上 下
103 / 152
3章 王立学院編ー後編―

41<きみのことを守るのは>

しおりを挟む
「ウォルター? どうした? どこか痛いのか?
初めて会った時、薔薇園の隅で怯えた目をしていたウォルターを思い出す。

昔のように頭を撫でてやりたくて、ベッドから降りようと体を動かすと、身体中に痛みが走った。
「……っ!」

「ユージン……ッ!! 大丈夫か!」
ウォルターが慌てて駆け寄ってくる。

「悪ぃ、平気だ。ちょっと体が痛いだけで――」
一瞬、視界が揺れる。気づいた時にはウォルターの腕の中にいた。昔は小さな子どもだったのに、今では俺よりもずっと逞しい胸板や回された腕に、どきりとしてしまう。

「あんな目に遭って、平気なわけねえだろ……っ」
震える小さな声に、胸がぎゅっと締め付けられる。

「ごめん……俺、ユージンのこと守るとか言ってたくせに、肝心な時に何もできなかったよ。マジでクソダセえ。ごめん、ユージン。本当にごめん」

ウォルターの顔が埋められた肩口が、少しずつ温かく濡れていく。俺は広い背中に手を回し、小さな子をあやすように優しく撫でた。

「大丈夫だって、ホントに。未遂だったし。俺が目ぇ覚ますまでずっといてくれたんだろ? 目が真っ赤になってたらか、すぐわかったよ。心配かけて俺こそごめんな」
「……っ、……っく、ごめ……ごめん……」

しゃくり上げるようにして小さく嗚咽しながら、ウォルターはごめんという言葉を繰り返す。こんなに自分を責めてしまうほど、俺のことを大切に思っていることが伝わってくる。

「なあウォルター、覚えてるか? 昔も似たようなことあったよな。俺が調子に乗って、庭の林檎の木から落ちてさ」
「……うん」
「その時、気絶した俺のことが心配で、公爵家から迎えが来ても帰らないで一晩中俺についててくれたよな。エディも一緒だったけど、あいつは先に寝ちゃってさ。おまえは俺が起きるまでずっと手を握ってくれて」

「忘れるわけない。俺はあの時、ユージンのことは絶対に俺が守って誓ったんだ……それなのに、また――」
「目が覚めた時、お前が手を握ってくれてるのが視界に入って、すごく安心したんだ。今日も同じだ。目を覚ましてエディとウォルターがいてくれて、心からホッとした。ありがとな」

「……甘やかすなよ、俺のこと。そんなこと言われたら嬉しくなっちまうだろ……」
ウォルターが拗ねたような声で呟く。けれどその声にはいつもの調子が少しだけ戻っている。

「なあ、顔見せてよウォルター」
ウォルターは黙ったまま、いやいやをするように顔を肩にぐりぐりと押し付ける。

「ウォルター、頼む。な?」
ぽんぽんと優しく叩くように頭を撫でると、ウォルターがようやく顔を上げた。少し腫れぼったくなった目が可愛らしい。少し笑うと、ウォルターは口を尖らせた。

「笑うな」
「ごめん。あんまり可愛くてさ、つい」

「男に可愛いは褒め言葉じゃねーよ」
「ごめんごめんでも可愛い――」

手首を掴んで引き寄せられる。すみれ色の瞳と至近距離で視線が絡み合った。ウォルターはもう片方の手を頬に添え、親指で下唇を優しく撫でた。

「次、俺のこと可愛いって言ったらココ塞ぐからな」
「なっ……!」

(なんだコイツ! 乙女ゲームのキャラかよ!! そうだけど!!)
顔がじわじわと熱くなる。ウォルターはそんな俺の様子を満足そうに眺めていたが、ふっと手を離して再び真剣な表情になった。

「俺はユージンのことが好きだ。その気持ちは今もこれからも変わらない。でも、今はまだおまえの隣には立てないって今回のことでよく分かった」
「ウォルター? 急にどうしたんだよ」

「いいから聞いてくれ。むかしも今も、俺はユージンを守れなかった。……さっき話してたろ、林檎の木から落ちた話。あの時も、木から落ちたおまえのことを部屋まで運んだのはジェラルドなんだ」

「え?」
初めて聞く話に、俺は耳を疑った。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

処理中です...