなければいいのに!!」


「ーー参ったな、目を覚ましてもらわないとここから帰れないんだがーーそうだな、それじゃあ、こうしようか」



そう言うとクラウスは自分の袖口のカフスボタンを外して私の手のひらに乗せる。



「これを君と私の『約束の証』としよう。形のあるモノなら目が覚めても信じられるだろう? 私との約束が果たされるまで君がこれを預かっていてくれないか?」


「うん、絶対に約束だからね!? これは約束が果たされるまで絶対に返さないんだから」


「ああ、失くさずに持っていてくれ。片方けになると残っているこちらのボタンが使えなくなるからな」


「分かったわ。私、絶対に失くしたりしない。 だからクラウスもその残ったボタンは絶対に失くしたり捨てたりしないでよ? 『約束の証』なんだから」



私は本当に真剣な面持ちでクラウスに釘を刺すと、そんな私の表情とは真逆に彼は優しい表情でそっと私の頭に手を置いた。



「ーー分かった。私も絶対に失くさない。 ーー約束するよ。リルディア」



ーー普段は殆ど見せることのない穏やかな優しい顔ーーー

ーーこの顔を知っているのは私だけだといいのにーーー

ーーやっぱりこれも私の我儘なのかな………?





【7ー終】























































































































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