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【小話】~サイドストーリー

【小話⑧ー4真相~すれ違い】

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【小話⑧ー4】



国王の言葉にクラウスもそんな姪の性分をよく知っているだけに思わず口籠る。



「リルディアの現状でのお前への強い執着が、子供の『独占欲』なのか女としての『恋愛感情』なのか、まだ分からん。 そのリルディア本人も自覚がないくらいに今はまだ子供だからな。

ーーしかし私には後者の方としか思えん。まだ芽吹いたばかりとはいえ、リルディアのアレは完璧な『女』の嫉妬だからな。

けれど、お前がリルディアの『叔父』で貫き通すつもりならそれでも構わん。 私はお前の気持ちまで支配するつもりはない。

だがそれでも出来うる限りリルディアの心は傷つけるな。 お前なら私の言っている意味が分かるだろう? リルディアはああは見えても『脆い』

お前がリルディアの気持ちを受け入れるつもりがないのであれば『優しく拒絶して上手に諦めさせろ』

ーーまあ、難しい事だろうが、お前は大人なのだからそこは自分で考えるんだな」


「…………大変難しい課題を賜ってしまったものですね。『優しく拒絶して上手に諦めさせろ』などとーーこの私が出来るとお思いですか? 

貴方になら容易いのかもしれませんが、こんなに難しい課題は私の人生の中で初めての事です。 しかも『自分で考えろ』とあっさり突き放されてもしまいましたし。

貴方が仰る通り、私はそういう事には全くの無知なのです。 ーー『兄上』としては助けては下さらないのですか?」



いつもは鉄面皮で冷静な弟の顔が珍しく困惑した表情を浮かべながら助けを求める視線を向けられ、兄である国王は優しげな表情で笑いながらもそんな弟の背中を少し強めに叩く。



「クククッ、残念だが私は『兄』である前に『父親』なのだ。 そんな私が全面的に娘の味方であるのは当然だろう?

ーーそれに、だ。 私の最愛の娘の『ファーストキス』を奪ったくせに、それでいて娘を拒絶するような不届き者の『男』には到底味方など出来るわけがない。

娘の唇を奪った相手が誰なのか私がしばらく夜も眠れず散々悩んだようにお前も散々悩め!! そして苦悩しろ!!」



それを聞いた瞬間、クラウスの表情が一瞬固まると、驚いた様に国王の顔を見つめる。



「なっ!? どうしてそれを? まさかリルディアが話したのですか!?」


「ふっ、やはりお前だったのか。 これでようやく犯人に辿り着いたぞ? エルヴィラに止められていたからリルディアに聞くに聞けないし、それでもずっと密かに探していたのだぞ? ーーまあ、最終的にはお前しか残らなかったんだがなーーー」



そんな国王は驚く弟の様子に、してやったりの表情を浮かべて顎髭を撫でながら頷いている。



「…………鎌をかけるとはズルいではありませんか」


「ふん、ズルいのはどっちだ? 私が悩んでいたのを知っていただろうに今までずっと黙っていたお前が悪い」


「言えるわけがないでしょう? 貴方に殺されます。 しかし、もう今更ですが弁解はさせて下さい。
 
私は決して故意的に奪ったわけではありません。 あれは予期せぬ事故のようなものだったのです。 しかし私の不注意であったのは紛れもない事実。 ずっと黙っておりました事、本当に申し訳ありませんでした」



クラウスは謝罪と共に国王に深く頭を下げると、国王はそんなクラウスの頭を今度はくしゃくしゃに撫でる。



「ふんーーまあ、唇を奪われたのはお前なのだろうが、そうやってリルディアを然り気無く庇う事故とは何だ? 用心深いお前にしては不注意で相手に唇を取られるなどと珍しい事だろう?」


「………子供相手だとつい油断しました。リルディアがあまりにも私の後をついて来て中々離れないものですから、執務室のソファーで寝たふりをして追い返そうとしたのですが、その時にーーー」


「フッ、寝込みを襲われるとは確かにお前の不注意だな?」


「ーー本当にお恥ずかしい限りです。しかしまさか子供がそんな事をするなどと夢にも思わないでしょう?

どうやらリルディアは童話の本の中で眠ったままの相手をキスで起こす話を何も考えずに再現した様ですが、

それに関してリルディアにはそういう事は二度としない様に、きっちりと注意をして、この件については口止めしました。

そんなリルディア自身も全く分かってはいない様でしたし、これは子供が小動物などに思わずしてしまうのと同じで、そういうのは『キス』の内には入らないとは思うのですが、それでもリルディアは貴方に話してしまったのですね」


「ーーいいや、たまたま会話の流れで発覚しただけだ。 リルディアはちゃんとお前の口止めを守って、相手の名前を決して口に出す事はなかったがな。 

ただリルディアの『ファーストキス』の相手が私だと思って喜んだらそれが『セカンドキス』だっただけに一気に落ち込んだぞ?」



それを聞いたクラウスの眉間にしわが寄ると、たちまち表情が険しくなる。



「それはまさかリルディアは父親の貴方にも『キス』をしてしまったというのですか?」


「ーーああ、まあな。 しかしお前はリルディアに一体どんな風に『キス』の説明をしたんだ? リルディアは全くと言っていいほど『ファーストキス』の意味すら理解してはいなかったぞ? そもそもお前は教師だろうが」


「お言葉ですが、歴史と薬学専攻の男教師が『ファーストキス』とかそんな説明など出来ますか? そもそもそういったものは本来、家庭の教育係から教わるものです。

私がリルディアに説明をしたのは、眠っている相手に『キス』をして起こすのはそれは本の中の話であるから現実では絶対にやってはいけないと言い聞かせはしましたがーーー

しかし陛下! リルディアの教育係は一体何を教えているのです? 『キス』の説明など異性教育では初歩的な話なのではないですか? 

それにきちんとそれなりに説明を受けてさえいればリルディアが私や陛下に『キス』をする事は無かったはずです。
 
まだ肉親である私や陛下であったからよかったものの、これが他所の男であればどうなっていた事かーーくっ」



力一杯、拳を握りしめながらやり切れなさを漂わせた冷かな低い口調で、人前では滅多に見せる事のない怒りを静かに態度に現す弟を逆に国王が宥めにかかる。



「おいおい、お前が怒る気持ちも十分に分かるが、それはもう解決したから安心しろ。 エルヴィラがリルディアにしっかりと『ファーストキス』の説明を私の目の前でしていたからな。 リルディアもさすがに自覚はしていた様だから今後はそんな真似はしないだろう」



それを聞いたクラウスはまだ眉間に皺は寄せてはいたが少しだけ安堵の表情を浮かべるも直ぐにその表情に影が落ちる。



「そうですか………しかし陛下、私がリルディアに口止めをして『キス』の事実を隠していた事に対して私を咎めないのですか? たとえ意味の持たない『キス』であっても事実を変える事は出来ないのは分かっています。 私は如何なる処分もお受けする所存です」



そんな暗く肩を落とす弟を見て国王は明るく笑いながら今度はその体がぐらつくほどに再び背中をバンバンと叩く。



「だからそんな深刻そうな顔をするな。 如何にもお前らしいと言えばらしいが、本当に融通の利かん真面目というのも困ったものだ。 

それにお前を咎めるという事は、リルディアも一緒に咎めなければならなくなるではないか。 そもそもリルディアがお前の寝込みを襲って『キス』をしたのだろう? 

ああ、くそっ、エルヴィラの言う通りだ。 リルディアの方が“手が早い”とか、本当にそんな所まで私にそっくりだとは。

お前はどうする? リルディアを咎められるのか? 一応被害者はお前なのだからな」


「何も知らない子供の行為を咎めるなどと、私をそんな了見の狭い情けない大人にしないで下さい。 しかも私は『男』です。 被害者というのなら、それはやはりリルディアの方でしょう。

それに『ファーストキス』というのは女性にはすごく大切なものだと聞いています。何気のない事故とはいえリルディアの記憶に残らなければよいのですがーーー」



そんな真剣な面持ちで姪の心配をする弟を国王は自分の頭をくしゃくしゃと掻きながら口を開く。



「あーークラウスよ。 本当はお前に教えるのはすごくしゃくだがそれだとリルディアが不憫なので教えておいてやる。

お前はリルディアが何も知らない子供だとは言うがな、幼いなりにあれもしっかり『女』なんだぞ?

エルヴィラが『ファーストキス』の説明をまだ8つのリルディアに教えた際にな、その説明を聞いた直後にリルディアが自分が一番大好きな男と『ファーストキス』をしたと言ったんだ。

いいか? 父親の私を除外した上での異性の“一番大好きな男”だぞ? リルディアにも念の為にその場で確認したから間違いなどではない。

つまりリルディアにとってはお前との『キス』は、何の意味の持たない『キス』などではないのだ。

だからそうやっていつまでもリルディアを子供扱いをして侮っていると、いつの間にか気付かない内にお前の方が捕まって喰われていたりしてな?」



そんな弟の反応を見てあきらかに面白がろうとする国王の視線から逃れる様にクラウスは外の景色の方に顔を逸らす。



「そのようにご自分の愛娘を肉食獣のように仰らないで下さい。 リルディアが聞いたら確実に怒られますよ?

……………リルディアはまだ子供です。子供というものは身近の大人を見て背伸びをしたがるものです。 そうして成長すると共に子供の頃の気持ちなど次第に忘れていくのですよ。

ですからリルディアの執着も子供が気に入っている玩具に一時執着しているのと同じです。いずれ飽きてしまい、その内自然と気にもならなくなるでしょう」



クラウスは通路から見える外の景色を遠く眺めながらも、その口調は感情の見えない淡々としたものであり、国王はそんな弟の姿に大きなため息をつく。




【⑧ー続】




































    
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