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4章
<7話>
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誰かの話し声がする。
ゆっくりと意識が覚醒してうっすらと目を開けた俺はその瞬間、目に飛び込んできた人物に舌打ちをしそうになった。
やっぱりだ。身に余るほどの幸せな時間が、そのまま終わるわけがない。
俺に膝枕をしている推しのすぐ側に、ユーリが座っていたのだ。
(クソ、なんでアイツがここにいるんだよ)
二人の時間を邪魔されたことと、推しに嫌味でも言っているんじゃないかという不安で苛立ちが止まらない。
睨みつけていると、ふいに視線を下げたユーリと目が合った。
「起きたか、クソチビ」
人の神経を逆なでするような声音に俺が口を開く前に、凛とした声が飛ぶ。
「ユーリ。ルイスのことをおかしなあだ名で呼ぶのはやめてもらえないか」
見上げると、いつもより厳しい表情をした推しがユーリを見据えていた。
「どうしたアシュリー。以前はソイツなんかに構ったりしてなかっただろうが」
だがユーリはつまらなそうにフンと鼻を鳴らすだけだ。
「以前はね。でもルイスが僕の世界を変えてくれたんだ。大切な弟だよ」
(大切な弟、だって……)
推しの言葉を噛みしめる。嬉しいはずが、なぜか心の奥がほんの一瞬だけきゅっと痛んだ。
だがその理由を考える間もなくピンク色の瞳が再び俺に向けられる。
「目が覚めたのなら起き上がったらどうだ、クソチビ」
「ユーリ!」
アシュリーがたしなめても、ユーリは不遜な態度と表情を崩さない。
(クソはおまえだろ、このクソガキが……!)
俺は勢いよく起き上がり、貴族らしさ全開の笑顔を見せつけてやる。
「そうですよね、ユーリ様。失礼しました」
泣くか喚くかでもすると思っていたのだろう。笑顔で受け流す俺にユーリは口角を下げた。
「ルイス、ユーリの言うことは気にしないで、もう少し休んでいてもいいんだよ」
アシュリーは心配そうに俺を覗き込んでくる。
「大丈夫です。僕、ユーリ様とも久しぶりに色々お話ししてみたかったので、来て下さって嬉しいです」
「……そう」
我ながら百点満点の模範解答を返したはずだ。しかしアシュリーはすみれ色の目を見開いた後、視線を逸らした。声も一段、低くなった気がする。
「兄さま?」
呼びかけるとアシュリーは再びこっちを見た。その顔にはいつものように柔和な微笑みが浮かんでいる。
「ん? どうしたの?」
優しく頭を撫でられて、ホッとした。
(よかった。一瞬、様子がおかしい気がしたけど俺の勘違いだったみたいだな)
「おいおい、俺を忘れてくれるなよ。まったく、気味が悪いぐらい仲がいいな」
ユーリの厭味ったらしい言葉に悪態で返したくなるのを我慢する。煽りに乗ってこないアシュリーと俺に、ユーリはつまらなさそうに息を吐いた。
(おまえの安い挑発に簡単に乗ってたまるかよ)
俺はアシュリーに見えないように、ユーリを軽く睨む。それに気づいたユーリは一瞬、ぽかんとした表情になると大声で笑い出した。
「な、どうしたのユーリ」
アシュリーは美しい眉を顰めてユーリに声をかける。
「いや……なんでもない、気にするな。それより、いつまでここに座っているつもりだ」
「でも、ルイスが」
俺は言いかける推しの片手をぎゅっと握る。
「アシュリー兄さま、大丈夫です! お腹も落ち着いたので、お散歩がしたいです」
「そう? ルイスがそう言うなら……」
俺たちは手を繋いだまま立ち上がって歩きだす。
チラリと後ろを振り返ると、少し後ろをついてくるユーリと目が合った。意地悪い笑みを浮かべるクソガキに、舌を出して応戦する。それを見たユーリは楽しそうに笑う。またしても突然笑いだしたユーリに、アシュリーはビクリと肩を揺らして振り返ると、独り言のように呟いた。
「ユーリの奴、前から変わっているとは思っていたけど……磨きがかかった気がする」
それから俺の手を握り直すと、小さな声で話しかけてくる。
「ルイス、ユーリは悪い奴じゃないんだけど、ちょっと個性が強いんだ。だからあまり無理して交流を深める必要はないからね」
「はい。でも僕、ユーリ様と仲良くなりたいんです」
仲良くなりたいのは大嘘だが、アイツにはさっさとレイとアシュリーの間に入り込む隙間はないということをしっかりわからせてやらなければならない。
そのためにも交流は不可欠なのだ。
「……そうなんだ。ルイスは優しいね。きみがあんまりみんなに優しいから、時々僕は寂しくなっちゃうよ」
すみれ色の目が俺を捉え、そよ風が銀糸のような髪とまつげを揺らす。
今の、一体どういう意味なんだろう。言葉を探しているとアシュリーが息だけで笑った。
「なんてね、冗談だよ。ユーリに新しくできた大噴水を見せてあげようか。きっとびっくりするよ」
「はい!」
俺は推しと目をしっかり合わせて元気よく返事をする。
(アシュリーの笑顔は俺が守る! 悪役令息になんてさせてたまるか!!)
ゆっくりと意識が覚醒してうっすらと目を開けた俺はその瞬間、目に飛び込んできた人物に舌打ちをしそうになった。
やっぱりだ。身に余るほどの幸せな時間が、そのまま終わるわけがない。
俺に膝枕をしている推しのすぐ側に、ユーリが座っていたのだ。
(クソ、なんでアイツがここにいるんだよ)
二人の時間を邪魔されたことと、推しに嫌味でも言っているんじゃないかという不安で苛立ちが止まらない。
睨みつけていると、ふいに視線を下げたユーリと目が合った。
「起きたか、クソチビ」
人の神経を逆なでするような声音に俺が口を開く前に、凛とした声が飛ぶ。
「ユーリ。ルイスのことをおかしなあだ名で呼ぶのはやめてもらえないか」
見上げると、いつもより厳しい表情をした推しがユーリを見据えていた。
「どうしたアシュリー。以前はソイツなんかに構ったりしてなかっただろうが」
だがユーリはつまらなそうにフンと鼻を鳴らすだけだ。
「以前はね。でもルイスが僕の世界を変えてくれたんだ。大切な弟だよ」
(大切な弟、だって……)
推しの言葉を噛みしめる。嬉しいはずが、なぜか心の奥がほんの一瞬だけきゅっと痛んだ。
だがその理由を考える間もなくピンク色の瞳が再び俺に向けられる。
「目が覚めたのなら起き上がったらどうだ、クソチビ」
「ユーリ!」
アシュリーがたしなめても、ユーリは不遜な態度と表情を崩さない。
(クソはおまえだろ、このクソガキが……!)
俺は勢いよく起き上がり、貴族らしさ全開の笑顔を見せつけてやる。
「そうですよね、ユーリ様。失礼しました」
泣くか喚くかでもすると思っていたのだろう。笑顔で受け流す俺にユーリは口角を下げた。
「ルイス、ユーリの言うことは気にしないで、もう少し休んでいてもいいんだよ」
アシュリーは心配そうに俺を覗き込んでくる。
「大丈夫です。僕、ユーリ様とも久しぶりに色々お話ししてみたかったので、来て下さって嬉しいです」
「……そう」
我ながら百点満点の模範解答を返したはずだ。しかしアシュリーはすみれ色の目を見開いた後、視線を逸らした。声も一段、低くなった気がする。
「兄さま?」
呼びかけるとアシュリーは再びこっちを見た。その顔にはいつものように柔和な微笑みが浮かんでいる。
「ん? どうしたの?」
優しく頭を撫でられて、ホッとした。
(よかった。一瞬、様子がおかしい気がしたけど俺の勘違いだったみたいだな)
「おいおい、俺を忘れてくれるなよ。まったく、気味が悪いぐらい仲がいいな」
ユーリの厭味ったらしい言葉に悪態で返したくなるのを我慢する。煽りに乗ってこないアシュリーと俺に、ユーリはつまらなさそうに息を吐いた。
(おまえの安い挑発に簡単に乗ってたまるかよ)
俺はアシュリーに見えないように、ユーリを軽く睨む。それに気づいたユーリは一瞬、ぽかんとした表情になると大声で笑い出した。
「な、どうしたのユーリ」
アシュリーは美しい眉を顰めてユーリに声をかける。
「いや……なんでもない、気にするな。それより、いつまでここに座っているつもりだ」
「でも、ルイスが」
俺は言いかける推しの片手をぎゅっと握る。
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「そう? ルイスがそう言うなら……」
俺たちは手を繋いだまま立ち上がって歩きだす。
チラリと後ろを振り返ると、少し後ろをついてくるユーリと目が合った。意地悪い笑みを浮かべるクソガキに、舌を出して応戦する。それを見たユーリは楽しそうに笑う。またしても突然笑いだしたユーリに、アシュリーはビクリと肩を揺らして振り返ると、独り言のように呟いた。
「ユーリの奴、前から変わっているとは思っていたけど……磨きがかかった気がする」
それから俺の手を握り直すと、小さな声で話しかけてくる。
「ルイス、ユーリは悪い奴じゃないんだけど、ちょっと個性が強いんだ。だからあまり無理して交流を深める必要はないからね」
「はい。でも僕、ユーリ様と仲良くなりたいんです」
仲良くなりたいのは大嘘だが、アイツにはさっさとレイとアシュリーの間に入り込む隙間はないということをしっかりわからせてやらなければならない。
そのためにも交流は不可欠なのだ。
「……そうなんだ。ルイスは優しいね。きみがあんまりみんなに優しいから、時々僕は寂しくなっちゃうよ」
すみれ色の目が俺を捉え、そよ風が銀糸のような髪とまつげを揺らす。
今の、一体どういう意味なんだろう。言葉を探しているとアシュリーが息だけで笑った。
「なんてね、冗談だよ。ユーリに新しくできた大噴水を見せてあげようか。きっとびっくりするよ」
「はい!」
俺は推しと目をしっかり合わせて元気よく返事をする。
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