BLゲームのメンヘラオメガ令息に転生したら腹黒ドS王子に激重感情を向けられています

松原硝子

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4章 社会人編

<18>通じ合った想い1

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ジェラルドは一瞬にして男の襟首を掴み壁向かって投げ飛ばす。
「クソ……なに、しやが――」
「死ね」

ジェラルドが凍った目で呟くと同時に、男は蛇のように動く魔力の通った黒い縄で身体中を縛られる。

「ぎゃあーー!!」
これは犯罪者の捕獲に使われるもので、拘束されている間中、死なない程度の痛みが与えられる魔道具だ。

「……うるさい」
ジェラルドは男の方を見ることもなく手を上げる。すると男の体は大きなプレゼントボックスのような黒い箱の中に消えた。同時に叫びも聞こえなくなる。どうやら防音魔法の施された箱らしい。

やがてジェラルド様の視線が俺に移される。横たわる俺の側に歩み寄り、俺を優しく抱き起こした。

「ユージン……っ」
今まで聞いたこともない苦しそうな声に胸が痛くなる。心配させまいと口を動かすが、さっきよりも腫れてきているせいで上手く話せない。

「ジェ、ラルド、さま……きて、くれ…て……」
言い終わる前にそっと抱き締められた。広く温かい胸に抱かれると、今までの緊張が一気に解れていく。ずっと気を張っていたせいか、意思とは無関係に目から涙がどんどん溢れてきてしまう。

「ごめん。ごめんな……こんなに遅くなって」
ジェラルドは優しい声で俺の後頭部をそっと撫でる。ジェラルド様は何も悪くない。冷静を欠いた行動をした俺の自業自得なのに。

気持ちを伝えたくて、ジェラルドの背中に両手を回す。すると一瞬ジェラルドの体がピクリと反応した後、抱き締める腕にほんの少し力が込められた。

しばらくすると、ジェラルド様は少し体を離して俺の顔をじっと見る。その目には深い悲しみと怒りがあった。

「俺がもう少し早く着いていれば、ユージンが傷つけられることもなかったのに……ごめん」
そんなことはないという意味を込めて、首を左右に振ってみせる。ジェラルドは少し笑って額に優しく触れた。
「ユージンは優しいな」

それから背後を振り返ると、黒い箱に向かって右手の人差し指を向ける。
「今から殺すからな」

それを聞いた瞬間、俺は慌てて制止しようと手を伸ばす。王子が殺人を犯すなんて絶対にダメだ。
なんとか押しとどめようと頭を巡らせていると、廊下から大勢の足音が聞こえてきた。
「ユージンっ!!」
「兄さんっ!!」

エディとウォルターが息を切らせて部屋に飛び込んでくる。その後にはたくさんの騎士たちが続く。

ジェラルドは俺を胸に抱いたまま立ち上がって指示を出し始めた。
「実行犯は一人残らずひっ捕えろ! 子どもたちは俺の別邸にいったん連れて行ってから家へ返してやれ。エディ、ウォルター、頼めるか。俺はユージンを医者へ連れていく」

二人はしっかりと頷く。
「僕はジェラルド様の別邸に子どもたちを連れていきます。家族のいない子どもたちはいったんジェニングス邸の養護院へ連れて帰ります」
「俺は犯人の奴らを騎士団に引き渡す。んで、裏に誰がいるか絶対に吐かせる」

「二人とも後は頼んだ」
それからジェラルドは俺に視線を移す。
「移動するぞ」

一瞬にして景色が変わる。到着したのは王宮のジェラルドの部屋だ。
ジェラルドは壊れ物を扱うようにそっと俺を横たえる。土や血にまみれた俺を寝かせたらベッドが汚れてしまう。

目で訴えると、ジェラルドは優しく微笑む。
「いいから。おまえはそんなこと気にしなくていい」

それからすぐに医者がやってくる。王宮医師は国内のトップレベルと言われる医者が務めており、本来は王族以外の診察をしないはずだ。

恐縮する俺を前に初老の医者は人のよさそうな笑みを浮かべる。
「初めましてユージン様。私は王宮筆頭医師のカーターと申します。陛下の許可も頂いておりますので問題ございません。それにジェラルド様から初めて頼まれ事をされました。婚約者のあなたを大切にされているのですね」
「……っ」

嬉しいようなくすぐったいような申し訳ないような気持ちになって思わず目を逸らしてしまう。診察の間も部屋にいると言い張るジェラルドをカーター医師は笑顔で追い出すと丁寧に診察してくれた。

「外傷以外の傷はないようですね。傷以上に短期間でかなりの魔力消費をしたために、かなり体力が落ちていらっしゃるようです。ですが数日安静にしていれば問題ないでしょう」
本来、この程度の傷ならば自分でもある程度は治すことができる。だが紙飛行機の件で魔力消費をしてしまったために、今はそれが出来ないのだ。

カーター医師の洗浄魔法で服と体を綺麗にしてもらい、魔力で服もゆったりとした部屋着に替えてもらう。すべての診察や処置が完了して、ほっと息を吐いた。

「ありがとうございます」
「いえいえ……ジェラルド様、もうお入り頂いて結構です」

カーター医師の声と同時に勢いよく扉が開き、ジェラルドが入ってくる。
「外傷以外はどこも異常はありません。ただ魔力の大量消費で体力の消耗が激しい状態です。数日、安静になさっていれば問題ないかと」
「わかった。ありがとうカーター。勝手を言ってすまなかった」
「いえいえ。ジェラルド様とは長いお付き合いですが、初めて頼まれごとをされて私は嬉しかったですよ。それでは万が一、何かありましたらいつでもお呼び下さい」

カーター医師が部屋を出ていくと、ジェラルドはゆっくりとベッドへ近寄ってくる。
そうして先ほどまでカーター医師が座っていた椅子に腰を下ろした。

ジェラルドは黙ったまま何も言わずに俺をじっと見ている。沈黙と視線に耐えきれなくなる。

「助けに来てくださって、ありがとうございます……」
「当たり前だろう。むしろ遅すぎたぐらいだ。ケガもさせてしまったし」

「そんなことありません! あの時、冷静さに欠ける行動をしてしまったと反省しています」
俺は子どもたちが攫われる現場に遭遇してからの流れをジェラルドに伝えた。彼は責めることなく黙って話を聞いてくれる。

「だから、自業自得なんです。あの時、俺が慌てなければもっと良い判断ができていたはずです。ジェラルド様もよく仰っているじゃないですか。危機的状況でこそ冷静であれ、と」
「ああ。そうだな。ユージンの言う通りだ。だが、その後でおまえが最良の判断をできたからこそ俺たちは場所をすぐに特定できたし、子どもたちも一人残らず助け出すことができた。そうだろう?」

どこまでも俺を労わるような優しい声。無理矢理ではなく、俺が納得できるように筋道立てて話をして自己嫌悪の沼から救い出してくれる。前世でも今までも、誰かにこんなに大切に思われたことはなかった。

思いおこせばジェラルドはいつだって、俺を大切にしてくれていた。空回りしすぎてお互いにすれ違ってしまったことも合ったけれど、まっすぐに俺のことだけをずっと見てくれている。

その事実が嬉しすぎて幸せすぎて、なんだか胸が苦しい。感情がぐちゃぐちゃになって言葉が出てこない。

ジェラルドはベッドの上に投げ出されていた俺の右手を両手でそっと握った。
「おまえが攫われたと聞いたとき……心臓が止まるかと思った。所在が掴めない間は一睡も出来なかった。どこかで手ひどいめに遭っていたりすることを想像してしまって……今回の行動、上司としては評価に値するが、婚約者としては違う。頼むから俺のいないところで危ない真似はしないでくれ」

言いながら、俺の右手を額のあたりに押し抱く。
「おまえがいない世界なんて、生きている意味がない……好きなんだ、本当に。愛してる、誰よりも」

低く掠れた声には祈りにも似た切実さがある。俺の手を握りしめて肩を少し震わせている彼を初めて愛おしいと感じた。もうこの気持ちが何なのか、迷ったりはしない。

重く怠い身体をなんとか動かして、ジェラルドの手を左手で包み込む。
「わかりました。ジェラルド様、これは婚約者としてですが。本当にごめんなさい。二度とこんなことしません」

「……本当だな?」
顔を上げないまま、小さな声でジェラルドが呟く。
「はい、絶対に」
「もしも約束を破ったら、俺の言うことは何でも聞いてもらうからな」
「はい」
「一生王宮に閉じ込めて、出してやらないかもしれないぞ」
「はい」
「俺が留守にする間は足枷でもつけて、この部屋から出さないかもしれないぞ」
「はい」
「他の男と二人きりになることも話すことも禁止するかもしれないぞ」

「それはちょっと仕事に支障が……でも俺、ジェラルド様を悲しませたり傷つけたりするようなこと、二度としたくないですから」
「……は?」

ジェラルドがゆっくりと顔を上げる。俺は綺麗なアクアマリンの双眸をしっかりと見つめた。
「ジェラルド様、聞いてください。俺、ジェラルド様のことが好きです……大好きです」
ジェラルド様は限界まで目を見開いてフリーズしている。初めて見るちょっと間抜けな顔に頬が緩んでしまう。
「世界で一番、大好きです。ジェラルド様」
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