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3章 王立学院編ー後編―

28<恋は怖いもの>

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「はぁ!? な、なに言って――」
「声が大きい」

「あ、すみません。で、でも、冗談がすぎますよ」
「そんなつまらない冗談を俺が言うと思うか?」

見上げたルビー色の瞳は見たことがないほど真剣な色を浮かべていた。
「先輩、男女問わずモテまくりじゃないですか。なんで俺のことなんか」

正直に言って本当によくわからない。近隣の大国の大貴族、しかもこの国の王族と血縁が深いこともあって学院内にはルーイ先輩に気に入られようとする生徒たちがあふれていた。

他国の王子たちは留学中に出会った令嬢や令息と恋人同士になり、そのまま卒業と同時に結婚することも少なくないという。

それに俺の記憶が正しければ、ルーイ先輩もジュリアンと同じくらい派手に遊んでいた気がする。

「いきなり好きなんて言われても……信じられないです」
正直に感じたままの思いを伝えてみる。ルーイ先輩は少し笑って、俺の髪を優しく撫でた。

「そういう正直で用心深いところも好みだ。最初はこの国の王子の婚約者のオメガだけあって美しい容姿をしているな、ぐらいにしか思っていなかった。だが生徒会を通してお前の貴族とは思えないような地に足がついた考え方や価値観に興味を持つようになって、気づいたらおまえのことを自分のものにしたいと思うようになった……そんなところだ」

想像以上にしっかりと答えてくれたことに、なんだか気恥ずかしくなってしまう。

(先輩はかなりヤバい人だけど、こんな風に思ってくれていたのは嬉しい。でも、その気持ちにどう答えていいのかわからない)
なんと返事をしていいのかわからずに俯いてしまうと、優しく顎に手がかけられる。

「ユージン、こっちを見ろ」
命令形の言葉とは裏腹に、声は優しい。目を上げると視界いっぱいに綺麗な赤が広がる。

いつも狂気を帯びているその瞳は、見たこともないほど甘く蕩けている。先輩は優しく言いながら俺の頬をそっと撫でた。

「強引に俺のものにすることもできなくはないが、一番欲しいのはお前の身体ではなくて心だからな。ジェラルドに愛想が尽きたらいつでも俺のところに来るがいい」

そう言うとほんの一瞬だけ俺を抱き締めると部屋から出て行った。

「な……なんなんだ、あの人」
一人残された室内で呟く。触れられた頬が熱い。俺の知っているルードヴィッヒ・ヴェルトハイムはこんなことをする男ではなかったはずだ。

自分が欲しいものを手に入れるためならどんな手段を使うことも厭わない。ゲームをプレイしながら、そもそも主人公のことも自分の所有物と考えているように思えて最後まで好きになれなかったのだ。

(そのルーイがあんなこと言うなんて……!)
思い出すだけでもドキドキしてしまう。こんな風に誰かに好意を寄せられる経験は前世でもしことがない。

(婚約破棄してアウスブルクに行けば、もうジェラルドのことで悩まなくてもよくなるのか。いやでもルーイ先輩は一人で満足するようなタイプじゃないし、側室やら愛人やらガンガン作るよなあ。無理だ)

貴族らしからぬ考えかもしれないけれど、やっぱり俺は自分が好きになった人とはお互いに相手だけを見ていたい。

そう思うと同時にジェラルドとあの女生徒が頭の中に浮かぶ。自分の気持ちはまだよくわからないけれど、俺は結婚相手に自分以外の相手がいる環境にはきっと耐えらない。

俺はどこかで命を燃やすような激しい恋に憧れていたから前世でもさまざまな恋愛シュミレーションゲームをプレイしていたんだと思う。

けれど実際に好意を向けられると、嬉しさより戸惑いの方が勝つ。それにまだ自分の気持ちがよくわからない状態なのに相手側の一挙手一投足に心が乱されてしまう。

今でさえこんなにも情緒が不安定になっているのに、誰かのことを好きだと自覚して恋が始まったら。俺はどうなってしまうんだろうか。

考えると少し怖い。ユージンのメンヘラっぷりを”恋愛脳のバカ”と軽蔑していたが、この様子だと俺がそうなってもおかしくはない気がする。

(恋愛って恐ろしいものだな……)

やっぱり婚約は破棄して、当初の予定通りにおひとりさまの悠々自適ライフルートを開拓するのが一番なんじゃないだろうか。

今までて一番納得のいく結論が出た気がして、俺はほっと息を吐いた。
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