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第一章 青天の霹靂
青天の霹靂【2】
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【2】
リルディア 15歳。
ーーそれは突然のことだった。
夕食を終え、夜も更けた頃、自分の部屋で寛ぎながら明日の凱旋式に着る為の新調したドレスを何着か並べてどれにしようかと悩んでいた。
明日は他国へと戦に出ている父王が帰ってくる日だ。 今回は遠方での大規模な戦で数ヶ月、城を空けている。 それが数日前、当然の勝利報告と帰還する旨の文が伝書鳩から届いた。
きっと今回もまた父は沢山の戦利品を持ち帰ってくるに違いない。 戦利品である他国の様々な貴重品を鑑賞するのはとても楽しみだ。 この国には無い珍しい物とか綺麗な物とかがあって、気に入った物があればそれを貰えた。
しかも父王が帰還すれば、それから数日間は国中でお祭りが開かれ賑やかになる。 今から楽しみで仕方がない。
そうだ、お父様が帰ってきたらお忍びで城下のお祭りに連れていって貰おう。 それに約束していた綺麗な湖のある場所への遠乗りも。
正直、毎日毎日花嫁修行だの貴族の令嬢達との退屈なパーティだの、もう飽き飽きしていたところだ。 お父様ならきっと私が退屈しないように色々と楽しくなる事を考えてくれるはずだ。
そんな事を考えながらドレスを見ていた時、突然ノックも無しに部屋の扉が勢いよく開き、そこへ現れた母が素早く室内に入ると急いで扉を閉め、その後も、しきりに扉の向こうを気にしている。 そんないつもと違う母の雰囲気に首を傾げた。
「母様?」
私が怪訝そうに声を掛けると、母はこちらに駆け寄ってくる。
「リルディア! 説明しているヒマはないわっ! 直ぐに逃げるのよっ!!」
「えっ?」
唖然としている私の腕を母が引っ張る。
「時間がないのっ! とにかく今あるだけの宝石をこの袋に入れなさい! 急いで!!」
何が何だか分からないが、母が尋常ではない慌てぶりで鬼気迫るものさえ感じる。
そんな唖然とする私に苛立ちを覚えたのか母は私の腕を離し、鏡台にあった宝石箱の中身を片っ端から掴んで持っていた袋に入れ、そしてまた再び私の腕を掴むと扉の方まで強引に引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと、母様!?」
「しっ!」
母は唇に人差し指を立て声を出さないよう促すと再び扉の前に立ち、今度は静かに少しだけ開けて廊下の様子を伺っている。
「まだ、大丈夫なようね。 さあ、行くわよっ」
母はそう言うと、周囲を警戒しならがら私の腕を引いて廊下を小走りに走る。
「か、母様!? 一体どうしたの!? なにが………」
「しっ、大きな声を出さないで。 見つかったらおしまいよ」
「お、おしまいって………」
小声で話し掛けるも、今まで見たことのない母の切羽つまった様子からして ただ事ではない。
夜間なのでもう休んでいる使用人もいて働いている人の数は少ないが、それでも人の気配を感じ取ると母は近くの部屋に隠れるを繰り返す。
そうして一目を掻い潜って屋敷の裏口に通じる通用口までくると、周りを警戒しながら外へと出た。
すると、そこには一人の騎士が立っていた。
「待たせたわねーー状況は?」
「ああ、城の方では既に騒ぎになっている。だが、まだこちらまでは意識が回っていない。逃げるなら今しかない」
「そうとなれば急ぎましょう。 リルディア、急いで!!」
なにやら母と親しげな感じの事情を把握しているらしい この騎士には見覚えがある。
ーーというより、よく知っている。
彼は父である国王の右腕とも言われている全騎士団隊随一の剣客であり、強面で無口で無愛想で、しかも女嫌いという40歳を過ぎても独身のーーー
国王直属第一騎士団隊長
グレッグ=ヴァンデル。
でも彼は確か 父と一緒に遠方の戦に同行していたはず。 それなのに、どうしてここに?
「リルディア!!」
母の声にはっと我に返ると、この第一騎士団隊長の言う通り、城の方では大勢の人達の騒ぎ声が上がっていて、離れにある私達の別邸の方にまで聞こえてくる。
急いで母の側に行くと、第一騎士団隊長は私達の前に立ち周囲に細心注意を払いながら私達を先導して歩き出す。
そして庭師の使う小屋までくると、これに着替えるようにと麻袋を渡された。その中には騎士の雑用や身の回りの世話をする小性が主に身につける作業服が一式………
それを見て私は愕然とする。
「なっ、これに着替えろっていうの!? この私が!?」
ーーこんな薄汚れた粗末な衣装なんて!! しかも男物の衣装だなんて!
生まれてこのかた、こんなものを身につけた事なんかあるわけがない!! ましてや農民や平民の着るようなものを王女であるこの私が!?
私はわなわなと拳を握り締め、第一騎士団隊長に詰め寄った。
「こんなもの着れないわよ!! 無礼にもほどがあるわ!! 私はこれでも第四王女なのよっ!? その私が、どうしてこんな薄汚れた衣装なんか身につけるのよっ! 絶対にこんなもの着るものですかっ!!」
そんな憤慨する私を見ても第一騎士団隊長は動じる事もなく、母に話し掛ける。
「………説明していないのか?」
すると母は少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「そんな状況じゃなかったのよ。こちらも無事に逃げられるかどうかの瀬戸際だったんだもの。 取り敢えず貴方はそこで待っていて?」
そう言うと母は私を引っ張って小屋の中へと無理矢理を押し込める。 そして扉を閉めると、まるでひん剥くように私のドレスを脱がせ始める。
「ちょ、なにするのよっ、母様!?」
「いいから着替えなさいっ!!」
私の抵抗を無視して尚、母は私のドレスを脱がすというより剥がそうとする手を止めない。
「い、嫌よっ!! こんなもの着れないわっ!! どうして母様はあの男の言う通りにするのよ!? あの男はお父様の臣下じゃない!! 今だってお父様と一緒にいるはずなのに、どうしてここにいるの!?」
すると母は私の肩を掴み、真剣な表情で私に詰め寄る。
「リルディア!! 時間がないからよく聞きなさい!? 私達はもうここには居られないの!! ここに居たら殺されてしまうわ!!
彼は私達の味方なの。私達を助ける為にこうして危険を冒してまで助けようとしてくれているのよ! だから大人しく言う事を聞いて頂戴!!」
え……、殺され……る?
「え……殺され……るって? ど、どういう事? ………だって、お、お父様が……」
「リルディア………お父様はもういないの。国王は………死んだわ。だから私達を庇護してくれる者は もうこの国には誰もいないのよ」
母の言葉に私は耳を疑った。
父が、あの父が………死んだ??
……嘘よ。そんな事あり得ない。だって父は誰よりも強くて、今までだって一度も戦に負けた事の無い百戦練魔の最強の覇王と呼ばれていて、諸国からも畏怖されている存在で………
「………う、嘘よ、そんな……の嘘。あの、あのお父様が死、死んだなんてあり得ない………だって、お父様は最強で………」
呆然とする私を母はぎゅっと力強く抱きしめる。
「リルディア……全て本当のことよ。いくら最強であってもお父様も生ある人間である以上、“死”は免れないわ。 そしてそれは私達にも言えること。だから今は自分が生き延びる事だけを考えて」
ーーそれからは頭が真っ白で母の言葉を覚えていない。 私はいつの間にか母に着替えさせられていて着替え終えた母と同じく着替えた騎士団隊長に支えられながら無意識に歩いていた。
そうして人目のつかない所で私達と同じような格好をして荷馬車と共に待っていた若い男性が一人いて、私達が来ると、まず母と私を第一騎士団隊長と二人で荷馬車に乗せると、若い男性が荷馬車の手綱を握り、その隣には第一騎士団隊長が座った。
私達は荷台に積まれた他の荷物に挟まれながら荷物運びの小姓として乗り込み、物資を調達しに行くよう見せかけて城中が騒然とする混乱に乗じて堂々と正面の城門へと向かう。
そして門番に通行証を見せると、驚くほど簡単に何の問題もないまま城門を通過できた。
こうして私達を乗せた荷馬車が城下を通過すると、夜が更けているにも かかわらず城内の異変を何事かと慌てふためく民衆がまるで昼間の時と類似したざわめきで騒然としている。 それを尻目に荷馬車は城下を抜けて、ただひたすらに走った。
まるで後ろ髪を引かれるかのように ゆっくりと後ろを振り返った私は、次第に遠ざかって行く自分が生まれ育った城をぼんやりと無言で見つめるしかできなかった。
*****
どのくらいの時間が経ったのだろうか? 荷馬車は殆ど休む事なく、月明かりだけの真っ暗な森の中の林道を走っていた。
母と第一騎士団隊長は時折、何か話をしている様だったが、それすら頭に入ってはこない。 私は荷馬車にあった厚手の布を被りながら小さくうずくまる。夜の冷たい風が頬を掠めて冬が近いことを実感する。
私が落ち着いたのを見計らってか、母は袋から飲み物が入った瓶を取り出し私に差し出してきた。
「リルディア、水よ。寒いだろうけれど、何も無いよりはいいわ。 もう少し行ったら国境を出るから、そうしたら休憩も出来るからそれまで我慢してね」
…………国境?
差し出されるままに水の入った瓶を受け取り、母の顔を見上げる。
「………国境? 出る?」
「そうよ。 私達がいない事が知れるのも時間の問題。もしかしたら、もう追っ手が掛けられているかもしれないわ。 だから急いで今晩中に国境を出るの。
国を出ても周りは属国ばかりだから安心は出来ないけれど、さすがにこんな夜更けに他国の領地にまで追っ手を掛けてはこないはずよ」
母はそう言って、私を気遣うように背中を何度も擦る。
「それを飲んだら、あんたは少し眠りなさい? 心配しなくても大丈夫よ。私達には国王の右腕とも称された国一番の剣客である第一騎士団隊長のグレッグがついているし、何も怖い事なんて無い。彼が私達を守ってくれるわ」
私は母の言葉を聞きながら荷馬車の御者の横に座る第一騎士団隊長を見つめる。
どうして国王直属の第一騎士団隊長である彼がここにいるのだろう? 彼が守るべき主は国王であり、もしくは王妃やその姉王女達ではないだろうか?
しかも第一騎士団隊長は他の騎士団隊全ての統率役として重鎮の立場にあるはずなのに。
「………ヴァンデル第一騎士団隊長。どうして国王の傍にいるはずの貴方がここにいるの? 一体何が起こっているの? 母様の話は本当なの? 本当に父は亡くなったというの? 父の一番の側近である貴方なら全てを知っているのよね?」
「リルディア、今はその話は後にして、もう少し落ち着いてから………」
「母様、私は知りたいのよ! こんな突然お父様が死んだとか、わけも分からないのに逃げるとか殺されるとか。 私にも分かるように説明してよ! じゃないと頭がおかしくなりそうよ!!」
いくら大丈夫だとか守ってくれるとか言ったって、何故こんな事になっているのかが分からなければ、頭は混乱したままで不安に押し潰されそうになる。
すると今まで黙していた第一騎士団隊長が静かに口を開いた。
「ーーエルヴィラ、彼女ももう物事が理解出来ない子供じゃない………リルディア王女、俺から説明しよう」
第一騎士団隊長の言葉に母はそれ以上、何も言わなかった。 ただ一つ気になったことは、母は愛妾とはいえど彼にとっては主の妻だ。
彼が敬語を使わないのは元々からで国王である父に対してもそうだったから慣れてはいるが、普段なら「奥方殿」と呼んでいるはずなのに今は名前呼びで、その母までが彼の事を名前で呼んでいる。
母は今まで国王の臣下や貴族達のことは姓や役職で呼んでいたのに。 それに先ほどからの母の態度といい、随分と親しげなのも気になる。 そもそも彼は“女嫌い”のはずではなかったのか?
「………国王が亡くなったのは本当だ。 数日前の事だ……。 だから俺は一足早く国へ戻って来た。 貴女達親子に知らせる為に」
「そんなはずないわ! 届いた文には戦に勝利したって。 だから帰還すると書いてあったのよ!?」
「確かに戦には勝利した。 だがそれは初めから仕組まれていた『計画』だった。 国王はあの通り、戦の度にその武力でもって他国をねじ伏せ従わせてきたが、その傍若無人な侵略行為に属国とされた各諸国の同盟国が一念発起し立ち上がったようだ。
そうして奴等は この度の戦の中でその相手国と手を結び、計画的に敗戦を仕組んで国王が勝利の余韻に浸っている その隙を狙って今まで一緒に戦ってきたはずの属国で構成された連合軍が敗戦したと思われていた国と共に一気に反旗を翻した。
それには、いくら最強と恐れられた国王であっても、孤立してしまえば一溜まりもないーーあっという間だった」
彼は静かに語り小さく肩を落とした。私は呆然と、その姿を見つめる。
………この男は何を言っているのだろう? 同盟国が裏切った? これまで散々お父様に守ってもらっていながら、そんな卑怯な真似を使ってお父様を……?
ーーくっつ、ふざけないでっ!!
私は堪らずに被っていた布を第一騎士団隊長に向かって投げつけると、怒りの感情に動かされるままに捲し立てた。
「ふざけないで!! しかも裏切りですって!? 恩知らずも甚だしいわ!! 今までずっと、お父様を盾にして守ってもらっていた軟弱者達のくせに数が揃えば怖いもの無しって事!?
しかもあんたがついていながら、お父様を守れなかったというの!? あんたはお父様の右腕と呼ばれるほどの側近で、お父様と並ぶ国一番の剣客じゃないのっ!! そして国王直属の第一騎士団隊長のはずでしょう!?
そんな国王直属の騎士であるあんた達が何をおいてでも国王を守るのは最優先事項じゃないの!! それなのに一体何をしていたのよ!! それともまさか、あんたまでお父様を裏切ってーーー」
そんな私の言葉を遮るように母が会話の間合いに飛び込んできた。
「リルディアっ! 違うわ!! 落ち着いて頂戴! 彼はそんなことは絶対にしないわっ。 何より彼は国王が唯一信頼の置いていた他の誰よりも忠実な臣下なのよ。それはあんただって、ずっと父親の側で見てきたのだから分かっているはずでしょう?」
「分かっていたらなんだっていうの!? 結局、結果は同じじゃない!! 一体なんの為の国王直属の騎士団なのよ!! 本来は身を挺してでも主君を守るのが忠実な臣下のあるべき姿でしょう!? それなのに、どうしてそんな裏切り者達を放置したまま、こんな所にいるのよ!!」
「…………すまない」
顔を伏せたままポツリと謝罪を口にする第一騎士団隊長の姿に、益々怒りが込み上げてくる。
「はっ? すまない、ですって!? 謝ればそれで済むとでも思っているわけ? そもそも、あんたがもっとしっかりしてさえいればーー」
今にも掴みかからんばかりの私の体を母が押さえ込んだ。
「リルディアっつ!! やめて!! お願いだから話を最後まできちんと聞いて。彼を責めては駄目よ。 彼がここにいるのは国王の勅命で私達を救出しに来てくれたのよ。
それに、あの国王が大人しく臣下達に守られているような質じゃないでしょう? 元よりあの男は戦馬鹿で自ら手を下すことを何より楽しんでいる好戦的な暴君なんだから。
だから今まで散々好き勝手してきたツケが今になって返って来たのよ。 こうなったのも全ては己が招いた自業自得。 それでなくても敵が多い事を分かっていながら油断した本人が一番悪いわ。
これを言うのは酷だけれど、あんたには甘くてすごく優しい父親でも、その一方では自ら戦を起こして多くの他人の命を奪い、その家族を不幸にしてきた人間でもあるの。 そんな人間が内にも外にも敵が多くて当然よ。恨みを持たれない方がおかしいわ。
リルディア、あんたはとても賢い子よ。だから何が正しくて何が悪いのか自分でも分かるでしょう? この第一騎士団隊長は主君の命令を忠実に実行している一臣下にすぎないわ。 だから彼個人を一方的に責めるのは間違ってる。
それに彼は私達にとって大事な命の恩人よ。それを仇で返すような暴言は、あんたの母親である私が許さないから」
そう言う母の体が少し震えているのに気付いた。 それは寒いから震えているのではなく、一見、非常に気が強くて物事に動じないように見える母でさえ、この突然降って湧いたようなだけ出来事に不安を覚えているのだろう。 けれど大人として子供の手前、なんとか平静を保っているようにも見えた。
(ーー母様も何を言っているの? あの誰よりも強いお父様が敵なんかに簡単にやられるはずないじゃないーーだから、これはきっと第一騎士団隊長の質の悪い冗談なのよ………)
第一騎士団隊長が項垂れたまま大きく首を横に降る。
「いや、違う。俺は第一騎士団隊長でありながら国王を守りきれなかったばかりか、自分の怠慢で守るべき主を失ったのだ。 それなのに俺は今もこうしておめおめと生き恥を晒している。
そのせいで大切な家族である父親を失った王女には本当に申し訳なかったと思っている。 だから俺を恨んでくれて構わない。たが、今だけは亡き主が大切にしていた貴女達親子を俺に守らせて欲しい」
第一騎士団隊長はそう言うと私達親子に向かって、荷台に額を押し付けるように頭を下げた。
(ーーだから何を言っているのよ! やめてよ!! これ以上、悪い冗談なんか聞きたくないわ!! 聞きたくない! 聞きたくない! 聞きたくない!!)
すると私の中で声が聞こえる。
《ーーリルディア、騙されては駄目。誰の言葉も信じては駄目よ。 周りは皆、嘘つきなの。
お父様も仰っていたでしょう。己の眼で見たものが真実なのだと。 何故かって、人は簡単に嘘をつく生き物だから。だからお父様の事も、この眼で見てはいないのだから信じない………
ーー大丈夫、大丈夫よ、リルディア。何も考えないで。 考えなくてもいいの。私を脅かすものなんて奥底深くに沈めてしまうのよ。 ………そう、何もかもーー》
一度、冷静にならなきゃ。 今は自分の置かれている状況だけに集中しないと。何が自分にとって有益なのか的確に判断する必要がある。
だから、この男をこれ以上責めても仕方のない事は分かっている。 そして母様の言う通り、お父様が唯一信頼していた臣下だということも。
確かに今のこの状況下で私達親子が無事に逃げ切るには、彼の手助けが必要よ。 ………全てを信用するわけじゃないけれど、母様の様子から大丈夫と判断して、この男の忠義がどこまで本物なのか見定めさせてもらう。
「ヴァンデル第一騎士団隊長。頭を上げて下さい。貴方は王命を受けて、私達の為にここまで駆けつけてくれたのですね。 それなのに事情も聞かずに一方的に酷いことを言ってしまって、ごめんなさい。 貴方は自分も巻き添えになる危険を冒してまでこうして助けに来てくれた、その忠義には本当に感謝しています。
ヴァンデル第一騎士団隊長。 これまでの非礼をお詫び致します。 大変申し訳ありませんでした。 そして助けに来てくれてありがとうございます。
今一度、改めてお願い致します。私達親子が無事に逃げ切れるまで、この先も、どうかお力をお貸し下さい」
私はそう言うと相手に向けて礼儀を欠かない様、深々と頭を下げた。 本来ならば王族が臣下に頭を下げるなど常識ではあり得ない事で、ただ命ずるだけで事が済む。 しかし今となってはそれも難しいだろう。
自分は王女とはいえ母は市井出身であり、今まで父王によって守られていた存在だ。 それが無くなってしまえば他に後ろ盾のない私達にとって周囲の人間は脅威にしかならない。
特に貴族などは利用価値がなくなったものに対して手の平を返す事など躊躇なく、だからこそ、こうして私達が逃げなければならない現状なのだ。 兎にも角にも私達親子には信頼の置ける強い味方が必要だった。
(ーーそうよ、私達の為になるならば利用出来るものは何でも利用する。 だから王女である私が臣下に頭を下げる事も必要とあらば、いくらでも下げるわよ。それで百人力が手に入るのならば、お安いくらいだわ)
そんな打算的な事を暗黙の内で娘が考えている事も露知らず、隣では、どんな時でもいつでも気丈に振る舞い、涙一つ見せる事のない母が、なんということだろう。今にも泣き出しそうな顔で私をぎゅっと力強く抱きしめてきた。
「リルディア……あんたって子は」
「母様?」
母の様子に戸惑う私を第一騎士団隊長がその強面が崩れるくらいに驚いたような表情で見つめていたが、ふと我に返ったように突然姿勢を正し片膝をついて正式な騎士の礼を執った。
「リルディア王女。どうか、そのように頭を下げるのはやめて下さい。 貴女は何も酷いことなど言われてはおりません。全ては俺……いえ、私の力不足から招いたこと。 己の不甲斐なさを悔やんでも悔やみきれません。
そんな私は主君を守る使命を果たせず、こうして生き恥を晒す覚悟で戻りました。 王女のお怒りは最もであり私を恨むのも至極当然の事です。
にもかかわらず、そんな私を信じてくれた事を心より感謝すると共に、貴女方の御身は、このグレッグ=ヴァンデル。
我が一命を投じてでも必ずや守り抜く事を御前に誓います。 ですから、どうか不快ではあリましょうが、お二人の安全が確実に確認されるまで、この先の行動を共にする事を今一度、お許し願いたい」
今度は私の方が先ほどのヴァンデル隊長と同じ表情をしているに違いないなかった。
………開いた口が閉まらない。 め、珍しいものを見てしまった。 というか、聞いてしまった。
いつも気丈な母の泣きそうな声も全くもって珍しいが、それより何より問題なのは、この第一騎士団隊長が『敬語』を使って話しているという事実だ。 しかも15歳の小娘相手に!!
この人、『敬語』使えたんだ………
私の記憶にある限り、彼がきちんとした敬語を使って話している所など過去、見たことがない。 国王の前ですら友人に話すかのように話しているくらいだ。
(事実、彼は父の唯一の友人とも呼べる存在なのだけれど)
いや、そんな事よりもだ。 一体、どうしてしまったの?? ヴァンデル第一騎士団隊長??
打算的に相手を見極めるはずだった思惑が、思わぬ展開のこの珍事に呆気に取られて、大きく目を見開き彼を見つめたまま、ただただポカンとするばかりだ。
そんな私を知ってか知らずか母は母で私を抱きしめたまま、まるで小さな子供にでもするように頭をしきりに撫で撫でしている。
「ああ、ずっと子供だと思っていたのに、いつの間にか成長して大人になっていたのね。
しかも今まで手のつけられない我儘で自分の事しか考えられない自己中心で、実際父親がいなければ何も出来ない他力本願で、自分が一番の自意識過剰な本当に困った子だったのに。
しかもセルリアの王子が欲しいと言い出した時には、もう本当に親子の縁を切ってやろうかしら?と思ったくらい、あんたの将来を心配したものよ。
だけど、そんなあんたがまさか他人に対して感謝の意を表したり、他人の気持ちを考えて自分の言動の非を認め、謝罪が出来るようにまでなっていたなんて。
親が心配せずとも子供って、きちんと周りから悪い所だけじゃなく良い所も吸収して成長しているのね。 親として、こんなに嬉しい事はないわ」
ーーなんだか、誉められているような感じはしないでもないけれど、あの母がすでに半泣き状態で私の頭を何度も撫でて感激している所を見ると、よほど私の将来を心配していたのだと再認識する。
たとえ大嫌いな男の血を引いていても、やはりそれは自分が死にそうになりながらもお腹を痛めて産んだ我が子。
セルリアの王子の一件ではそんな事を考えていたのかとは思ったが、現在も こうして親子の縁は切らずに私を連れて逃亡を謀っているので、母親としての愛情はきちんとあるのだと実感する。まあ、それはさておき………
「あの、二人とも、どうしてしまったの? なんか、おかしいわよ?」
戸惑いながら言うと、母は涙を布で拭いながら「何が?」と首を傾げる。
「だって、珍しいというか、あり得ないでしょう? いつも気丈で、しかも転んだってタダでは起きない図太くて逞しい神経の持ち主の母様が泣く所もそうだけれど、
あの強面で無口で無愛想で、しかも女嫌いだという、国王にすらも敬語なんて使わない事で有名なヴァンデル第一騎士団隊長が、こんな15歳の小娘に敬語を使っているのよ?
何か悪いものでも食べたのか、色々あって頭が少しおかしくなっているとしか思えない。 ねぇ、二人ともほんとに大丈夫? 医者に見てもらった方が良いのではなくて?」
私としては本気で二人を心配しているつもりなのに、二人は顔を見合わせ、先ほどの私と同じようにポカンとしている。
そして、その隊長の隣では、荷馬車で手綱を握っている御者の彼が何故か笑いを堪えるかのように、その体を小刻みに震わせていた。
「………血は争えないな。 つくづく二人は親子なのだと実感する」
「………だから言ったじゃない。 この子、実のところは私似なのよ」
何が血は争えないの? それに私が母似なのは誰から見ても一目瞭然だというのに。
母が呆れたように、ため息をつく。
「グレッグ、貴方が似合わない事をするから、この子が戸惑っているじゃないの。 私も貴方の敬語なんて聞いてて気持ち悪いから、とっとと素に戻ってよね」
「気持ち悪いとは何だ。俺は自国の王女に敬意を表しただけだ。 ………が、まさか病人扱いされるとはな、慣れぬ事はするものではないな。 まあ、言われずとも元には戻させてもらう。
だが、人の事は言えんだろう? まさか貴女の泣く所など想像もつかなかったぞ? 逆に誰かを泣かせているのは、よく見るがな」
「なによ、失礼ね。 私だって、こう見えても一応母親なのよ? ずっと心配していた我が子の成長が見られて、感動するのは当たり前でしょう?
それに泣かせていたとは人聞きが悪いわね。 あれは私に食ってかかってきた女達に、ちょっと図星をついてみたら勝手に泣き出していただけじゃない。そもそも、そんな泣くくらいなら喧嘩を売る相手は、よく考えればいいのよ」
母の態度に、今度は隊長が深いため息と同時に首を横に振る。
「外見に似合わず貴女の口の悪さには普段言われ慣れてはいない貴族の令嬢達にとっては毒にしかならん。 少しは自分の対面的な印象というものを気にしたらどうなんだ?
既に王家の一員なのだから王家の淑女としてだな、一方的に言われて我慢しろとは言わないが、せめて言葉を選んで物申したらどうだと、いつも言っているだろう?
それなのに貴女ときたら、その辺が全然 無頓着で、だから見てみろ、そんな貴女を見て育った王女が口の悪さまで貴女に似てしまっているじゃないか。 母親なら少しは子供の教育上、自重しろ!」
「はっ、子供を持ったことのない男に教育をどうこうと知った被って言って欲しくはないわね。
第一、私は元は市井の酒場の娘よ。 だからそんな貴族の習慣なんて知ったこっちゃないし自分が淑女だなんて、これっぽっちも思っていないわ。 好き好んで王族になったわけでもないしね。
それにもう今更じゃない? 私はあの悪行高い国王を誑かして国の財を食い潰した今や国内外に知れ渡るほどの悪女で通っているのよ?
でも、それは自分のしてきた事だから否定するつもりはないし、それに対しての批判は甘んじて受けるわ。 だからこそ今更印象を気にするなんて意味がないわよ。
それにリルディアの性格は私に似ていて当然よ。あの子には私の血が流れているんだから、こればっかりは多少口が悪くなっても仕方ないわ。
それに貴族の女が淑女に見えるのは上辺だけよ。普段言われなれてないですって? 笑っちゃうわね。
裏での彼女達の毒舌だって、かなりのものなのに男って単純だから、そうやって直ぐ外面に騙されちゃうのよ。 で、後々本性を知ったところで時すでに遅し、後悔する羽目になるんだから。
それなら私みたいに初めっから本性隠さず明け透けな物言いする方が、かえって誠実だとは思わない?」
いつの間にか、私に関しての喧嘩とも言えなくもない言い争いが二人の間で始まっている。 私としては、この状況にすら驚いているのだがーーー
………二人は、いつからこんなに喧嘩をするほどにまで仲良く?………なったのだろう?
二人が王城で顔を合わせた時にだって こんなに親密に言い争う事など絶対にないし、彼は母のことは決して名前ではなく臣下らしく「奥方殿」と言っていた。
しかも彼は無愛想でいくら女性が話し掛けても適当に相槌を打つだけで あとは だんまりだ。 なので周囲からはいつしか『女嫌い』と言われ、外見は決して悪くはないのに、むしろ鍛えられている筋肉が逞しく、いかにも頼りがいのある大きな体躯をしていて、
混じりけの無い茶色の髪色と緑色がかった茶色い瞳の精悍で整った男らしい顔つきで、本来なら女性が黙ってはいないような人なのだが、
なにせ、その表情はいつも不機嫌で、心臓の悪い人なら睨みつけるだけでその心臓が止まってしまう様な強面なので、女性達からは敬遠されてしまっている。
(これが母のような気性の女性であれば、そんなものは関係ないのだろうけれど)
しかも本人も畏まって気取った女性もお喋りで口煩い女性も嫌いだと言っているようなので、女嫌いと言われてしまっても仕方がない。
ちなみに私も小さい時からどっちかというと彼が苦手だった。 なので彼と同じ場所にいる時はできるだけ距離を取り視線を合わせないよう避けていた。
(だって子供心にも あの顔がすごく怖かったから)
しかも口数も少なく仕事以外の関係のない会話は聞いたことすらないので、とにかく今私の目の前で、その彼が母とこんな風に、それもお互い個人的な事で言い争っているのが驚きでしかない。
ーーはっ、まさか二人は、父の一番の臣下とその父の最愛の妻でありながらも、お互いに愛し合ってしまった決して許される事のない関係………とか?
いや………でも、どう見ても二人のやり取りを聞いている限りではそんな感じは微塵もしない。 だって、このように相手に気を遣うでもなく逆に相手の欠点とか平気で言い合うとか、とてもじゃないが、どう考えても恋人同士の会話とは到底思えない。
しかも彼は口煩い女性は嫌いなはずだ。それなら母のような自分でも口が悪いと指摘している口煩い女性など到底、彼の好みではないだろう。
ーーいや、でも母にはそれを差し引きゼロにするだけの美貌と類い希な美しい声がある。あの父ですら虜にしたその美貌だ。中身はともかくとしても、うっかり心を奪われてしまう事も あるかもしれないーー
眉間に皺を寄せながら一人悶々と二人の関係を思案しつつ目の前の二人のやり取りを見つめていると、今まで静観していたのだろう御者の彼が間に入って声を掛けてきた。
「お二人とも、そこまでにしては如何です? 王女様の前ですよ。 お可哀想に、一人置いてきぼりでお寂しそうではないですか」
その言葉に二人の視線が同時に私に向けられ、なんとも言えない気まずいような気がして慌てて首を横に振る。
「あ、いや、その、なんと言うか………その、少し驚いていただけで、寂しいなんてことは………」
言い淀む私に二人はお互い一瞬だけ顔を見合わせると、なんとも伐の悪そうな表情で私に向き直る。
「ーーすまない。決して放っておくつもりでは………」
「ご、ごめんね、リルディア。どうも、この男と話していると、つい………」
そんな二人の様子に御者の彼は今度は笑いを堪えずに声を上げて笑っている。そして私の方にも話し掛けてきた。
「王女様。この二人は顔を合わせればいつもこうなんですよ? だから心配しなくても大丈夫です。 ほら、喧嘩するほど仲が良いというでしょう?
ああ、でも仲が良いとは言っても俗に言う禁断の恋人同士では ありませんから安心して下さい。 まあ、今現在は………ですけどね?ーーー」
「なっ!!」
「ヘンドリック!! お前は安心して下さいと言っておきながら逆に不安を煽るような事を言うな!! それは王女に対して不敬にもほどがあるぞ!!」
御者の彼の言葉に母が一瞬言葉に詰まり、第一騎士団隊長は彼の言葉に怒り出す。 しかし「ヘンドリック」と呼ばれた御者の彼はそれも慣れているのか、全く意に介した様子もなく ニコニコとしている。
「不敬だなんて、あはは。隊長がそれを言いますか? ですが王女様だって気になっていたはずですよ? 隊長は不安を煽るなと仰いますが、お二人のその様子を見れば逆に不安にもなるでしょう? 普段は俺達の騎士舎内でしか絶対に見せないお二人のやり取りを王女様はご存知ないはずですからね」
そう言うと、ヘンドリックは私に向けて人懐っこい微笑みでニッコリと笑う。 それを見て私は、さっきまで一人悶々と考えていた事を見透かされたような気がして思わずドキッとしてしまった。
どうやら彼はその会話の中から分かるように、ヴァンデル第一騎士団隊長が率いる騎士団隊所属の部下なのだろう。 見たところ まだ10代後半くらいという感じだ。
外見は明るい栗色の髪と、薄い緑色の瞳は、まるで春の新緑を思わせるような綺麗な色だ。そんな彼はどちらかというと、大人の男性というよりも、やんちゃな少年という方がしっくりくるような、笑顔の似合う爽やかな青年だった。
こんな見るからに年若い彼が私達の逃亡の為に隊長と共に手助けをしてくれる。きっと彼は若いながらもヴァンデル騎士団隊長の信頼の厚い人物なのだろう。
そんな彼は私に敬意を示すように、恭しく頭を垂れ、礼を執った。
「リルディア王女様。 ご挨拶が遅れて申し訳ございません。 私は第一騎士団隊所属のヘンドリック=バラージェと申します。
この度は隊長のお供で奥方様と王女様の護衛を賜りました。 俺も隊長同様、お二人の事は騎士魂にかけて全力でお守り致しますので、隊長のように自信満々とまではいかないのですがーーまぁ、小舟に乗ったつもりで安心して下さい」
さすがに王族への挨拶に言葉遣いを正したのであろう彼は、平民出のヴァンデル隊長とは違い、日常から身に付いた上品な所作などから察するに貴族階級の出身なのだろう。
………バラージェ?
どこかで聞き覚えがあったような………?
すると母が呆れ混じりに鼻で笑う。
「ふん、ヘンドリック。 それなら貴方のその舟には尚更乗りたくはないわね。 だって、あちこちに穴が空いていそうなんだもの、乗った途端に沈没しそうで怖いわ」
それを聞いたヘンドリックは調子良くおどけたように人差し指をチッチッと横に振る。
「相変わらず辛辣だなぁ、エルヴィラ様は。 そんな事はないですって。 でも、もしそうなっても俺自身が舟になって体を張ってでもお二人を背負って泳いでみせますから大丈夫ですって!」
「絶対に嫌。それならリルディアはグレッグに任せて私は自分で泳ぐわ」
「えーー? 大丈夫なのに。 だけどエルヴィラ様なら本当に、ご自身で泳ぎそうすよね?」
「泳ぎそう、じゃなくて泳ぐわよ。これでも泳ぎは得意なの」
えっ? そ、そうなの?………知らなかった。 母様が泳げるなんて………初耳だ。
それにしても、第一騎士団隊長もそうだったが、母はこのヘンドリックとも、とても親しげな感じだ。 一番近い身内でありながら母の交友関係というものを娘の私が全く知らなかった事に、当然ながら唖然としてしまう。
そして見かねたヴァンデル隊長が口を挟む。
「おい、そこまでにしておけ。お前がさっき俺達に言った言葉を今そのまま返してやる」
「ああ、王女様、申し訳ございません。自分で言っておきながら王女様にはお寂しい思いをさせてしまいました。 お詫びに僭越ながら退屈しのぎになります様、隊長と共に歌いますので、どうか許して下さい」
「………どうして、そこで俺が出てくる。しかもお前『夜光の歌姫』相手にいい度胸だな。 ーーそうだな、歌うならお前一人で歌え。 俺はそんな大それた度胸はないからな。 お前の勇姿は隊長である俺が見届けて後で皆に報告しておいてやる」
「えっ? そんなぁ。 俺だって、そんな度胸ないですよ。 でも隊長なら度胸がないだなんて謙遜でしょ? だから隊長と一緒なら恥を忍んで歌っても大丈夫かな~って」
「恥と分かっているのなら初めから言葉に出すな。 お前と話していると第一騎士団隊の品位が疑われる」
ヴァンデル隊長の言葉に賛同するかのように母も頷く。
「本当にそうよねぇ。 この緊張感の無さ、どうしてこんなのが騎士団隊に入団出来たのかしら。 しかも中でも優秀な人材だけが入れるはずの第一騎士団隊になんて、いまだに疑問だわね」
聞いたヘンドリックは非常に分かりやすくガックリと肩を落とした。
「ううっ、こんなのって言われた……お二人は本当に俺に対して冷たいです。 ーーねっ? 王女様もそう思いますよね? 俺、いつも騎士舎で、この最強の毒舌を持った二人に虐められているんですよ。 お二人とも年長者のくせに酷いですよね? だから俺の繊細な心臓はもうボロボロなんですよぅ………」
ーーと言いつつ、ヘンドリックが悲痛な面持ちで泣き真似?のような仕草をしてみせるも、すかさず二人からの容赦ない毒舌に完全撃沈する。
「毛が生えた頑丈な心臓の間違いでしょ?」
「毛が生えた頑丈な心臓の間違いだろ?」
おお、なんと、二人の言葉がぴったりと揃った。
そんな目の前で目まぐるしく展開する茶番劇のようなやり取りをぼんやりと見つめながら、私はというと色々考え悩む自分が何だか馬鹿馬鹿しくなってきていた。
先程までは自分に起こっている突然の出来事が何もかも信じられなくて、当然気持ちの整理もつくはずもなく、しかも追っ手に捕まったら殺されるとか物騒な事にすらなっていて、
それでなくても、まだ成人にすら満たしていない子供である私は、だだ流されるままに母親に連れられ、こうして必死に逃亡している。
こんな事が自分に起こるだなんて、誰が予想できると言うのだろう。
ーー私がこの世に生を受けて15年。 父からの愛情を惜しみなく注がれ、なに不自由なく幸せに暮らしていた王女の私が、勿論上質な絹布で作られた高級なドレスしか身につけたことのない私が、今やこんな薄汚れた粗末な男物の服を着て、
そして貴族用の豪奢な馬車にしか乗ったことのない私が、まさか荷馬車の積荷の隙間で、埃っぽい薄汚れた厚手の布一枚にくるまって夜の冷たい風を凌いでいる。
しかも林道の舗装もされていないガタガタの悪路を走っているので、長い時間荷台に乗り続けているせいか、さっきからお尻が痛くて仕方がない。これは目的地に着いたとしても、きっと一人では歩けないだろう。
そんな最悪な状態に置かれ、私の頭の中は徐々に限界を迎えていたのかもしれない。
突然、自分の生まれ育った国から逃げねばならず、裏切り者から命を狙われているかもしれなくて、少し前まで当然のようにあった幸せな人生が、足元からガラガラと崩れ落ちていくことが到底耐えられなかった。
すると、また頭の中で声が聞こえた。
《ーーリルディア、考えては駄目。 何も考えてはいけないわ。 ーー壊れる。壊れてしまう。 だから奥底に何もかも沈めてしまいなさい。 私を不安にするものなんて全て消してしまうのよ……》
ーーパチン
何がが自分の中で弾け飛んだ……ような気がした。
本当に一人で馬鹿正直に考えるなんて無駄な時間の浪費にすら思えて来たわ……なのに、人の気も知らないで………
それもこれも!! 母様と第一騎士団隊長とその部下のまるで緊張感のない会話のやり取りのせいよ!! そもそも母様がこの二人とこんなに親しかっただなんて全く聞いてない!!
今まで全然そんな素振りは一度だって見せなかったくせに、どうして、よりにもよって、こんな時に見せてしまうのよ! おかげで私が知らない母様や第一騎士団隊長の意外な一面を見せられて、戸惑うやら唖然としてしまうやらで色んな意味で衝撃を受けたわ!
それに、あの第一騎士団隊長の最も信頼の厚い部下があんな道化師みたいな変わった人で、何も知らない私をそっちのけで、三人でまるで言葉遊びのような会話をしているんだもの。あれじゃ、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からないじゃない!!
私達って逃亡中なのよね? それとも今起こってる事が何かの冗談なの? ーーって、子供が一番まともに考えてる事自体どうなの!
うう~っ、どうしよう。色んな事が積み重なったせいかしら? 何だか、どんどん笑いが込み上げて可笑しくなってきたわ。 怒りも不安も頂点を通り越してしまえば最後には笑いが込み上げてくるものなのね。
フッ、フフッーーいや、ダメよ。こんな時に笑うだなんて異常だわ。しかも不謹慎よ。ダメ、笑っちゃ……だ……め。
突然、私が俯いたまま、お腹を押さえているのに気付いた母が慌てて私に話しかけてくる。
「リルディア? どうしたの!? 具合が悪い? お腹? お腹が痛いの!?」
「………う、ぅ」
お腹をギュッと押さえ小さく唸りながら体を小刻みに揺らす私の様子に、母の血の気が引いたような声が聞こえた。
「大変!! ヘンドリック、今すぐ馬車を止めてっ!! リルディアの様子がおかしいの! グレッグ!! 薬はある!? この辺に医者はいないの!?」
母の声にヘンドリックは慌てて荷馬車を止め、ヴァンデル隊長が鞄を持って私に近付いてくる。
「リルディア王女、大丈夫か!? 今、どういう状態なんだ!? 腹が痛むのか!?」
「…………ぅ」
私の体調を窺う隊長に、ヘンドリックも辺りを見回しながら急ぎ地図を開く。
「隊長、どうしますか!? この辺は林道だから医者は勿論のこと民家も無いようです。ですが多分もう少し行ったら国境沿いには村や町があるはずですよ」
「そうだな、取り敢えず、このまま少し待ってろ! 王女の容態を確認する方が先だ!!」
すると母が何かを思い出したように口を開く。
「そうだわ! グレッグ!! 貴方確か少しは医術に携わっていたわよね!? だったら貴方のは見立てで、どうにかして治せないの!?」
その問いにヴァンデル隊長は首を横に振る。
「それは外傷に関してってだけだ。 さすがに体内疾患までは俺にも分からん」
そしてヘンドリックも片手を上げて同じく首を横に振った。
「はいっ! 俺も!! 残念だけど隊長と同じく外傷医術の資格しか持ってないんだよな。 う~ん、こんなことになるのなら内疾患医術も学んでおけばよかったな。でもあれってさ、すっごく、すっご~く試験が難しくて大変なんだよねぇ」
そんな軽い調子の部下にヴァンデル隊長は、呆れ混じりの小さなため息をついた。
「ああ、そうだな。だが、お前の頭ならきっと大丈夫だろう? お前はどうしようもないくらいお調子者の馬鹿だが、その頭脳だけは誰もが一目置くほどに優秀だからな。 まったく、馬鹿と天才は紙一重だとはよく言ったもんだ」
え? 天才って、この人が? 本当に? それであんな道化師みたいな人が第一騎士団隊に入れたんだ………う、うう、………っ。
そしてまた、見ているだけで脱力してしまうような茶番劇が始まる。
「隊長~それって誉めてます? なんだか軽く貶されているようにも聞こえるんですけど~?」
「いや、誉めている。 だから騎士団隊の任務も訓練も全て休んでいいから、その分、医術を極めたらどうだ? そうして騎士ではなく軍医になれっ!」
「ええ~っ? 隊長、何言ってるんですか! しかも今更軍医なんて面倒くさいし絶対嫌ですよ~」
………軍医って……いや、それってまずいんじゃない? ………彼がもし医者になったとして、あんな調子で診られても……ううっ。
「ちょっと! グレッグ。 恐ろしいことを言わないでちょうだい。 あれが医者になったら、きっと被検体どころか、例え生きている者だろうと自分の好き嫌いで切り刻むに決まっているわよ。 あんなんでいて嫌いな人間には全く容赦ないんだから………」
「…………ああ、そうだったな」
母様と隊長の会話に、なぜか背筋に冷たい何がが走る。
ーーあ、は、はは……彼って実は危ない人だった?………あんな虫も殺さぬような爽やか青年って感じなのに……人は見かけに寄らないものなのね……でもほら、世間的には、そんなに珍しい事でもないのよ、きっと……フッ、フフッ。
「………うう、ひどい……人をなんだと思っているんですか~ 貴方達の方がよっぽど俺なんかよりもずっと怖いくせに、よく言うよ。俺なんてまだ可愛い方ですから。 そもそも『熊』と『虎』の猛獣コンビに向かう敵無しなのは、もっぱらの噂なのに~」
「は? その『熊』と『虎』って何よ?」
母の冷たい視線にもヘンドリックは慣れてるらしく、母の問いに何故か胸を張って答える。
「それは勿論!『熊』は俺達の隊長でぇ~ 『虎』といったら、もう奥方様しかいないじゃないですかぁ~ ちょっとカッコイイですよね。 いいなぁ~」
と、ヘンドリックはどこか羨ましそうな顔をしている。しかし一方の母はブチ切れたようだ。
「はああ? なんですって!? 私が『虎』!? しかも、もっぱらの噂って、そんなくだらない事を言っている馬鹿は一体どこのどいつよ!?」
……確かに、母様が怒って声を上げる姿は『虎』に見えるかも……
そしてヴァンデル隊長の方はというと「ふむ……『熊』か。 俺は周りにそう見られているのか……そうか」と、どことなしに、まんざらでもない表情でボソボソと呟いている。
……まぁ、ヴァンデル隊長は体も大きいし強いし、確かに『熊』がぴったりかも。 それに本人もなんだか嬉しそうだしね。
ーーああ……なんかもう、そうとしか見えなくなってきたわ。……怒る『虎』と何故か得意げな『熊』……そうね、さしずめヘンドリックは『狐』ってところかしら?
……ククッ、クククッ……なんだか急に可笑しくなってきたわ……だって、あの人達、私だけ除け者にして自分達だけ楽しそうにしているなんてズルいわよ。 なのに私だけ悩んでいるなんて、馬鹿みたいじゃない。
……フッ、フフフッツ、笑って何が悪いの? そうよ、だって、もう笑うしかないじゃないの。 それでなくても馬鹿馬鹿しくて、やってられないわ!!
「…………くく、っ」
突然、私が笑い出したことで母とヴァンデル隊長がギョッとした表情を浮かべた。
「!? リルディア??」
「王女!?」
そして二人の声が再び重なった時、とうとう私の我慢の堰が崩壊して それは一気に解放された。
「あーははははっ、ーーあーはっはっはっ」
「リルディアっ!?どうしたの!?」
「お、王女!?」
「王女様!?」
三人の驚いた声も顔も、何もかもが可笑しいから不思議だ。
「あーっははははっ、あははははっーー」
いつまでも笑い続ける私に三人はオロオロするばかり。それでも今まで我慢してお腹に溜めていたせいか、何故か笑いが止まらない。どうやら何かが私の中でぷっつんと切れたらしい。
今は何を見ても何を聞いても笑える。ああ、涙でてきたーーー
「ーーああ、とうとう王女様が壊れてしまった!!」
「「勝手に壊すな!!」」
ヘンドリックの叫びに また二人の声が重なる。ーー本当に仲が良いな。
*****
散々笑い続けた私は、ようやくお腹の中から笑いの虫が出ていったらしい。 ただ笑い過ぎて お腹が痛い。 笑い過ぎた………。
「あーやっと、止まった。笑い過ぎて死ぬかと思ったわ」
そんな私の様子を見て母はまだ焦っているようで、私の顔を覗き込みながら心配げに見つめる。
「リ、リルディア。だ、大丈夫なの? お腹が痛いんじゃないの?」
「え? 痛いわよ? 笑い過ぎてだけどーーー」
きょとんと首を傾げる私に母は私の額に手をあてる。
「熱は………ないようだけど………」
「王女、私達が分かるか?」
ヴァンデル隊長も心配げに問い掛けてくる。
「え? 分かるかって………」
問い掛けられている意味が分からずに首を傾げていると、母達の後ろにいたヘンドリックがすかさず説明してくれた。
「二人は王女様が突然何かに憑りつかれたみたいに馬鹿笑いし続けるから、色々あった事だし、ショックで頭がいっちゃったーーと思っているんですよ~? 俺も正直焦りました。「ああぁ、王女様が壊れたぁぁ!!」ーーって………で、俺のことも分かります?」
何だかんだ言って、ヘンドリックも心配してくれているようだ。 確かに自分でもあんな馬鹿笑い?なんて、今の今まで経験した事がないので正直なところ驚いている。
けれど自分でも分からないが、己の中の何かを解放したあの瞬間はすごく気分が高揚してしまって、風で草木の葉が揺れても母達が私を心配して焦っている姿も、視界に入る全てが何から何まで可笑しくて仕方なかった。
………確かに……私、大丈夫なのかな………。
「えっと………母様とグレッグ=ヴァンデル第一騎士団隊長と、その部下のヘンドリック=バラージェ」
「………はぁ、どうやら大丈夫なようだな」
私の様子を見て、ヴァンデル隊長は脱力したよう肩を落とす。
「本当に!? リルディア、あんた本当に大丈夫なの!?」
しかし母はまだ安心出来ないのか、困惑の眼差しで心配そうに問い掛けてくる。そういえば母がこんなにも狼狽しながら私の事を心配する姿は初めて見るかもしれない。
そんな母は昔から己の行動は己で責任を持てという考えがあるらしく、それは私に対してもそうだった。
だから端から見れば我が子に対しての情が希薄で放任しているように見えていただろうが、それでも私の行動に対して心配になった時には、さすがに親として黙ってはいられずに、よく注意を促してきたものだ。
けれど私は、そんな母の心配など、どこ吹く風とばかりに気にする事もなく、あまりに煩い事を言ってこようものなら、いつも父側に逃げていたので、母は諦めたのだろう。 私の事はほぼ父親に任せ、よほど目に余るような事がない限りは客観的な立ち位置に徹したようだった。
しかも私は母が嫌っている父の血を引いている為、我が子とはいえど無関心になってしまうのも、ある程度仕方ないとは思っていたのだが、
今、こうして目の前で私をこんなに心配している母の様子を見ると、やっぱり母も人の親なんだなと実感する。 ーーちょっと嬉しい。
「心配かけてごめんなさい。もう本当に大丈夫だから。 ーーでも、元はと言えば母様方が悪いのよ? こんな時なのに貴方達三人で本気とも冗談ともとれない変な会話を始めるのだもの。
しかも、いつもの母様や隊長からは到底考えられない会話のやり取りに、あまりに信じられなくて、やっぱりヘンドリックの言う通りショックからなのかしら? 何故か自分でも分からないけれど、笑わずにはいられなかったのよ。
ああ、でも本当に信じられないわ。 王女の私があの様な、はしたない笑い方を人前でするなんて。 しかも突然国を追われて、荷馬車の乗り心地は最悪で風は冷たいし、長い時間ガタガタ道に揺られて座っているところは痛いしで、これじゃあ立ち上がることも出来そうにない。
そんな気分はもう人生最低最悪で不安で打ちひしがれている、そんな娘の前で大人の貴方達が、まるで緊張感のない会話を展開するから、なんだか一人で落ち込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってしまったじゃない」
私は素直に思っていた事を口にすると、それを聞いた三人は、それぞれ複雑そうな表情を浮かべている。
「えっと……王女様。ごめんね?」
ーーと、先にヘンドリックが私の様子を伺うように謝る。
「……本当に申し訳なかった、王女。 ………もっと貴女の気持ちを考えるべきだった。 確かに、こんな大変な時に我等は年長者であるにもかかわらず、誠に不謹慎極まりなかった。 深く反省している」
続けて眉間に皺を寄せ、至極 真面目な表情で謝るヴァンデル隊長。
「………本当に大丈夫なようね。 ーーごめんなさい。 本当に悪かったわ、リルディア。 そうよね、私はともかく あんたにとっては一晩で世界が一変して幸せから、どん底に突き落とされたのだもの。 しかもあんたは最愛の父親を失ったのに、私は母親のくせして我が子に対して本当に無神経だった。 本当にごめんなさい」
母はどうやら私の言葉を聞いて大丈夫だと判断したのか、心底ホッとしたような表情を一瞬浮かべるも、すぐさま落ち込んだ様子で、まるで少女のように しょぼんと肩を落とす。 ーーなんか可愛いです。 母様。
(ーー母様は一体何を言ってるのかしら? 私は何も失ってなどいないのに……)
「それはもういいの。今更落ち込んだところで何が変わるというわけではないのだもの。 要は子供である私が『大人』になればいいだけなのよね。 だって、まともに状況判断が出来る人間が一人でもいないと、この先『不安』でしょうがないでしょうから」
私はところどころの言葉に皮肉を込めて言うと、にっこりと微笑んでみせた。 それに対して三人の大人達が、どこか気まずそうに顔を見合わせている。
「………王女様。その笑顔、怖いです………」
「………さすが、貴女の娘だ」
「どういう意味よ」
そして、どうやらまた、この仲良し三人組の会話が私そっちのけで始まりそうだ。 私はその光景をぼんやりと達観していた。
ーーそしてまた、声が聞こえる。
ーー誰かが泣いている。
(……やめて……やめて。……何も聞きたくない……聞きたくないの。……私から奪わないで………お願い)
私は胸の内からこみ上げてくる『何か』が苦しくなり、それを宥めるように無意識に両手で胸元を強く押さえていた。
【2ー終】
リルディア 15歳。
ーーそれは突然のことだった。
夕食を終え、夜も更けた頃、自分の部屋で寛ぎながら明日の凱旋式に着る為の新調したドレスを何着か並べてどれにしようかと悩んでいた。
明日は他国へと戦に出ている父王が帰ってくる日だ。 今回は遠方での大規模な戦で数ヶ月、城を空けている。 それが数日前、当然の勝利報告と帰還する旨の文が伝書鳩から届いた。
きっと今回もまた父は沢山の戦利品を持ち帰ってくるに違いない。 戦利品である他国の様々な貴重品を鑑賞するのはとても楽しみだ。 この国には無い珍しい物とか綺麗な物とかがあって、気に入った物があればそれを貰えた。
しかも父王が帰還すれば、それから数日間は国中でお祭りが開かれ賑やかになる。 今から楽しみで仕方がない。
そうだ、お父様が帰ってきたらお忍びで城下のお祭りに連れていって貰おう。 それに約束していた綺麗な湖のある場所への遠乗りも。
正直、毎日毎日花嫁修行だの貴族の令嬢達との退屈なパーティだの、もう飽き飽きしていたところだ。 お父様ならきっと私が退屈しないように色々と楽しくなる事を考えてくれるはずだ。
そんな事を考えながらドレスを見ていた時、突然ノックも無しに部屋の扉が勢いよく開き、そこへ現れた母が素早く室内に入ると急いで扉を閉め、その後も、しきりに扉の向こうを気にしている。 そんないつもと違う母の雰囲気に首を傾げた。
「母様?」
私が怪訝そうに声を掛けると、母はこちらに駆け寄ってくる。
「リルディア! 説明しているヒマはないわっ! 直ぐに逃げるのよっ!!」
「えっ?」
唖然としている私の腕を母が引っ張る。
「時間がないのっ! とにかく今あるだけの宝石をこの袋に入れなさい! 急いで!!」
何が何だか分からないが、母が尋常ではない慌てぶりで鬼気迫るものさえ感じる。
そんな唖然とする私に苛立ちを覚えたのか母は私の腕を離し、鏡台にあった宝石箱の中身を片っ端から掴んで持っていた袋に入れ、そしてまた再び私の腕を掴むと扉の方まで強引に引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと、母様!?」
「しっ!」
母は唇に人差し指を立て声を出さないよう促すと再び扉の前に立ち、今度は静かに少しだけ開けて廊下の様子を伺っている。
「まだ、大丈夫なようね。 さあ、行くわよっ」
母はそう言うと、周囲を警戒しならがら私の腕を引いて廊下を小走りに走る。
「か、母様!? 一体どうしたの!? なにが………」
「しっ、大きな声を出さないで。 見つかったらおしまいよ」
「お、おしまいって………」
小声で話し掛けるも、今まで見たことのない母の切羽つまった様子からして ただ事ではない。
夜間なのでもう休んでいる使用人もいて働いている人の数は少ないが、それでも人の気配を感じ取ると母は近くの部屋に隠れるを繰り返す。
そうして一目を掻い潜って屋敷の裏口に通じる通用口までくると、周りを警戒しながら外へと出た。
すると、そこには一人の騎士が立っていた。
「待たせたわねーー状況は?」
「ああ、城の方では既に騒ぎになっている。だが、まだこちらまでは意識が回っていない。逃げるなら今しかない」
「そうとなれば急ぎましょう。 リルディア、急いで!!」
なにやら母と親しげな感じの事情を把握しているらしい この騎士には見覚えがある。
ーーというより、よく知っている。
彼は父である国王の右腕とも言われている全騎士団隊随一の剣客であり、強面で無口で無愛想で、しかも女嫌いという40歳を過ぎても独身のーーー
国王直属第一騎士団隊長
グレッグ=ヴァンデル。
でも彼は確か 父と一緒に遠方の戦に同行していたはず。 それなのに、どうしてここに?
「リルディア!!」
母の声にはっと我に返ると、この第一騎士団隊長の言う通り、城の方では大勢の人達の騒ぎ声が上がっていて、離れにある私達の別邸の方にまで聞こえてくる。
急いで母の側に行くと、第一騎士団隊長は私達の前に立ち周囲に細心注意を払いながら私達を先導して歩き出す。
そして庭師の使う小屋までくると、これに着替えるようにと麻袋を渡された。その中には騎士の雑用や身の回りの世話をする小性が主に身につける作業服が一式………
それを見て私は愕然とする。
「なっ、これに着替えろっていうの!? この私が!?」
ーーこんな薄汚れた粗末な衣装なんて!! しかも男物の衣装だなんて!
生まれてこのかた、こんなものを身につけた事なんかあるわけがない!! ましてや農民や平民の着るようなものを王女であるこの私が!?
私はわなわなと拳を握り締め、第一騎士団隊長に詰め寄った。
「こんなもの着れないわよ!! 無礼にもほどがあるわ!! 私はこれでも第四王女なのよっ!? その私が、どうしてこんな薄汚れた衣装なんか身につけるのよっ! 絶対にこんなもの着るものですかっ!!」
そんな憤慨する私を見ても第一騎士団隊長は動じる事もなく、母に話し掛ける。
「………説明していないのか?」
すると母は少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「そんな状況じゃなかったのよ。こちらも無事に逃げられるかどうかの瀬戸際だったんだもの。 取り敢えず貴方はそこで待っていて?」
そう言うと母は私を引っ張って小屋の中へと無理矢理を押し込める。 そして扉を閉めると、まるでひん剥くように私のドレスを脱がせ始める。
「ちょ、なにするのよっ、母様!?」
「いいから着替えなさいっ!!」
私の抵抗を無視して尚、母は私のドレスを脱がすというより剥がそうとする手を止めない。
「い、嫌よっ!! こんなもの着れないわっ!! どうして母様はあの男の言う通りにするのよ!? あの男はお父様の臣下じゃない!! 今だってお父様と一緒にいるはずなのに、どうしてここにいるの!?」
すると母は私の肩を掴み、真剣な表情で私に詰め寄る。
「リルディア!! 時間がないからよく聞きなさい!? 私達はもうここには居られないの!! ここに居たら殺されてしまうわ!!
彼は私達の味方なの。私達を助ける為にこうして危険を冒してまで助けようとしてくれているのよ! だから大人しく言う事を聞いて頂戴!!」
え……、殺され……る?
「え……殺され……るって? ど、どういう事? ………だって、お、お父様が……」
「リルディア………お父様はもういないの。国王は………死んだわ。だから私達を庇護してくれる者は もうこの国には誰もいないのよ」
母の言葉に私は耳を疑った。
父が、あの父が………死んだ??
……嘘よ。そんな事あり得ない。だって父は誰よりも強くて、今までだって一度も戦に負けた事の無い百戦練魔の最強の覇王と呼ばれていて、諸国からも畏怖されている存在で………
「………う、嘘よ、そんな……の嘘。あの、あのお父様が死、死んだなんてあり得ない………だって、お父様は最強で………」
呆然とする私を母はぎゅっと力強く抱きしめる。
「リルディア……全て本当のことよ。いくら最強であってもお父様も生ある人間である以上、“死”は免れないわ。 そしてそれは私達にも言えること。だから今は自分が生き延びる事だけを考えて」
ーーそれからは頭が真っ白で母の言葉を覚えていない。 私はいつの間にか母に着替えさせられていて着替え終えた母と同じく着替えた騎士団隊長に支えられながら無意識に歩いていた。
そうして人目のつかない所で私達と同じような格好をして荷馬車と共に待っていた若い男性が一人いて、私達が来ると、まず母と私を第一騎士団隊長と二人で荷馬車に乗せると、若い男性が荷馬車の手綱を握り、その隣には第一騎士団隊長が座った。
私達は荷台に積まれた他の荷物に挟まれながら荷物運びの小姓として乗り込み、物資を調達しに行くよう見せかけて城中が騒然とする混乱に乗じて堂々と正面の城門へと向かう。
そして門番に通行証を見せると、驚くほど簡単に何の問題もないまま城門を通過できた。
こうして私達を乗せた荷馬車が城下を通過すると、夜が更けているにも かかわらず城内の異変を何事かと慌てふためく民衆がまるで昼間の時と類似したざわめきで騒然としている。 それを尻目に荷馬車は城下を抜けて、ただひたすらに走った。
まるで後ろ髪を引かれるかのように ゆっくりと後ろを振り返った私は、次第に遠ざかって行く自分が生まれ育った城をぼんやりと無言で見つめるしかできなかった。
*****
どのくらいの時間が経ったのだろうか? 荷馬車は殆ど休む事なく、月明かりだけの真っ暗な森の中の林道を走っていた。
母と第一騎士団隊長は時折、何か話をしている様だったが、それすら頭に入ってはこない。 私は荷馬車にあった厚手の布を被りながら小さくうずくまる。夜の冷たい風が頬を掠めて冬が近いことを実感する。
私が落ち着いたのを見計らってか、母は袋から飲み物が入った瓶を取り出し私に差し出してきた。
「リルディア、水よ。寒いだろうけれど、何も無いよりはいいわ。 もう少し行ったら国境を出るから、そうしたら休憩も出来るからそれまで我慢してね」
…………国境?
差し出されるままに水の入った瓶を受け取り、母の顔を見上げる。
「………国境? 出る?」
「そうよ。 私達がいない事が知れるのも時間の問題。もしかしたら、もう追っ手が掛けられているかもしれないわ。 だから急いで今晩中に国境を出るの。
国を出ても周りは属国ばかりだから安心は出来ないけれど、さすがにこんな夜更けに他国の領地にまで追っ手を掛けてはこないはずよ」
母はそう言って、私を気遣うように背中を何度も擦る。
「それを飲んだら、あんたは少し眠りなさい? 心配しなくても大丈夫よ。私達には国王の右腕とも称された国一番の剣客である第一騎士団隊長のグレッグがついているし、何も怖い事なんて無い。彼が私達を守ってくれるわ」
私は母の言葉を聞きながら荷馬車の御者の横に座る第一騎士団隊長を見つめる。
どうして国王直属の第一騎士団隊長である彼がここにいるのだろう? 彼が守るべき主は国王であり、もしくは王妃やその姉王女達ではないだろうか?
しかも第一騎士団隊長は他の騎士団隊全ての統率役として重鎮の立場にあるはずなのに。
「………ヴァンデル第一騎士団隊長。どうして国王の傍にいるはずの貴方がここにいるの? 一体何が起こっているの? 母様の話は本当なの? 本当に父は亡くなったというの? 父の一番の側近である貴方なら全てを知っているのよね?」
「リルディア、今はその話は後にして、もう少し落ち着いてから………」
「母様、私は知りたいのよ! こんな突然お父様が死んだとか、わけも分からないのに逃げるとか殺されるとか。 私にも分かるように説明してよ! じゃないと頭がおかしくなりそうよ!!」
いくら大丈夫だとか守ってくれるとか言ったって、何故こんな事になっているのかが分からなければ、頭は混乱したままで不安に押し潰されそうになる。
すると今まで黙していた第一騎士団隊長が静かに口を開いた。
「ーーエルヴィラ、彼女ももう物事が理解出来ない子供じゃない………リルディア王女、俺から説明しよう」
第一騎士団隊長の言葉に母はそれ以上、何も言わなかった。 ただ一つ気になったことは、母は愛妾とはいえど彼にとっては主の妻だ。
彼が敬語を使わないのは元々からで国王である父に対してもそうだったから慣れてはいるが、普段なら「奥方殿」と呼んでいるはずなのに今は名前呼びで、その母までが彼の事を名前で呼んでいる。
母は今まで国王の臣下や貴族達のことは姓や役職で呼んでいたのに。 それに先ほどからの母の態度といい、随分と親しげなのも気になる。 そもそも彼は“女嫌い”のはずではなかったのか?
「………国王が亡くなったのは本当だ。 数日前の事だ……。 だから俺は一足早く国へ戻って来た。 貴女達親子に知らせる為に」
「そんなはずないわ! 届いた文には戦に勝利したって。 だから帰還すると書いてあったのよ!?」
「確かに戦には勝利した。 だがそれは初めから仕組まれていた『計画』だった。 国王はあの通り、戦の度にその武力でもって他国をねじ伏せ従わせてきたが、その傍若無人な侵略行為に属国とされた各諸国の同盟国が一念発起し立ち上がったようだ。
そうして奴等は この度の戦の中でその相手国と手を結び、計画的に敗戦を仕組んで国王が勝利の余韻に浸っている その隙を狙って今まで一緒に戦ってきたはずの属国で構成された連合軍が敗戦したと思われていた国と共に一気に反旗を翻した。
それには、いくら最強と恐れられた国王であっても、孤立してしまえば一溜まりもないーーあっという間だった」
彼は静かに語り小さく肩を落とした。私は呆然と、その姿を見つめる。
………この男は何を言っているのだろう? 同盟国が裏切った? これまで散々お父様に守ってもらっていながら、そんな卑怯な真似を使ってお父様を……?
ーーくっつ、ふざけないでっ!!
私は堪らずに被っていた布を第一騎士団隊長に向かって投げつけると、怒りの感情に動かされるままに捲し立てた。
「ふざけないで!! しかも裏切りですって!? 恩知らずも甚だしいわ!! 今までずっと、お父様を盾にして守ってもらっていた軟弱者達のくせに数が揃えば怖いもの無しって事!?
しかもあんたがついていながら、お父様を守れなかったというの!? あんたはお父様の右腕と呼ばれるほどの側近で、お父様と並ぶ国一番の剣客じゃないのっ!! そして国王直属の第一騎士団隊長のはずでしょう!?
そんな国王直属の騎士であるあんた達が何をおいてでも国王を守るのは最優先事項じゃないの!! それなのに一体何をしていたのよ!! それともまさか、あんたまでお父様を裏切ってーーー」
そんな私の言葉を遮るように母が会話の間合いに飛び込んできた。
「リルディアっ! 違うわ!! 落ち着いて頂戴! 彼はそんなことは絶対にしないわっ。 何より彼は国王が唯一信頼の置いていた他の誰よりも忠実な臣下なのよ。それはあんただって、ずっと父親の側で見てきたのだから分かっているはずでしょう?」
「分かっていたらなんだっていうの!? 結局、結果は同じじゃない!! 一体なんの為の国王直属の騎士団なのよ!! 本来は身を挺してでも主君を守るのが忠実な臣下のあるべき姿でしょう!? それなのに、どうしてそんな裏切り者達を放置したまま、こんな所にいるのよ!!」
「…………すまない」
顔を伏せたままポツリと謝罪を口にする第一騎士団隊長の姿に、益々怒りが込み上げてくる。
「はっ? すまない、ですって!? 謝ればそれで済むとでも思っているわけ? そもそも、あんたがもっとしっかりしてさえいればーー」
今にも掴みかからんばかりの私の体を母が押さえ込んだ。
「リルディアっつ!! やめて!! お願いだから話を最後まできちんと聞いて。彼を責めては駄目よ。 彼がここにいるのは国王の勅命で私達を救出しに来てくれたのよ。
それに、あの国王が大人しく臣下達に守られているような質じゃないでしょう? 元よりあの男は戦馬鹿で自ら手を下すことを何より楽しんでいる好戦的な暴君なんだから。
だから今まで散々好き勝手してきたツケが今になって返って来たのよ。 こうなったのも全ては己が招いた自業自得。 それでなくても敵が多い事を分かっていながら油断した本人が一番悪いわ。
これを言うのは酷だけれど、あんたには甘くてすごく優しい父親でも、その一方では自ら戦を起こして多くの他人の命を奪い、その家族を不幸にしてきた人間でもあるの。 そんな人間が内にも外にも敵が多くて当然よ。恨みを持たれない方がおかしいわ。
リルディア、あんたはとても賢い子よ。だから何が正しくて何が悪いのか自分でも分かるでしょう? この第一騎士団隊長は主君の命令を忠実に実行している一臣下にすぎないわ。 だから彼個人を一方的に責めるのは間違ってる。
それに彼は私達にとって大事な命の恩人よ。それを仇で返すような暴言は、あんたの母親である私が許さないから」
そう言う母の体が少し震えているのに気付いた。 それは寒いから震えているのではなく、一見、非常に気が強くて物事に動じないように見える母でさえ、この突然降って湧いたようなだけ出来事に不安を覚えているのだろう。 けれど大人として子供の手前、なんとか平静を保っているようにも見えた。
(ーー母様も何を言っているの? あの誰よりも強いお父様が敵なんかに簡単にやられるはずないじゃないーーだから、これはきっと第一騎士団隊長の質の悪い冗談なのよ………)
第一騎士団隊長が項垂れたまま大きく首を横に降る。
「いや、違う。俺は第一騎士団隊長でありながら国王を守りきれなかったばかりか、自分の怠慢で守るべき主を失ったのだ。 それなのに俺は今もこうしておめおめと生き恥を晒している。
そのせいで大切な家族である父親を失った王女には本当に申し訳なかったと思っている。 だから俺を恨んでくれて構わない。たが、今だけは亡き主が大切にしていた貴女達親子を俺に守らせて欲しい」
第一騎士団隊長はそう言うと私達親子に向かって、荷台に額を押し付けるように頭を下げた。
(ーーだから何を言っているのよ! やめてよ!! これ以上、悪い冗談なんか聞きたくないわ!! 聞きたくない! 聞きたくない! 聞きたくない!!)
すると私の中で声が聞こえる。
《ーーリルディア、騙されては駄目。誰の言葉も信じては駄目よ。 周りは皆、嘘つきなの。
お父様も仰っていたでしょう。己の眼で見たものが真実なのだと。 何故かって、人は簡単に嘘をつく生き物だから。だからお父様の事も、この眼で見てはいないのだから信じない………
ーー大丈夫、大丈夫よ、リルディア。何も考えないで。 考えなくてもいいの。私を脅かすものなんて奥底深くに沈めてしまうのよ。 ………そう、何もかもーー》
一度、冷静にならなきゃ。 今は自分の置かれている状況だけに集中しないと。何が自分にとって有益なのか的確に判断する必要がある。
だから、この男をこれ以上責めても仕方のない事は分かっている。 そして母様の言う通り、お父様が唯一信頼していた臣下だということも。
確かに今のこの状況下で私達親子が無事に逃げ切るには、彼の手助けが必要よ。 ………全てを信用するわけじゃないけれど、母様の様子から大丈夫と判断して、この男の忠義がどこまで本物なのか見定めさせてもらう。
「ヴァンデル第一騎士団隊長。頭を上げて下さい。貴方は王命を受けて、私達の為にここまで駆けつけてくれたのですね。 それなのに事情も聞かずに一方的に酷いことを言ってしまって、ごめんなさい。 貴方は自分も巻き添えになる危険を冒してまでこうして助けに来てくれた、その忠義には本当に感謝しています。
ヴァンデル第一騎士団隊長。 これまでの非礼をお詫び致します。 大変申し訳ありませんでした。 そして助けに来てくれてありがとうございます。
今一度、改めてお願い致します。私達親子が無事に逃げ切れるまで、この先も、どうかお力をお貸し下さい」
私はそう言うと相手に向けて礼儀を欠かない様、深々と頭を下げた。 本来ならば王族が臣下に頭を下げるなど常識ではあり得ない事で、ただ命ずるだけで事が済む。 しかし今となってはそれも難しいだろう。
自分は王女とはいえ母は市井出身であり、今まで父王によって守られていた存在だ。 それが無くなってしまえば他に後ろ盾のない私達にとって周囲の人間は脅威にしかならない。
特に貴族などは利用価値がなくなったものに対して手の平を返す事など躊躇なく、だからこそ、こうして私達が逃げなければならない現状なのだ。 兎にも角にも私達親子には信頼の置ける強い味方が必要だった。
(ーーそうよ、私達の為になるならば利用出来るものは何でも利用する。 だから王女である私が臣下に頭を下げる事も必要とあらば、いくらでも下げるわよ。それで百人力が手に入るのならば、お安いくらいだわ)
そんな打算的な事を暗黙の内で娘が考えている事も露知らず、隣では、どんな時でもいつでも気丈に振る舞い、涙一つ見せる事のない母が、なんということだろう。今にも泣き出しそうな顔で私をぎゅっと力強く抱きしめてきた。
「リルディア……あんたって子は」
「母様?」
母の様子に戸惑う私を第一騎士団隊長がその強面が崩れるくらいに驚いたような表情で見つめていたが、ふと我に返ったように突然姿勢を正し片膝をついて正式な騎士の礼を執った。
「リルディア王女。どうか、そのように頭を下げるのはやめて下さい。 貴女は何も酷いことなど言われてはおりません。全ては俺……いえ、私の力不足から招いたこと。 己の不甲斐なさを悔やんでも悔やみきれません。
そんな私は主君を守る使命を果たせず、こうして生き恥を晒す覚悟で戻りました。 王女のお怒りは最もであり私を恨むのも至極当然の事です。
にもかかわらず、そんな私を信じてくれた事を心より感謝すると共に、貴女方の御身は、このグレッグ=ヴァンデル。
我が一命を投じてでも必ずや守り抜く事を御前に誓います。 ですから、どうか不快ではあリましょうが、お二人の安全が確実に確認されるまで、この先の行動を共にする事を今一度、お許し願いたい」
今度は私の方が先ほどのヴァンデル隊長と同じ表情をしているに違いないなかった。
………開いた口が閉まらない。 め、珍しいものを見てしまった。 というか、聞いてしまった。
いつも気丈な母の泣きそうな声も全くもって珍しいが、それより何より問題なのは、この第一騎士団隊長が『敬語』を使って話しているという事実だ。 しかも15歳の小娘相手に!!
この人、『敬語』使えたんだ………
私の記憶にある限り、彼がきちんとした敬語を使って話している所など過去、見たことがない。 国王の前ですら友人に話すかのように話しているくらいだ。
(事実、彼は父の唯一の友人とも呼べる存在なのだけれど)
いや、そんな事よりもだ。 一体、どうしてしまったの?? ヴァンデル第一騎士団隊長??
打算的に相手を見極めるはずだった思惑が、思わぬ展開のこの珍事に呆気に取られて、大きく目を見開き彼を見つめたまま、ただただポカンとするばかりだ。
そんな私を知ってか知らずか母は母で私を抱きしめたまま、まるで小さな子供にでもするように頭をしきりに撫で撫でしている。
「ああ、ずっと子供だと思っていたのに、いつの間にか成長して大人になっていたのね。
しかも今まで手のつけられない我儘で自分の事しか考えられない自己中心で、実際父親がいなければ何も出来ない他力本願で、自分が一番の自意識過剰な本当に困った子だったのに。
しかもセルリアの王子が欲しいと言い出した時には、もう本当に親子の縁を切ってやろうかしら?と思ったくらい、あんたの将来を心配したものよ。
だけど、そんなあんたがまさか他人に対して感謝の意を表したり、他人の気持ちを考えて自分の言動の非を認め、謝罪が出来るようにまでなっていたなんて。
親が心配せずとも子供って、きちんと周りから悪い所だけじゃなく良い所も吸収して成長しているのね。 親として、こんなに嬉しい事はないわ」
ーーなんだか、誉められているような感じはしないでもないけれど、あの母がすでに半泣き状態で私の頭を何度も撫でて感激している所を見ると、よほど私の将来を心配していたのだと再認識する。
たとえ大嫌いな男の血を引いていても、やはりそれは自分が死にそうになりながらもお腹を痛めて産んだ我が子。
セルリアの王子の一件ではそんな事を考えていたのかとは思ったが、現在も こうして親子の縁は切らずに私を連れて逃亡を謀っているので、母親としての愛情はきちんとあるのだと実感する。まあ、それはさておき………
「あの、二人とも、どうしてしまったの? なんか、おかしいわよ?」
戸惑いながら言うと、母は涙を布で拭いながら「何が?」と首を傾げる。
「だって、珍しいというか、あり得ないでしょう? いつも気丈で、しかも転んだってタダでは起きない図太くて逞しい神経の持ち主の母様が泣く所もそうだけれど、
あの強面で無口で無愛想で、しかも女嫌いだという、国王にすらも敬語なんて使わない事で有名なヴァンデル第一騎士団隊長が、こんな15歳の小娘に敬語を使っているのよ?
何か悪いものでも食べたのか、色々あって頭が少しおかしくなっているとしか思えない。 ねぇ、二人ともほんとに大丈夫? 医者に見てもらった方が良いのではなくて?」
私としては本気で二人を心配しているつもりなのに、二人は顔を見合わせ、先ほどの私と同じようにポカンとしている。
そして、その隊長の隣では、荷馬車で手綱を握っている御者の彼が何故か笑いを堪えるかのように、その体を小刻みに震わせていた。
「………血は争えないな。 つくづく二人は親子なのだと実感する」
「………だから言ったじゃない。 この子、実のところは私似なのよ」
何が血は争えないの? それに私が母似なのは誰から見ても一目瞭然だというのに。
母が呆れたように、ため息をつく。
「グレッグ、貴方が似合わない事をするから、この子が戸惑っているじゃないの。 私も貴方の敬語なんて聞いてて気持ち悪いから、とっとと素に戻ってよね」
「気持ち悪いとは何だ。俺は自国の王女に敬意を表しただけだ。 ………が、まさか病人扱いされるとはな、慣れぬ事はするものではないな。 まあ、言われずとも元には戻させてもらう。
だが、人の事は言えんだろう? まさか貴女の泣く所など想像もつかなかったぞ? 逆に誰かを泣かせているのは、よく見るがな」
「なによ、失礼ね。 私だって、こう見えても一応母親なのよ? ずっと心配していた我が子の成長が見られて、感動するのは当たり前でしょう?
それに泣かせていたとは人聞きが悪いわね。 あれは私に食ってかかってきた女達に、ちょっと図星をついてみたら勝手に泣き出していただけじゃない。そもそも、そんな泣くくらいなら喧嘩を売る相手は、よく考えればいいのよ」
母の態度に、今度は隊長が深いため息と同時に首を横に振る。
「外見に似合わず貴女の口の悪さには普段言われ慣れてはいない貴族の令嬢達にとっては毒にしかならん。 少しは自分の対面的な印象というものを気にしたらどうなんだ?
既に王家の一員なのだから王家の淑女としてだな、一方的に言われて我慢しろとは言わないが、せめて言葉を選んで物申したらどうだと、いつも言っているだろう?
それなのに貴女ときたら、その辺が全然 無頓着で、だから見てみろ、そんな貴女を見て育った王女が口の悪さまで貴女に似てしまっているじゃないか。 母親なら少しは子供の教育上、自重しろ!」
「はっ、子供を持ったことのない男に教育をどうこうと知った被って言って欲しくはないわね。
第一、私は元は市井の酒場の娘よ。 だからそんな貴族の習慣なんて知ったこっちゃないし自分が淑女だなんて、これっぽっちも思っていないわ。 好き好んで王族になったわけでもないしね。
それにもう今更じゃない? 私はあの悪行高い国王を誑かして国の財を食い潰した今や国内外に知れ渡るほどの悪女で通っているのよ?
でも、それは自分のしてきた事だから否定するつもりはないし、それに対しての批判は甘んじて受けるわ。 だからこそ今更印象を気にするなんて意味がないわよ。
それにリルディアの性格は私に似ていて当然よ。あの子には私の血が流れているんだから、こればっかりは多少口が悪くなっても仕方ないわ。
それに貴族の女が淑女に見えるのは上辺だけよ。普段言われなれてないですって? 笑っちゃうわね。
裏での彼女達の毒舌だって、かなりのものなのに男って単純だから、そうやって直ぐ外面に騙されちゃうのよ。 で、後々本性を知ったところで時すでに遅し、後悔する羽目になるんだから。
それなら私みたいに初めっから本性隠さず明け透けな物言いする方が、かえって誠実だとは思わない?」
いつの間にか、私に関しての喧嘩とも言えなくもない言い争いが二人の間で始まっている。 私としては、この状況にすら驚いているのだがーーー
………二人は、いつからこんなに喧嘩をするほどにまで仲良く?………なったのだろう?
二人が王城で顔を合わせた時にだって こんなに親密に言い争う事など絶対にないし、彼は母のことは決して名前ではなく臣下らしく「奥方殿」と言っていた。
しかも彼は無愛想でいくら女性が話し掛けても適当に相槌を打つだけで あとは だんまりだ。 なので周囲からはいつしか『女嫌い』と言われ、外見は決して悪くはないのに、むしろ鍛えられている筋肉が逞しく、いかにも頼りがいのある大きな体躯をしていて、
混じりけの無い茶色の髪色と緑色がかった茶色い瞳の精悍で整った男らしい顔つきで、本来なら女性が黙ってはいないような人なのだが、
なにせ、その表情はいつも不機嫌で、心臓の悪い人なら睨みつけるだけでその心臓が止まってしまう様な強面なので、女性達からは敬遠されてしまっている。
(これが母のような気性の女性であれば、そんなものは関係ないのだろうけれど)
しかも本人も畏まって気取った女性もお喋りで口煩い女性も嫌いだと言っているようなので、女嫌いと言われてしまっても仕方がない。
ちなみに私も小さい時からどっちかというと彼が苦手だった。 なので彼と同じ場所にいる時はできるだけ距離を取り視線を合わせないよう避けていた。
(だって子供心にも あの顔がすごく怖かったから)
しかも口数も少なく仕事以外の関係のない会話は聞いたことすらないので、とにかく今私の目の前で、その彼が母とこんな風に、それもお互い個人的な事で言い争っているのが驚きでしかない。
ーーはっ、まさか二人は、父の一番の臣下とその父の最愛の妻でありながらも、お互いに愛し合ってしまった決して許される事のない関係………とか?
いや………でも、どう見ても二人のやり取りを聞いている限りではそんな感じは微塵もしない。 だって、このように相手に気を遣うでもなく逆に相手の欠点とか平気で言い合うとか、とてもじゃないが、どう考えても恋人同士の会話とは到底思えない。
しかも彼は口煩い女性は嫌いなはずだ。それなら母のような自分でも口が悪いと指摘している口煩い女性など到底、彼の好みではないだろう。
ーーいや、でも母にはそれを差し引きゼロにするだけの美貌と類い希な美しい声がある。あの父ですら虜にしたその美貌だ。中身はともかくとしても、うっかり心を奪われてしまう事も あるかもしれないーー
眉間に皺を寄せながら一人悶々と二人の関係を思案しつつ目の前の二人のやり取りを見つめていると、今まで静観していたのだろう御者の彼が間に入って声を掛けてきた。
「お二人とも、そこまでにしては如何です? 王女様の前ですよ。 お可哀想に、一人置いてきぼりでお寂しそうではないですか」
その言葉に二人の視線が同時に私に向けられ、なんとも言えない気まずいような気がして慌てて首を横に振る。
「あ、いや、その、なんと言うか………その、少し驚いていただけで、寂しいなんてことは………」
言い淀む私に二人はお互い一瞬だけ顔を見合わせると、なんとも伐の悪そうな表情で私に向き直る。
「ーーすまない。決して放っておくつもりでは………」
「ご、ごめんね、リルディア。どうも、この男と話していると、つい………」
そんな二人の様子に御者の彼は今度は笑いを堪えずに声を上げて笑っている。そして私の方にも話し掛けてきた。
「王女様。この二人は顔を合わせればいつもこうなんですよ? だから心配しなくても大丈夫です。 ほら、喧嘩するほど仲が良いというでしょう?
ああ、でも仲が良いとは言っても俗に言う禁断の恋人同士では ありませんから安心して下さい。 まあ、今現在は………ですけどね?ーーー」
「なっ!!」
「ヘンドリック!! お前は安心して下さいと言っておきながら逆に不安を煽るような事を言うな!! それは王女に対して不敬にもほどがあるぞ!!」
御者の彼の言葉に母が一瞬言葉に詰まり、第一騎士団隊長は彼の言葉に怒り出す。 しかし「ヘンドリック」と呼ばれた御者の彼はそれも慣れているのか、全く意に介した様子もなく ニコニコとしている。
「不敬だなんて、あはは。隊長がそれを言いますか? ですが王女様だって気になっていたはずですよ? 隊長は不安を煽るなと仰いますが、お二人のその様子を見れば逆に不安にもなるでしょう? 普段は俺達の騎士舎内でしか絶対に見せないお二人のやり取りを王女様はご存知ないはずですからね」
そう言うと、ヘンドリックは私に向けて人懐っこい微笑みでニッコリと笑う。 それを見て私は、さっきまで一人悶々と考えていた事を見透かされたような気がして思わずドキッとしてしまった。
どうやら彼はその会話の中から分かるように、ヴァンデル第一騎士団隊長が率いる騎士団隊所属の部下なのだろう。 見たところ まだ10代後半くらいという感じだ。
外見は明るい栗色の髪と、薄い緑色の瞳は、まるで春の新緑を思わせるような綺麗な色だ。そんな彼はどちらかというと、大人の男性というよりも、やんちゃな少年という方がしっくりくるような、笑顔の似合う爽やかな青年だった。
こんな見るからに年若い彼が私達の逃亡の為に隊長と共に手助けをしてくれる。きっと彼は若いながらもヴァンデル騎士団隊長の信頼の厚い人物なのだろう。
そんな彼は私に敬意を示すように、恭しく頭を垂れ、礼を執った。
「リルディア王女様。 ご挨拶が遅れて申し訳ございません。 私は第一騎士団隊所属のヘンドリック=バラージェと申します。
この度は隊長のお供で奥方様と王女様の護衛を賜りました。 俺も隊長同様、お二人の事は騎士魂にかけて全力でお守り致しますので、隊長のように自信満々とまではいかないのですがーーまぁ、小舟に乗ったつもりで安心して下さい」
さすがに王族への挨拶に言葉遣いを正したのであろう彼は、平民出のヴァンデル隊長とは違い、日常から身に付いた上品な所作などから察するに貴族階級の出身なのだろう。
………バラージェ?
どこかで聞き覚えがあったような………?
すると母が呆れ混じりに鼻で笑う。
「ふん、ヘンドリック。 それなら貴方のその舟には尚更乗りたくはないわね。 だって、あちこちに穴が空いていそうなんだもの、乗った途端に沈没しそうで怖いわ」
それを聞いたヘンドリックは調子良くおどけたように人差し指をチッチッと横に振る。
「相変わらず辛辣だなぁ、エルヴィラ様は。 そんな事はないですって。 でも、もしそうなっても俺自身が舟になって体を張ってでもお二人を背負って泳いでみせますから大丈夫ですって!」
「絶対に嫌。それならリルディアはグレッグに任せて私は自分で泳ぐわ」
「えーー? 大丈夫なのに。 だけどエルヴィラ様なら本当に、ご自身で泳ぎそうすよね?」
「泳ぎそう、じゃなくて泳ぐわよ。これでも泳ぎは得意なの」
えっ? そ、そうなの?………知らなかった。 母様が泳げるなんて………初耳だ。
それにしても、第一騎士団隊長もそうだったが、母はこのヘンドリックとも、とても親しげな感じだ。 一番近い身内でありながら母の交友関係というものを娘の私が全く知らなかった事に、当然ながら唖然としてしまう。
そして見かねたヴァンデル隊長が口を挟む。
「おい、そこまでにしておけ。お前がさっき俺達に言った言葉を今そのまま返してやる」
「ああ、王女様、申し訳ございません。自分で言っておきながら王女様にはお寂しい思いをさせてしまいました。 お詫びに僭越ながら退屈しのぎになります様、隊長と共に歌いますので、どうか許して下さい」
「………どうして、そこで俺が出てくる。しかもお前『夜光の歌姫』相手にいい度胸だな。 ーーそうだな、歌うならお前一人で歌え。 俺はそんな大それた度胸はないからな。 お前の勇姿は隊長である俺が見届けて後で皆に報告しておいてやる」
「えっ? そんなぁ。 俺だって、そんな度胸ないですよ。 でも隊長なら度胸がないだなんて謙遜でしょ? だから隊長と一緒なら恥を忍んで歌っても大丈夫かな~って」
「恥と分かっているのなら初めから言葉に出すな。 お前と話していると第一騎士団隊の品位が疑われる」
ヴァンデル隊長の言葉に賛同するかのように母も頷く。
「本当にそうよねぇ。 この緊張感の無さ、どうしてこんなのが騎士団隊に入団出来たのかしら。 しかも中でも優秀な人材だけが入れるはずの第一騎士団隊になんて、いまだに疑問だわね」
聞いたヘンドリックは非常に分かりやすくガックリと肩を落とした。
「ううっ、こんなのって言われた……お二人は本当に俺に対して冷たいです。 ーーねっ? 王女様もそう思いますよね? 俺、いつも騎士舎で、この最強の毒舌を持った二人に虐められているんですよ。 お二人とも年長者のくせに酷いですよね? だから俺の繊細な心臓はもうボロボロなんですよぅ………」
ーーと言いつつ、ヘンドリックが悲痛な面持ちで泣き真似?のような仕草をしてみせるも、すかさず二人からの容赦ない毒舌に完全撃沈する。
「毛が生えた頑丈な心臓の間違いでしょ?」
「毛が生えた頑丈な心臓の間違いだろ?」
おお、なんと、二人の言葉がぴったりと揃った。
そんな目の前で目まぐるしく展開する茶番劇のようなやり取りをぼんやりと見つめながら、私はというと色々考え悩む自分が何だか馬鹿馬鹿しくなってきていた。
先程までは自分に起こっている突然の出来事が何もかも信じられなくて、当然気持ちの整理もつくはずもなく、しかも追っ手に捕まったら殺されるとか物騒な事にすらなっていて、
それでなくても、まだ成人にすら満たしていない子供である私は、だだ流されるままに母親に連れられ、こうして必死に逃亡している。
こんな事が自分に起こるだなんて、誰が予想できると言うのだろう。
ーー私がこの世に生を受けて15年。 父からの愛情を惜しみなく注がれ、なに不自由なく幸せに暮らしていた王女の私が、勿論上質な絹布で作られた高級なドレスしか身につけたことのない私が、今やこんな薄汚れた粗末な男物の服を着て、
そして貴族用の豪奢な馬車にしか乗ったことのない私が、まさか荷馬車の積荷の隙間で、埃っぽい薄汚れた厚手の布一枚にくるまって夜の冷たい風を凌いでいる。
しかも林道の舗装もされていないガタガタの悪路を走っているので、長い時間荷台に乗り続けているせいか、さっきからお尻が痛くて仕方がない。これは目的地に着いたとしても、きっと一人では歩けないだろう。
そんな最悪な状態に置かれ、私の頭の中は徐々に限界を迎えていたのかもしれない。
突然、自分の生まれ育った国から逃げねばならず、裏切り者から命を狙われているかもしれなくて、少し前まで当然のようにあった幸せな人生が、足元からガラガラと崩れ落ちていくことが到底耐えられなかった。
すると、また頭の中で声が聞こえた。
《ーーリルディア、考えては駄目。 何も考えてはいけないわ。 ーー壊れる。壊れてしまう。 だから奥底に何もかも沈めてしまいなさい。 私を不安にするものなんて全て消してしまうのよ……》
ーーパチン
何がが自分の中で弾け飛んだ……ような気がした。
本当に一人で馬鹿正直に考えるなんて無駄な時間の浪費にすら思えて来たわ……なのに、人の気も知らないで………
それもこれも!! 母様と第一騎士団隊長とその部下のまるで緊張感のない会話のやり取りのせいよ!! そもそも母様がこの二人とこんなに親しかっただなんて全く聞いてない!!
今まで全然そんな素振りは一度だって見せなかったくせに、どうして、よりにもよって、こんな時に見せてしまうのよ! おかげで私が知らない母様や第一騎士団隊長の意外な一面を見せられて、戸惑うやら唖然としてしまうやらで色んな意味で衝撃を受けたわ!
それに、あの第一騎士団隊長の最も信頼の厚い部下があんな道化師みたいな変わった人で、何も知らない私をそっちのけで、三人でまるで言葉遊びのような会話をしているんだもの。あれじゃ、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からないじゃない!!
私達って逃亡中なのよね? それとも今起こってる事が何かの冗談なの? ーーって、子供が一番まともに考えてる事自体どうなの!
うう~っ、どうしよう。色んな事が積み重なったせいかしら? 何だか、どんどん笑いが込み上げて可笑しくなってきたわ。 怒りも不安も頂点を通り越してしまえば最後には笑いが込み上げてくるものなのね。
フッ、フフッーーいや、ダメよ。こんな時に笑うだなんて異常だわ。しかも不謹慎よ。ダメ、笑っちゃ……だ……め。
突然、私が俯いたまま、お腹を押さえているのに気付いた母が慌てて私に話しかけてくる。
「リルディア? どうしたの!? 具合が悪い? お腹? お腹が痛いの!?」
「………う、ぅ」
お腹をギュッと押さえ小さく唸りながら体を小刻みに揺らす私の様子に、母の血の気が引いたような声が聞こえた。
「大変!! ヘンドリック、今すぐ馬車を止めてっ!! リルディアの様子がおかしいの! グレッグ!! 薬はある!? この辺に医者はいないの!?」
母の声にヘンドリックは慌てて荷馬車を止め、ヴァンデル隊長が鞄を持って私に近付いてくる。
「リルディア王女、大丈夫か!? 今、どういう状態なんだ!? 腹が痛むのか!?」
「…………ぅ」
私の体調を窺う隊長に、ヘンドリックも辺りを見回しながら急ぎ地図を開く。
「隊長、どうしますか!? この辺は林道だから医者は勿論のこと民家も無いようです。ですが多分もう少し行ったら国境沿いには村や町があるはずですよ」
「そうだな、取り敢えず、このまま少し待ってろ! 王女の容態を確認する方が先だ!!」
すると母が何かを思い出したように口を開く。
「そうだわ! グレッグ!! 貴方確か少しは医術に携わっていたわよね!? だったら貴方のは見立てで、どうにかして治せないの!?」
その問いにヴァンデル隊長は首を横に振る。
「それは外傷に関してってだけだ。 さすがに体内疾患までは俺にも分からん」
そしてヘンドリックも片手を上げて同じく首を横に振った。
「はいっ! 俺も!! 残念だけど隊長と同じく外傷医術の資格しか持ってないんだよな。 う~ん、こんなことになるのなら内疾患医術も学んでおけばよかったな。でもあれってさ、すっごく、すっご~く試験が難しくて大変なんだよねぇ」
そんな軽い調子の部下にヴァンデル隊長は、呆れ混じりの小さなため息をついた。
「ああ、そうだな。だが、お前の頭ならきっと大丈夫だろう? お前はどうしようもないくらいお調子者の馬鹿だが、その頭脳だけは誰もが一目置くほどに優秀だからな。 まったく、馬鹿と天才は紙一重だとはよく言ったもんだ」
え? 天才って、この人が? 本当に? それであんな道化師みたいな人が第一騎士団隊に入れたんだ………う、うう、………っ。
そしてまた、見ているだけで脱力してしまうような茶番劇が始まる。
「隊長~それって誉めてます? なんだか軽く貶されているようにも聞こえるんですけど~?」
「いや、誉めている。 だから騎士団隊の任務も訓練も全て休んでいいから、その分、医術を極めたらどうだ? そうして騎士ではなく軍医になれっ!」
「ええ~っ? 隊長、何言ってるんですか! しかも今更軍医なんて面倒くさいし絶対嫌ですよ~」
………軍医って……いや、それってまずいんじゃない? ………彼がもし医者になったとして、あんな調子で診られても……ううっ。
「ちょっと! グレッグ。 恐ろしいことを言わないでちょうだい。 あれが医者になったら、きっと被検体どころか、例え生きている者だろうと自分の好き嫌いで切り刻むに決まっているわよ。 あんなんでいて嫌いな人間には全く容赦ないんだから………」
「…………ああ、そうだったな」
母様と隊長の会話に、なぜか背筋に冷たい何がが走る。
ーーあ、は、はは……彼って実は危ない人だった?………あんな虫も殺さぬような爽やか青年って感じなのに……人は見かけに寄らないものなのね……でもほら、世間的には、そんなに珍しい事でもないのよ、きっと……フッ、フフッ。
「………うう、ひどい……人をなんだと思っているんですか~ 貴方達の方がよっぽど俺なんかよりもずっと怖いくせに、よく言うよ。俺なんてまだ可愛い方ですから。 そもそも『熊』と『虎』の猛獣コンビに向かう敵無しなのは、もっぱらの噂なのに~」
「は? その『熊』と『虎』って何よ?」
母の冷たい視線にもヘンドリックは慣れてるらしく、母の問いに何故か胸を張って答える。
「それは勿論!『熊』は俺達の隊長でぇ~ 『虎』といったら、もう奥方様しかいないじゃないですかぁ~ ちょっとカッコイイですよね。 いいなぁ~」
と、ヘンドリックはどこか羨ましそうな顔をしている。しかし一方の母はブチ切れたようだ。
「はああ? なんですって!? 私が『虎』!? しかも、もっぱらの噂って、そんなくだらない事を言っている馬鹿は一体どこのどいつよ!?」
……確かに、母様が怒って声を上げる姿は『虎』に見えるかも……
そしてヴァンデル隊長の方はというと「ふむ……『熊』か。 俺は周りにそう見られているのか……そうか」と、どことなしに、まんざらでもない表情でボソボソと呟いている。
……まぁ、ヴァンデル隊長は体も大きいし強いし、確かに『熊』がぴったりかも。 それに本人もなんだか嬉しそうだしね。
ーーああ……なんかもう、そうとしか見えなくなってきたわ。……怒る『虎』と何故か得意げな『熊』……そうね、さしずめヘンドリックは『狐』ってところかしら?
……ククッ、クククッ……なんだか急に可笑しくなってきたわ……だって、あの人達、私だけ除け者にして自分達だけ楽しそうにしているなんてズルいわよ。 なのに私だけ悩んでいるなんて、馬鹿みたいじゃない。
……フッ、フフフッツ、笑って何が悪いの? そうよ、だって、もう笑うしかないじゃないの。 それでなくても馬鹿馬鹿しくて、やってられないわ!!
「…………くく、っ」
突然、私が笑い出したことで母とヴァンデル隊長がギョッとした表情を浮かべた。
「!? リルディア??」
「王女!?」
そして二人の声が再び重なった時、とうとう私の我慢の堰が崩壊して それは一気に解放された。
「あーははははっ、ーーあーはっはっはっ」
「リルディアっ!?どうしたの!?」
「お、王女!?」
「王女様!?」
三人の驚いた声も顔も、何もかもが可笑しいから不思議だ。
「あーっははははっ、あははははっーー」
いつまでも笑い続ける私に三人はオロオロするばかり。それでも今まで我慢してお腹に溜めていたせいか、何故か笑いが止まらない。どうやら何かが私の中でぷっつんと切れたらしい。
今は何を見ても何を聞いても笑える。ああ、涙でてきたーーー
「ーーああ、とうとう王女様が壊れてしまった!!」
「「勝手に壊すな!!」」
ヘンドリックの叫びに また二人の声が重なる。ーー本当に仲が良いな。
*****
散々笑い続けた私は、ようやくお腹の中から笑いの虫が出ていったらしい。 ただ笑い過ぎて お腹が痛い。 笑い過ぎた………。
「あーやっと、止まった。笑い過ぎて死ぬかと思ったわ」
そんな私の様子を見て母はまだ焦っているようで、私の顔を覗き込みながら心配げに見つめる。
「リ、リルディア。だ、大丈夫なの? お腹が痛いんじゃないの?」
「え? 痛いわよ? 笑い過ぎてだけどーーー」
きょとんと首を傾げる私に母は私の額に手をあてる。
「熱は………ないようだけど………」
「王女、私達が分かるか?」
ヴァンデル隊長も心配げに問い掛けてくる。
「え? 分かるかって………」
問い掛けられている意味が分からずに首を傾げていると、母達の後ろにいたヘンドリックがすかさず説明してくれた。
「二人は王女様が突然何かに憑りつかれたみたいに馬鹿笑いし続けるから、色々あった事だし、ショックで頭がいっちゃったーーと思っているんですよ~? 俺も正直焦りました。「ああぁ、王女様が壊れたぁぁ!!」ーーって………で、俺のことも分かります?」
何だかんだ言って、ヘンドリックも心配してくれているようだ。 確かに自分でもあんな馬鹿笑い?なんて、今の今まで経験した事がないので正直なところ驚いている。
けれど自分でも分からないが、己の中の何かを解放したあの瞬間はすごく気分が高揚してしまって、風で草木の葉が揺れても母達が私を心配して焦っている姿も、視界に入る全てが何から何まで可笑しくて仕方なかった。
………確かに……私、大丈夫なのかな………。
「えっと………母様とグレッグ=ヴァンデル第一騎士団隊長と、その部下のヘンドリック=バラージェ」
「………はぁ、どうやら大丈夫なようだな」
私の様子を見て、ヴァンデル隊長は脱力したよう肩を落とす。
「本当に!? リルディア、あんた本当に大丈夫なの!?」
しかし母はまだ安心出来ないのか、困惑の眼差しで心配そうに問い掛けてくる。そういえば母がこんなにも狼狽しながら私の事を心配する姿は初めて見るかもしれない。
そんな母は昔から己の行動は己で責任を持てという考えがあるらしく、それは私に対してもそうだった。
だから端から見れば我が子に対しての情が希薄で放任しているように見えていただろうが、それでも私の行動に対して心配になった時には、さすがに親として黙ってはいられずに、よく注意を促してきたものだ。
けれど私は、そんな母の心配など、どこ吹く風とばかりに気にする事もなく、あまりに煩い事を言ってこようものなら、いつも父側に逃げていたので、母は諦めたのだろう。 私の事はほぼ父親に任せ、よほど目に余るような事がない限りは客観的な立ち位置に徹したようだった。
しかも私は母が嫌っている父の血を引いている為、我が子とはいえど無関心になってしまうのも、ある程度仕方ないとは思っていたのだが、
今、こうして目の前で私をこんなに心配している母の様子を見ると、やっぱり母も人の親なんだなと実感する。 ーーちょっと嬉しい。
「心配かけてごめんなさい。もう本当に大丈夫だから。 ーーでも、元はと言えば母様方が悪いのよ? こんな時なのに貴方達三人で本気とも冗談ともとれない変な会話を始めるのだもの。
しかも、いつもの母様や隊長からは到底考えられない会話のやり取りに、あまりに信じられなくて、やっぱりヘンドリックの言う通りショックからなのかしら? 何故か自分でも分からないけれど、笑わずにはいられなかったのよ。
ああ、でも本当に信じられないわ。 王女の私があの様な、はしたない笑い方を人前でするなんて。 しかも突然国を追われて、荷馬車の乗り心地は最悪で風は冷たいし、長い時間ガタガタ道に揺られて座っているところは痛いしで、これじゃあ立ち上がることも出来そうにない。
そんな気分はもう人生最低最悪で不安で打ちひしがれている、そんな娘の前で大人の貴方達が、まるで緊張感のない会話を展開するから、なんだか一人で落ち込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってしまったじゃない」
私は素直に思っていた事を口にすると、それを聞いた三人は、それぞれ複雑そうな表情を浮かべている。
「えっと……王女様。ごめんね?」
ーーと、先にヘンドリックが私の様子を伺うように謝る。
「……本当に申し訳なかった、王女。 ………もっと貴女の気持ちを考えるべきだった。 確かに、こんな大変な時に我等は年長者であるにもかかわらず、誠に不謹慎極まりなかった。 深く反省している」
続けて眉間に皺を寄せ、至極 真面目な表情で謝るヴァンデル隊長。
「………本当に大丈夫なようね。 ーーごめんなさい。 本当に悪かったわ、リルディア。 そうよね、私はともかく あんたにとっては一晩で世界が一変して幸せから、どん底に突き落とされたのだもの。 しかもあんたは最愛の父親を失ったのに、私は母親のくせして我が子に対して本当に無神経だった。 本当にごめんなさい」
母はどうやら私の言葉を聞いて大丈夫だと判断したのか、心底ホッとしたような表情を一瞬浮かべるも、すぐさま落ち込んだ様子で、まるで少女のように しょぼんと肩を落とす。 ーーなんか可愛いです。 母様。
(ーー母様は一体何を言ってるのかしら? 私は何も失ってなどいないのに……)
「それはもういいの。今更落ち込んだところで何が変わるというわけではないのだもの。 要は子供である私が『大人』になればいいだけなのよね。 だって、まともに状況判断が出来る人間が一人でもいないと、この先『不安』でしょうがないでしょうから」
私はところどころの言葉に皮肉を込めて言うと、にっこりと微笑んでみせた。 それに対して三人の大人達が、どこか気まずそうに顔を見合わせている。
「………王女様。その笑顔、怖いです………」
「………さすが、貴女の娘だ」
「どういう意味よ」
そして、どうやらまた、この仲良し三人組の会話が私そっちのけで始まりそうだ。 私はその光景をぼんやりと達観していた。
ーーそしてまた、声が聞こえる。
ーー誰かが泣いている。
(……やめて……やめて。……何も聞きたくない……聞きたくないの。……私から奪わないで………お願い)
私は胸の内からこみ上げてくる『何か』が苦しくなり、それを宥めるように無意識に両手で胸元を強く押さえていた。
【2ー終】
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