病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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4章

<8話>

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「なんだこれは」
大噴水を目の前にしたユーリは苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「すごいだろ? 父上が新しく作ったんだ」
クロフォード家の庭はものすごく広い。おそらく小学校や中学校の校庭5つ分くらいはある気がする
先祖代々、庭園を大事にしているらしいのだが中でも父がこだわりを見せているのが噴水なのだ。父上が長年にわたって水の芸術家と言われる造園家とともに取り組んでいたのだが、最近ようやく完成したのである。
円形の噴水の中央には五体の銅像が建っている。大人の男性と寄り添う女性、その近くに大きな身体の青年と、細身の少年二人が寄り添うよして並んでいる。
少し離れた場所にはウサギやシカ、リスやイヌ、ネコなど可愛らしい動物の像も配置されていた。
「……まさかとは思うが叔父上は自分たち一家の銅像を造ったのか」
「そうなんだ。よくできているよね」
「出来栄えはともかく趣味がいいとは言えないな。もしこれから叔父上が離婚したり家族間で争いが起きるようなことがあれば、こんなものを作ったことを後悔するだろうな」
「うちに限っては大丈夫だと思うけれど」
ユーリは小バカにするような視線をアシュリーへ向ける。
「どうだか。そういう奴らに限って争いを起こすんだ」
意地悪な口調とは裏腹に、噴水を眺めるピンクの瞳は傷ついたような寂しそうな色を浮かべている。
同じように噴水に視線を向けている推しはそんなユーリには気づいていなかった。
「確かにそうなのかもしれないね。でもきっとうちは大丈夫だよ。僕とルイスが争うなんて、今後もありえない……兄上も」
「ハッ。いい歳してそんなガキみたいな甘い考えを持っているなんて思わなかったな。いつかそのクソチビに寝首をかかれて後悔しても遅いぞ。だいたいおまえだってこの前まではコイツのこと気にもとめてなかっただろうが。兄弟なんて……くだらない、気持ち悪い」
吐き捨てるような言葉にアシュリーの顔がさっと青褪める。
確かにユーリの家の事情を知ったとき、胸が痛くなった、アシュリーのせいではないし、傷つけていい理由にはならない。
心の中に今まで感じたことのない怒りが湧き上がってくる。レイもそれなりに癖が強い奴だけど、アシュリーや俺に本気の悪意をぶつけてきたことは一度もなかった。
体中の血液が沸騰するような感覚に、つないでいない方の手をグッと強く握りしめる。
(あいつ、噴水の中にでも落ちればいいのに。少しは静かになるだろ)
だが次の瞬間、突然ユーリが大声で叫んだ。
声の方に目を向けると、噴水の水がまるで大きな手のように動きだすと、ユーリの体を持ち上げて噴水の中に落としたのだ。
頭からずぶ濡れになり、噴水の中で尻もちをついたような姿勢でユーリが叫ぶ。
「おいッ!! 誰の仕業だ!!」
叫びながらユーリはヨロヨロと噴水の中から出てくる。噴水の水はかなり冷たい方が美しく見えるとかで、凍るギリギリまで下げられているのだ。
ユーリの顔は真っ青で、ガタガタと震えている。俺は呆然としてその様子を見守った。
「魔法だろ。いい度胸だな、この俺に。あんなに突然でなければこんな無様な姿を晒さなかったんだ……クソが」
青い顔の中、ピンク色の瞳だけが怒りで煮え滾っている。恐ろしくて、アシュリーの手を少し強く握ってしまうと、すぐに同じくらいの強さで握り返してくれる。それだけで心が落ち着きを取り戻していく。
背後に控えていたメイドたちが慌ててかけよるが、ユーリは手で払った。
「いい。このまま部屋に戻って着替える……おまえら、覚えとけよ」
捨てゼリフを吐いて俺たちを睨むと、ユーリは転移魔法であっという間に姿を消した。
「今の、俺たちじゃないよね」
呆然とした声でアシュリーが呟く。
「は、い……」
確かに俺は魔法は使っていない。心の中で思っただけで。だから俺のせいじゃないはず。
そう思うのに、なぜか石を飲み込んだかのように胸が重かった。
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