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第一章 青天の霹靂

罪悪感と後悔

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【4】



すると二人の会話を黙って聞いていたヘンドリックが、がっくりと肩を落とす。


「お二人とも、なんで今頃、色々暴露しちゃっているんですか? しかも暗殺だの毒殺だのと。エルヴィラ様、王女様がいることを忘れてやしませんか?」


その言葉に二人はハッと我に返ったように同時に こちらを振り向く。


………あ、なんか、既視感。先ほども同じような事があったな、そう言えばーー

そしてヘンドリック、ありがとう。貴方だけが私の存在を忘れてはいなかった。変な人だとは思っていたけれど、貴方がこの中では一番空気の読める常識人です。


「リルディア………えっと、その、なんというか、ーーごめんなさい」


「ーー王女、決して貴女を傷付つけるつもりは無かったのだが、その、すまない………」


「いいわよ。もう慣れたわ」


再び申し訳なさげに声が小さくなる二人に、私は手をヒラヒラと振り、何でもないことを告げる。どうやら私の順応性は高いみたいだ。

それにこの一晩で色々有り過ぎて今更何を聞かされても驚きはしない。

ーーと、現時点では思っていたのだが、この少し後から明かされる事実を聞かされるまでは。


「全く、大の大人が何をやっているんだかーーもしこれで王女様の性格が歪んでしまったら、貴方達のせいですからね? 

それでなくとも、この国の上の王女様達はそれぞれ個性が強くて性格も歪んでしまっているのに、第四王女様までがそうなったら、俺、悲しくて泣きますよ。ーーうぅっ」


そう言って泣き真似をしてみせる彼は本当に芸達者だ。


「ヘンドリック、あのね? 私も自分の性格はあまり人様に誉められたものじゃないとは今では一応、自覚はしているのよ? なんといっても あの父と母の娘だし。

だけど私の為に色々と気を遣ってくれてありがとう。貴方やヴァンデル隊長のように、裏表なく母や私に敬意を払ってくれる人達は初めてよ。それでなくとも私達は世間では嫌われ者の悪名高い親子なのに。

それに貴方だって母の実態を知って、とてもショックだったでしょう? でも母はああいう人だけれど、自分に正直なだけで決して悪い人間ではないのよ? 

私の事だって殺したいほど大嫌いな父の血を引く子供なのに、きちんと母親をやっているでしょう?

母は万人向けの善良な優しさは持ち合わせてはいないけれど、自分の親しい人間には本当に優しい人なの。

自分主義だから どこか突き放したような所とか口が悪いせいで言動が意地悪に聞こえるかもしれないけれど、それも母にとっては親愛や愛情が含んでいるのよ。

だから母の事は今回の事で幻滅したかもしれないけれど、出来れば嫌わないであげて欲しい。貴方はヴァンデル隊長と同様、母にとって無くてはならない人だから」


私が母の性格の釈明も兼ねてそう言うと、ヘンドリックは目を見開いて薄い緑色の綺麗な瞳で私の事をジッと見つめている。

なんだか、こそばゆくなって思わず視線をずらすと、大きな手が私の頭の上にそっと乗せられ、びっくりして顔を上げると、そこには驚くほどに優しく笑うヘンドリックの顔があった。


「ーー王女様はとてもご両親思いのお優しい御方ですね。大丈夫ですよ。俺はエルヴィラ様を嫌ったりなんてしませんから。寧ろ本当に尊敬しているんです。

ご自分の性格をあそこまではっきりと悪いのだと隠しもせずに言ってしまうところとか、あの強面で無愛想な隊長にさえ動じることなく逆に振り回しているところとか、一緒にいるとすごく楽しいんです。あのような女性は貴族のご令嬢達の中には どこにもいません。

俺がどうして『枢機院』ではなく『騎士団』を選んだのかというと、ヴァンデル隊長や貴女のお母上に出会ったからです。はっきりいって衝撃的でした。

だから、あの二人といれば毎日何が起こるか分からないし、面白そうだなと思って第一騎士団隊に入隊したんですよ?

しかもエルヴィラ様はあの諸国に恐れられている国王でさえも溺れるほどのまさに傾国の美女。そんな普段では滅多に見ることのない美女のご尊顔を第一騎士団隊にいれば毎日そのお顔を拝めるのですから、この上なく眼福です!

ですからエルヴィラ様がどんなに性格が悪くとも口が悪くとも本当のところは子供のように可愛らしい方なのだと分かっているので大丈夫。俺はエルヴィラ様が大好きですよ?」


その言葉にホッとして安心の笑顔を向ければ、優しく頭を撫でられた。それがなんだか少し気恥ずかしい。


「そして俺は王女様の事も大好きですよ?」


「え?」


思いもよらない言葉を掛けられて目をぱちくりさせていると、そんな私にヘンドリックが満面の笑みでニコニコと微笑む。


「俺、王女様がこんなに素直で お優しくて可愛らしい方だとは知りませんでした。

あ、勿論お母上と同様すごく美しい我が国自慢の王女様だとは思っていますよ。

でもなにしろ、あのエルヴィラ様を見ていましたからね。王女様とはお言葉を交わしたことはありませんし、王女様が第一騎士団隊にエルヴィラ様のようにお顔を出される事はまず無かったでしょう?

だから俺、一度エルヴィラ様に「王女様を連れていらっしゃればよろしいのに」と言ったら、ご自分が第一騎士団隊に通っている事は秘密にしたいと仰られて、

しかも王女様を溺愛している陛下が怖くないのなら連れて来てあげなくもないのだけど?

ーーと脅されたので、やむなく諦めました。さすがの俺も命は惜しいですからね」


「脅すだなんて人聞きの悪い。この子が騎士団宿舎に行かないのはグレッグが苦手だったからよ? この強面は子供じゃなくとも恐れおののくでしょ? 

それに第一騎士団隊は私の唯一 素でいられる心の拠り所なのよ  だけどこの子は本当に素直すぎて父親大好きな子だから、何でも見聞きした事を父親に報告してしまうの。

それなのに もし連れて行ったりなんかしたら、国王に何を言われてしまうのか危険すぎて、おちおち素にも戻れないじゃない。

この子は本当に危険なのよ。あの国王はこの子を目に入れても痛くないくらいに溺愛していたから、この子が喜ぶ事は何でもやるし逆に泣いて嫌がる事は徹底的に排除する。

だから私がいくら苦言しても、あの国王はこの子の言葉の方を余程の事がない限り全て優先するから、下手をしたらこの子の言葉一つで国が動いてしまうわ。

だから何でも自分の思う通りになる娘が我儘放題に育ってしまって、皮肉にも国王や私のみならず娘までもが世間から避難されて、今や私達は嫌われ者の悪名一家。

それでも私達が安穏と今まで暮らしていけたのは国王という名の最強の盾があったから。

だけど現在、私達はその最強の盾を失って、周囲が全て敵になった中での逃亡中。だから貴方方だけでも味方でいてくれるのは本当に心強いわ」


母はヴァンデル隊長とヘンドリックを見てホッと息をつく。


私はというと、母の言葉を聞いて「確かに」と数年前の自分を思い起こしていた。

そういえば昔の私は、本当に何でも自分の思い通りになるのが当たり前だと思っていた。だって父に言えば、何でも私の言う通りになったから。

だから欲しいものは何でも手に入れた。それがたとえ婚約者のいる他国の王太子でさえも。そして嫌なものは父に言えば直ぐに私の前からいなくなった。

そんな私に苦言する母にも その度父が私の壁になってくれていたので、私は聞く耳すら持たなかった。

しかも周囲の大人や貴族達も皆、こぞって私の顔色を伺っては高価な贈り物を贈って寄越し、連日の貴族達からのパーティの招待で出向けば、どこへ行っても至れり尽くせりで、まるで女王様のような扱いに、

私はそれが父である国王へのご機嫌取りだとは子供心にも全く分からずに、皆が王妃様の産んだ姉様達よりも容姿も優れていて美しい歌声を持つ私の事が大好きで、お父様の前でも ひれ伏すように私にもそうしているのだと思っていた。

だから私は自分の事を父である国王と同じ特別な存在なのだから偉そうに振る舞っても良いのだと思って、実際に身分が高かろうが年長者であろうがお構い無しに上から目線で物を言い、父親のみならず周囲にまで我儘を言っては通してきた。

そんな私の姿を見ても父は勿論の事、周囲の大人達は何も言わない。だってそうだろう。皆、父が怖くて何も言えないのだから。

見かねた母がよく注意をしてきたけれど、私は自分が正しいのだと思って疑わなかったので一切聞かずに無視し続けた。


ーー今にして思えば、あれはやり過ぎだった。あれは周囲を敵だらけにする原因だった。

もしあの時に戻れるのであれば、あの頃の『私』に言いたい。

もっと母様の言う事を素直に聞きなさいと。周りがちやほやするのは皆、父が怖くてそのご機嫌取りだったのよ?とか。

そして数年後にはこんな風に命を狙われるほどに嫌われて追われる羽目になるから、今の内にもっと周りから慕われるような国民から愛される王女になりなさいーーとか。

ーー今さら後悔しても仕方がないが、母の言葉で言うなら『自業自得』自分で撒いた種だ。自分で刈り取るしかない。


………そういえば、私がこんな風に自分の所業について物事を考えられる様になったきっかけはーーあの時からだった。

あれがなければ、今頃だってきっと私は父親の権力をかさにきて我儘を増長し続け、父親である国王同様、暴君王女と化していたのかもしれない。

その時はきっといくら母でも私に愛想をつかして親子の縁を切られていただろう。


ーーあの事件以来、三年前に勉学の為に留学するという建前で この国を出て行き、一度も戻っては来ない『あの人』は今頃、どうしているのだろうか? 

今でも私の事を恨んでいるのだろうか?『あの人』の人生を滅茶苦茶に壊した、この私の事を………


………ずっと、ずっと心の中で重く、つっかえている。

けれど 今『彼』がどうしているのか、その様子すら聞くのが怖くて、父にも母にも他の誰にも聞けなかった。

最後に見た『彼』の、あの時の冷たい表情と静かに語るの疲れきった声が今でも頭に残っている。


………もしかしたら今頃は、隣国であの女性と結婚して私の事などすっかり忘れて、幸せに暮らしているのかもしれない。

もし今、彼等と出会ってあの時の事を謝罪したとしても、きっと今更だと許しては貰えないだろう。でもあの時はまだ子供で、しかも何でも許されると思っていたから善悪の区別がまるでつかなかった。

だから自分の癇癪で、つい言った言葉がどれだけ周りに影響を及ぼすかなんて考えた事もなかった。

しかも その自分の発言で、その人達の人生を壊すほどに事が大きくなってしまったことが怖くて自分で撒いた種なのに私は真っ先に逃げてしまった。

でも、もしあの時、私が逃げずに直ぐにお父様にとりなしておけば、自分の言葉を撤回しておけば、こんな事にはならなかった。

それなのに私は何もしないで目も耳も口も全て塞いで逃げた。自分が原因なのに限りなく無関係を装って。


ーーそして それは結局、父の怒りに触れた事件の当事者達が国を出て行くことになりーーそれと同時に『彼』も留学を理由に、この国を出て行ったーーー



*****

 

最後に『彼』がこの国を出て行く前に、私は母に引きずられて『彼』の所に連れて行かれた時のことだ。

母からきちんと謝罪しなさいと言われていたのに『彼』の姿を見たら到底何も言えずに視線を合わせずに無言を通した。

代わりに母が自分の娘や国王に対して己が止められなかった事への至らなさ謝罪したが『彼』は激することも怒りを面に出すこともなく、ただ静かに私に向けて言葉を発した。


『ーーリルディア、君はまだ子供だ。今回の事は子供である君の言葉を真に受けた国王に問題があるのであって、君に責任がある事じゃない。

だが君が今どういう立場にあって、国王にとってどういう存在なのか今の内にきちんと認識しておいた方がいい。君が変わらなければこの先、今回同様ーーいや、それ以上に大きな問題が出てくるだろう。

今はまだ子供で許されていても、あと数年が経ち大人になれば、それは許される事じゃない。いつまでも国王や母上が庇ってくれると思って甘えていたら、君は本当に駄目な人間になる。

君の周りには反面教師で決して人生の見本にしてはいけない人間が沢山いる。それを見て自分を振り返り学ぶんだ。自分が王家の人間としてどうあるべきか何が出来るのか。

ーー今は私の言葉が君には分からないかもしれない。それでも覚えていて欲しい――君の為に。

私の言葉は今の君にとって口煩い小事でしかないだろうが今、この国を出て行く私が叔父として自分の姪にしてやれるのは最後になるかもしれない。だから今言った言葉を少しでも心に留め置いていて欲しいと思う』


え? 今………最後って……言った? ………と、言うことは、もう戻っては来ない……という事?


それを聞いて、慌てて顔を上げて口を開きかけて私はそのまま凍りついて、その場に固まった。

そこで見たのは、今まで見たことのない『彼』の視線だった。

今までなら何を言ってもどんなに困らせても『彼』は怒るか呆れるだけで、こんな視線で私を見ることなど一度も無かった。

それなのに今、私を見下ろしている『彼』の視線はまるで氷の様に冷たく、私の存在すら否定するかのように何の感情も持たないような独特の深い青い瞳が私に突き刺さる。


『彼』は全てから逃げた私の事を責めるでもなく問い正すこともなく、逆に母と同じように今後の私の身の振り方について助言しているだけだ。

それなのにいつもとは違う怒りも苛立ちも見せない無表情な その顔は、あの第一騎士団隊長の強面よりも ずっとずっと恐ろしく見えた。

そう思うと、今ほど私に掛けられた『彼』の言葉も別に私の事を怒るでもそしるでもなく、なんてことはない普通の助言で、その内容も私の今後を心配しての言葉なのに、 

やはりいつもとは違うその低く静かな口調は、私を完全に拒絶しているかのようにも感じられ、全く言葉を発することが出来なかった。


それは生まれて初めて経験する感情だった。すごく怖くて胸がギュっと締め付けられるように苦しくなって、心臓が頭の天辺までドキドキと鼓動を打っている。

母が何かを言っているようだが何も聞こえない。心臓だけが煩く鼓動を打っていて、もうその音しか聞こえない。

そうするとガクガクと体が震え出して、堪らず私はその場から走り去っていた。背後から母の呼び止める声は聞こえたが、私は一目散にその場から逃げた。


そう、私はまた逃げたのだ。ーーあの時のように。


ーー結局、それを最後に『彼』とは一度も顔を合わせることもないまま『彼』はこの国を出て行った。

私が生まれて初めて経験した感情はーー罪悪感。母はそう教えてくれた。

母は今度『彼』が帰ってきた時には「きちんと謝罪をしなさい」と言った。『彼』は子供のしたことで、その私を責めているわけではないと言っていたと。責められるべきは国王にあるのだと言っていたのだと言う。

確かにあの時も『彼』はそう私に言った。そして私の今後をすごく心配していたとも母は言っていた。

だけど、母様。ーー『彼』はもう、この国には戻ってこないと思う。あの時『彼』は“最後”と言っていた。それはもう、こんな私や国王がいる国には戻りたくはないという『意思』だ。

ーー確かに自分の人生を滅茶苦茶にされ、更にはそれに関わる他人の人生をも壊した酷い人間達がいる国になど、どうしてこの先も一緒に暮らしたいなどと思うものか。誰だって これ以上、顔も見たくないはずだ。

だから『彼』は私達を見限って出て行った。この先、余程の事がない限り『彼』は自らの意思で戻ってくることはないだろう。


ーーそうして三年の月日が経ち、やはり『彼』は一度も戻ってはこなかった。

私に気を遣ってなのか、父も他の誰も『彼』の話題は出さないので『彼』が今どうしているのか分からなかった。

『彼』はいつかはこの国に帰ってくることがあるのだろうか? その時には私は『彼』に心からの謝罪が出来るのだろうか? 

そしてもし、またあの冷たい氷の様な視線を向けられても、責められても、今度は逃げ出さずにいられるのだろうか? 

それは今までずっと私の心の中で反芻はんすうしていた言葉だった。

あの時以来、私は初めて罪悪感というものを覚え『彼』の言葉の通り自分の所業を考えるようになった。 

父は相変わらず私には甘く、私のお願いは何でも聞いてくれた。

私は父に与えられるままに自分の欲求を満たし、いつもと同じように欲しいものは何でも手に入れ、父が城にいる時は決まって ねだって山や湖、城下町、隣国などありとあらゆる所に連れて行って貰った。

(ただし、やはり第一騎士団宿舎には近付かなかった。第一騎士団隊長の強面を見るのが怖かったから)

そんな私がただ一つだけ気をつける様になったのは、他人に対しての自分の態度や言動の在り方だ。

私は母の苦言を聞き入れるようになり、今までとは違い、貴族や年長者に対しての態度を少しだけ改める事にした。

それでもやはり気に入らない相手には自分のプライドが許さずに我儘を言って、それでも程ほどに こき使ってやった。

そして父に対しても、なるべく他人の事は言わないように気を付けた。

自分の言動一つで父があんなに怒って事が大きくなる事を学んだからだ。

父にとって私や母は絶対的な存在で、特に娘の私に対する愛情は非常に強く私の言葉一つが『凶器』となり、私の憂いを取り払う為なら何でもする父は、それに関わる人達の人生をも壊してしまう。出来ればもう、あんな罪悪感は感じたくはない。


ーーしかし、そんな私達に神様は黙って見ているには、もう限界だったようだーーー


私の信じていた世界が壊れていく。どうして? そんな天罰が下るほど私は悪い事をしていたのだろうか?


ーーこれで二度とこの国には戻れない。

私は自分の故郷に捨てられるのだ。しかもこの先、私達親子は周囲が敵だらけで生きていられる保証もない。

ーーだから本当にこれで、この国を出て行った『彼』とは二度と会えなくなる。

『彼』が言っていた“最後”という言葉を思い出す。

ーー結局、私は『彼』に謝ることが出来なかった。その機会を永遠に失ってしまった

ーーだからせめて『彼』が、たとえ身内の義理であったとしても私の事を最後まで心配してくれた『彼』が、こんな私の事なんかすっかり忘れて、幸せになっていてくれればいいと心から願っている。


ーーあの時、言えなかった言葉………

ーー本当に、本当に、ごめんなさい


……………『クラウス』




【4ー終】
























































































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