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3章 王立学院編ー後編―

33<誘拐>

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ふっと意識が浮上した瞬間、まず感じたのは身体の痛みだった。
(どこだ、ここ……)

俺の部屋でないことは確かだ。さらに言うと両手両足はしっかりと縛られている。

転がされているのは硬い木の床で、使われていない部屋なのかとても埃っぽい。魔力で解けないところを見ると、縄には魔力封じの術がかけられているのだろう。

カーテンは閉められているが、その隙間からはまだ明かりが差し込んでいる。ということは意識を失ってから経過した時間はまだわずかなのだろう。

人の気配を探ってみたが、室内に誰かがいる様子はない。
(犯人は俺のことを放置してどこかに行ってるのか)

それにしてもいったい誰がなんのためにこんなことを。学院内に賊でも入り込んでいたのだろうか。

稀に高位貴族の子どもたちは身代金目当てに盗賊などに誘拐されることがある。ほとんどの場合、強い魔力を持つ貴族の方が有利なので未遂や失敗に終わることが多い。

だが稀に誘拐する側に高位貴族の出身者などがいる場合は魔力でも勝てず金を支払う羽目になることがあるらしい。

とある侯爵家の次男は出奔した後、魔力を持つ盗賊団の首領として恐れられていたりする。だがいくら彼らとはいえセキュリティの強固な王立学位に忍び込むことは容易ではないはずだ。

(まあ、内側に手引きする奴がいたら別だけどな)
ジェニングス家はこの国でも有数の大貴族だ。その第一子にして王子の婚約者ともなれば身代金はとんでもない金額になるだろう。

(いくらだとしても父上はすぐに準備するだろうなあ……でも可能な限りムダ金は使わせたくないし。どうにか自力で脱出する方法を考えないと)

まずは部屋の中を観察してみることにした。室内は狭く、書棚の他は机や椅子があるぐらいだ。その上に古ぼけた本や書類のような紙の束が散乱しているところを見ると、おそらく部室のひとつだろう。休憩用なのか奥の方に質素なベッドが置いてあった。

(とりあえず手の縄を切れるもの、何かないかな)
魔力封じの術がかけられているといっても、それはあくまでも魔力用のもの。ナイフを使えば普通に切れるはずだ。

寝転がっているせいで机の上や引き出しを覗くことができないが、何かしら刃物はありそうな気がする。

腹筋を使って上体を起こすことは容易にできるが、そこから先をどうするかだ。
何か支えるになるものはないかと視線を巡らせたその時、ドアが開いて誰かが部屋へ入ってきた。

(犯人か!? いったい誰なんだろう)
俺は怯むことなく侵入者へと視線を向ける。だがそこにいたのは賊などではなく、この学院の生徒だった。

「おまえ……さっきの」
殴られた時の衝撃のせいか名前が出てこない。言い淀んでいるとその男は不愉快そうに眉を顰めた。

「クレメント・アトリーだ。もう忘れたのか? 失礼な奴だな」
「……余計なことに記憶力を使わないようにしてんだよ」

クレメントの顔が一気に紅潮する。短気な奴だとあきれていると、思いきり背中を蹴とばされた。

「調子に乗ってられるのも今のうちだけだぞ! お前はあと数時間後には婚約破棄されるんだからな!」

クレメントは大声で叫ぶと勝ち誇ったように笑い出す。よく見ると彼の後ろには数人の男子生徒がいるのが見えた。先ほど連れていた取り巻きとは違う、抜け目ない目をしている。

(これ、もしかして思った以上にやばいかもしれねーな)
背中を一筋、冷や汗が伝っていった。
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