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4章 社会人編

<7>養護院の実態3

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薬で熱が下がりすやすやと眠る少年を見守っていると、様々なことが思い出される。

前世の俺は小学校の給食調理員として働いていた。子どもたちが毎日、楽しく食事を摂ることができるように、限られた予算の中で最大限の工夫をしてメニューを考案するのがとても楽しくて。
子どもたちが自分の作ったものを笑顔で「美味しい」と食べてくれる姿は何ものにも代えがたい喜びだった。

だからこそ、あの養護院の状況は心の底から許せない。この子を見れば一目瞭然だが食事も碌なものを与えているとは思えなかった。

「ふざけんなよ……」
拳をきつく握りしめ、唇を噛み締める。こうでもしないと、悔し涙が溢れてきそうだ。

ふと小さくドアをノックする音が聞こえた。少年を起こさないように、そっと立ち上がって扉を開ける。立っていたのはジェラルドだった。
室内で話しをするのはあの子を起こしてしまうかもしれない。部屋を出て後手に扉を閉める。

「あの子は?」
「熱は下がりました。お医者様の話だと大病に罹っている訳ではなく、風邪をこじらせているようだと」
「そうか……」
「ただ、栄養失調のような状態になっているそうです。健康な人間であればすぐに治るようなものでも、今の状態のままだったらどうなっていたかわからないと」

移動した俺の私室で状況を報告し合う。

「資料をあらいざらい調べたら、やはり運営資金を懐に入れていたことがわかったよ。院長だけではなく、領主の子爵もグルだろうな。その辺りはまた調べることにして、子どもたちはエドワードがジェニングスの領地にある養護院に全員連れて帰ったよ」

「そうですか」
エディのことだ、きっとすぐに子どもたちを清潔にしてきちんとした食事も与えてくれるだろう。だがそれでは根本的な解決にはならないこともわかっている。

「院長はすでにウォルターが拘束しているし、近々子爵にも話を聞く予定だ。それにしても今回の養護院は酷かった」
「そうですね……」

俺は俯いた。今、絶対にひどい顔をしている自信があったから。俺には泣く権利なんてないのに。膝の上で両手を握りしめる。

「ユージン、どうした?」
「……俺のせいです」

「そんなわけないだろう」
ジェラルドの困惑した声が正面から聞こえる。

「俺が、運営費の申請制度なんて提案したから、」
声が震えてしまう。

「悪用する奴らが出てくることなんて少し考えれば分かるはずなのに……それに子どもたちがあんな目にあっていることに気がつきもしませんでした。順調にいってると思い込んで……」

「それは違うぞ」
思いのほか近い所から声が聞こえて顔を少し上げる。テーブルを挟んで正面に座っていたはずのジェラルドが、いつの間にか隣に移動していた。

「提案したのは確かにおまえだ。だがその後に皆で草案を詰めたし、最終的に承認したのは俺だ。責任があるのはおまえじゃなくて、俺だ」
「違います! 俺が……っ!」

「ユージン」
ジェラルドが俺の顔を覗き込むようにして見る。

「少し落ち着いた方がいい。それに、厳しいことを言うと今さら後悔したところで養護院で子どもたちが受けたことが消えるわけじゃない。俺たちにできることはあの子たちを守り、制度を改善して同じような目に遭う子どもたちが出ることを防ぐことじゃないか」

「はい……」
そうだ。確かにジェラルドの言う通りだ。後悔したって仕方がない。

「ところでユージン、屋敷に戻ってから何か食べたか?」
「いいえ……あの子につきっきりでしたので。それに食欲もあまりなくて――」

「食は人の天なり、なんだろう?」
「あ……」
「覚えているか。学院の頃、好き嫌いの多い俺におまえが教えてくれた言葉だ」

前世の学生時代、授業で学んだと『徒然草』の中に出てきたこの一文は俺が生きる指針にしている言葉だった。

「俺たちの身体は、食べ物から作られる。生きることは食べることなんだろう? それを教えてくれたおまえが、食べることをおろそかにしてどうする。行くぞ」
ジェラルドが俺の手首を掴む。次の瞬間、俺はジェラルドとともに見知らぬ場所に転移していた。
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