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3章 王立学院編ー後編―
41<きみのことを守るのは>
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「ウォルター? どうした? どこか痛いのか?
初めて会った時、薔薇園の隅で怯えた目をしていたウォルターを思い出す。
昔のように頭を撫でてやりたくて、ベッドから降りようと体を動かすと、身体中に痛みが走った。
「……っ!」
「ユージン……ッ!! 大丈夫か!」
ウォルターが慌てて駆け寄ってくる。
「悪ぃ、平気だ。ちょっと体が痛いだけで――」
一瞬、視界が揺れる。気づいた時にはウォルターの腕の中にいた。昔は小さな子どもだったのに、今では俺よりもずっと逞しい胸板や回された腕に、どきりとしてしまう。
「あんな目に遭って、平気なわけねえだろ……っ」
震える小さな声に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「ごめん……俺、ユージンのこと守るとか言ってたくせに、肝心な時に何もできなかったよ。マジでクソダセえ。ごめん、ユージン。本当にごめん」
ウォルターの顔が埋められた肩口が、少しずつ温かく濡れていく。俺は広い背中に手を回し、小さな子をあやすように優しく撫でた。
「大丈夫だって、ホントに。未遂だったし。俺が目ぇ覚ますまでずっといてくれたんだろ? 目が真っ赤になってたらか、すぐわかったよ。心配かけて俺こそごめんな」
「……っ、……っく、ごめ……ごめん……」
しゃくり上げるようにして小さく嗚咽しながら、ウォルターはごめんという言葉を繰り返す。こんなに自分を責めてしまうほど、俺のことを大切に思っていることが伝わってくる。
「なあウォルター、覚えてるか? 昔も似たようなことあったよな。俺が調子に乗って、庭の林檎の木から落ちてさ」
「……うん」
「その時、気絶した俺のことが心配で、公爵家から迎えが来ても帰らないで一晩中俺についててくれたよな。エディも一緒だったけど、あいつは先に寝ちゃってさ。おまえは俺が起きるまでずっと手を握ってくれて」
「忘れるわけない。俺はあの時、ユージンのことは絶対に俺が守って誓ったんだ……それなのに、また――」
「目が覚めた時、お前が手を握ってくれてるのが視界に入って、すごく安心したんだ。今日も同じだ。目を覚ましてエディとウォルターがいてくれて、心からホッとした。ありがとな」
「……甘やかすなよ、俺のこと。そんなこと言われたら嬉しくなっちまうだろ……」
ウォルターが拗ねたような声で呟く。けれどその声にはいつもの調子が少しだけ戻っている。
「なあ、顔見せてよウォルター」
ウォルターは黙ったまま、いやいやをするように顔を肩にぐりぐりと押し付ける。
「ウォルター、頼む。な?」
ぽんぽんと優しく叩くように頭を撫でると、ウォルターがようやく顔を上げた。少し腫れぼったくなった目が可愛らしい。少し笑うと、ウォルターは口を尖らせた。
「笑うな」
「ごめん。あんまり可愛くてさ、つい」
「男に可愛いは褒め言葉じゃねーよ」
「ごめんごめんでも可愛い――」
手首を掴んで引き寄せられる。すみれ色の瞳と至近距離で視線が絡み合った。ウォルターはもう片方の手を頬に添え、親指で下唇を優しく撫でた。
「次、俺のこと可愛いって言ったらココ塞ぐからな」
「なっ……!」
(なんだコイツ! 乙女ゲームのキャラかよ!! そうだけど!!)
顔がじわじわと熱くなる。ウォルターはそんな俺の様子を満足そうに眺めていたが、ふっと手を離して再び真剣な表情になった。
「俺はユージンのことが好きだ。その気持ちは今もこれからも変わらない。でも、今はまだおまえの隣には立てないって今回のことでよく分かった」
「ウォルター? 急にどうしたんだよ」
「いいから聞いてくれ。むかしも今も、俺はユージンを守れなかった。……さっき話してたろ、林檎の木から落ちた話。あの時も、木から落ちたおまえのことを部屋まで運んだのはジェラルドなんだ」
「え?」
初めて聞く話に、俺は耳を疑った。
初めて会った時、薔薇園の隅で怯えた目をしていたウォルターを思い出す。
昔のように頭を撫でてやりたくて、ベッドから降りようと体を動かすと、身体中に痛みが走った。
「……っ!」
「ユージン……ッ!! 大丈夫か!」
ウォルターが慌てて駆け寄ってくる。
「悪ぃ、平気だ。ちょっと体が痛いだけで――」
一瞬、視界が揺れる。気づいた時にはウォルターの腕の中にいた。昔は小さな子どもだったのに、今では俺よりもずっと逞しい胸板や回された腕に、どきりとしてしまう。
「あんな目に遭って、平気なわけねえだろ……っ」
震える小さな声に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「ごめん……俺、ユージンのこと守るとか言ってたくせに、肝心な時に何もできなかったよ。マジでクソダセえ。ごめん、ユージン。本当にごめん」
ウォルターの顔が埋められた肩口が、少しずつ温かく濡れていく。俺は広い背中に手を回し、小さな子をあやすように優しく撫でた。
「大丈夫だって、ホントに。未遂だったし。俺が目ぇ覚ますまでずっといてくれたんだろ? 目が真っ赤になってたらか、すぐわかったよ。心配かけて俺こそごめんな」
「……っ、……っく、ごめ……ごめん……」
しゃくり上げるようにして小さく嗚咽しながら、ウォルターはごめんという言葉を繰り返す。こんなに自分を責めてしまうほど、俺のことを大切に思っていることが伝わってくる。
「なあウォルター、覚えてるか? 昔も似たようなことあったよな。俺が調子に乗って、庭の林檎の木から落ちてさ」
「……うん」
「その時、気絶した俺のことが心配で、公爵家から迎えが来ても帰らないで一晩中俺についててくれたよな。エディも一緒だったけど、あいつは先に寝ちゃってさ。おまえは俺が起きるまでずっと手を握ってくれて」
「忘れるわけない。俺はあの時、ユージンのことは絶対に俺が守って誓ったんだ……それなのに、また――」
「目が覚めた時、お前が手を握ってくれてるのが視界に入って、すごく安心したんだ。今日も同じだ。目を覚ましてエディとウォルターがいてくれて、心からホッとした。ありがとな」
「……甘やかすなよ、俺のこと。そんなこと言われたら嬉しくなっちまうだろ……」
ウォルターが拗ねたような声で呟く。けれどその声にはいつもの調子が少しだけ戻っている。
「なあ、顔見せてよウォルター」
ウォルターは黙ったまま、いやいやをするように顔を肩にぐりぐりと押し付ける。
「ウォルター、頼む。な?」
ぽんぽんと優しく叩くように頭を撫でると、ウォルターがようやく顔を上げた。少し腫れぼったくなった目が可愛らしい。少し笑うと、ウォルターは口を尖らせた。
「笑うな」
「ごめん。あんまり可愛くてさ、つい」
「男に可愛いは褒め言葉じゃねーよ」
「ごめんごめんでも可愛い――」
手首を掴んで引き寄せられる。すみれ色の瞳と至近距離で視線が絡み合った。ウォルターはもう片方の手を頬に添え、親指で下唇を優しく撫でた。
「次、俺のこと可愛いって言ったらココ塞ぐからな」
「なっ……!」
(なんだコイツ! 乙女ゲームのキャラかよ!! そうだけど!!)
顔がじわじわと熱くなる。ウォルターはそんな俺の様子を満足そうに眺めていたが、ふっと手を離して再び真剣な表情になった。
「俺はユージンのことが好きだ。その気持ちは今もこれからも変わらない。でも、今はまだおまえの隣には立てないって今回のことでよく分かった」
「ウォルター? 急にどうしたんだよ」
「いいから聞いてくれ。むかしも今も、俺はユージンを守れなかった。……さっき話してたろ、林檎の木から落ちた話。あの時も、木から落ちたおまえのことを部屋まで運んだのはジェラルドなんだ」
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