病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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4章

<16話>

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「じゃあルイスはユーリの風邪に責任を感じて、夜な夜な看病をしていたってことなんだね」
ようやく泣きやんだ俺を膝の上に乗せて、推しが呟く。
「……あい」
泣きすぎて声が掠れ鼻が詰まってうまく発音できない。あの後、アシュリーに手を引かれて彼の部屋へ連れてこられたのだ。
そうして今はソファに座るアシュリーの膝の上でホットチョコレートを飲んでいる。空になったマグを綺麗な指が俺の手から優しく取り上げてテーブルに置く。
「あれはルイスのせいじゃない、きっと僕のせいだ。だからそんな風に一人で責任を感じないでほしいんだ」
少し腫れて熱を持った目元に、ひんやりとした指が当てられる。気持ち良くて目を閉じると、アシュリーが息だけで笑ったのがわかった。
冷たい指先でしばらく黙って俺の目元を撫でた後、アシュリーがため息交じりに呟く。
「ごめんね、怖がらせて。怒っているわけじゃなかったんだ」
俺は目開けて、すみれ色の瞳と視線を合わせる。
「兄さまが謝られるようなことは何もありません。僕こそ、ご迷惑をおかけしないようにと思って、逆に心配させてしまいました。兄さまにも、父上にも母上にも。本当に、ごめんなさい」
アシュリーは微笑みながら、目元に触れていた手で髪の毛を梳くように撫で始める。
「もう謝らないで。たしかに心配したけれど、ユーリを看病したルイスの心はとても素敵だと思うよ。父上たちもその点はルイスのことを褒めていたし。それに、ただ隣で寝ていただけでもユーリは元気になったじゃないか。きっとルイスのおかげだ」
そこで一度、アシュリーは言葉を切った。躊躇うように視線を彷徨わせた後、大きく息を吸う。
「本当は……ただ、僕が……ちょっと、おもしろくなかっただけなんだ。ごめんね」
「おもしろく……ない?」
どういう意味だろうか。首を傾げるとアシュリーは眉毛を八の字に下げて少し笑った。
「そう。ごめんね、だめな兄さまで」
(待て待て……おもしろくないって……まさか……まさか、アシュリーがユーリに惚れたのか!?)
背中を一筋、冷や汗が流れる。ここまでストーリーが改変されたら、何が起きてもおかしくはない。だがこの展開はさすがに想定外すぎるだろ。
俺は高速で頭を回転させた。
もし、ユーリも満更ではなかったら。ハッキリ言ってグラスミアどころか大陸で一番の美人と言ってもいいほどの美貌に聖母の如き性格を持ち合わせた俺の推しに好意を持たれて落ちない奴なんていない。
ということはユーリがデレるのも時間の問題だろう。
(そうなったらレイとユーリでアシュリーの取り合いになるってこと? それはちょっと見たい気もするな……じゃなくて! ユーリのギレスベルガー公爵家はダメだ)
従妹同士の結婚は問題ない。それにユーリは大国の大貴族の息子、しかも次期当主である。国内の大貴族とのつながりも大事だが、おそらくギレスベルガー公爵家が動けばグラスミアの国王も首を縦に振るだろう。
ヴァイオレット家はアシュリーでなくてもクロフォード家の子どもならおそらく拘りはない。もしユーリがアシュリーを望むのならジェシーか俺とレイが婚約し直せばいいと考えるはず。
正直、推しがそれで幸せになるのならレイと結婚するのもやぶさかではない。知らない仲じゃないし、ビジネスパートナー兼友人としてうまくやっていける気もする。
だが、ギレスベルガー公爵家は正妻以外にも何人も妻を娶るしきたりがある。ユーリだけを愛するアシュリーはその環境にひどく苦しむに違いない。
それにもしユーリの愛がアシュリー以外に移るようなことがあれば、また悪役令息ルートに返り咲いてしまうんじゃないだろうか。
(そんなの、絶対にさせない!)
「ルイス、どうしたの?」
急に黙り込んだ俺にアシュリーが声をかけてくる。
「ごめんなさい! ちょっとぼんやりしちゃって。それより、あの……アシュリー兄さまはユーリ様のことをどう思っていらっしゃるのですか」
「うん?」
たっぷり30秒ほどの間をおいて、アシュリーが妙な声を出す。
「……ごめん。ルイスの言っている意味がよく理解できていない気がする。どういう意味かな」
「えっと、アシュリー兄さまはユーリ様のことを男性として素敵だと思っていらっしゃるのかなって――」
「ないないない。ありえない」
アシュリーは聞いたこともないぐらい早口で言い切る。おまけに片手を左右に振るジェスチャー付きだった。
「というかあの……僕、そんな風に見えるような行動をしていたのかな、もしかして」
口の端をひきつらせながら、アシュリーが尋ねてくる。この表情、見たことないな。よくわからないけど引いてる推しも可愛い。スクショしたい。
「僕がユーリ様のお部屋に忍び込んだことを怒っていらっしゃるようでしたので。それで……」
好きなんじゃないかと思った、という言葉はなぜだか口にできなかった。言ってしまうと、現実になってしまうような気がして、どうしてかとても嫌だった。
「ああ、もう」
アシュリーは天を仰ぐと力なく呻いた。
「さっきも言ったけれど、怒っていたわけじゃないんだ、本当に。それに、ユーリのことは従兄弟としてしか見てないよ。だから勘違いしないでね」
「はい! よかったです!」
なんだ、よかった! 俺は心の中でガッツポーズを取る。心配していた悪役令息返り咲きルートを、これでまた一つ潰すことができたみたいだ。
アシュリーは喜びで顔が綻ぶ俺をじっと見る。その目に浮かぶ感情がいまいち読みとれず、じっと見返すとアシュリーが静かに口を開いた。
「どうして、よかったの」
「え?」
「僕がユーリのことを好きじゃなくて、どうしてルイスはよかったと思ったの?」
「ええと、それは、その、あの……」
推しであるあなたが悪役令息化しないためです、なんて言えるわけがない。答えを探して言い淀んでいると、すみれ色の目元がふっと緩む。
「ふふ。ごめん、冗談だよ。ルイスがあんまり可愛いから、少し揶揄っただけ」
「も、もう! 兄さま、ひどいです!!」
いつもの調子に戻ったアシュリーに安心して、胸板をぽかぽかと両手で叩く。アシュリーは喚く俺を見て楽しそうに笑っていた。
幸せ一色の空間で心の底から幸せを感じていた俺は、コンコンというくぐもったノック音で現実に引き戻される。
「おや? 誰か来たみたいだね」
アシュリーがドアに視線を向けて呟く。使用人であればノックした後、すぐに必ず名乗る。先触れもなしに部屋を訪問できるのは家族ぐらいだ。
ちなみにジェシーは足音が大きく、ノックと同時に叫ぶのですぐにわかる。
(父上たちは外出されているし……まさか)
再び4回、扉がノックされた。扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえる。
「俺だ。扉を開けろ」
(やっぱりユーリだ!)
一体、何をしにきたんだろう。なんだか胸がざわめく。無意識に推しのシャツを握っていたことに気づき、慌てて手を離す。
「いいんだよ、掴んでいても。大丈夫だからね」
そう言って俺に向かって微笑むと、アシュリーは扉に視線を向けて右手を少し動かした。
両開きの扉が内側に開くと、ユーリが一歩、部屋の中へ足を踏み入れた。

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