病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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4章

<1話>

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レイやルークと遊び、時々は推しと二人の時間を楽しみ、そうしてたまに帰ってきたジェシーと兄弟3人で過ごす。
ルークの出現で危ぶまれたレイとアシュリーの仲も変わらずで、俺としては一安心だった。
だがそうしていつものように4人で遊んでいたある日、事件は起こった。
庭でクロッケーの真似事をしていた中、ルークが屋敷のほうに目を向ける。
「なあ。なんだか騒がしくないか?」
「本当だ。来客かな」
アシュリーも動きを止めた。
使用人たちが慌ただしく玄関ホール付近を行ったり来たりしている。
「アシュリー兄さま、朝食の席では父上も母上もなにもおっしゃっていませんでしたよね」
「うん。それに二人とも夕方までは帰ってこないはずなんだけれど」
「それは妙だな。俺たちも行ってみるか」
レイの言葉を合図に、俺たちは玄関ホールへと向かった。
俺たちの姿に目を留めた執事長が駆け寄ってくる。
「これからお客様がいらっしゃるの? 父上も母上もまだお戻りになっていないのに」
「ええ。すでにお二人には伝令を届けておりますからこちらに向かわれていると思います。
まさか直前まで報せもなく、こんなにも早くいらっしゃるとは思いませんでしたから」
「いったい誰が――」
「久しぶりだな。アシュリー・クロフォード」
推しに被せるように尊大な少年の声が響く。
振り返ると、眩しすぎるほど金ぴかの馬車から一人の少年が降りてきた。
水色の髪にピンク色の瞳。
整った美しい顔立ちで、どことなく推しに似ている。
だが偉そうな振る舞いと目に浮かぶ厳しい光は、推しとはまったく異なるものだ。
使用人たちが一斉に礼をしたところを見ると、わが家へ来るのは初めてではないらしい。
「あいつ、どこかで見たことがあるな……」
レイが呟く。
うん、俺も見たことあるような気がするんだよな、思い出せないけど。
アシュリーは少年に向かって微笑んだ。
「久しぶりだね。突然どうしたんだい? 伯父上と叔母上は一緒じゃないの?」
「ああ、俺一人だ。しばらくクロフォード邸に滞在することになっている」
少年はブーツのヒールを響かせて近づいてくると、アシュリーの肩になれなれしく腕を置く。
「アシュリー、こいつらはなんだ」
その一言に、レイとルークの眉毛が跳ねあがった。
「レイ・ヴァイオレットだ。おまえこそどこの誰だ」
「これは失礼。何度かお目にかかったことがあったな。そして我が従兄弟アシュリーの婚約者様か。俺はユーリ・ギレスベルガー。リエンツ帝国からはるばるやって来た」
(こいつ、ユーリか!!)
ユーリは『シークレット・ラバー』に出てくる主人公キャラクターの一人だ。
隣国からやってくる彼には少年期のスチルなんてなかったから、気がつかなかった。
ユーリ・ギレスベルガーは父上の妹の息子、つまりアシュリーとジェシーにとっては血の繋がった従兄弟だ。
大貴族の子どもらしく派手好きでわがままな男だが、恐ろしいほどに頭が切れる。
幼少期から類まれなる商才を発揮して、10歳の誕生日プレゼントに父親に自分の貿易会社を与えられていたとストーリーで本人が語っていた。
やがてその貿易会社はリエンツきっての巨大商会へと成長していくのである。
身分で人を見ず、才能がある者は平民でも貧しくてもどんどん取り立てていくやり方は、ビジネスマンとして理想的だった。
だが、ユーリの登場はもっと後‐‐レイやアシュリーが全寮制の学校に入学した後だったはず。
ストーリーがかなり改変されたせいか、レイとユーリの対面には甘い空気は一切ない。
それどころか二人の間には火花が散っているようにすら見える。
だが油断してはいけない。
アシュリーの恋敵が現れてしまったことには違いないのだ。
「おまえは?」
ユーリが品定めするような目をルークに向ける。
「初めましてユーリ様。ハワード侯爵家の三男、ルーク・ハワードと申します」
ギレスベルガー公爵家は大国リエンツの有力貴族として有名だ。
俺たちより爵位の低いルークは身分を弁えて挨拶をしなければならない。
普段はタメ口だが、ルークも公的な場での敬語がどんどん上達していて、偉い。
「ハワード侯爵家にまともな息子がいたとは驚きだ」
とても少年とは思えない物言いにイラつきつつ驚く。
ユーリはルークの情報まで把握ずみなのか。
(ていうか、俺も挨拶したほうがいいんだろうか)
そんなことを考えていたら、ピンク色の瞳と目が合ってしまった。
ユーリの口が左右に広がり、意地の悪い笑顔になる。
「久しぶりだなクソチビ」
どうやら俺たちは過去に会ったことがあるらしい。
残念ながら俺側にその記憶は一切ないのだが。
「相変わらず小さいな。ちゃんと食べているのか?」
俺の頭に白い手袋をはめたユーリの手が伸びてくる。
だがその手は俺の髪に触れることはなかった。
推しが自然な仕草で俺を自分の背後に隠すようにかばってくれたのだ。
ユーリは推しの行動に目を見開く。
「……おまえがこのクソチビと親しかった記憶はないが。何があったんだ?」
「ユーリ、ルイスのことをおかしな名前で呼ぶのはやめてくれないかな。大切な弟がそんな風に呼ばれるのは悲しいな」
ユーリは探るような瞳でアシュリーを眺めた後、フンと鼻を鳴らした。
「しばらく見ないうちに面倒な男になったようだな」
「そうかな? 人間らしくなったって言ってほしいな」
微笑み合っているが、どちらも目は笑っていない。
二人の間にはバチバチと火花が散っている幻覚が見えるようだ。
(やばい。ユーリとの関係が悪化したことが原因で、アシュリーが悪役令息化したらどうしよう!)
物語の改変によって、恋愛以外の要件でも悪役令息化してしまうことはないだろうか。
それに第一印象は最悪だろうが、レイとユーリがどうにかなってしまう可能性もまだゼロではない。
(せっかく解決したと思ったのに……!! クソ、甘かった!!)
叫び出したい衝動を押し殺して、俺はアシュリーの背後にぴったりと張り付いた。

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