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4章
<9話>
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翌朝、朝食のダイニングの席は一人分空いていた。
「あれ、ユーリは来ないのですか?」
推しが尋ねると、母上が両眉を下げる。
「昨夜、遅くから高い熱が出てしまって寝込んでいるの」
その言葉にアシュリーと俺の動きが止まる。原因はきっと、昨日の噴水事件だ。俺たちが心配していると思ったのだろうか、母上は少し困ったように笑った。
「大丈夫よ。ただの風邪だってことはわかっているの。数日のうちにきっとよくなるわ……薬さえ飲んでくれれば」
「どういうことですか?」
尋ねれば、今度は父上が口を開いた。
「ユーリがね、薬を絶対に飲もうとしないんだ。どんなに飲ませようとしても頑として嫌だと言って聞かなくて」
「以前に、何かあったのでしょうか」
アシュリーの慎重な声に、父上が頷く。
「ああ。どうやら以前、風邪で寝込んだところを狙って毒殺されかけたことがあるらしくてな」
「毒殺!?」
朝の食卓に似つかわしくない単語に、推しと俺の声が被る。父上はハッとした表情になったあと、顔を歪めた。
「すまない。おまえたちにはあまりこういった話を聞かせてこなかったからね」
朝食後、ダイニングの隣に位置する部屋に移動する。この部屋は家族用の小さな居間ーーといっても前世の俺の家くらいの広さはあるのだがーーになっている。
両親に時間があるときやジェシーが帰ってきている日は、居間に移動して家族で食後のお茶を飲みながら話をするのだ。
いつもは他愛もない話やジェシーの騎士団での話など楽しい話で盛り上がるのだが、今日は違っていた。
「ギレスベルガー公爵家はクロフォード家とはだいぶ違うんだ。家を継ぐために子どもたちを競わせる。ギレスベルガー家が、というかリエンツ帝国の高位貴族の慣習らしい。すでにユーリは公爵家を継ぐことが決まってはいるんだが、それを良しとしない一派から命を狙われたりしていることもあるらしい。あの子だけがよく家に逗留していたのも、そのためでもあったのだよ」
ユーリの母である叔母上は正妻だが、他にも公爵には数人の側室と子どもたちがいる。いくら伝統にのっとった方法で跡取りがユーリに決まったからとはいえ、いまだ納得できない輩も多い。
そのため、正当な後継者に決まった後でもことあるごとに命を狙われているのだという。
「ユーリはあの年で公爵から貿易会社を任されているだけあって、頭もキレる。送られた刺客はことごとく返り討ちにしていたらしいのだが……」
風邪薬になぜ毒が混入していたのかはまだわかっていないのだという。その件に関してはユーリは「自分のミスだ、犯人はわからない」と繰り返すだけで多くを語ろうとしなかったらしい。
「ただユーリは昔から体はあまり強くない。あちらの家に連絡もしたのだが、無理に飲ませなくても死にはしないからと。もしそれで命を落とすようなら、そんな弱い生命力の子どもは要らないという返事がきてしまってね」
「そんな」
顔から血の気が引いていく。貴族社会の家族の在り方が庶民のそれと異なることは理解していた。だが、クロフォード家はめずらしいほどに家族仲が良いために、実感したことはなかった。俺が夢で思い出したユーリの過去はほんの一部だったのだ。
自分がどれだけ恵まれた場所にいるのか、思い知らされた気がする。
(昨日のあれ、自覚はないけど、やっぱり俺のせいだったのかな)
アシュリーを傷つけたことは許せないし許す気はない。けれど、胸の中がモヤモヤして落ち着かない。
「僕たち、ユーリのお見舞いに行ってもいいのでしょうか」
アシュリーが真剣な顔で父上を見る。だが父は首を左右に振った。
「やめておきなさい。熱が高いし、アシュリーだって自分の体のことを一番に考えなければいけないよ」
アシュリーと俺はその言葉に従うしかなかった。
「あれ、ユーリは来ないのですか?」
推しが尋ねると、母上が両眉を下げる。
「昨夜、遅くから高い熱が出てしまって寝込んでいるの」
その言葉にアシュリーと俺の動きが止まる。原因はきっと、昨日の噴水事件だ。俺たちが心配していると思ったのだろうか、母上は少し困ったように笑った。
「大丈夫よ。ただの風邪だってことはわかっているの。数日のうちにきっとよくなるわ……薬さえ飲んでくれれば」
「どういうことですか?」
尋ねれば、今度は父上が口を開いた。
「ユーリがね、薬を絶対に飲もうとしないんだ。どんなに飲ませようとしても頑として嫌だと言って聞かなくて」
「以前に、何かあったのでしょうか」
アシュリーの慎重な声に、父上が頷く。
「ああ。どうやら以前、風邪で寝込んだところを狙って毒殺されかけたことがあるらしくてな」
「毒殺!?」
朝の食卓に似つかわしくない単語に、推しと俺の声が被る。父上はハッとした表情になったあと、顔を歪めた。
「すまない。おまえたちにはあまりこういった話を聞かせてこなかったからね」
朝食後、ダイニングの隣に位置する部屋に移動する。この部屋は家族用の小さな居間ーーといっても前世の俺の家くらいの広さはあるのだがーーになっている。
両親に時間があるときやジェシーが帰ってきている日は、居間に移動して家族で食後のお茶を飲みながら話をするのだ。
いつもは他愛もない話やジェシーの騎士団での話など楽しい話で盛り上がるのだが、今日は違っていた。
「ギレスベルガー公爵家はクロフォード家とはだいぶ違うんだ。家を継ぐために子どもたちを競わせる。ギレスベルガー家が、というかリエンツ帝国の高位貴族の慣習らしい。すでにユーリは公爵家を継ぐことが決まってはいるんだが、それを良しとしない一派から命を狙われたりしていることもあるらしい。あの子だけがよく家に逗留していたのも、そのためでもあったのだよ」
ユーリの母である叔母上は正妻だが、他にも公爵には数人の側室と子どもたちがいる。いくら伝統にのっとった方法で跡取りがユーリに決まったからとはいえ、いまだ納得できない輩も多い。
そのため、正当な後継者に決まった後でもことあるごとに命を狙われているのだという。
「ユーリはあの年で公爵から貿易会社を任されているだけあって、頭もキレる。送られた刺客はことごとく返り討ちにしていたらしいのだが……」
風邪薬になぜ毒が混入していたのかはまだわかっていないのだという。その件に関してはユーリは「自分のミスだ、犯人はわからない」と繰り返すだけで多くを語ろうとしなかったらしい。
「ただユーリは昔から体はあまり強くない。あちらの家に連絡もしたのだが、無理に飲ませなくても死にはしないからと。もしそれで命を落とすようなら、そんな弱い生命力の子どもは要らないという返事がきてしまってね」
「そんな」
顔から血の気が引いていく。貴族社会の家族の在り方が庶民のそれと異なることは理解していた。だが、クロフォード家はめずらしいほどに家族仲が良いために、実感したことはなかった。俺が夢で思い出したユーリの過去はほんの一部だったのだ。
自分がどれだけ恵まれた場所にいるのか、思い知らされた気がする。
(昨日のあれ、自覚はないけど、やっぱり俺のせいだったのかな)
アシュリーを傷つけたことは許せないし許す気はない。けれど、胸の中がモヤモヤして落ち着かない。
「僕たち、ユーリのお見舞いに行ってもいいのでしょうか」
アシュリーが真剣な顔で父上を見る。だが父は首を左右に振った。
「やめておきなさい。熱が高いし、アシュリーだって自分の体のことを一番に考えなければいけないよ」
アシュリーと俺はその言葉に従うしかなかった。
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