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第三章 三年前~奉納祭~
奉納祭③(~花迷惑)
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【27】
ーーそして儀式の時間が刻々と近付く頃、私達は『祝福の聖乙女』の衣装に着替え終え控えの間に集まっていた。
『祝福の聖乙女』の衣装は皆、揃いの白い薄地のふわりとしたシフォンドレスに頭には花冠、胸元と手首には花飾りを付けるのが正装である。しかしその中でアニエス一人だけが協調性もどこへやら髪やドレスに薔薇や百合などの花を沢山付けて現れた。神女長がその姿を咎めるも一方のアニエスはーーー
「『祝福の聖乙女』の規定には花飾りで使う花の種類や数までは明記されてはおりませんわ。ですからどんな花をどれだけ使おうとも“規則違反”にはなりませんでしょう?」
ーーと、反論し確かにアニエスの言う通り『聖乙女』の規定にはそのような事は明記されてはいなかったので、そこを指敵されては規則を重んじる神女長はさすがにそれ以上強くは言えず、結局、一人だけ全身を沢山の花で飾り付けた一際派手な『聖乙女』が6人の中で思いっきり浮きまくっていた。そんなアニエスは私とローズロッテを見て勝ち誇ったように笑う。
「クスクスッ、あなた達。随分と『地味』な格好ですのね。市井の娘達と同じ格好なのですもの。誰が誰なのか全く分かりませんでしたわ?」
私達を見下ろすように嘲笑するアニエスをローズロッテがジッと見つめる。
「アニエス様? その沢山のお花は一体どうなされましたの?」
小首を傾げるローズロッテの問いにアニエスは得意げに微笑む。
「『祝福の聖乙女』のお祝いで私に贈られてきた数多くの花束の中から調達致しましたの。考えてもご覧になって? 私のような高貴な血統の王女が市井の娘達と同じ格好をしなければならないだなんて。
私は本日の奉納試合の優勝者に宝剣を授与するお役目も担っておりますのよ? それなのに沢山の貴族や来賓客の皆様方の目に触れる場で王女の私がそのような格好など恥ずかしいではありませんの。しかも身に付けるものがそのような地味な衣装に地味な花飾りだけだなんて、市井の娘達にはお似合いでも私のような高貴な者には全く相応しくはありませんわ。けれど『聖乙女』の衣装は規定であるので変えられないのですって。ですから花飾りの方は王女の私の身を飾るに相応しい花を選びましたのよ? ふふっ、どう? 綺麗でしょう?」
そう言ってアニエスは上機嫌にその場でくるりと優雅に回って見せる。するとアニエスの髪や体を飾っている薔薇や百合の強い香りが辺りに広まって、入り混じった香りの強烈さに私達は思わず顔を顰める。
「………アニエス様。確かに綺麗ではありますけれど、ですが花飾りにしては少々多すぎませんこと? しかもそのようにお体に沢山飾られるのはおやめになった方がよろしいですわ。ーー後々、ですわよ?」
珍しくもローズロッテがアニエスに忠告するも、アニエスはふふん、と自慢げに笑うだけだ。
「あら? 羨ましくて? 何でしたらあなた達も真似をなさってもよろしくてよ? あなた達のところにも花束は贈られているのでしょう?」
それにはローズロッテが首を横に振る。
「いいえ、私達はこのままで十分ですわ。アニエス様がそれでよろしいのでしたら別に良いのですけれど………お体にはご自愛あそばせ?」
「ご自愛? ーーまあ、よろしいわ。それにしても貴女も上流貴族のご令嬢でありますのに下々の者達と同じ姿で良いだなんて、本当に変わっていらっしゃること。これでは私だけが儀式で目立ってしまうではありませんの。ーーほほほ」
ローズロッテの言葉にアニエスは一瞬小首を傾げたが、直ぐに大した気にする様子もなく、わざとらしく高笑いをしながら大きな姿鏡に映る自分の姿にうっとりとした視線を向ける。
「んん、こうして見ると、まだ足りない気もしますわね? やはり髪飾りの花がもう少しあった方が良いかしら? それに肩の方にももっと大きな花を付けた方がより華やかですわよね」
アニエスの呟く独り言に私は思わず唖然とする。
ーーえっ?? まさか、あれ以上まだ飾るつもりなの?? あんなに全身花だらけなのにドレスなんて花に隠れてしまって殆ど見えないじゃない! しかも何? この入り混じった強烈な花の香りは。まるで舞踏会で集まる貴族達が付けている香水の入り混じった香りと同等かそれ以上のものよ? それにいくらなんでもあれは花の付け過ぎよ! 綺麗だからって付ければ良いってものじゃないわ。限度という言葉を知らないのかしら?
ーーくっ、それよりも香りがキツ過ぎて一緒にいると具合が悪くなりそうだわ。
私は自分の鼻を隠すようにして肩に掛かったドレスのベールで口許を覆っていると、周囲にいる人間も同じように口許を覆うか、アニエスから大きく距離を取って離れている。そんな状況にも関わらずアニエス一人だけが周りの様子に気付く事もなく、やはり花飾りをつけ直しに行くと言って神女長が止めるのも全く聞かずに自分の部屋にさっさと戻って行ってしまった。
そんな彼女が歩く動きに合わせてその強烈な花の香りの残り香が視界にも見えてしまうのではないかというくらいに漂い、周囲の神女達はアニエスの姿が見えない事を確認すると、皆が一斉_に窓という窓を開け放つ。
私は開け放たれた窓の方に移動すると、外の新鮮な空気を体に取り入れるべく大きく深呼吸をして、神殿裏にある森林から放たれる清涼な香りでアニエスによって麻痺してしまった鼻を癒しているとローズロッテも私の隣に移動してきた。
「アニエス様にも困ったものですわね。自己顕示欲もあそこまで強過ぎるとかえって周りに悪影響を与えますわよ」
そんな呆れ返っている様子のローズロッテに私も苦笑いを浮かべる。
「でも、ローズ? 貴女、珍しくアニエス姉様に花の付け過ぎを忠告していたじゃない。いつもであれば放っておくのに」
するとローズロッテは大きく肩を竦めながら声を落としてこっそりと口を開く。
「勿論、アニエス様の個人的な事であれば、当然放って置きますわよ。ですが、あの花飾りの付け過ぎに関しては、一緒にいる私達にも被害を被るので『やむを得ず』ですわ」
「確かにね。あれはいくら何でも付け過ぎだわ。しかもあんなに香りが強烈なのに、そんな香りの強い花ばかりを付けている本人が全く平然としているのが信じられない。私はあの香りで何だか胸の辺りがムカムカしてきて具合が悪くなりそうよ」
私は思い出したように顔を顰めたまま胸を押さえていると、ローズロッテの方もハンカチを取り出して自分の口許を押さえながら私にだけ聞こえるように更に小声で囁く。
「本当にそうですわよね。あの御方は儀式を失敗させようとなさっているとしか思えませんわ。しかもあの薔薇と百合は最近品種改良された『女神の芳香』という名の多々ある花の中でも最も芳香の強い特別品種ですわ。まだ作られている数も少ないので、貴族の間ですらも非常に手に入りにくいと言われている大変貴重な希少品種でもあるのですけれど、その見た目も大変美しく、一輪の花だけであってもその芳香はさすがは『女神の芳香』という冠が付いているだけあって他の品種と比べて郡を抜いて素晴らしいのですが、一つだけ厄介な事にあの品種の花の蜜は特に香りが強い事もあって、あのように髪や体に付けると暫くはあの強い香りがいくら洗っても取れないという唯一の難点がありますのに、きっとアニエス様はその事をご存知ないのですわね。
それをあの様に沢山身体中に付けておしまいになるなんて。それでなくとも香料というものは気温や体温に反応して香るものですのに。今はまだ朝方ですからこの程度で済んでおりますけれど、気温が上がる日中はそれこそ大変ですわよ? まして本日は今までの悪天候がのような晴天の大変良いお天気な上、儀式での舞踊もありますでしょう?
いくら舞踏会やお茶会の席で普段から香水の香りには慣れていらっしゃるアニエス様といえどもこの先、あの花の香りが更に強くなれば、さすがに耐えられるとも思えませんわ。しかも洗っても落ちないのですもの。誰もアニエス様には近付けない上、そのご本人も少なくとも数日間はご自分から香る匂いに具合が悪くて苦しまれるのではないかしら? ですから私、一応ご忠告申し上げましたのに、ご本人が良いと仰るのですもの。仕方ありませんわよね?」
確信犯的に飄々と語るローズロッテに私は呆れ顔で小さく肩を竦める。
「それは“自分達に被害が被るからやむを得ず”だからでしょう? それでも“その事”を知っていて敢えて教えないのは貴女らしいわね。そうなる事を知りさえすればいくら姉様だって、あの沢山の花を直ぐにでも取り去るでしょうに。しかもそうすれば私達の方にも被害は被らないのではないの?」
そんな彼女の矛盾の態度に対して問うと、ローズロッテは含みのある小さな笑みを浮かべる。
「それはそれ、これはこれ、ですわ? 普段から高慢で我儘なあの御方に知らしめる事の出来る絶好の機会ですもの。しかもこれはご自分で蒔いた種ですのよ? もしこれが大切なご友人であるリルディア様であれば絶対にお教え致しますけれど私、あの御方とはそのような親しい間柄ではありませんし、それにあの御方はご自身で恥ずかしい思いをなされば、少しはあの様な我儘も改められるかもしれませんわ。それともリルディア様は姉上様に“花の事”をご親切にも教えて差し上げますの?」
ローズロッテのその言葉に私は殊更大きく両手を広げて肩を竦めて見せる。
「私が? まさか? 私が彼女にそんな親切心を持つだなんて、これっぽっちもあると思う? 私がローズの場合であっても同じよ。特に嫌いな人間が自業自得で失敗する姿を見られるのなら、例え己に多少なりとも被害を被る事になろうとも絶対に教えたりなんかしないわ。それでなくとも普段から嫌味ばかり言われて気分を悪くさせられているのだもの。だからこそ、そんな彼女の情けない姿を見られたら最高に気分がスッとするじゃない」
そう言う私の意地の悪さも相当だーーこれがあの善人の塊のアリシアならば相手が困る事を分かっていて、黙っている事など絶対にしない。それが自分にどんなに意地悪な人間であったとしてもーーー
するとローズロッテはクスッと笑いながらまたいつものように私の左腕に自分の腕を絡めてくる。
「ふふっ、ですわよね~? ーー大きな声では申せませんけれど、実は私もあの御方のいつもの高慢で得意気なあのお顔が崩れるのかと思うと今から楽しみなのですわ。けれどその見返りとして私達は儀式の最中ではあの香りに耐え忍ばなければならないのですから、大手を叩いて喜ぶ事は出来ないですわね。何しろあれだけの強い香りなのですもの。大神殿の大広間は広いのですけれど、私達は舞台の上ですからアニエス様からは中々距離は取れませんし。
………そうですわね。それでも極力アニエス様とは距離を取り、どうしても側にいなければならない時は鼻からの呼吸を止めて口から呼吸するしか方法がありませんわ。少々、面倒ではありますけれど、ずっと続くわけではありませんもの。それが駄目であれば最終的には具合が悪くなったという事で、皆で倒れてしまいましょう? 事実、あの香りはそれだけの効力があり過ぎるほどにありますもの。誰もが皆、納得する理由には十分ですわよ。そうすれば儀式での不名誉な失態にもなりませんわ。そこは市井の彼女達にもお話して協力してもらいましょう? ーーでは早速、打ち合わせを」
ローズロッテは言うなり私達から離れた所にいる市井の彼女達を呼び寄せる手招きをするも、私はそんなローズロッテの腕を逆に引っ張る。
「リルディア様?」
「ローズ、大丈夫よ。あの香りをどうにかする秘策はあるのよ。だからあくまで『倒れる』のは“最終手段”ね?」
そんな私の言葉にローズロッテは不思議そうに首を傾げている。
「秘策? ですの??」
「ええ、そうよ。『香りに対抗するのなら香りで』という事よ。そして丁度美味しい具合にここは大神殿であり、ここの薬草園には沢山の薬草が栽培されているのは貴女も知っているでしょう? そこで安息効果のある薬草ハーブ種と強い清涼感のある香りのミントの葉を擦り潰してそれを鼻の中に塗ると持続性は短いけれど、鼻に塗ったそれが他から入ってくる匂いを打ち消してくれるのよ。
{※※突然ですが、上記の処方は全て作者の架空の想像の代物なので、マジに取る人はいないとは思いますが、一応注意喚起として絶対に実践しないで下さい。ーー多分現実ではヤバイです! 万が一何かあっても自己責任ですよ? そこんトコご注意願います!!※※}
勿論、鼻に塗ったものは薬草だから体に害は無いし、香りも空気が通るような清涼感があるから、少しだけ冷たい感じはあるけれど、特に嫌な感じはしないと思うわ? まあ、感じ方には個人差もあるからこれはあくまで私の感覚で言うのだけれどね? でも、安心しても良いと思う。それは私も普段から使っている方法だから既に実証済みではあるのよ?」
するとローズロッテの目がキラキラと輝いて私を尊敬するかのような眼差しで見つめてくる。
「まあ! さすがはリルディア様! 大変な物知りでいらっしゃいますのね? 私、ますますリルディア様を尊敬致しますわ! けれどそんな方法があるのでしたらもっと早くに私にもご伝授して頂きたかったですわ? 私も毎回、貴族の皆様方の様々な香水の混じったあの香りには慣れているとはいえ不快を伴うのは仕方がないと思っておりましたのに。ですがその方法さえ知っていれば、もうこの先どんな行事があろうとも、不快な思いをしなくても済みそうですわね!』教えて下さり、ありがとうございます。リルディア様」
まるで子供のような笑顔で嬉しそうにニコニコと微笑むローズロッテに何となしに複雑な気分を覚える。これは私も受け売りで教えてもらった事なので、決して私の知恵ではないからだ。
「そ、そう、それはよかったわ。けれど私は物知りとか、そんな大層な事ではないわよ? 私も人から教えてもらっただけで何でも知っているわけではないのよ。だから過剰に期待しないで?」
ーーそう、これは私が今よりもう少し幼い頃、難産で生まれたという事もあって、私は生まれつき体が弱く何かがあると直ぐに体調を壊して具合が悪くなる体質だった。なので貴族の集まる催しがある度に様々な香水の入り混じった香りに酔って、度々具合が悪くなる私を見かねたクラウスが自分が薬学に携わっている事もありこの方法を処方してくれたのだ。
それでも今ではあの頃とは違い、私の体も成長するに伴い父が少しでも私の体を丈夫にする為に、頻繁に外へと私を連れ出しては自然の土や植物、そして生き物などに直に接触させていた事もあり、そんな父の献身的な努力のお陰もあって私の体はある程度の抵抗力もつき普通に生活するのにも、なんら支障もないくらいに丈夫にはなったので、今では特に体が弱いという事はないが、それでもやはり一般の人間から比べると体調は崩しやすい方なので医者からは日頃の体調管理には気を付けるようにと言われてはいる。
けれど自分的には周りが心配するほどか弱くもないとは思うのだが、私の周りが心配性や過保護な人間が多いので、そんな彼等に無用な心配をかけまいと、取り敢えず日頃の体調管理には自分でも気を付けてはいるーーー
【27ー終】
ーーそして儀式の時間が刻々と近付く頃、私達は『祝福の聖乙女』の衣装に着替え終え控えの間に集まっていた。
『祝福の聖乙女』の衣装は皆、揃いの白い薄地のふわりとしたシフォンドレスに頭には花冠、胸元と手首には花飾りを付けるのが正装である。しかしその中でアニエス一人だけが協調性もどこへやら髪やドレスに薔薇や百合などの花を沢山付けて現れた。神女長がその姿を咎めるも一方のアニエスはーーー
「『祝福の聖乙女』の規定には花飾りで使う花の種類や数までは明記されてはおりませんわ。ですからどんな花をどれだけ使おうとも“規則違反”にはなりませんでしょう?」
ーーと、反論し確かにアニエスの言う通り『聖乙女』の規定にはそのような事は明記されてはいなかったので、そこを指敵されては規則を重んじる神女長はさすがにそれ以上強くは言えず、結局、一人だけ全身を沢山の花で飾り付けた一際派手な『聖乙女』が6人の中で思いっきり浮きまくっていた。そんなアニエスは私とローズロッテを見て勝ち誇ったように笑う。
「クスクスッ、あなた達。随分と『地味』な格好ですのね。市井の娘達と同じ格好なのですもの。誰が誰なのか全く分かりませんでしたわ?」
私達を見下ろすように嘲笑するアニエスをローズロッテがジッと見つめる。
「アニエス様? その沢山のお花は一体どうなされましたの?」
小首を傾げるローズロッテの問いにアニエスは得意げに微笑む。
「『祝福の聖乙女』のお祝いで私に贈られてきた数多くの花束の中から調達致しましたの。考えてもご覧になって? 私のような高貴な血統の王女が市井の娘達と同じ格好をしなければならないだなんて。
私は本日の奉納試合の優勝者に宝剣を授与するお役目も担っておりますのよ? それなのに沢山の貴族や来賓客の皆様方の目に触れる場で王女の私がそのような格好など恥ずかしいではありませんの。しかも身に付けるものがそのような地味な衣装に地味な花飾りだけだなんて、市井の娘達にはお似合いでも私のような高貴な者には全く相応しくはありませんわ。けれど『聖乙女』の衣装は規定であるので変えられないのですって。ですから花飾りの方は王女の私の身を飾るに相応しい花を選びましたのよ? ふふっ、どう? 綺麗でしょう?」
そう言ってアニエスは上機嫌にその場でくるりと優雅に回って見せる。するとアニエスの髪や体を飾っている薔薇や百合の強い香りが辺りに広まって、入り混じった香りの強烈さに私達は思わず顔を顰める。
「………アニエス様。確かに綺麗ではありますけれど、ですが花飾りにしては少々多すぎませんこと? しかもそのようにお体に沢山飾られるのはおやめになった方がよろしいですわ。ーー後々、ですわよ?」
珍しくもローズロッテがアニエスに忠告するも、アニエスはふふん、と自慢げに笑うだけだ。
「あら? 羨ましくて? 何でしたらあなた達も真似をなさってもよろしくてよ? あなた達のところにも花束は贈られているのでしょう?」
それにはローズロッテが首を横に振る。
「いいえ、私達はこのままで十分ですわ。アニエス様がそれでよろしいのでしたら別に良いのですけれど………お体にはご自愛あそばせ?」
「ご自愛? ーーまあ、よろしいわ。それにしても貴女も上流貴族のご令嬢でありますのに下々の者達と同じ姿で良いだなんて、本当に変わっていらっしゃること。これでは私だけが儀式で目立ってしまうではありませんの。ーーほほほ」
ローズロッテの言葉にアニエスは一瞬小首を傾げたが、直ぐに大した気にする様子もなく、わざとらしく高笑いをしながら大きな姿鏡に映る自分の姿にうっとりとした視線を向ける。
「んん、こうして見ると、まだ足りない気もしますわね? やはり髪飾りの花がもう少しあった方が良いかしら? それに肩の方にももっと大きな花を付けた方がより華やかですわよね」
アニエスの呟く独り言に私は思わず唖然とする。
ーーえっ?? まさか、あれ以上まだ飾るつもりなの?? あんなに全身花だらけなのにドレスなんて花に隠れてしまって殆ど見えないじゃない! しかも何? この入り混じった強烈な花の香りは。まるで舞踏会で集まる貴族達が付けている香水の入り混じった香りと同等かそれ以上のものよ? それにいくらなんでもあれは花の付け過ぎよ! 綺麗だからって付ければ良いってものじゃないわ。限度という言葉を知らないのかしら?
ーーくっ、それよりも香りがキツ過ぎて一緒にいると具合が悪くなりそうだわ。
私は自分の鼻を隠すようにして肩に掛かったドレスのベールで口許を覆っていると、周囲にいる人間も同じように口許を覆うか、アニエスから大きく距離を取って離れている。そんな状況にも関わらずアニエス一人だけが周りの様子に気付く事もなく、やはり花飾りをつけ直しに行くと言って神女長が止めるのも全く聞かずに自分の部屋にさっさと戻って行ってしまった。
そんな彼女が歩く動きに合わせてその強烈な花の香りの残り香が視界にも見えてしまうのではないかというくらいに漂い、周囲の神女達はアニエスの姿が見えない事を確認すると、皆が一斉_に窓という窓を開け放つ。
私は開け放たれた窓の方に移動すると、外の新鮮な空気を体に取り入れるべく大きく深呼吸をして、神殿裏にある森林から放たれる清涼な香りでアニエスによって麻痺してしまった鼻を癒しているとローズロッテも私の隣に移動してきた。
「アニエス様にも困ったものですわね。自己顕示欲もあそこまで強過ぎるとかえって周りに悪影響を与えますわよ」
そんな呆れ返っている様子のローズロッテに私も苦笑いを浮かべる。
「でも、ローズ? 貴女、珍しくアニエス姉様に花の付け過ぎを忠告していたじゃない。いつもであれば放っておくのに」
するとローズロッテは大きく肩を竦めながら声を落としてこっそりと口を開く。
「勿論、アニエス様の個人的な事であれば、当然放って置きますわよ。ですが、あの花飾りの付け過ぎに関しては、一緒にいる私達にも被害を被るので『やむを得ず』ですわ」
「確かにね。あれはいくら何でも付け過ぎだわ。しかもあんなに香りが強烈なのに、そんな香りの強い花ばかりを付けている本人が全く平然としているのが信じられない。私はあの香りで何だか胸の辺りがムカムカしてきて具合が悪くなりそうよ」
私は思い出したように顔を顰めたまま胸を押さえていると、ローズロッテの方もハンカチを取り出して自分の口許を押さえながら私にだけ聞こえるように更に小声で囁く。
「本当にそうですわよね。あの御方は儀式を失敗させようとなさっているとしか思えませんわ。しかもあの薔薇と百合は最近品種改良された『女神の芳香』という名の多々ある花の中でも最も芳香の強い特別品種ですわ。まだ作られている数も少ないので、貴族の間ですらも非常に手に入りにくいと言われている大変貴重な希少品種でもあるのですけれど、その見た目も大変美しく、一輪の花だけであってもその芳香はさすがは『女神の芳香』という冠が付いているだけあって他の品種と比べて郡を抜いて素晴らしいのですが、一つだけ厄介な事にあの品種の花の蜜は特に香りが強い事もあって、あのように髪や体に付けると暫くはあの強い香りがいくら洗っても取れないという唯一の難点がありますのに、きっとアニエス様はその事をご存知ないのですわね。
それをあの様に沢山身体中に付けておしまいになるなんて。それでなくとも香料というものは気温や体温に反応して香るものですのに。今はまだ朝方ですからこの程度で済んでおりますけれど、気温が上がる日中はそれこそ大変ですわよ? まして本日は今までの悪天候がのような晴天の大変良いお天気な上、儀式での舞踊もありますでしょう?
いくら舞踏会やお茶会の席で普段から香水の香りには慣れていらっしゃるアニエス様といえどもこの先、あの花の香りが更に強くなれば、さすがに耐えられるとも思えませんわ。しかも洗っても落ちないのですもの。誰もアニエス様には近付けない上、そのご本人も少なくとも数日間はご自分から香る匂いに具合が悪くて苦しまれるのではないかしら? ですから私、一応ご忠告申し上げましたのに、ご本人が良いと仰るのですもの。仕方ありませんわよね?」
確信犯的に飄々と語るローズロッテに私は呆れ顔で小さく肩を竦める。
「それは“自分達に被害が被るからやむを得ず”だからでしょう? それでも“その事”を知っていて敢えて教えないのは貴女らしいわね。そうなる事を知りさえすればいくら姉様だって、あの沢山の花を直ぐにでも取り去るでしょうに。しかもそうすれば私達の方にも被害は被らないのではないの?」
そんな彼女の矛盾の態度に対して問うと、ローズロッテは含みのある小さな笑みを浮かべる。
「それはそれ、これはこれ、ですわ? 普段から高慢で我儘なあの御方に知らしめる事の出来る絶好の機会ですもの。しかもこれはご自分で蒔いた種ですのよ? もしこれが大切なご友人であるリルディア様であれば絶対にお教え致しますけれど私、あの御方とはそのような親しい間柄ではありませんし、それにあの御方はご自身で恥ずかしい思いをなされば、少しはあの様な我儘も改められるかもしれませんわ。それともリルディア様は姉上様に“花の事”をご親切にも教えて差し上げますの?」
ローズロッテのその言葉に私は殊更大きく両手を広げて肩を竦めて見せる。
「私が? まさか? 私が彼女にそんな親切心を持つだなんて、これっぽっちもあると思う? 私がローズの場合であっても同じよ。特に嫌いな人間が自業自得で失敗する姿を見られるのなら、例え己に多少なりとも被害を被る事になろうとも絶対に教えたりなんかしないわ。それでなくとも普段から嫌味ばかり言われて気分を悪くさせられているのだもの。だからこそ、そんな彼女の情けない姿を見られたら最高に気分がスッとするじゃない」
そう言う私の意地の悪さも相当だーーこれがあの善人の塊のアリシアならば相手が困る事を分かっていて、黙っている事など絶対にしない。それが自分にどんなに意地悪な人間であったとしてもーーー
するとローズロッテはクスッと笑いながらまたいつものように私の左腕に自分の腕を絡めてくる。
「ふふっ、ですわよね~? ーー大きな声では申せませんけれど、実は私もあの御方のいつもの高慢で得意気なあのお顔が崩れるのかと思うと今から楽しみなのですわ。けれどその見返りとして私達は儀式の最中ではあの香りに耐え忍ばなければならないのですから、大手を叩いて喜ぶ事は出来ないですわね。何しろあれだけの強い香りなのですもの。大神殿の大広間は広いのですけれど、私達は舞台の上ですからアニエス様からは中々距離は取れませんし。
………そうですわね。それでも極力アニエス様とは距離を取り、どうしても側にいなければならない時は鼻からの呼吸を止めて口から呼吸するしか方法がありませんわ。少々、面倒ではありますけれど、ずっと続くわけではありませんもの。それが駄目であれば最終的には具合が悪くなったという事で、皆で倒れてしまいましょう? 事実、あの香りはそれだけの効力があり過ぎるほどにありますもの。誰もが皆、納得する理由には十分ですわよ。そうすれば儀式での不名誉な失態にもなりませんわ。そこは市井の彼女達にもお話して協力してもらいましょう? ーーでは早速、打ち合わせを」
ローズロッテは言うなり私達から離れた所にいる市井の彼女達を呼び寄せる手招きをするも、私はそんなローズロッテの腕を逆に引っ張る。
「リルディア様?」
「ローズ、大丈夫よ。あの香りをどうにかする秘策はあるのよ。だからあくまで『倒れる』のは“最終手段”ね?」
そんな私の言葉にローズロッテは不思議そうに首を傾げている。
「秘策? ですの??」
「ええ、そうよ。『香りに対抗するのなら香りで』という事よ。そして丁度美味しい具合にここは大神殿であり、ここの薬草園には沢山の薬草が栽培されているのは貴女も知っているでしょう? そこで安息効果のある薬草ハーブ種と強い清涼感のある香りのミントの葉を擦り潰してそれを鼻の中に塗ると持続性は短いけれど、鼻に塗ったそれが他から入ってくる匂いを打ち消してくれるのよ。
{※※突然ですが、上記の処方は全て作者の架空の想像の代物なので、マジに取る人はいないとは思いますが、一応注意喚起として絶対に実践しないで下さい。ーー多分現実ではヤバイです! 万が一何かあっても自己責任ですよ? そこんトコご注意願います!!※※}
勿論、鼻に塗ったものは薬草だから体に害は無いし、香りも空気が通るような清涼感があるから、少しだけ冷たい感じはあるけれど、特に嫌な感じはしないと思うわ? まあ、感じ方には個人差もあるからこれはあくまで私の感覚で言うのだけれどね? でも、安心しても良いと思う。それは私も普段から使っている方法だから既に実証済みではあるのよ?」
するとローズロッテの目がキラキラと輝いて私を尊敬するかのような眼差しで見つめてくる。
「まあ! さすがはリルディア様! 大変な物知りでいらっしゃいますのね? 私、ますますリルディア様を尊敬致しますわ! けれどそんな方法があるのでしたらもっと早くに私にもご伝授して頂きたかったですわ? 私も毎回、貴族の皆様方の様々な香水の混じったあの香りには慣れているとはいえ不快を伴うのは仕方がないと思っておりましたのに。ですがその方法さえ知っていれば、もうこの先どんな行事があろうとも、不快な思いをしなくても済みそうですわね!』教えて下さり、ありがとうございます。リルディア様」
まるで子供のような笑顔で嬉しそうにニコニコと微笑むローズロッテに何となしに複雑な気分を覚える。これは私も受け売りで教えてもらった事なので、決して私の知恵ではないからだ。
「そ、そう、それはよかったわ。けれど私は物知りとか、そんな大層な事ではないわよ? 私も人から教えてもらっただけで何でも知っているわけではないのよ。だから過剰に期待しないで?」
ーーそう、これは私が今よりもう少し幼い頃、難産で生まれたという事もあって、私は生まれつき体が弱く何かがあると直ぐに体調を壊して具合が悪くなる体質だった。なので貴族の集まる催しがある度に様々な香水の入り混じった香りに酔って、度々具合が悪くなる私を見かねたクラウスが自分が薬学に携わっている事もありこの方法を処方してくれたのだ。
それでも今ではあの頃とは違い、私の体も成長するに伴い父が少しでも私の体を丈夫にする為に、頻繁に外へと私を連れ出しては自然の土や植物、そして生き物などに直に接触させていた事もあり、そんな父の献身的な努力のお陰もあって私の体はある程度の抵抗力もつき普通に生活するのにも、なんら支障もないくらいに丈夫にはなったので、今では特に体が弱いという事はないが、それでもやはり一般の人間から比べると体調は崩しやすい方なので医者からは日頃の体調管理には気を付けるようにと言われてはいる。
けれど自分的には周りが心配するほどか弱くもないとは思うのだが、私の周りが心配性や過保護な人間が多いので、そんな彼等に無用な心配をかけまいと、取り敢えず日頃の体調管理には自分でも気を付けてはいるーーー
【27ー終】
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