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第四章 レヴィの想い
<5>アラン様と僕5※レヴィ視点
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笑うことも泣くこともなくなった。ひたすらにアラン様を想い、考える日々。アラン様ならこんな時、どんな決断をするだろうか、どんな風に受けてとめるだろうか……僕のすべてはアラン様が判断の基準になっていた。
だから16歳の誕生日の前日、両親が馬車の事故で亡くなってしまった時も、泣くことはなかった。
姉たちはもう皆、嫁ぎ先で暮らしている。おじい様もおばあ様もずっと前に逝ってしまった。アラン様を失ってから数年で、僕は本当に独りになったのだ。
両親には悪いが、アラン様が亡くなられた時ほどのショックはなかった。早すぎる死を十分に悼んだ後、僕はヴァンダービルト公爵を継いだのだ。
爵位を継ぐ前日の晩、我が家に数百年も前から仕えているケンジントン一族の長老――マークの祖父から珍しく話しがあると連絡を受けた。
久しぶりに会う老ケンジントンは、相変わらず暗く鬱々とした雰囲気を漂わせている。僕の顔を見ると、床に頭が着くほど深く頭を下げる。
「公爵様と奥方様に万が一のことがあった際、私たちケンジントンの者からぼっちゃまにお伝えするようにと言付かっているお話がございます」
爺さんの口調と表情で、いい話ではないことは丸わかりだった。
「ヴァンダービルト家には遠い遠い昔から、ある呪いがかけられております。その呪いは爵位を継ぐ指輪をはめた時から発動するのです」
爵位を継ぐ際、代々この家に伝わる白銀とアクアマリンで造られた指輪をはめることになっている。
「呪い……? どんな? 死者でも見えるようになるとか? だったらいいな。アラン様にまたお会いできる」
俺の言葉に老ケンジントンは苦い顔になった。俺が死んだ王子にいつまでも傾倒していることはヴァンダービルト家の悩みでもあったから。
「いえ、残念ながらそのようなものでは……」
呪いは結局、僕にとっては大したものではなかった。父にそんな呪いがかかっていたことにも気がつかなかったし、きっとうまくやれるだろう。
「おかあ様に癒しの力があったんなら、アラン様を助けることができたんじゃないの?」僕の言葉に老ケンジントンは深いため息を吐いて首を振った。
「いいえ……奥様のお力は、公爵様のお姿を保つこと以外ではほとんど発揮されませんでした。たとえば腕にできた小さなかすり傷を治せる程度だったかと……」
「ふーん。じゃあ僕もいずれは癒しの力を持つ家の子と結婚しないといけないんだ。嫌だなあ」
呪いはどうでもよかったけれど、それだけは本当に嫌で仕方ない。僕の心はいつでもアラン様のものだ。あの方以外の人間に触れるなんて、考えただけでも吐き気がする。
癒しの力の譲渡方法を聞いたときは、うんざりして部屋中のものを粉々にしてしまったぐいらいだ。もちろんすぐに元に戻したけれど。
それでも、アラン様が愛したこの国と国民を守るためならと腹を括ってすこぶる評判の悪いラムズデール家のオメガ令息を娶った。
そう思っていたのに。
毛嫌いしていた嫁が、アラン様の転生したお姿だったなんて。
大人しくしていろ、何もするなと言ったはずの陛下の前であの子――エリスは突然、可笑しな行動を取り出した。
どうやって操っているのか、この20年余、誰も触れることのできなかったフェンリルまで懐柔して。
部屋から締め出された俺は、帰ったふりをしてエリスの後をつけた。彼の企みを突き止めなければと。そうして彼の狼神とのやりとりを目撃してしまったのだ。
『え……レヴィ!? なんでここに!?』
驚いて振り返ったエリスに重なるようにして、確かにアラン様のお姿が見えた。
もう一度、会いたいとずっと願っていた。死者の蘇生方法についても様々な研究や実験も繰り返した。まさか転生して、こうして帰ってきてくれるなんて思ってもみなかった。
気付けなかった情けなさと、自分の失態に恥ずかしくして死にたくなる。けれど同時に、オメガとして生まれ変わったアラン様が自分の元へ嫁いできてくれたことに、叫びだしたくなるほどの嬉しさを感じた。
アラン様が亡くなられた時、後を追いたいほどの悲しみに襲われた。それは真実だ。けれど心の奥の奥に、誰にも言えないおぞましい感情も湧いていた。
アラン様はアルファだった。俺もアルファだ。アルファの異性は結婚できるが、アルファの男性同士は子どもが生まれない組み合わせのため結婚が禁じられている。
それにアラン様は次期国王と名高い王子だ。妃を娶らないはずがない。けれどもしアラン様が僕以外の誰かを慈しみ、愛している姿を目にしたら。
僕は自分が何をしでかすかわからなかった。アルファ同士だからという理由で諦めがつくような愛じゃなかった。
だからアラン様が亡くなられた時、心の奥底で僕は安堵したのだ。
「ああ、これでアラン様が誰かのものになるお姿をみなくてすむ」と。
だから16歳の誕生日の前日、両親が馬車の事故で亡くなってしまった時も、泣くことはなかった。
姉たちはもう皆、嫁ぎ先で暮らしている。おじい様もおばあ様もずっと前に逝ってしまった。アラン様を失ってから数年で、僕は本当に独りになったのだ。
両親には悪いが、アラン様が亡くなられた時ほどのショックはなかった。早すぎる死を十分に悼んだ後、僕はヴァンダービルト公爵を継いだのだ。
爵位を継ぐ前日の晩、我が家に数百年も前から仕えているケンジントン一族の長老――マークの祖父から珍しく話しがあると連絡を受けた。
久しぶりに会う老ケンジントンは、相変わらず暗く鬱々とした雰囲気を漂わせている。僕の顔を見ると、床に頭が着くほど深く頭を下げる。
「公爵様と奥方様に万が一のことがあった際、私たちケンジントンの者からぼっちゃまにお伝えするようにと言付かっているお話がございます」
爺さんの口調と表情で、いい話ではないことは丸わかりだった。
「ヴァンダービルト家には遠い遠い昔から、ある呪いがかけられております。その呪いは爵位を継ぐ指輪をはめた時から発動するのです」
爵位を継ぐ際、代々この家に伝わる白銀とアクアマリンで造られた指輪をはめることになっている。
「呪い……? どんな? 死者でも見えるようになるとか? だったらいいな。アラン様にまたお会いできる」
俺の言葉に老ケンジントンは苦い顔になった。俺が死んだ王子にいつまでも傾倒していることはヴァンダービルト家の悩みでもあったから。
「いえ、残念ながらそのようなものでは……」
呪いは結局、僕にとっては大したものではなかった。父にそんな呪いがかかっていたことにも気がつかなかったし、きっとうまくやれるだろう。
「おかあ様に癒しの力があったんなら、アラン様を助けることができたんじゃないの?」僕の言葉に老ケンジントンは深いため息を吐いて首を振った。
「いいえ……奥様のお力は、公爵様のお姿を保つこと以外ではほとんど発揮されませんでした。たとえば腕にできた小さなかすり傷を治せる程度だったかと……」
「ふーん。じゃあ僕もいずれは癒しの力を持つ家の子と結婚しないといけないんだ。嫌だなあ」
呪いはどうでもよかったけれど、それだけは本当に嫌で仕方ない。僕の心はいつでもアラン様のものだ。あの方以外の人間に触れるなんて、考えただけでも吐き気がする。
癒しの力の譲渡方法を聞いたときは、うんざりして部屋中のものを粉々にしてしまったぐいらいだ。もちろんすぐに元に戻したけれど。
それでも、アラン様が愛したこの国と国民を守るためならと腹を括ってすこぶる評判の悪いラムズデール家のオメガ令息を娶った。
そう思っていたのに。
毛嫌いしていた嫁が、アラン様の転生したお姿だったなんて。
大人しくしていろ、何もするなと言ったはずの陛下の前であの子――エリスは突然、可笑しな行動を取り出した。
どうやって操っているのか、この20年余、誰も触れることのできなかったフェンリルまで懐柔して。
部屋から締め出された俺は、帰ったふりをしてエリスの後をつけた。彼の企みを突き止めなければと。そうして彼の狼神とのやりとりを目撃してしまったのだ。
『え……レヴィ!? なんでここに!?』
驚いて振り返ったエリスに重なるようにして、確かにアラン様のお姿が見えた。
もう一度、会いたいとずっと願っていた。死者の蘇生方法についても様々な研究や実験も繰り返した。まさか転生して、こうして帰ってきてくれるなんて思ってもみなかった。
気付けなかった情けなさと、自分の失態に恥ずかしくして死にたくなる。けれど同時に、オメガとして生まれ変わったアラン様が自分の元へ嫁いできてくれたことに、叫びだしたくなるほどの嬉しさを感じた。
アラン様が亡くなられた時、後を追いたいほどの悲しみに襲われた。それは真実だ。けれど心の奥の奥に、誰にも言えないおぞましい感情も湧いていた。
アラン様はアルファだった。俺もアルファだ。アルファの異性は結婚できるが、アルファの男性同士は子どもが生まれない組み合わせのため結婚が禁じられている。
それにアラン様は次期国王と名高い王子だ。妃を娶らないはずがない。けれどもしアラン様が僕以外の誰かを慈しみ、愛している姿を目にしたら。
僕は自分が何をしでかすかわからなかった。アルファ同士だからという理由で諦めがつくような愛じゃなかった。
だからアラン様が亡くなられた時、心の奥底で僕は安堵したのだ。
「ああ、これでアラン様が誰かのものになるお姿をみなくてすむ」と。
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