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4章 社会人編

<14>動き出す1

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街へ向かう馬車の中、エディがうんざりした声を出した。
「もうあの二人、何年同じことやってるんだろうね。ほんっと成長しないんだから」
「それに関しては俺も同意だよ」

だがエディは生温かい目をこっちへ向ける。
「でも兄さんもジェラルド様にどんどん絆されてない? むかしは何がなんでも婚約破棄するって息まいてたのにさ」

「うう……」
これに関しては反論できないのがつらい。

「まあ僕は兄さんが幸せになってくれればなんでもいいんだけどさ」
「エディ……! いつもありがとうな」
「でもパーティをあんなに開いてみんなに兄さんが自分のものになったことを知らしめたいのは引くけど。重すぎるよ」
「それは俺もそう思う。どうにかしてやめてくんねーかな」
「ジェラルド様だもん、無理だろうねえ」

面倒なことも多いけど平和。そんな俺たちの空気は街に到着した途端、一気に消えることになる。

視察を終えた帰り道の車内はとても重苦しいものになっていた。
エディも俺も深刻な表情で黙り込んでいる。

原因は街で聞いた話だ。
俺たちが支援し再開発を進めている貧民街で、子どもたちが攫われる事件が多発していることがわかったのだ。
それも路上生活をしている子どもたちが中心で、姿を消したことに気がつかれにくい。おそらく突発的な犯行ではない。あまりにも足のつかないやり方からみても、組織犯罪であることが窺える。

「……明日、すぐにジェラルド様に報告しないと」
エディが真剣な声で呟いた。
「ああ、そうだな……」

攫われた子どもたちはどうしているんだろう。今この瞬間にも、つらい目に遭っているのかもしれない。どんなところで、どんな暮らしを強いられているんだろうか。そう思うだけで胸の奥がぎっと苦しくなった。

(だからどうか皆、生きていてくれ――)
祈るように心の中で呟いた。


翌日、俺たちはさっそくジェラルドのところへ報告に向かった。
話を聞いたジェラルドは厳しい表情になる。

「組織犯罪だと仮定した場合、おそらく子どもたちは人身売買に利用されている可能性が高い」

ジェラルドの言葉にエディが頷く。
「攫った子どもたちを他国に売っている可能性が高いということですね」

奴隷制度。言葉にするだけで吐き気がしてくるようなおぞましいものだ。だが身分制の存在する社会の中では避けて通れない問題でもある。

事実クレーニュ王国でも100年ほど前までは奴隷制度に近いものが存在していた。ルーイ先輩のアウスブルク王国やジュリアンのフルール王国は、クレーニュ同様、かなり前にそれらの制度は撤廃されている。

だが正式に国交のない、いくつかの隣国の中には人身売買を生業とする輩や奴隷制度のある国も存在する。子どもたちを攫った奴らは、おそらくそういった国を相手にしているのだろう。

「すぐに徹底的に調査を開始しよう。子どもたちは一人残らず絶対に助け出す」
ジェラルドは俺たちを見ながら力強く言い切った。

それだけで重かった心が少し軽くなっていく。
(ジェラルドなら、なんとかしてくれる気がする)

ゲームのメインヒーローということもあるのかもしれないが、彼の存在や言葉は、学院を卒業してからどんどん力強さを増している。

この人ならなんとかしてくれるかもしれないという強い希望を心に灯してくれるのは、一国の王子だからというだけではなくて彼自身の持つ強さなんだろう。

「どうした? ぼーっとして」
ふいに声をかけられて我に返る。いつも間にかアクアマリンの瞳が俺の顔を覗き込んでいた。

「わっ! 近いです! それに何でもありません」
慌てて距離を取ろうとすると、優しく手首を捉えられる。

「ずっと俺のことを見ていただろう。もしかして見惚れていたのか」
悪戯っぽく笑う瞳に、じわじわと顔が熱を持つ。
(あれ、待って……ほんとに見惚れたのかも……?)

そんな俺の様子にジェラルドはぽかんとした表情になり次の瞬間、俺と同じくらい真っ赤になってしまう。

「……その反応は……反則だ」
ジェラルドは目を逸らして小さい声で呟く。

「……っ」
自分でもさらに顔が熱くなるのがわかって俯いてしまう。しばらくの沈黙の後、ジェラルドが掠れた声で俺の名前を呼んだ。

「ユージン」
「……は、い」

ジェラルドが恐る恐る両手を伸ばして俺の肩に置いた。
「そんな顔をされると期待してしまう……いいのか、期待しても」

その言葉に思わず視線を上げる。緊張したアクアマリンの瞳が俺をじっと見ている。

「あ……」
その時、部屋の隅からわざとらしい咳払いが聞こえた。二人揃って音のする方を向くと、笑顔のエディが俺たちの方を見ている。笑顔だが、目が笑っていない。

「その辺にしていただけますか? ジェラルド様も兄さんも、仲が良いのは素晴らしいことですが、時間と場所を考えてくださいね」

その言葉に俺たちは二人揃って項垂れた。
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