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3章

<12話>

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ルイスが去った室内は沈黙に包まれた。
ピリついたオーラを漂わせるレイと冷たい空気を纏うアシュリーを気に留める様子もなく、ルークは空になったティーカップに紅茶を注ぐ。
「あんたらも飲むか?」
「……ああ、もらおうか」
地を這うような声でレイが返事をする。
「僕は結構だよ。まだカップに残っているから」
アシュリーが微笑みを返す。だがすみれ色の目は明らかに笑っていなかった。
「んな怒んなよ。俺からは何もしてねーじゃん」
ルークが肩を竦める。
「何もしてない、だと?」
レイの眉が跳ねあがる。
「ルイスがひっこめようとした手を掴んで、アイツのフォークからフルーツを食べていただろうが」
「あのままだったらルイスが可哀想だっただろ。レイだって、もし自分に向けられたら食ってただろ」
「う……それは……」
言葉に詰まるレイの隣で、アシュリーが口を開く。声はあくまで穏やかで優しい。
「弟に恥をかかせないでくれてありがとう。でもマナーとしては良くはないね。家族以外にはするべきじゃないと言っておくよ」
「お、おまえはされたことがあるのか!?」
レイは勢いよく隣を向く。アシュリーは一瞥もくれずにティーカップを手に取る。
「まあね。家族だから」
「クソ……っ! 俺だけか」
レイは悔しそうに唇を噛んだ。
「ていうかさ、前々から思ってたけどおまえら婚約してんじゃん。なのに二人ともルイスのこと狙ってんのか?」
「……何を言っているのかよくわからないな。兄として大切に想っているけれど」
アシュリーの隙のない笑顔に食えない奴だなとルークは胸の内で思った。
「今聞いたところでこの男が本音なんて吐くわけがないだろう。まあ俺も今はノーコメントだ」
勢いを取り戻したレイが偉そうに言う。
「あっそ。ま、でも今この中で一番有利なのは俺ってことだよな」
「どういう意味かな」
ルークは挑戦的な瞳でアシュリーに視線を向けた。
「だって俺、まだ誰とも婚約してねーし。ルイスもまだ婚約話は出てないみたいだから、その時は一番に手を挙げることもできんじゃん」
「確かに、手を挙げることはできるね。父上や母上が許すかどうかはわからないけれど」
「そんな目ェすんなよ、どうせおまえがあの手この手で潰しにかかってくんだろ」
「わかってるならよかったよ。ルークは本当に頭がいいね」
アシュリーは氷の微笑で応酬する。
「バカだなおまえたちは。それを言ったら俺こそ一番有利だろうが」
レイが呆れたように二人を眺めた。
「どういうことだよ」
「確かに俺は今、アシュリーと婚約をしている。だが決められていたのはヴァイオレット家がクロフォード家から子どもの一人を嫁にもらうということだけだ。アシュリーよりルイスと気が合うと話せば、おそらくルイスと婚約し直すことは簡単だぞ」
「レイ、そんなこと僕が許すと思っているの?」
アシュリーが冷ややかに言い放つ。相変わらず顔には貴族らしい微笑みを浮かべているが、目の奥には静かな怒りが燃えているようにも思える。
「ルークもだ。もしもルイスに少しでもおかしな真似をしたら二度とこの家に遊びにこさせないようにするからね」
「そうか。だが俺はおまえたちに負ける気はしない」
レイは不敵に笑った。
「俺も。ライバル多いほうが燃えるし」
ルークは両手の拳を合わせた。
「それは僕も同じだよ。レイとは以前に話したけれど、ルーク、君も約束してくれ。ルイスが結婚や恋に興味を持つまでは見守ることに徹すると」
「わかってるよ。それまでは抜けがけ禁止ってことだろ」
「コイツも参加したことだし、誓いをしておくか」
レイの声に二人は頷く。
3人は右手を伸ばし、レイ、アシュリー、ルークの順に重ねる。
「ルイスの心が目覚めるまでは見守ることをここに誓う」
レイが静かに誓いの言葉を口にした。効力があるわけではないが、貴族の男子たちの間では真剣な約束を交わす時はこの誓いを行うのが流行っているのだ。
誓いを終えた瞬間、扉をノックする音が部屋に響いた。
「入ってくれ」
扉が開き、メイドたちとともに銀色のワゴンを押しながらルイスが部屋に入ってくる。
ピリついた部屋の空気はルイスが戻ってきた途端に霧散する。
「お待たせしました! おいしいのができましたよ!」
衣服が汚れないように夫人が用意してくれたのだろう、ルイスは服の上から可愛らしいデザインのエプロンを巻いている。
そのあまりの可愛さに、3人は顔がにやけそうになるのをぐっと堪えたのだった。
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