2 / 85
第一章 無能令息と最強王子
<1>隣国のオメガに生まれ変わりました
しおりを挟む
「プリシラ、危ないっ!!」
声と同時に体が勝手に動いていた。落下する妹を抱え込むことができてホッとした次の瞬間には、冷たく硬い大理石の床に背中と後頭部を強く打ちつけていた。
「……かはっ」
呼吸が上手くできないし体を動かすことができない。腹の上に乗った幼い妹が心配そうに顔を覗き込んでいるのがわかった。
「エリスおにいさま、だいじょうぶ? あかいのいっぱいだよ。いたい?」
みるみるうちに蜂蜜色の瞳に涙が溢れそうになっていく。大丈夫だよと言ってあげたいのに声が出ない。しだいに妹の顔がぼやけていく。
(もう、死ぬのかもしれない)
そんな思いがぼんやりする頭の中に浮かんだ。でもそれでいい。無能な自分が愛する妹の役に立って死ぬのなら、こんなに嬉しいことはない。
(プリシラ、どうか幸せに――)
それを最後に意識を失った。
瞼の裏側に光を感じて目を覚ました。見慣れない天井が見える。というかこんなボロい天井は戦場以外で見たことがない。
「どこだ、ここは」
起き上がると後頭部に激痛が走った。
「っ! 痛ってえ……」
どうやらケガをしているらしい。頭に手をやると包帯が巻かれているのがわかる。
「にしても、ここどこだよ?」
使用人の部屋かと思うほど狭く簡素な室内には使い古された机と椅子があるだけで、他に家具らしいものは見当たらない。
まさか、敵に捕らえられでもしたのだろうか。
(いや、ありえねえ。俺に限ってそんなこと)
そっと起き上がって部屋を出てみる。するとこちらに向って歩いてきた同じくらいの年の男が茶色の髪を揺らしながら走り寄ってきた。
「エリス様! 良かった!! お目覚めになられたのですね」
緑色の目には涙が溢れそうになっている。
「プリシラ様が助かったのは良かったですが、1歩間違えば死んでいたかもしれないんですよ! そうなったらおれ、おれ……」
「お、おい! 泣くなよ。ほら、こっち来い」
俺は今出たばかりの粗末な部屋の中へ彼を引っ張っていく。いい年をした男があられもなく涙する姿なんて誰にも見られたくないだろう。
部屋の中からよれよれの、だが清潔なハンカチを見つけ出して涙を拭いてやる。
「男が簡単に涙をみせるもんじゃない。周りが心配するだろう」
だが男は礼も言わずに呆けたような表情で俺のことを凝視している。
「エ、エリス様……? どうなさったのです? もしかして打ちどころが悪かったのでは!?」
「失礼な奴だな、俺は正気だ。それにエリスって誰――」
そこまで口にして、言葉が止まる。
壁際に置いてある古ぼけた鏡には、ピンクベージュの髪に蜂蜜色の大きな目の男が映っている。髪の色も目の色も、顔立ちもすべて俺の知る自分ではない。それなのに、この男は俺だと、心の奥で知っている。
(いやでも俺は――俺の名前は――)
次の瞬間、頭が割れるように痛み出して俺はその場に蹲った。
「エリス様!? 大丈夫ですか!?」
男が慌てた声で騒ぎ立てる。
「うる、せ……しずかに……しろ……っ」
直後、脳内に誰かの記憶が濁流のように流れ込んできた。
(そうだ、これは――今世の俺の記憶だ)
痛みが治まるとともに、頭の中の記憶も整理されてクリアになっていく。
「そうか……俺は生まれ変わったのか……」
声と同時に体が勝手に動いていた。落下する妹を抱え込むことができてホッとした次の瞬間には、冷たく硬い大理石の床に背中と後頭部を強く打ちつけていた。
「……かはっ」
呼吸が上手くできないし体を動かすことができない。腹の上に乗った幼い妹が心配そうに顔を覗き込んでいるのがわかった。
「エリスおにいさま、だいじょうぶ? あかいのいっぱいだよ。いたい?」
みるみるうちに蜂蜜色の瞳に涙が溢れそうになっていく。大丈夫だよと言ってあげたいのに声が出ない。しだいに妹の顔がぼやけていく。
(もう、死ぬのかもしれない)
そんな思いがぼんやりする頭の中に浮かんだ。でもそれでいい。無能な自分が愛する妹の役に立って死ぬのなら、こんなに嬉しいことはない。
(プリシラ、どうか幸せに――)
それを最後に意識を失った。
瞼の裏側に光を感じて目を覚ました。見慣れない天井が見える。というかこんなボロい天井は戦場以外で見たことがない。
「どこだ、ここは」
起き上がると後頭部に激痛が走った。
「っ! 痛ってえ……」
どうやらケガをしているらしい。頭に手をやると包帯が巻かれているのがわかる。
「にしても、ここどこだよ?」
使用人の部屋かと思うほど狭く簡素な室内には使い古された机と椅子があるだけで、他に家具らしいものは見当たらない。
まさか、敵に捕らえられでもしたのだろうか。
(いや、ありえねえ。俺に限ってそんなこと)
そっと起き上がって部屋を出てみる。するとこちらに向って歩いてきた同じくらいの年の男が茶色の髪を揺らしながら走り寄ってきた。
「エリス様! 良かった!! お目覚めになられたのですね」
緑色の目には涙が溢れそうになっている。
「プリシラ様が助かったのは良かったですが、1歩間違えば死んでいたかもしれないんですよ! そうなったらおれ、おれ……」
「お、おい! 泣くなよ。ほら、こっち来い」
俺は今出たばかりの粗末な部屋の中へ彼を引っ張っていく。いい年をした男があられもなく涙する姿なんて誰にも見られたくないだろう。
部屋の中からよれよれの、だが清潔なハンカチを見つけ出して涙を拭いてやる。
「男が簡単に涙をみせるもんじゃない。周りが心配するだろう」
だが男は礼も言わずに呆けたような表情で俺のことを凝視している。
「エ、エリス様……? どうなさったのです? もしかして打ちどころが悪かったのでは!?」
「失礼な奴だな、俺は正気だ。それにエリスって誰――」
そこまで口にして、言葉が止まる。
壁際に置いてある古ぼけた鏡には、ピンクベージュの髪に蜂蜜色の大きな目の男が映っている。髪の色も目の色も、顔立ちもすべて俺の知る自分ではない。それなのに、この男は俺だと、心の奥で知っている。
(いやでも俺は――俺の名前は――)
次の瞬間、頭が割れるように痛み出して俺はその場に蹲った。
「エリス様!? 大丈夫ですか!?」
男が慌てた声で騒ぎ立てる。
「うる、せ……しずかに……しろ……っ」
直後、脳内に誰かの記憶が濁流のように流れ込んできた。
(そうだ、これは――今世の俺の記憶だ)
痛みが治まるとともに、頭の中の記憶も整理されてクリアになっていく。
「そうか……俺は生まれ変わったのか……」
2,052
お気に入りに追加
3,559
あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です
深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。
どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか?
※★は性描写あり。
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる