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第三章 ベリンガム帝国の異変

<10>エリスの作戦1

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レヴィの隣を歩きながら、城のあちこちに目をやる。あの頃と少しも変わらない絨毯の色や廊下に配置された置物、壁に掛けられた絵画の一つひとつ、すべてあの頃のままだ。

20年以上経っているはずなのに、まるで昨日までここで暮らしていたかのような錯覚に陥る。今の自分と過去の自分が混ざり合っていくような、不思議な気持ちになっていく。

「こちらで陛下と王妃様、王子様方がお待ちです」
従者の言葉にレヴィが軽く頷く。従者は大きな黒い扉をノックすると、両開きの扉が内側から開いた。

「中へ」
その声は紛れもなく、懐かしい父のものだ。もうすぐ家族に会えると思うと、緊張で胸が高鳴る。

「失礼します」
レヴィは入口で一礼をしてから部屋の中に足を踏み入れた。俺も慌てて真似をして後に続く。俺が部屋の中へ入ると、扉がそれを待っていたかのように静かに閉じた。

「よく来たな。ヴァンダービルト公爵……いや、堅苦しい呼び方はやめにしようか、レヴィ」
レヴィは仮面をとって再び礼をする。

「私の呼び名はどうぞお好きに」
「ではレヴィ。今回の制圧もご苦労だったな」
「あの位、問題には及びません。アラン様の愛したこの国のためなら私にできることはなんでもするつもりです」
「そうか、ありがとう……それで、お隣にいるのがラムズデール家のご子息かな?」
父の優しいエメラルドの瞳が俺に向けられる。

「はい陛下。私の妻のエリスです」
レヴィには一言も話すなと言われている。俺は黙って微笑むと、父に向って臣下の礼で挨拶をした。

「ようこそ、ベリンガムへ。レヴィはいい青年だ。仲良くしてやってくれ。私の家族も紹介しよう。隣が王妃のオリヴィア、側に控えているのが息子のジェームズとジュードだ」

母上は20年前と変わらず美しい。長い栗毛色の髪にアメジストの瞳はこの国の五大貴族の一つ、キーティング公爵家の特徴だ。

まだ幼かったジェームズとジュードも驚くほど立派になっている。だが年齢を重ねてもジェームズの父譲りの優しいエメラルドの瞳と、ジュードのいたずらっぽいサファイヤの瞳は変わっていない。

「他の王子様方は、どうなさったのですか?」
しまった、と思ったときにはもう遅かった。振り返ったレヴィの目には怒りが灯っている。
「きみには関係ないことだろう。黙りなさい」

「いいじゃないか。そんな言い方はよくないぞ、レヴィ。他の息子たちは……5人いたのだがね。皆、死んでしまったんだ」

「そんな……」
信じられない。優しかった兄たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。今にもその扉を明けて、部屋の中に入って来そうなのに。

「最初に死んだのは5番目の王子だった。それから少し経って、立て続けに他の子どもたちも逝ってしまったんだ」
父は寂しそうに笑った。その様子に、レヴィが咎めるような視線を向けてくる。

(本当はもう少し様子を見てから動くつもりだったが、レヴィの様子じゃ今すぐにでも連れ去れちまうな……クソ、作戦変更だ。今しかない)

俺は目を閉じて大きく息を吸った。そもそも、もしここれ上手くいかなればどうにもできない。そうして頭の中にこの城にあるはずの自分の部屋を思い描く。

もし、まだ俺の部屋がそのまま残されているとしたら。きっとまだアレがあるはずだ。
部屋の中、執務机の斜め右に置いてあるはずの黒曜石とルビーで錬成された黒と赤の愛剣、フェンリルを頭に思い浮かべる。

(おいフェンリル、聞こえるか。主のご帰還だぞ。頼む、返事をしてくれ……! 俺はここに帰ってきたぞ!)

念じながら薄目を明けると、片眉を跳ね上げたレヴィと視線がぶつかった。不愉快そうな様子を隠そうともしない。

「どうした? 具合でも悪いのか。陛下たちに移したら大変だ。もうお暇を――」
そう言って俺の背中を押した瞬間、部屋中に緊張が走った。

何かとても強い魔力を帯びたものが、この部屋に向って、ものすごい勢いで飛んでくる気配がする。レヴィの表情が厳しいものへと変わる。

「皆様、どうかお下がりください。できるだけ私の背にお隠れに」
気配はどんどん強くなる。レヴィが扉に向って剣を抜き、構える。その直後、扉をすり抜けて真っ黒い剣が部屋の中に飛び込んできた。

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