魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子

文字の大きさ
上 下
63 / 85
第七章 真実の愛

<2>狼神と月の神

しおりを挟む
魔力を使われているわけでもないのに、一瞬にして周囲にはピンと張りつめたような空気が漂う。

アリルだけは狼神の放つオーラやプレッシャーを気にも留めていない。
「久しぶりに会いにきてやったのにこの俺を歩かせるなんていい度胸だな」

狼神は目を細めて小さく笑った。
「会いにこいと頼んだ覚えはないぞ」

アリルも神だということは頭では理解している。しかしどう見ても10代後半の少年が巨大な狼に生意気な口をきいている様子にハラハラしてしまう。

「相変わらず嫌味な奴だな。だから友達がいねえんだよ」
「そうかもしれんな。だがおまえとメイソンがいれば十分だ。問題ない」

狼神の言葉にアリルは一瞬、目を見開いた。それからごまかすように鼻を鳴らしてそっぽを向く。

狼神は何も言わずにアリルをじっと見ている。いつも畏怖の念を抱かせる赤い瞳には優しさが滲んでいるように思える。

次の瞬間、狼神の輪郭がぼやけてどんどん縮んでいく。気がつくと狼神がいた場所には、黒髪に赤い瞳の美しい青年が現れた。

青年は美しく微笑んで両手を広げる。アリルは彼を睨み、挑みかかるようにその腕の中に飛び込んだ。

「……十分って、一人はもう死んでんじゃねーか。バカが」
「メイソンはずっと会いたがっていた。おまえに、謝りたいと」
「……だったらアイツからくればよかっただろ」
「拒否していたのはアリルだろう。私でさえもあの山に入ることができなかった」

「……こんなつもりじゃなかった。本当はすぐに、呪いも解いておまえたちのところに戻るつもりだったんだ」
「ああ。わかっている」
「なのに……つまんない意地張ってるうちにメイソンが死んじまって……人間の時間は俺たちが瞬きする間に終わっちまうこと、忘れてんだよ……ほんっとマジでクソだよな」

やがてアリルの背中が小さく震え出した。

「メイソンの墓参りに行こう。それに彼の子孫たちにも会って話をしよう。私たちにはまだまだ、うんざりするほど時間がある」

人間の姿になった狼神はアリルの後頭部と背中に手を添えて、小さな子にするように撫ではじめた。
何百年という気が遠くなるような時を超えて友情を結び直した神たちの姿に感動を覚える。同時に前世の騎士団の仲間たちのことが思い出された。

戦場で最低限の言葉だけを交わしたまま二度と会うことの叶わなかった仲間たちの顔が瞼の裏に浮かびあがる。

(そうだ……人間の命には限りがある。だからこそ日常は奇跡の連続みたいなもので、当たり前に今日と同じように明日を迎えられる保障なんかどこにもないんだ)

前世、後悔が残っていないわけではない。戦場で致命的なケガを負った時ですら、なぜか自分はそう簡単には死なないはずだという根拠のない自信をもっていた。

だからこそ、皆に伝えずに終わってしまった思いがあったのだ。
生まれ変わった今、俺は人の命の脆さを知っている。

感傷的な気持ちが沸き上がり胸が少し苦しくなる。ふと隣に立つレヴィを見上げる。いつもすぐに俺の視線に気づいて微笑みを返してくれるはずが、彼は思いつめたような目で神々の姿をじっと見ていた。

この時ほんの少しだけ感じた違和感がこの後とても大きな事件に繋がってしまうなんて、俺は思いもよらなかった。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。

美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...