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4章
<11話>
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その夜、俺はなかなか寝付くことができなかった。
日中もレイたちと遊ぶのは楽しかったけれど、ふとした瞬間にユーリのことを思い出してしまうことが多かったのだ。
「風邪かあ……」
以前よりも健康になったとはいえ、体の弱い推しをユーリに近づけることは危険だ。だが健康優良児の見本のような俺であれば、きっと問題はないだろう。
「薬はともかくとしてアイツ、ちゃんと食ってんのかな。その前に高熱が出てるなら水分補給も心配だし」
アシュリーのときに思い知ったが、俺はこの世界の医学をあまり信用していない。風邪薬といっても、前世のように抗生物質があるわけでもない。
薬といっても、おそらくなにかしらのハーブなどを煎じたものぐらいだろう。
(それだったら、俺もなにか作れるかもしれないな)
そう思ったらいてもたってもいられない。勢いよく起き上がってベッドサイドのチェストからノートとペンを取り出した。
「えーと……」
役立ちそうなことを思いつくままにメモした後、俺は少し考えこむ。
(事前にユーリの様子を見ておきたいな。今なら誰にもバレないよな)
すでに深夜と言っていい時間帯である。俺は転移魔法で素早くユーリの部屋の前に立つと、静かに扉を開けた。
薄闇に包まれた静かな室内の中、ユーリの荒い息遣いが響いている。
(思った以上にキツそうだな)
忍び足でベッド脇まで辿り着く。額には吊り下げ式の氷嚢が乗せられていた。
目はきつく閉じられていて、眉間に少し皺が寄っている。
(かわいそうに……)
嫌味な奴だし、正直あまり好きではないが、病気で苦しむ子どもを見るのは胸が痛む。
ベッド脇にはある水差しの中身は半分ほどに減っており、サイドテーブルには飲みかけのグラスも置いてあった。
(水はちゃんと飲んでるみたいだな。でも本当はただの水じゃないほうがいいんだけど)
風邪の水分補給には経口補水液が一番いい。
この世界で経口補水液を見たことはないが、水とと砂糖と塩があれば作ることができる。
(とりあえず、経口補水液は作ろう。あとは食事も気になるけど、どんなものを食べさせてようとしているんだろう)
アシュリーのときの記憶が蘇る。正直言って、嫌な予感しかしない。
ふと辺りを見回すと、部屋の隅にワゴンが置いてある。近寄ってみると、手のつけられていない食事と飲み物らしきものが並んでいた。
(なんだこれ……)
魔法がかけられていて、鮮度と温度が保たれていることはわかったが、風邪の人間の食事とは思えないものばかりだ。
この世界ではとにかく滋養強壮にいいとされているらしい、牛肉のステーキ、それにベーコンを混ぜたマッシュポテト、それにチキンや野菜のたっぷり入ったスープ……。
もちろん美味そうではあるのだが風邪の食事ではない。
その証拠に、手を付けた様子はほとんどなかった。
(いくら魔法がかけられてるといっても、なんで部屋の中にワゴンを置きっぱなしにしてるんだろう)
もしかして、ユーリはクロフォード邸で満足な待遇を受けていないのだろうか。
(いや、そんなわけないな)
両親はユーリのことをとても可愛がっているし、叔母上に目元がそっくりだと古参の使用人たちからの人気も高い。
そんな人たちが、なんの理由もなしにワゴンを放置しておくはずがないのだ。
(何か理由があるんだろうな、おそらくユーリ側に)
だが、今は考え込んでいる場合ではない。経口補水液を作って、皆が寝静まっているうちに水差しの中身と入れ替えておかなければ。
俺はキッチンに転移し、経口補水液作りにとりかかった。水の魔法が使えるので、物音を立てることなくあっという間に完成したそれを抱えて、再びユーリの部屋に戻る。
水差しの中身を魔法で消し、洗浄したら経口補水液を注ぐ。
やり終えてホッと息をついた瞬間、警戒心のこもった低い声が耳元で聞こえた。
「誰だ。そこで何をしている」
同時に背中に何か尖った冷たいものが触れている感触に、体中にどっと冷や汗が吹き出す。
背後から正面に回り込み、俺の顔を覗き込んだユーリは、目と口を限界まで開いて固まった。
「……クソチビか? な、んでここに」
ユーリの驚きで掠れた声が室内に響いた。
日中もレイたちと遊ぶのは楽しかったけれど、ふとした瞬間にユーリのことを思い出してしまうことが多かったのだ。
「風邪かあ……」
以前よりも健康になったとはいえ、体の弱い推しをユーリに近づけることは危険だ。だが健康優良児の見本のような俺であれば、きっと問題はないだろう。
「薬はともかくとしてアイツ、ちゃんと食ってんのかな。その前に高熱が出てるなら水分補給も心配だし」
アシュリーのときに思い知ったが、俺はこの世界の医学をあまり信用していない。風邪薬といっても、前世のように抗生物質があるわけでもない。
薬といっても、おそらくなにかしらのハーブなどを煎じたものぐらいだろう。
(それだったら、俺もなにか作れるかもしれないな)
そう思ったらいてもたってもいられない。勢いよく起き上がってベッドサイドのチェストからノートとペンを取り出した。
「えーと……」
役立ちそうなことを思いつくままにメモした後、俺は少し考えこむ。
(事前にユーリの様子を見ておきたいな。今なら誰にもバレないよな)
すでに深夜と言っていい時間帯である。俺は転移魔法で素早くユーリの部屋の前に立つと、静かに扉を開けた。
薄闇に包まれた静かな室内の中、ユーリの荒い息遣いが響いている。
(思った以上にキツそうだな)
忍び足でベッド脇まで辿り着く。額には吊り下げ式の氷嚢が乗せられていた。
目はきつく閉じられていて、眉間に少し皺が寄っている。
(かわいそうに……)
嫌味な奴だし、正直あまり好きではないが、病気で苦しむ子どもを見るのは胸が痛む。
ベッド脇にはある水差しの中身は半分ほどに減っており、サイドテーブルには飲みかけのグラスも置いてあった。
(水はちゃんと飲んでるみたいだな。でも本当はただの水じゃないほうがいいんだけど)
風邪の水分補給には経口補水液が一番いい。
この世界で経口補水液を見たことはないが、水とと砂糖と塩があれば作ることができる。
(とりあえず、経口補水液は作ろう。あとは食事も気になるけど、どんなものを食べさせてようとしているんだろう)
アシュリーのときの記憶が蘇る。正直言って、嫌な予感しかしない。
ふと辺りを見回すと、部屋の隅にワゴンが置いてある。近寄ってみると、手のつけられていない食事と飲み物らしきものが並んでいた。
(なんだこれ……)
魔法がかけられていて、鮮度と温度が保たれていることはわかったが、風邪の人間の食事とは思えないものばかりだ。
この世界ではとにかく滋養強壮にいいとされているらしい、牛肉のステーキ、それにベーコンを混ぜたマッシュポテト、それにチキンや野菜のたっぷり入ったスープ……。
もちろん美味そうではあるのだが風邪の食事ではない。
その証拠に、手を付けた様子はほとんどなかった。
(いくら魔法がかけられてるといっても、なんで部屋の中にワゴンを置きっぱなしにしてるんだろう)
もしかして、ユーリはクロフォード邸で満足な待遇を受けていないのだろうか。
(いや、そんなわけないな)
両親はユーリのことをとても可愛がっているし、叔母上に目元がそっくりだと古参の使用人たちからの人気も高い。
そんな人たちが、なんの理由もなしにワゴンを放置しておくはずがないのだ。
(何か理由があるんだろうな、おそらくユーリ側に)
だが、今は考え込んでいる場合ではない。経口補水液を作って、皆が寝静まっているうちに水差しの中身と入れ替えておかなければ。
俺はキッチンに転移し、経口補水液作りにとりかかった。水の魔法が使えるので、物音を立てることなくあっという間に完成したそれを抱えて、再びユーリの部屋に戻る。
水差しの中身を魔法で消し、洗浄したら経口補水液を注ぐ。
やり終えてホッと息をついた瞬間、警戒心のこもった低い声が耳元で聞こえた。
「誰だ。そこで何をしている」
同時に背中に何か尖った冷たいものが触れている感触に、体中にどっと冷や汗が吹き出す。
背後から正面に回り込み、俺の顔を覗き込んだユーリは、目と口を限界まで開いて固まった。
「……クソチビか? な、んでここに」
ユーリの驚きで掠れた声が室内に響いた。
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