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1章 異世界転生編

2<ユージン・ジェニングス>

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俺は小学校の給食調理員を仕事とする、どこにでもいるアラサーの独身男だった。特徴があるといえば、大量の料理を作るのが得意ということくらいだろうか。

俺の家は令和とは思えないほどの貧乏家庭だった。お人よしの親父が知り合いの借金の保証人になってしまったという漫画やドラマみたいな出来事がその原因である。それでも家族仲はよく、どんな時でもみんな前向きで明るいのが救いだった。

給料はそれほど多くはなかったが、借金の返済のためにできる限りの金額を仕送りし、自分自身はかなり節約生活をしていた。

台所で豆苗を育てるのは当たり前。庭付きのアパートだったので家庭菜園を作り、ありとあらゆる野菜を植えて自給自足に精を出していた。

つくしやフキノトウと言った定番はもちろんノビルやセイヨウカラシナ、ユキノシタやタンポポなど野草料理のレパートリーはちょっと自慢できる。

そんな俺の唯一の趣味が、スマホアプリのBLゲーム攻略とゲーム実況だった。仕事が力仕事なこともあり、休日は家や近所でゆっくり過ごすことが多かったのだ。

なかでも『アルティメットラバー』は最近とても人気があり、俺も夢中になってプレイした。もともと、甘いだけのストーリーでは満足できない性質だったこともあり、爽やかな完璧王子と見せかけたジェラルドの腹黒具合や主人公への執着心の強さがたまらなく面白かった。

「転生するならジェラルドがよかった……」

このストーリーを面白くしている立役者の一人が、気持ちいいぐらいの悪役であるユージン・ジェニングスだった。
クレーニュ王国の貴族で一番の富豪と言われるジェニングス公爵家の次男で、両親に溺愛されて何不自由なく育った彼は、人も物も自分の思い通りにならないと気が済まず、大暴れをする性格になってしまう。

オメガの中でも最強の魔力を持っているのにも関わらず、恋愛&外見至上主義の極みで、見た目でしか人を判断しない。

一目惚れした婚約者のジェラルド王子のことで24時間365日、頭がいっぱいで、王子の気を引く事と愛を確かめる事に全精力を注ぐ、性悪メンヘラとして描かれていたはず。

確か二人が婚約したのは、王子が15歳の時だった。もしまだ婚約して間もないのであれば、悲惨な未来を変えることができるかもしれない。

「俺、いま何歳だっけ?」
「ユージン様は先月、14歳の誕生日を迎えられました。それはそれは豪華なパーティーが開催され、その場でジェラルド王子とのご婚約が発表されたのです」

くそ、婚約後だったか。あと1ヶ月早ければ、婚約を阻止できてたのに。そもそもこの婚約自体、公爵家が脅して無理矢理成立させたようなものなのだ。

ジェニングス家はだいだい優れた商才を持っており、たくさんの会社も経営している。その取引先は国内にとどまらず、クレーニュ王国の近隣の国々も網羅しているのだ。

その財産は国家予算を遥かに超える。ジェニングス公爵――ユージンの父親は、どうしてもジェラルド王子のもとも嫁ぎたい、そうでなければ自殺すると騒ぐ息子のために、国家に多額の私財を投じること持ちかけて婚約を成立させたのだ。

ジェラルドは傾きつつある国の財政のため、自分の意思を殺して婚約するというストーリーに俺も泣きそうになったのを覚えている。

「脅して無理矢理に婚約って、最悪だな……」
ジェラルド王子に恨まれているだろう事を考えると、気が重くなっていく。他にもたくさんの人に迷惑をかけているに違いない。

「ところで今って何時なんだ?」
「正午すぎです」
まだ昼間もいいところだ。なのに窓のカーテンはすべてぴっちりと閉められている。
「なんで窓、全部閉めてんの?」
「ユージン様のご命令です。『陽の光に当たると調子が悪くなるから』とおっしゃって、昼間は閉めて、夜になると開けるんです。ユージン様は普段、昼間はお休みになられて夕方からお目覚めになりますので」
「不健康すぎる……」

道理で身体だけでなく、心も調子が悪いわけだ。これはケガのせいだけじゃない。それに、ユージンの力があればこの程度のケガや傷なら一瞬で治せるはずだ。

「この傷、俺は治せるよな?」
「はい。ですがユージン様は『傷はこのままにして、どれだけ僕がジェラルド様をお慕いしているかお見せするんだ』とおっしゃっておりました」
「うっわ……引くわ……」

それ、一番嫌われるやつだぞ。俺は大きく息を吐くと、腕の傷に手を触れる。やり方は身体が覚えているが、本当に俺が使えるかも確認したかった。

「すげ……」
傷は一瞬で消え、腕はきれいになる。もう片方のうで、折れた肋骨、足の擦り傷とすべて治していく。座ったままベッドの上で軽く跳ねてみたが全然大丈夫だ。

「良し!ニック、窓を開けるぞ」
ベッドから元気よく飛び降りて窓の方へ向う後を、ニックが慌ててついてくる。

きっとニックも今までユージンの我儘に付き合わされて、たくさん苦労してきたんだろう。今後はもっと彼を尊重してあげよう。もしやりたいことがあるなら、それを応援したっていい。

窓に向って右手の人差し指を向け、左から右へと滑らせる。するとカーテンが左右に開き、気持ちのいい昼下がりの日差しが差し込んでくる。

今度は手のひらをかざすと、窓が開いて新鮮な空気が部屋の中に入り込む。俺は窓辺まで近づくと、太陽に向かって両手を広げて大きく伸びをした。

青空が目に染みる。陽の光を浴びると、身体中に力がみなぎってくるのがわかる。

「さあ、こっからどうすっかな」

ゲームで断罪されるまではあと9年。婚約した直後、14歳ということを考えれば、まだまだ未来はいくらでも変えられる。

でも、俺がストーリー通りに動かないことで何か良くない影響が出るかもしれない。今まで出会った、そしてこれから出会うだろうすべての人とできるだけ仲良く、かつ平和に過ごしていこう。

そして。前世のド貧乏とは正反対の国一番の大富豪、かつ家の責任を負う必要がない次男に生まれたことは、婚約破棄さえできれば信じられないぐらいの幸運だとも言える。

俺は開ききった窓の外に向って、決意の雄たけびを上げた。

「俺の夢、今度こそ実現してやる! 好きに生きてやるぞ!!」
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