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第七章 真実の愛
<14>きみ以外ありえない
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「ベリンガムのヴァンダービルト公爵……? ほ、本当に?」
ラムズデール公爵は顔面蒼白で震える声で呟く。
「ええ兄上。本当です。ですからこれ以上、大切なお客様の前で我が一族の恥になるような言動はやめて頂きたい」
エヴァンズ公爵は厳しい目で兄一家を睨みつけた。
「エリスの御実家と知りながらご挨拶もせず申し訳ありません」
非礼を咎めらないことで少し元気を取り戻したラムズデール公爵は、胸ポケットから金の孔雀の大きな刺繍を施したハンカチで冷や汗を拭いている。
「これはこれは……大変申し訳ございません。その、ヴァンダービルト公爵は公の場でお顔を隠されていらっしゃったので、存じ上げず……まさかこんなにお美しい方だとは思いもしませんでしたよ」
「ええ! 本当に……! まるで物語の中から出てきたような方ですわ。ねえハロルド!」
「はい、母上。こんなに素敵な方だなんて思いもしませんでした」
夫人とエリスの兄は頬を紅潮させて僕を凝視したままうわ言のように同じ言葉を何度も繰り返す。瞳孔が開いていて、ちょっと怖い。
「最近、事情が変わってマスクを被るのをやめたのです」
「ほお? どんな事情ですかな」
息子を嫁にもらってはいるが、大して関りのない人間にどうしてこんなにデリカシーのないことが言えるんだろうか。
「詳しくは控えさせていただきますが、エリスのおかげです」
「エリスですって!?」
その途端、夫人が小バカにしたように鼻を鳴らす。
「あの子にできることなんて何もないでしょうに。ヴァンダービルト公爵はなんてお優しい方なんでしょう! 使いものにならない愚息ですが料理や洗濯、掃除はしっかり仕込みましたからたくさん使ってやってくださいな」
猫なで声ですり寄られて、背筋に寒気が走った。
心の奥底から、自分でも驚くほどの怒りが湧き上がってくる。
同時にエリスはこんな奴らに虐げられていたのかと思うとたまらない気持ちになった。
僕の様子に気がつかない夫人はエリスの兄をずいっと僕の前に押し出してくる。
「ねえ公爵。婚姻の際、ラムズデール家の者であれば嫁ぐのは誰でも良いとおっしゃってましたよね?」
「……ええ」
「エリスがどうしても自分が行くと駄々をこねたものですから私たちも仕方なくあの子を嫁がせたのですが、本当はこのハロルドをお嫁に出すつもりだったのです。そうですわよね、あなた」
「妻の言う通りです。エリスは気が強くて我儘で、ですが実は魔力は我が家でもっとも弱く……。その点この子は実に素晴らしい魔力を持っています」
エリスの兄はわざとらしく困惑した表情を作る。
「父上、母上、言い過ぎです。でも嫁ぎたかったのは本当です。弟は自分が嫁げないのなら死ぬと大騒ぎをしたので譲ってやりましたが」
エリスの兄は上目遣いで僕を見る。高速で瞬きをしているが何かのアピールなんだろうか。ちっとも魅力を感じないけれども。
「どうです、公爵。よければエリスを離縁して、本来結ばれるべきだったハロルドと改めて結婚するなんて素敵じゃございません? まあ、我ながらなんて素晴らしい考えかしら。ねえそうしましょう! 良いですよねあなた。それにハロルドも。そうと決まればさっそく――」
「せっかくですがお断りします」
はしゃぐ夫人を遮るようにはっきりと意思を告げる。
「あなた方の話が事実であれば、それは僕の知る妻とはまったくの別人ですね。僕はエリス以外と結婚することは考えていません」
僕の言葉に一家は言葉を失った。
僕自身、胸糞の悪いこの一家への当てつけのつもりで言ったのに、なぜか最初から本当にそう思っていたかのように心の中にストンと落ちてしっりくる。
僕の妻はエリス以外ありえないと、なぜかわからないが強く感じた。
ラムズデール公爵は顔面蒼白で震える声で呟く。
「ええ兄上。本当です。ですからこれ以上、大切なお客様の前で我が一族の恥になるような言動はやめて頂きたい」
エヴァンズ公爵は厳しい目で兄一家を睨みつけた。
「エリスの御実家と知りながらご挨拶もせず申し訳ありません」
非礼を咎めらないことで少し元気を取り戻したラムズデール公爵は、胸ポケットから金の孔雀の大きな刺繍を施したハンカチで冷や汗を拭いている。
「これはこれは……大変申し訳ございません。その、ヴァンダービルト公爵は公の場でお顔を隠されていらっしゃったので、存じ上げず……まさかこんなにお美しい方だとは思いもしませんでしたよ」
「ええ! 本当に……! まるで物語の中から出てきたような方ですわ。ねえハロルド!」
「はい、母上。こんなに素敵な方だなんて思いもしませんでした」
夫人とエリスの兄は頬を紅潮させて僕を凝視したままうわ言のように同じ言葉を何度も繰り返す。瞳孔が開いていて、ちょっと怖い。
「最近、事情が変わってマスクを被るのをやめたのです」
「ほお? どんな事情ですかな」
息子を嫁にもらってはいるが、大して関りのない人間にどうしてこんなにデリカシーのないことが言えるんだろうか。
「詳しくは控えさせていただきますが、エリスのおかげです」
「エリスですって!?」
その途端、夫人が小バカにしたように鼻を鳴らす。
「あの子にできることなんて何もないでしょうに。ヴァンダービルト公爵はなんてお優しい方なんでしょう! 使いものにならない愚息ですが料理や洗濯、掃除はしっかり仕込みましたからたくさん使ってやってくださいな」
猫なで声ですり寄られて、背筋に寒気が走った。
心の奥底から、自分でも驚くほどの怒りが湧き上がってくる。
同時にエリスはこんな奴らに虐げられていたのかと思うとたまらない気持ちになった。
僕の様子に気がつかない夫人はエリスの兄をずいっと僕の前に押し出してくる。
「ねえ公爵。婚姻の際、ラムズデール家の者であれば嫁ぐのは誰でも良いとおっしゃってましたよね?」
「……ええ」
「エリスがどうしても自分が行くと駄々をこねたものですから私たちも仕方なくあの子を嫁がせたのですが、本当はこのハロルドをお嫁に出すつもりだったのです。そうですわよね、あなた」
「妻の言う通りです。エリスは気が強くて我儘で、ですが実は魔力は我が家でもっとも弱く……。その点この子は実に素晴らしい魔力を持っています」
エリスの兄はわざとらしく困惑した表情を作る。
「父上、母上、言い過ぎです。でも嫁ぎたかったのは本当です。弟は自分が嫁げないのなら死ぬと大騒ぎをしたので譲ってやりましたが」
エリスの兄は上目遣いで僕を見る。高速で瞬きをしているが何かのアピールなんだろうか。ちっとも魅力を感じないけれども。
「どうです、公爵。よければエリスを離縁して、本来結ばれるべきだったハロルドと改めて結婚するなんて素敵じゃございません? まあ、我ながらなんて素晴らしい考えかしら。ねえそうしましょう! 良いですよねあなた。それにハロルドも。そうと決まればさっそく――」
「せっかくですがお断りします」
はしゃぐ夫人を遮るようにはっきりと意思を告げる。
「あなた方の話が事実であれば、それは僕の知る妻とはまったくの別人ですね。僕はエリス以外と結婚することは考えていません」
僕の言葉に一家は言葉を失った。
僕自身、胸糞の悪いこの一家への当てつけのつもりで言ったのに、なぜか最初から本当にそう思っていたかのように心の中にストンと落ちてしっりくる。
僕の妻はエリス以外ありえないと、なぜかわからないが強く感じた。
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