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4章 社会人編
<8>ジェラルドの夢
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ここはどこだろう。きょろきょろする俺にジェラルドが少し笑った。
「むかし一度だけ連れてきたことがある」
「……あ! クレメントに襲われたとき……ですか」
「ああ。ちょっとここに座っていてくれ。すぐ戻る。ここで少しゆっくりしていてくれ」
ジェラルドはそれだけ言うと、部屋から出ていってしまう。一人でいると、遠くなっていたあの時の記憶が蘇り、恥ずかしくなってくる。俺は頭を左右に振って、記憶を霧散させた。
しばらく経って戻ってきた彼は、銀のトレイを手にしていた。近づいてくるとおいしそうな匂いが漂ってくる。
不思議なもので、なかったはずの食欲が匂いをかいだだけて刺激される。そこで初めて、本当はかなり空腹だったことに気がついた。
白い蓋つきの特徴的な形の陶器の深皿と木製のスプーンが目の前に置かれる。
「さあどうぞ。熱いから火傷に気をつけて」
ジェラルドは自分の前にも同じものを置いて正面に座った。
思いきって蓋を開ける。
「オニオングラタンスープだ!」
「そうだ。自分で食べるために仕込んでおいたんだが、多めに作っていたしちょうどよかったな」
「え!? ジェラルド様が作られたんですか?」
「ああ。覚えているか? ユージンが作ってくれたこのスープのおかげで、俺は玉ネギが好きになったんだ」
「そうでしたね……最初、ジェラルド様すごく嫌がってましたね。玉ネギなんて辛いだけで人間の食べるもんじゃないって」
思い出し笑いをすると、ジェラルドが少し拗ねた顔になる。
「そういう事は思い出さなくていい。今は自分で作るぐらい好きになったんだから、いいだろう」
「ふふ。そうですね。では遠慮なくいただきます」
視線を皿の中身に移す。立ち上る温かな湯気に心が解れていく。
(おいしい匂いの湯気って、なんでこんなに人の心を癒すんだろう)
胸の内で独り言を言いながら、スプーンを手に取る。
スープを吸ってクタクタに柔らかくなったバゲットの上に溶けたチーズ、そしてパセリが散らされている。
スプーンを入れるとバゲットは簡単に解れ、その下から飴色のスープが現れる。バゲットとチーズ、そしてスープをスプーンの乗せて口に運ぶ。
「……うまっ!!」
十分に炒められた玉ネギの甘味、スープのコクとチーズの塩気が口の中で混然一体となる。
飲み下すと、身体の中にエネルギーが回っていくのを実感する。
一口でスプーンはとまらず、気づいたら器の中身をすべて飲み干していた。
「ごちそうさまでした……すごく、すごくおいしかったです」
素直な感想を口にすると、ジェラルドはホッとしたように笑う。
「よかった。ユージンは料理が上手だろう。俺なんかが作ったものだと口に合わないんじゃないかと心配だったんだが」
「そんな! 塩味と甘味のバランスも完璧でした。ここまで玉ネギの甘味を引き出すには時間をかけて丁寧に炒めないといけないと思うので。シンプルだけど手間のかかるスープをこれだけ美味しく作れるのは、本当にすごいです!」
「そうか。そんなにか……嬉しいな。ふふ。また一つ夢が叶った」
「夢?」
「ああ。いつか俺の作った料理をおまえに食べてほしいと思ってたんだ。美味しいと言ってもらえることが、こんなに嬉しいだなんて知らなかった。ありがとう、ユージン」
テーブルに頬杖をついて、俺を見つめるアクアマリンの瞳は蕩けるように優しく甘い。
ジェラルドがあんまり嬉しそうに笑うから、重かった心はいつの間にか軽くなり、前向きに頑張ろうという気持ちになっていたのだった。
「むかし一度だけ連れてきたことがある」
「……あ! クレメントに襲われたとき……ですか」
「ああ。ちょっとここに座っていてくれ。すぐ戻る。ここで少しゆっくりしていてくれ」
ジェラルドはそれだけ言うと、部屋から出ていってしまう。一人でいると、遠くなっていたあの時の記憶が蘇り、恥ずかしくなってくる。俺は頭を左右に振って、記憶を霧散させた。
しばらく経って戻ってきた彼は、銀のトレイを手にしていた。近づいてくるとおいしそうな匂いが漂ってくる。
不思議なもので、なかったはずの食欲が匂いをかいだだけて刺激される。そこで初めて、本当はかなり空腹だったことに気がついた。
白い蓋つきの特徴的な形の陶器の深皿と木製のスプーンが目の前に置かれる。
「さあどうぞ。熱いから火傷に気をつけて」
ジェラルドは自分の前にも同じものを置いて正面に座った。
思いきって蓋を開ける。
「オニオングラタンスープだ!」
「そうだ。自分で食べるために仕込んでおいたんだが、多めに作っていたしちょうどよかったな」
「え!? ジェラルド様が作られたんですか?」
「ああ。覚えているか? ユージンが作ってくれたこのスープのおかげで、俺は玉ネギが好きになったんだ」
「そうでしたね……最初、ジェラルド様すごく嫌がってましたね。玉ネギなんて辛いだけで人間の食べるもんじゃないって」
思い出し笑いをすると、ジェラルドが少し拗ねた顔になる。
「そういう事は思い出さなくていい。今は自分で作るぐらい好きになったんだから、いいだろう」
「ふふ。そうですね。では遠慮なくいただきます」
視線を皿の中身に移す。立ち上る温かな湯気に心が解れていく。
(おいしい匂いの湯気って、なんでこんなに人の心を癒すんだろう)
胸の内で独り言を言いながら、スプーンを手に取る。
スープを吸ってクタクタに柔らかくなったバゲットの上に溶けたチーズ、そしてパセリが散らされている。
スプーンを入れるとバゲットは簡単に解れ、その下から飴色のスープが現れる。バゲットとチーズ、そしてスープをスプーンの乗せて口に運ぶ。
「……うまっ!!」
十分に炒められた玉ネギの甘味、スープのコクとチーズの塩気が口の中で混然一体となる。
飲み下すと、身体の中にエネルギーが回っていくのを実感する。
一口でスプーンはとまらず、気づいたら器の中身をすべて飲み干していた。
「ごちそうさまでした……すごく、すごくおいしかったです」
素直な感想を口にすると、ジェラルドはホッとしたように笑う。
「よかった。ユージンは料理が上手だろう。俺なんかが作ったものだと口に合わないんじゃないかと心配だったんだが」
「そんな! 塩味と甘味のバランスも完璧でした。ここまで玉ネギの甘味を引き出すには時間をかけて丁寧に炒めないといけないと思うので。シンプルだけど手間のかかるスープをこれだけ美味しく作れるのは、本当にすごいです!」
「そうか。そんなにか……嬉しいな。ふふ。また一つ夢が叶った」
「夢?」
「ああ。いつか俺の作った料理をおまえに食べてほしいと思ってたんだ。美味しいと言ってもらえることが、こんなに嬉しいだなんて知らなかった。ありがとう、ユージン」
テーブルに頬杖をついて、俺を見つめるアクアマリンの瞳は蕩けるように優しく甘い。
ジェラルドがあんまり嬉しそうに笑うから、重かった心はいつの間にか軽くなり、前向きに頑張ろうという気持ちになっていたのだった。
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