病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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第二部 1章

<2話>

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大食堂は俺の知っている学生たちの食堂――いわゆる学食とはまったく違っていた。
例えるならホテルなどのビュッフェ。さまざまな種類のサラダ、前菜、メイン、焼き立てのパンや卵料理、それにおいしそうなデザートまで並んでいる。
しかも、ライブキッチンのようになっていてシェフたちが目の前で調理しているところが見えるのだ。
「うわあ!」
目を輝かせていると、推しが花のように笑う。
「すごいだろ。ルイスは食べるのが大好きだからランチも少しでもおいしいものにしたくて、ちょっと頑張っちゃった」
推しの笑顔を見てしまった生徒たちがうめき声を上げてあちこちで倒れている。可哀そうに。わかるよその気持ち。俺も推しの100万ドルスマイルを至近距離で見ても気絶しないようになるまで、相当の訓練を積んだから。
それはさておき、推しの発言が気になる。
「どういうことですか!?」」
「僕らが入学したときは、決められた3つのランチから一つを選択することしかできなかったんだ」
推しの言葉にレイが頷く。
「料理も少し冷めていて、明らかに作り置きだった」
「この学校は授業は悪くないが食事はひどかったな」
思い出したのかユーリが顔を顰めている。
「そしたら、アシュリーが“こんな食事をルイスに食べさせられない! ルイスが入学してくる前になんとかしないと!”って。なんかスイッチ入っちゃってさ。俺たちも巻き込んで、おまえが入学する前に食堂の大革命を起こしたんだよ」
「ルーク、余計なこと言わないで」
アシュリーに小突かれ、ルークがわははと笑う。
「てか俺、今日寝坊して朝メシ食ってないんだよ。悪いけど先に料理取ってくるわ。おいユーリ、一緒行こうぜ!」
そう言うとルークはユーリの右腕を掴む。
「おい、なんだ貴様。一人で行けばいいだろうが」
「いーからいーから! な!」
そう言うとルークはブツブツ文句を言うユーリを引っ張って料理の方へ向かっていく。
(あ、もしかして兄弟水入らずにしてくれたのかな。ルーク……やっぱりいい奴。大好きだぜ!)
ルークの作ってくれた時間を一秒でも無駄にしたくない。
俺は隣に立つアシュリーに食堂の礼を言った。
「兄さま、すごくすごく嬉しいです!! 本当にありがとうございます!!」
「いいんだよ。僕は食事の大切さをルイスに教わったんだから、これぐらい当然だよ」
微笑み合っていると、横で見ていたアーノルドが「きも」とボソリと呟いた。
アシュリーは困ったように笑ってアーノルドに視線を移すと、膝を少し曲げてアーノルドに視線を合わせる。
「あ? やんのかコラ」
「レイはアーノルドくんのためにも頑張ってくれたんだよ。ほら、あそこを見てごらん」
「は?」
アーノルドはアシュリーの指差す方向に目をやる。
「レイはね、きみが大好きだからって理由でロムニー豚のローストを定番のメニューとして提案したんだよ。それに付け合わせもマッシュポテトじゃなくて、根セロリのピュレ。アーノルドくんはこっちのほうが軽くて好きだからって。ねえ、レイ」
「ああ。食べることは体の基本だがアーノルドはただでさえ食が細い、慣れない環境でストレスが溜まって食欲不振になるかもしれないからな」
(コイツ、ちゃんとお兄ちゃんしてるんだな)
そういえばむかし、リトルフラワーパーティーで迷ったときも助けてくれたっけ。
「アーノルドくんとレイ様も仲良しなんだね」
僕の言葉にアーノルドは勢いよくこっちを振り返ると僕を怒鳴りつけた。
「は、はぁっ!? 気色悪ぃこと言ってんじゃねえ!」
「ご、ごめん。でも顔、真っ赤だよ?」
「うるっせえ!!」
それからレイをギロリと睨む。
「クソ兄貴も余計なことすんな」
悪態をついたくせにアーノルドは豚のグリル目指して突進する。
(あれ……? もしかして……)
すれ違いざま、一瞬見えたアーノルドの表情。それをしっかりと見た僕はあることに気づいた。
「アーノルドのやつ、いつ会っても怒っているんだ。俺はアイツの血圧が心配だよ」
小さいながらも妙に迫力のある弟の背中を見つめてレイが呟く。
(コイツ、勘がいいのか鈍感なのかわかんなくなってきたな)
俺は不思議そうにしているレイをチラリと見上げた。
あんなに怒っているように見えたのに、一瞬見えたアーノルドは本当に嬉しそうに口角を上げていたのだ。
(もしかしてアイツ、めちゃくちゃ拗らせてるだけでレイのこと大好きなんじゃねーの? だから推しにもど失礼なことばっか言うのか……! なるほど)
「何がなるほどなんだい?」
「あ、兄さま。今僕、声に出してました?」
「うん。独り言だとは思ったけど、ちょっと気になって」
「え、と。今日の魔草学の授業で先生がおっしゃっていたことの中にあまり理解できなかったんです。ずっと考えていたんですが、急に今わかって」
「そう。もしまたわからないことがあれば言うんだよ。教えてあげる」
「ありがとうございます! でも、兄さまの手を煩わせるようなことではないので――」
だがアシュリーは俺の目をじっと見ると、真剣な表情になる。白くて長い推しの指が右頬に触れる。
「大したことじゃなくても、僕はルイスのことは全部知りたいんだ。たとえどんなにくだらくても、ルイスの考えていることや話は全部聞きたいよ……僕はルイスの兄さんだからね」
少し切なげな、甘い声。こんなイケボでそんなセリフ言わないでくれ頼むから。尊死してしまう、俺が。
「アシュリー兄さま……」
顔がとんでもなく熱い。ていうか、今絶対真っ赤になってる自信がある。兄さまはそんな俺を見て楽し気笑うと、再び手を絡めてくる。
「ほら、僕たちも料理を取りに行こう? ルイスの大好きなズッキーニのレモンチーズサラダとスモークサーモンマリネもあるよ」
「はぁい」
俺は推しのイケメンぶりにメロメロになりながらも繋がれた手をしっかり握った。
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